大阪高等裁判所 昭和30年(ナ)7号 判決 1955年12月26日
原告 中田昇一 外二名
被告 奈良県選挙管理委員会
主文
原告等の請求を棄却する
訴訟費用は原告等の負担とする
事実
原告訴訟代理人は昭和三十年三月二十八日執行の天理市議会の議員の選挙はこれを無効とする訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めその請求の原因として原告等は昭和三十年三年二十八日行われた天理市議会議員の選挙の選挙人であり且つその議員候補者であつたが右選挙は次の理由により無効である即右選挙に当り天理市選挙管理委員会が同年三月二十五日同市長柄投票区投票所(第十一投票所)における投票立会人として各本人承諾の下に選任し且つ本人に通知した投票立会人堀田義太郎、田淵源治、島本トミ、島田信太郎の四名中堀田義太郎及び田淵源治は同年三月二十七日午後九時頃投票立会人たることを解任せられた旨通告され同日塚本嘉二郎飯田市太郎の二名が右投票所の投票立会人に選任せられたが(一)右解任及び選任は右第十一投票所の投票管理者なる森岡正夫が恣になしたもので違法である(二)公職選挙法においては投票立会人についての解任ということは規定していないにも拘らず天理市選挙管理委員会により右第十一投票所の投票立会人に選任せられた田淵源治、並びに堀田義太郎を同人等が辞任しないのに解任したのは違法でありこの解任に伴い新たに投票日の前日なる同年三月二十七日塚本嘉二郎並びに飯田市太郎を右投票所の投票立会人に補充選任したのは法定期間内になされず又右違法な解任に基く補充選任であるからこれまた違法である右の違法は右選挙の結果について異動を及ぼす虞れがある場合に該当するしかして右選挙については投票所は二十四ケ所あるも開票所は一ケ所で各投票所の投票を混同して投票の点検をなしたものであるから右選挙の全部が無効であるよつて原告等は右選挙の効力に関し同年四月十日天理市選挙管理委員会に異議の申立をなしたが同委員会は異議却下決定をなし同年五月九日右却下決定書が原告等に交付され原告等はこれに対し同年同月十四日被告に訴願を提起したが被告は訴願棄却の裁決をなし右裁決書は同年七月二十三日原告等に送達せられたよつて原告等は右選挙無効の判決を求めるため本訴請求に及んだと陳述した(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告訴訟代理人の主張事実中昭和三十年三月二十八日行われた天理市議会議員の選挙に当り原告等がその選挙人であり且つその議員候補者であつたこと、右選挙に当り天理市選挙管理委員会が同年同月二十五日田淵源治並びに堀田義太郎を右選挙における第十一投票所の投票立会人に選任し同人等にその選任通知書を交付したが同年同月二十七日田淵源治並びに堀田義太郎が右投票立会人を解任せられ塚本嘉二郎並びに飯田市太郎が右投票所の投票立会人に選任せられ同人等に対しその通知がなされたこと、右選挙につき投票所が二十四ケ所あるも開票所は一ケ所で各投票所の投票を混同して投票を点検したこと原告等が右選挙の効力に関し同年四月十日天理市選挙管理委員会に異議の申立をなしたが同委員会は異議却下決定をなし同年五月九日右却下決定書が原告等に交付され原告等はこれに対し同年同月十四日被告に訴願を提起したが被告が訴願棄却の裁決をなし右裁決書が同年七月二十三日原告等に送達せられたことは認めるけれども原告訴訟代理人爾余の主張事実はこれを否認する。右投票立会人田淵源治同堀田義太郎の解任及び右投票立会人塚本嘉二郎同飯田市太郎の選任はいづれも天理市選挙管理委員会がその権限に基いて行つたものであつて右第十一投票所の投票管理者森岡正夫が恣に右解任並びに選任行為をなしたものではない蓋し右選挙に当り天理市選挙管理委員会は昭和三十年三月二十五日堀田義太郎、田淵源治並びに島田信一の三名を右選挙の第十一投票所の投票立会人に選任し同人等に対しその通知をなしたがその後田淵源治が右選挙の議員候補者堀内甚内の妻の兄であることが判明したので同委員会は選挙の公正を期するため田淵源治を解任しその補充として島本トミを右投票所の投票立会人に選任し同年同月二十七日午前八時頃同人等にその旨通知をなし島本トミは一旦就任したが同日午後五時頃神経痛であることを理由に辞任の届出をなしたので同委員会はこれを容認したのであるが堀田義太郎も右選挙の議員候補者清水義治の妹の夫の妹の夫であることが判明したので同委員会は同じく選挙の公正を期するため同日午後九時頃堀田義太郎に対し投票立会人の解任の通告をなしかくて島本トミ並びに堀田義太郎の欠員を補充するため同日午後九時頃塚本嘉二郎並びに飯田市太郎を右投票所の投票立会人に選任したものであるしかして投票立会人は当該選挙に関し投票管理者の補助機関として投票所における投票事務執行の公正を確保することの監視に任ずる公務員にしてその選任権限は原則として選挙管理委員会に専属し各投票区における選挙人名簿に登録された者の中から本人の承諾を得て自由に選任することができるものである。このように選任の権限を有するものは解任についてもその権限を有するものであつて選挙管理委員会が一旦選任した投票立会人をその意思によつて解任することは違法ではないのであつて天理市選挙管理委員会が右投票立会人田淵源治並びに堀田義太郎が前記の如く右選挙の議員候補者の親族であることを理由として解任する必要があつたか否かは議論の余地の存するところであるが仮令かかる理由で解任したとするもその解任を違法と断ずることではきないしかして投票立会人は選挙管理委員会において公職選挙法第三十八条第一項の規定により選挙の期日前三日までに選任することを原則とし選挙の当日投票開始時刻に至り又は投票開始後において投票立会人の数三人を欠いた場合において同条第二項により投票管理者にこれが補充選任を認めているのであるが右は選挙当日投票立会人が法定数を欠いた場合に直ちにこれが補充を行い得ないときは選挙の公正な執行に重大な支障をきたすことになるからこのような事態に対処するため応急の措置として特に投票管理者に投票立会人の選任を認めた特例にすぎないしかして選挙管理委員会において選挙期日前三日までに選任した投票立会人がその選任後投票日前に辞職し又は死亡し若しくは公職選挙法第三十八条第四項に該当するに至り解任した場合における欠員補充については法は何等明定するところがないがこれは右のような事由により選挙の当日投票開始時刻の当初から投票立会人の法定数を欠く事実を選挙期日前に選挙管理委員会において判明している場合までも同条第二項により選挙の当日投票管理者の補充選任に専属せしめ選挙管理委員会による選任を認めない趣旨と解することができない抑々投票立会人に対し選挙の期日前三日までに通知を必要とする立法の趣旨は選挙当日投票立会人の出席を確実ならしめるため予め投票立会人をして選挙当日出席の準備の万全を期せしめんとする趣旨から選挙期日前三日までに通知しおけば選挙の当日不参の事故防止上十分なりとの考慮により通知期限を定めたものであつて選挙管理委員会の投票立会人選任の期限を定めたものではない本件において投票立会人飯田市太郎並びに塚本嘉二郎に対する選任の通知が同年三月二十七日になされた事実は或は公職選挙法第三十八条第一項の規定する選挙の期日前三日までの通知義務に違背するとするも右規定はあくまで訓示的規定であつてこれを以て投票立会人の選任そのものを無効たらしめるものでなく右投票立会人の選任は有効である。これを要するに本件天理市選挙管理委員会が前記の如く飯田市太郎並びに塚本嘉二郎を投票立会人に補充選任したことが仮りに公職選挙法第三十八条第一項の規定に違反したとするも右違反は訓示的規定たる通知義務違反にして投票立会人なる資格を無効ならしめる程度の違背ではないから右選任通知が仮りに選挙の規定に違反したとするも本件選挙は資格を有する投票立会人により公正に行われた事実に照らし選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合に該当しないから原告等の本訴請求は理由がなく失当であると述べた(立証省略)
理由
昭和三十年三月二十八日行われた天理市議会議員の選挙に当り原告等がその選挙人であり且つその議員候補者であつたこと右選挙に当り天理市選挙管理委員会が同年三月二十五日田淵源治、並びに堀田義太郎を右選挙における第十一投票所の投票立会人に選任し同人等にその選任通知書を交付したが同年同月二十七日右田淵源治並びに堀田義太郎が右投票立会人を解任せられ塚本嘉二郎並びに飯田市太郎が右投票所における投票立会人に選任せられたこと、右選挙につき投票所が二十四ケ所あつたが開票所は一ケ所で各投票所の投票を混同して投票を点検したこと、並びに原告等が右選挙の効力に関し同年四月十日天理市選挙管理委員会に異議の申立をなしたが同委員会は異議却下決定をなし同年五月九日右却下決定書が原告等に交付され原告等はこれに対し同年同月十四日被告に訴願を提起したが被告は訴願棄却の裁決をなし右裁決書が同年七月二十三日原告等に送達されたことは当事者間に争のないところであつて原告等が同年八月二十二日当裁判所に本訴訟を提起したことは本件記録上明らかである
原告訴訟代理人は右選挙における第十一投票所の投票管理者森岡正夫が同年三月二十七日午後九時頃恣に右投票立会人堀田義太郎並びに田淵源治を解任し同日塚本嘉二郎並びに飯田市太郎を右投票所の投票立会人に選任した旨主張するけれどもこれを認むるに足る何等の証拠なく却つて成立に争のない乙第一号乃至第五号証並びに証人稲田政兵衛、同西山藤次郎、同森岡正夫、同堀田義太郎、同田淵源治、同飯田市太郎の各証言を綜合すると右選挙に当り天理市選挙管理委員会は同年三月二十五日田淵源治堀田義太郎並びに島田信一の三名を各本人の承諾を得て右選挙の同市長柄投票区投票所(第十一投票所)における投票立会人に選任し同人等にその通知をなしたが翌二十六日に至り田淵源治が右選挙の議員候補者堀内甚内の妻の兄に当ることが判明したので同委員会は選挙の公正を期する意図の下に田淵源治を解任してその補充として島本トミを右投票所の投票立会人に選任し同市教育委員会事務局の職員であり且つ右第十一投票所の投票管理者に選任せられていた森岡正夫に対し右解任及び選任の旨を各本人に伝達するよう命じたので森岡正夫は翌二十七日午前八時頃同市役所の職員である森継量子並びに宇野源治をして田淵源治並びに島本トミに対しそれぞれ右解任並びに選任の旨を伝達させ島本トミは右投票立会人となることを一旦承諾したがその後神経痛であることを理由に森岡正夫を通じ同委員会に辞任の申出をなしたので同委員会は同日同人の辞任を容認したが、さきに投票立会人に選任されていた堀田義太郎も右選挙の議員候補者清水義治の妹の夫の妹の夫に当ることが判明したので同委員会は同じく選挙の公正を期する意図の下に堀田義太郎に対し右投票立会人を解任し右二名の欠員を補充するため塚本嘉二郎並びに飯田市太郎を右投票所の投票立会人に選任の決定をなし森岡正夫に対し同人等にその旨伝達方を命じ森岡正夫は同日午後九時頃同人等に対しその旨通知し右選任については各その承認を得右選挙当日右第十一投票所においては投票立会人島田信一、塚本嘉二郎、並びに飯田市太郎の三名が投票に立会つたものであつて右投票立会人の解任並びにその補充選任は天理市選挙管理委員会が決定し右第十一投票所投票管理者森岡正夫をして各本人にその旨伝達させたに過ぎず右森岡正夫が恣に右投票立会人の解任及び選任をなしたものではない事実を肯認することができる
しかして原告訴訟代理人は公職選挙法においては投票立会人についての解任ということを規定していないのに拘らず本件選挙における第十一投票所の投票立会人に選任せられた田淵源治並びに堀田義太郎を同人等が辞任しないのにこれを解任したのは違法でありその解任に伴いあらたに投票日の前日なる昭和三十年三月二十七日塚本嘉二郎並びに飯田市太郎を投票立会人に補充選任したのは法定期間内になされずまた右違法の解任に基く補充選任であるからこれまた違法である旨主張するので考察するに投票立会人は選挙に関し投票管理者の補佐機関として投票所における投票に関する事務執行の公正を確保するためその監視の任に当る者であつて公職選挙法第三十八条第一項によると市町村の選挙管理委員会は各選挙ごとに各投票区における選挙人名簿に登録された者の中から本人の承諾を得て自由に三人以上五人以下の投票立会人を選任することができるものであつてかように選任の権限を有するものは特別の規定のない限りまたこれを解任する権限をも有するものであることは当然であるから市町村の選挙管理委員会は一旦選任した投票立会人を解任することができるものと解するのが相当であるしかしてまた同条項には市町村の選挙管理委員会はその投票立会人を選任しその選挙の期日前三日までに本人に通知しなければならない旨規定しているが右は投票立会人をして選挙の当日支障なく確実に参会することができるように準備を整えさせる趣旨からして定められた同委員会に対する訓示的規定であつて右期限後における同委員会の投票立会人選任の権限を制限するものではなく、右期限後における投票立会人の選任を無効ならしめるものではないと解すべきであるしてみると天理市選挙管理委員会が本件同市議会議員の選挙に当り右選挙の期日の前々日乃至前日に前認定の如くさきに選任した投票立会人堀田義太郎並びに田淵源治が右選挙の議員候補者と親戚関係があることを理由として選挙の公正を期する意図の下にこれを解任しその補充のため塚本嘉二郎並びに飯田市太郎を投票立会人に選任したことは何等違法の点はないものというべく右選挙当日右第十一投票所においては有効に選任せられた投票立会人島田信一、塚本嘉二郎並びに飯田市太郎の三名が投票に立合つたこと前認定の通りである
してみると右選挙を無効とする判決を求める原告等の本訴請求は理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項を適用して主文のとおり判決する
(裁判官 松村寿伝夫 藤田彌太郎 小野田常太郎)