大阪高等裁判所 昭和30年(く)54号 判決
検事主張の抗告の理由は、要するに次の三点に帰する。すなわち第一、本件犯行自体極めて悪質重大であるのみならず、被告人は極めて主動的な地位にあり且つ尖鋭的な行動をしたものであり、第二、被告人が逃走する虞は極めて大である。また第三、被告人には依然として証拠を隠滅する虞があるから、保釈を許した原審の裁量は不当であるというのである。
思うに、いわゆる裁量保釈の許否についての裁量権の広狭は、刑事訴訟法第八九条各号の事由の如何によつて異るものである。同条四号の被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときに、保釈を許す裁量のなされる余地は極めて少ないであろう。しかし、同条第一号の被告人が死刑又は無期もしくは短期一年以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪を犯したものであるとき、すなわち当該事件がいわゆる重罪事件に該当するという事由で裁量保釈になつている場合においては、当該事件の具体的内容の如何によつて保釈を許す裁量の余地は必ずしも少なくはない。また、被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとの事由は勾留の理由にはなつているが(刑訴法六〇条一項三号)、保釈を裁量保釈とする事由とはなつていない。それは、保釈制度そのものが保証を立てさせることによつて逃亡を防止しようとする制度であるからであること、いうまでもない。ところで、原審は「本被告事件の公判審理においては検察官の立証は実質的に終了しているのであつて特に被告人において身柄が自由であることを利用して罪証の隠滅をはかる疑に乏しいと謂わなければならず」としており(原審の意見書)、抗告申立検察官の説明によつても検事側の立証として予定せられた証拠調は大半終了し、被告人に関する部分については今後四名の共同被告人が証人として尋問を受けねばならぬこととこれらの証人並びに被告人の検事に対する供述調書の証拠調が未了のまま現在に至つているに過ぎないのであるが、これら未了の証拠調も近く完了することが確実視される情況にある。検事としては右共同被告人の証言如何によつては刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号によつて検事の面前における供述調書の証拠調を求める準備をしており、被告人の検事に対する供述調書についてはすでにその任意性は立証ずみである。しかして、これらの証拠の採否は一にかかつて原審裁判所の職権に属するところであるから、本件については検事側の立証は実質的に終了しており、証拠の隠滅を云々する余地はほとんどないと認めた原審の見解は相当であるといわざるを得ない。
次に原審は「本件は裁量保釈に属する案件であるとはいえ未決勾留は相当長期間に及んでいて今後の勾留継続は慎重を要すべく、裁判所の命じた保証金額は一応被告人の出頭を担保するに足るものと認められ、」と思料したのであるが(原審の意見書)、前記のとおり本件については検事側の立証は実質的に終了しているのであるから、原審としては本件事案の具体的内容を一応把握しているものというべく、この具体的内容と本件未決勾留の期間を考慮に入れて、保釈を許すべきものと判断したのであつて、検事の主張によつても、右判断を不当とするに足る理由を当裁判所としては発見できない。被告人が主動的地位にあつたというような理由は、いまだ一審判決のなされない前においてしかく強調さるべきものとは考えられない。なお、本件の主任弁護人及び外一名の五万円の連帯保証と現金五万円の保証金額が被告人の逃亡を防止できないものともいえない。
(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 網田覚一 判事 小泉敏次)