大阪高等裁判所 昭和30年(う)833号 判決
記録を精査するに、起訴状の記載によれば、本件公訴事実(一)は、被告人は昭和二三年七月から昭和二四年六月に至るまで、泉佐野税務署間税課長として、間接国税の査定及びその違反取締等の業務を担当していたものであるが、昭和二四年四月下旬、和歌山市和歌浦町不老館において、熊取紡績株式会社総務部長吉村茂雄から織物消費税の査定並びに違反取締について、便宜寛大な取扱いを請託され、その報酬として約五、〇〇〇円に相当する飲食遊興の饗応を受け、職務に関し収賄したとなつているのに対し、被告人はその日は同年六月一日であつたと主張し、差戻後の原判決は、その日時を昭和二四年六月頃と認定していること及び弁証第六号(発令通知書写)によれば、被告人は昭和二四年六月一日付をもつて、東住吉税務署間税課長に転補されたことが認められることは所論のとおりである。しかしながら、転補によつて勤務庁が変つても、公務員である以上転補以前の職務に関し賄賂を収受すれば、収賄罪が成立するものと解すべく、この点に関する証拠を検討すると、吉村茂雄の検察官に対する供述調書によると、泉佐野税務署の田中消費税係長が吉村の会社へ来たとき、同係長から要求され、同係長及び被告人から織物消費税の関係で従来世話になり、今後も同様世話になるので、そのお礼の意味で、同人らを不老館に招待したという趣旨になつており、又被告人の検察官に対する第一回供述調書によれば、熊取紡績株式会社の事務所には一、二回行つたことがあり、田中係長に織物消費税査定の関係で、同会社へ行つていたが、同会社の方から一度遊びに行こうと誘われ、田中もすすめるので、吉村と不老館に行き、芸者をあげて飲食した、吉村がこのように自分らを招待したのは、織物消費税の関係もあり、将来事故があつても頼みやすいという気持であつたと思うという趣旨になつており被告人の司法警察員に対する第二回供述調書も同趣旨になつており、これらを総合すれば、被告人が熊取紡績株式会社の総務部長吉村茂雄から不老館において饗応を受けたのは、同人が被告人の収税官吏としての職務権限に属する織物消費税の査定及び違反取締等について、被告人から従来受け及び将来受けるであろう世話に対する謝礼の趣旨であり、被告人はこのことを十分知つていたものと認められる。しかるに原判決がこの点について前記のように、被告人が吉村から織物消費税の査定並びに違反取締について便宜寛大の取扱いを請託されたとしたのは、記録上これを認めるに足る証拠はなく、誤りであるが、その点を除き、被告人が前記饗応を受けたのが原判示のように昭和二四年六月初であるとし(但しこの認定は後記のように誤りである)、そして被告人が泉佐野税務署間税課長より東住吉税務署間税課長に転ぜられた後であるとしても、同じく収税官吏として勤務するに変りはないのであるから、転任前の職務行為に関し饗応を受けたのは収賄罪として問責されることを免れないのである。論旨は理由がない。
同第四点について。
織物消費税法(以下本法と称する)及び同施行規則(以下規則と称する)と対照しながら、差戻後の第一九回公判調書中証人木下安次郎の供述の記載、同第二一回公判調書中証人吉村茂雄の供述の記載、同第二二回公判調書中証人中谷仁の供述の記載、当審第四回公判調書中証人中谷仁の供述の記載、同第五回公判調書中証人木下安次郎の供述の記載、同第六回及び第一〇回公判調書中証人田中完二の各供述の記載並びに差戻前第三回公判において弁護人から提出され証拠調を経た泉南機業組合約款写を総合検討すると、泉佐野税務署における織物消費税の査定、徴収等の当時の実情は、織物検査員の規格検査を経た織物について、製造業者から出荷の申告があると、岸和田税務署及び泉佐野税務署の管轄区域内における織物製造業者及び販売業者をもつて組織する泉南機業組合の役員が、泉佐野税務署員を代行して、製造場においてその数量を検査し、織物検査員の査定した規格によつて当然明らかとなる価格に基いて税額を算定し、その税額を、本法第四条に定める引取人となつていた住友銀行(当時大阪銀行)佐野支店が納付していたのであつて、その納付の方法は、本法第五条及び規則第二〇条により国庫債券を担保として提供し、三ケ月以内の納税猶予を受けて消費税額相当の金員を国庫に納付し、一方同銀行は製造者からこれに相当する金員の支払いを受けていたのであり、泉佐野税務署員は随時右組合役員の検査に立ち会つていたことが認められる。そして本法第一二条は織物を製造又は販売しようとする者は政府に申告すべき旨を定め、同第一六条の三においてこれに違反する者を処罰することを明らかにし、同第一四条は織物の製造者及び販売者に帳簿を備え織物の製造出入を詳細明瞭に記載することを命じ、同第一八条第二号でこれに違反する者を処罰することを規定し、同第一一条は織物製造者が織物消費税額に相当する担保を提供したとき(同第五条)及び同第七条所定に該当する場合を除くの外、同税納付前に織物を他に引渡すことを禁じ、同第一七条第四号においてその違反者を処罰することを明らかにし、同第一五条は「収税官吏ハ織物ノ製造場、販売場又ハ第一三条但書ニ該当スル製品ノ製造場ニ立入リ、織物、原料、織物ヲ原料トシテ製造シタル物品、器具、機械、建築物又ハ帳簿書類ヲ検査スルコトヲ得、収税官吏ハ監督上必要ト認ムルトキハ前項ノ物件ニ封印ヲ施スコトヲ得」とし、収税官吏の製造場販売場に対する検査及び監督の権限を明らかにしており、同条に基いて泉佐野税務署員は随時製造場に立入り、同条所定の検査を行ない、もつて本法違反の取締監督の実施をしていたことを知ることができる。以上によれば、被告人は泉佐野税務署の間税課長として、織物製造者たる熊取紡績株式会社に対し、織物消費税額の査定並びに納税その他同法違反についての検査及び監督の職務権限を有していたもので、その職務に関し、同会社総務部長から饗応等の利益を収受すれば、収賄罪を犯したことに外ならないのであつて、本法第四条により、本税の納付者が引取人となつていることによつて、同罪の成立に消長を来すものではない。原判決が被告人が吉村茂雄から右職務に関し請託を受けたと認定したのは、前記のとおり誤りであるが、原判決引用の証拠によつて、被告人が右職務に関し、吉村茂雄から判示饗応を受けたことを認められるので、結局論旨は理由がない。
同第六点について。
記録を精査するに、原判示第二の事実に関し原判決の挙示する証拠(但し田中完二の司法巡査に対する供述調書を除く。この供述調書は差戻前第四回公判において、証人田中完二の供述の証明力を争うために、検察官から提出され、刑事訴訟法第三二八条によつて証拠とされたものであり、且つ同調書の内容は本事実に関するところはないので、これを認定の証拠としたのは違法であるが、これを除く他の証拠によつて同判示事実を認められるので、その違法は判決に影響を及ぼさない。)を総合すれば、被告人が宮本茂之から収受した本件金二〇、〇〇〇円は、同人の依頼により物品税法違反事件について寛大な取扱いをしてやつた川崎政一から、その報酬として提供されたもので、被告人はそのことを了知の上これを収受したものであることを認めるに十分であり、他に原判決の認定をくつがえすに足る資料は存在しない。そしてこのように職務に関し不法の利益を収受すれば、その利益をもつて専ら私欲を充す意図でなかつたとしても、収賄罪が成立することはいうまでもなく、被告人が本件金二〇、〇〇〇円を間税課長会議開催の際費の用に充当する意図で交付を受けたとしても、収賄の犯意がなかつたということはできず、又それが事実その費用に支出されたとしても、収賄罪の成立を妨げるものではなく、単に情状として考慮される事実であるに過ぎない。
(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 武田清好 判事 小川武夫)