大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)21号 判決 1958年11月27日
控訴人(被告) 茨城税務署長
被控訴人(原告) 株式会社 津田ボール製作所
原審 大阪地方昭和三八年(行)第六六号(例集五巻一二号299参照)
主文
原判決中「原告のその余の請求を棄却する」との部分を除き、その余を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当審において、被控訴代理人は、原判決事実摘示のうち、被控訴人の主張として、「修正申告において(a)の売掛金の差額七五、三七〇円(b)の前渡金八七三、三四〇円(c)の未収利息金三〇、〇五〇円(d)の普通預金七〇〇、九九九円(e)の当座預金の差額三二、七一三円を計上しなかつたことはこれを隠ぺい又は仮装したものではない」とあるを、「確定申告において右五項目を隠ぺい又は仮装したものではない」と訂正する。控訴人の自白の撤回には異議があると述べ、控訴代理人において、被控訴人が本件確定申告において右(a)(b)(c)(e)の金額を過少申告したことが、これを故意に隠ぺい又は仮装したものでないことは争わない。しかしながら、本件重加算税賦課処分について適用せられる昭和二十五年法律第七二号によつて改正された法人税法の下においては、所得金額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基いて申告書を提出していたときは(従つて、申告にかかる所得金額の計算の誤りの一部は、その計算の基礎となるべき事実で隠ぺい又は仮装されていないものに基く場合であつても)、同法第三三条第一項の追徴税額の全部に対し重加算税を徴収するものとされていたものであるから、本件重加算税賦課処分には毫も被控訴人主張の如き違法はない、と述べ、後に至つて、前記自白のうち(a)(b)(e)に関する部分は撤回すると述べたほか、当事者双方の事実上の主張はいずれも原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(証拠省略)
理由
一、被控訴会社は昭和二十五年十二月二十七日設立された鋼球(パチンコ球)等の製造販売を業とする法人であつて、右設立の日から翌二十六年十一月三十日までの事業年度の法人税に関し、昭和二十六年七月二十日所得金額を一二一、六〇〇円法人税額を四二、五六〇円とする中間申告書を、翌二十七年一月三十一日所得金額を三三五、〇〇〇円法人税額を一一七、二五〇円とする確定申告書を、それぞれ所轄税務署たる控訴人に提出したところ、控訴人が右確定申告に対し、同年三月二十五日所得金額を三六一、一〇〇円法人税額を一二六、三八〇円と更正(以下これを第一次更正という)したこと、その後同年九月二日被控訴会社より所得金額を三、一〇八、七〇〇円法人税額を一、〇八八、〇四五円とする修正申告をしたのに対し、控訴人が同年十一月三十日附決定をもつて、上叙中間申告分につき所得金額を一、五三七、八〇〇円法人税額を五三六、一三〇円重加算税額を二四六、五〇〇円、確定申告分につき所得金額を四、八九九、〇〇〇円法人税額を一、七一四、六五〇円重加算税額を五四七、〇〇〇円とする更正(以下これを第二次更正という)及び決定をしたこと、被控訴会社が右重加算税賦課処分を不服として昭和二十八年一月九日大阪国税局長に審査の請求をしたが、同年五月二十七日附でこれを棄却されたことは、いずれも当事者間に争がない。そして成立に争ない乙第九号証と本件口頭弁論の全趣旨とに徴すれば、控訴人は、被控訴会社における前記中間申告及び確定申告はいずれも課税標準の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その事実に基いてなされたものであり、かつ修正申告についても、課税標準の計算の基礎となる同会社の昭和二十六年十一月三十日(本件事業年度末)現在の貸借対照表中(a)売掛金一七二、九八〇円を九七、六一〇円に過少計上し、(b)前渡金八七三、三四〇円(c)未収利息三〇、〇五〇円(d)普通預金七〇〇、九九九円をいずれも計上せず、(e)当座預金八一八、九六三円を七八六、二五〇円に過少計上するなど、故意に事実を隠ぺい又は仮装し、その事実に基いて申告書を提出したものであるとして、法人税法(昭和二十五年法律第七二号によつて改正された法人税法)第四三条の二第一項に基き、
(1) 法第二〇条の規定による中間申告書提出にかかる分につき、過少申告加算税に代え、右税額計算の基礎となるべき法第三三条第一項の追徴税額(すなわち、中間申告による法人税額四二、五六〇円と中間申告に対する更正による法人税額五三六、一三〇円との差額)四九三、〇〇〇円(千円未満切捨)の百分の五十に相当する二四六、五〇〇円を重加算税額として徴収することとし、
(2) 法第二一条第一項の規定による確定申告書提出にかかる分につき、第一次更正においては重加算税を賦課せず、右更正にかかる法人税額一二六、三八〇円を確定申告したと同様に取扱い、これを基準として、まず(イ)修正申告により申告済の分につき過少申告加算税額計算の基礎となるべき法第二六条の二第二項の規定により納付すべき法人税額(すなわち、確定申告による法人税額一二六、三八〇円と修正申告による法人税額一、〇八八、〇四五円との差額)九六一、〇〇〇円(千円未満切捨)の百分の五十に相当する四八〇、五〇〇円と、(ロ)修正申告にも漏れている分について、過少申告加算税額計算の基礎となるべき法第三三条第一項の追徴税額(すなわち、第二次更正による法人税額一、七一四、六五〇円から修正申告にかかる法人税額一、〇八八、〇四五円と中間申告に対する更正により追徴すべき法人税額四九三、五七〇円とを差引いた残額)一三三、〇〇〇円(千円未満切捨)の百分の五十に相当する六六、五〇〇円との合計五四七、〇〇〇円を確定申告分に対する重加算税額として徴収することとし、
よつて本件重加算税額の賦課がなされたものであることが認められる。
二、さて本件においては、被控訴会社は確定申告後に修正申告書を提出しているのであつて、
(1) 右修正申告書は被控訴会社に対する政府の調査により更正のあるべきことを予知してしたものではなく、該調査着手前従前の申告に誤りがあることを発見し、一切を是正するためみずから進んでなしたものであるから、全面的に重加算税額を賦課すべきでないと主張するので考えてみるに、当裁判所は、原審と同様、右修正申告書の提出は被控訴会社においてすでに同会社に対する政府(大阪国税局)の調査が開始されたことを察知し、該調査の結果更正のあるべきことを予知してなされたものであり、従つて右修正申告書の提出は何等法第四三条の二第三項の要件をみたすものではないと判断する。その理由は原判決の「理由」中(原判決書十四枚表十二行目から十五枚裏十一行目まで)に説示されたところと全く同一であるから、これを引用する。
(2) また、法第四三条の二第一項に「前条第一項の過少申告加算税額計算の基礎となるべき第三十三条第一項の追徴税額」とあるその「追徴税額」とは、修正申告による法人税額と更正による法人税額との差額を指すのであつて、修正申告の提出により納付すべき法人税額は右にいう追徴税額に当らないとも主張するが、そのように解すべき何等の根拠も発見し得ない。
よつて被控訴会社の以上の主張はいずれもこれを採用することができない。
三、ところで、被控訴会社の本件中間申告及び確定申告が課税標準の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基いてなされたものであるとの点については、被控訴会社は前記(a)乃至(e)を除いて明かにこれを争わないところであり、成立に争のない乙第一号証乃至同第四号証及び原審における証人津田義光同橋爪信一の各証言を総合すれば、被控訴会社はその設立当初より資産の隠ぺいによる脱税を企図し、税務署関係専用の表帳簿を作成しこれに基いて中間申告及び確定申告を行い、別勘定の取引においては証憑となるべき書類等をその都度廃棄し、また銀行その他の取引に仮装名義を用いてその実態をくらましていた事実が認められるほか、前記(d)の普通預金七〇〇、九九九円は被控訴会社が昭和二十六年十一月末現在安田源十郎及び安田肇なる仮装名義で大阪銀行布施支店に預け入れていた二〇〇、〇九六円及び五〇〇、九〇三円の二口の預金の合計であるが、被控訴会社の代表取締役であつた津田義光は、大阪国税局がパチンコ球製造業者の脱税嫌疑に関し昭和二十七年六月頃調査を開始し、同業者天一鋼球株式会社に対して強制捜査が行われたことを知るや、同年八月十二日までの間に右預金全部を払い出してその預金通帳を焼却したことが明かであつて、これらの事実からすれば、被控訴会社が本件確定申告において右普通預金七〇〇、九九九円を申告しなかつたのは、その当時これを故意に隠ぺいする意図に基いたものであると認めるのが相当である。
而して、残りの(a)(b)(c)(e)については、控訴人は当審に至つてこれらが被控訴会社の隠ぺい又は仮装に基くものでないとの事実を認め、その後(a)(b)(e)に関する右自白を撤回しているのであるが、右自白の撤回の当否はしばらく措き、控訴人は、被控訴会社の本件確定申告にかかる法人税額に誤があり、その誤の一部について被控訴会社が所得金額計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基いて申告書を提出していたことが認められる以上、法第三三条第一項の追徴税額(すなわち確定申告による法人税額と更正にかかる法人税額との差額)全部につき重加算税額を課すべきものであると主張するので、まず右の主張につき判断する。
思うに、重加算税額の賦課に関する法人税法第四三条の二の規定については、昭和二十八年法律第一七四号による改正が行われているのであるが、本件重加算税の賦課処分は被控訴会社の昭和二十五年十二月二十七日から翌二十六年十一月三十日までの事業年度の法人税に関し、昭和二十七年十一月三十日控訴人が決定して通知したものであるから、本件については右改正前の法人税法(詳しくいえば昭和二十五年法律第七二号により改正された法人税法―以下これを旧法または旧という)の規定が適用せらるべきことは明かである(昭和二十五年法律第七二号附則3、昭和二十八年法律第一七四号附則15参照)。そして右旧法の規定によれば、確定申告にかかる法人税額に誤があつたことについて正当の事由がないと認められる場合には、政府は第三三条第一項の追徴税額(更正による不足税額)に百分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税額を徴収するものとされ(第四三条第一項)、さらに、右の誤を生じたことについて単に正当の事由がないというに止まらず、それが所得金額の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装に基くものであるときは、右の過少申告加算税額に代え、過少申告加算税額計算の基礎となるべき前記追徴税額に百分の五十の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税額を徴収するものとされているのであつて(第四三条の二第一項)、これらの規定によれば、重加算税額計算の基礎たる第三三条第一項の追徴税額の範囲につき、税額の一部が、その計算の基礎となるべき事実で隠ぺい又は仮装されていないものに基く場合とそうでない場合とを何等区別していないのである。そうすると、本件の場合、被控訴会社が確定申告をするに当つて法人税額計算の基礎となるべき所得金額を過少に計算申告し、その不足額のうち少くとも上叙説示の部分についてはその計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装していたことが明かであるから、被控訴会社は本件第二次更正にかかる第三三条第一項の追徴税額の全部につき前記第四三条の二第一項の規定に従つて計算した重加算税を徴収されることはやむを得ないところといわねばならない。
もつとも旧第四三条第一項及び第四三条の二第一項を右の如く解するときは、過少計算の大部分について正当の事由があるか、又は単なる誤算に基く場合であつても、その一部が所得金額計算の基礎となるべき事実の故意の隠ぺいに基くときは、更正にかかる追徴税額の全部につき重加算税を徴収される結果となり、納税者に対して苛酷にすぎる憾なしとはしない。しかしながら、重加算税額の課徴は申告者において所得金額の計算の基礎となるべき事実を故意に隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装に基いて不実の申告をしたことに対する制裁的性質を有するものであつて、その制裁が強ければ強い程不正申告を防止し徴税の実を挙げ得るわけであるから、徴税確保の見地よりして正しい申告を得るため必要があるときは、それが苛酷であるからといつて一概にこれを非難し去ることもできないであろう。そして旧第四三条の二の規定が、戦後経済界が未だ落着きをとり戻さず、脱税を目的とする不正申告の行われやすかつた当時の社会的事情の下で、上叙の如き防止的役割を果すために制定されたものであることは、当審証人中村平男の証言によりこれを窺知するに難くないところである。
そして右の四三条の二の規定は、その後昭和二十八年法律第一七四号により改正されたのであるが、この改正法律(以下新法又は新という)と旧法との両者の規定を彼此対照するときは、右の改正が実質的改正であつたこと、詳言すれば、旧法にあつては、申告にかかる税額の誤の一部について故意による事実の隠ぺい又は仮装があつた場合においても、不足税額の全部につき重加算税を徴するものとされていたのを、新法によつて、税額の誤のうち所得税額の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装に基く部分と、そうでない部分とを分ち、隠ぺい又は仮装されていないものに基くことが明かな部分については重加算税額を課徴しないことに改められたものであることがほぼ明らかだといい得る。けだし、新法附則一五項は、特に、新第四三条の二第一項から第三項までの規定は新法施行の日以後に決定の通知をする重加算税額のみに適用し、同日前に決定の通知のされたものについてはこれを適用しない旨を定めているが、もし新旧両規定の内容が均しく新法の定める如きものであるとしたら、かかる経過的規定を置く必要はないのである。また新第四三条の二第一項は、上叙の如く、不足税額のうち重加算税額の対象となる部分と、ならない部分とが生ずることを認めた結果、重加算税額の対象とならない部分については、当然第四三条第一項による過少申告加算税を徴収することができるよう配慮しているが、旧第四三条の二第一項にはそのような配慮がなされておらず、重加算税額は過少申告加算税額に代わるものとされているので、かかる旧法の規定の下において、隠ぺい又は仮装に基かない過少申告額に応ずる部分に対し重加算税額が課せられないとすると、その部分については過少申告加算税も課徴できないという不合理な結果に陥ることになろう。
このようにみて来ると、旧第四三条の二第一項の規定の趣旨はまさに控訴人の主張する如くであると解するのが正当であつて、控訴人が同条項に基き、本件確定申告にかかる法人税額と、その第二次更正にかかる法人税額との差額の全部につき重加算税額を賦課したことには、残りの(a)(b)(c)(e)の過少申告がその計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装に基いてなされたか否かの点を判断するまでもなく、何等違法のかどはないというべきである。
四、さらに被控訴会社は、昭和二十六年三月三十一日附の国税庁長官通達をとり上げて、本件重加算税額の賦課処分は右通達に反する違法があると主張するが、同通達は、控訴人の主張する如く何等の法的拘束力をも有するものでない。そして控訴人は、第二次更正において、すでに述べたような方法で本件重加算税額を算定しこれを賦課したものであり、旧法の規定の上でかかる計算が誤であるとはいえないから、被控訴会社のこの点の主張もまた理由がない。
五、そうすると、原判決は本件確定申告分に対する重加算税額賦課処分のうち、前記(a)(b)(c)(e)の所得金額一、〇一一、四七三円に対する追徴税額についての部分を違法であるとして取消した点において一部失当たるを免かれず、控訴人の本件控訴はその理由がある。
よつて原判決の右の部分を取消し、被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加納実 小石寿夫 岡部重信)