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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)243号 判決 1960年2月29日

訴訟引受人 島本弘 外二名

脱退控訴人 国

被控訴人 高垣博一

主文

1、訴訟引受人島本弘は、被控訴人に対し、被控訴人から二二万二六八〇円の支払を受けるのと引換に別紙目録第一記載の家屋を引き渡せ。

2、訴訟引受人松井清太郎は、被控訴人に対し、被控訴人から二四万七六六五円の支払を受けるのと引換に別紙目録第二記載の家屋を引き渡せ。

3、訴訟引受人田中キミは、被控訴人に対し、被控訴人から一五万二一〇五円の支払を受けるのと引換に別紙目録第三記載の家屋を引き渡せ。

4、被控訴人のその余の請求を棄却する。

5、訴訟費用中当審における訴訟引受以後の分はこれを二分し、その一を訴訟引受人らの負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

事実

被控訴代理人は、「被控訴人に対し、訴訟引受人島本弘は、別紙目録第一記載の家屋(以下甲家屋という。)を、訴訟引受人松井清太郎は、同目録第二記載の家屋(以下乙家屋という。)を、訴訟引受人田中キミは、同目録第三記載の家屋(以下丙家屋という。)をそれぞれ収去せよ。」との判決を求め、訴訟引受人ら代理人は、被控訴人の請求を棄却するとの判決を求めた。

被控訴代理人は、請求の原因として及び訴訟引受人三名の主張に対し、次のとおり述べた。

一、被控訴人は、昭和二四年五月一六日佐伯久子から同入所有の大阪市東淀川区柴島町三二一番地の一、二の宅地(以下本件宅地という。)と同町三二二番地の一、二の宅地を買い受け、翌日その所有権移転登記手続を経由した。

二、訴訟脱退控訴人国(以下国という。)は、昭和二五年一月一九日本件宅地の内三二一番地の一地上の家屋番号柴島町第二三六番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二六坪九合二勺二階坪二二坪五合九勺(昭和三〇年四月一九日分割により甲、乙家屋となる。)を三原新次郎から、本件宅地の内三二一番地の二地上の丙家屋を三原京子からそれぞれ物納により取得し、昭和二五年一月二〇日その所有権移転登記手続を経由した。

三、訴訟引受人島本弘は、昭和二七年六月二六日甲家屋を、訴訟引受人松井清太郎は、昭和二八年八月一九日乙家屋を、訴訟引人田中キミは、同年二月二日丙家屋をそれぞれその所有者国から買い受けて所有権を取得し、いずれも昭和三一年七月三日その所有権移転登記手続を経由した。訴訟引受人三名は、被控訴人に対抗する権限がないのに、それぞれ右家屋を所有し、その敷地を占有しているから、本件土地の所有権に基き右各家屋の収去を求める。

四、訴訟引受人らは、昭和三三年七月九日の口頭弁論期日において、借地法第一〇条に基く建物買取請求権を行使した。しかし、本件控訴が提起された昭和三〇年二月以来右期日までに既に二年五ケ月を経過したが、国及び訴訟引受人らの主張は、第一、二審を通じ本件宅地に対する賃貸借契約が存在していることのみに終始していた。訴訟引受人らは、控訴審で昭和三二年九月二〇日から前記口頭弁論期日まで七回の口頭弁論期日においても賃貸借契約の存在にのみ防禦方法を集中しながら昭和三三年七月九日の口頭弁論期日に至り始めて建物買取請求権を行使したのは、訴訟引受人らの重大な過失に基く時機に遅れた防禦方法であり、これにつき審理するためには新たに証拠調をする必要があり、その結果訴訟の完結を遅延させるに至るから、民訴法第一三九条により却下されるべきである。

五、仮に右主張が理由ないとしても、(イ)、前記家屋の前々所有者の三原新次郎、三原京子は、本件宅地の所有者である被控訴人と賃貸借契約を締結したことも、地代その他の名目による金員を一度も支払つたこともなく、(ロ)、三原新次郎、三原京子から右建物を物納により取得した国は、訴訟引受人らに右家屋の所有権を移転した当時被控訴人に対し本件土地の賃借権を有していなかつた。すなわち、被控訴人が買い受けた本件宅地は、登記簿上佐伯久子名義となつていたが、実質上は前記家屋の所有者で佐伯久子の親戚である三原新次郎、三原京子の所有のものとして使用され、右両名が地上に右家屋をそれぞれ所有していたのであるから、佐伯久子と三原新次郎、三原京子との間では家屋所有のため土地賃貸借契約を締結する必要はなく、事実上も賃貸借契約は存在しなかつた。被控訴人は、昭和二三年二月頃三原新次郎の要望により佐伯久子の代理人三原新次郎と本件宅地を買い受ける旨約定したが、当時は右宅地上に家屋の存在していることに考慮を払わず、所有権移転登記をする際これを確知した。右売買契約の際三原新次郎は本件家屋を財産税に対する物納とするため所轄税務署にその許可申請を既にしていることを被控訴人に告げず、既に物納の手続を進めているため、被控訴人に対し本件宅地につき賃貸借契約の申込をする必要がないと認めて、その申込をしなかつたのである。以上の次第で、被控訴人と三原新次郎、三原京子との間は勿論、被控訴人と国との間にも本件宅地につき具体的な賃貸借契約締結の話合はなく、賃貸借契約のないまま、国は前記家屋を訴訟引受人らに売り渡したのである。建物買取請求権を取得するためには、建物の売買の際その敷地の賃借権が存続することを要するのであるから、前記のように本件宅地につき賃貸借契約が存在しなかつた以上、訴訟引受人らは建物買取請求権を取得することはできない。

六、仮に右主張が理由ないとしても、本件宅地の賃貸借契約は、賃料の不払により解除された。すなわち、国は昭和二五年一月一九日本件家屋の所有権を取得したが、被控訴人に対し地代を全然支払わなかつたので、被控訴人は昭和二七年九月一七日付翌一八日到達の内容証明郵便により大蔵省に対し、昭和二五年一月一九日以後引き続き二年以上地代を支払わなかつたから、民法第二六六条に基き本件宅地に対する地上権の消滅請求の意思表示をし、右意思表示は土地の賃借権にも援用されるべきであるから、昭和二七年一月一八日本件宅地の賃借権は消滅した。従つて、国は同日以降本件宅地を不法に占有していたこととなるから、その後に本件家屋の所有権を取得した訴訟引受人らは右土地の不法占有者であつて、建物買取請求権を取得することはできない。

訴訟引受人ら代理人の答弁は、次のとおり述べた外、原判決の事実記載中国の答弁(原判決二枚目表八行目答弁として以下三枚目表八行目まで)と同一であるからこれを引用する。

一、訴訟引受人らが、被控訴人主張の日その主張の家屋を国から買い受け所有権移転登記手続を経由したことは認める。

二、本件宅地の元所有者佐伯久子は、同宅地上の丙家屋の元所有者三原京子の母で甲及び乙家屋(以前は一棟の家屋として登記されていたが、被控訴人主張のように二戸に分割登記された。)の元所有者三原新次郎は、三原京子の夫で、右三名は同一世帯で生活するものであり、三原新次郎は事実上右宅地を自己の所有物として使用していたのである。このような場合は宅地の所有者とその宅地上の建物の所有者とが異つているものと見ることは条理に反するもので、宅地及び建物の所有者が同一人である場合に該当するものと見るべきである(すなわち宅地の所有者が母で建物の所有者がその娘夫婦である場合に母と子との間において宅地の賃貸借契約を締結していたものということは不条理であるからである。)。被控訴人は昭和二四年五月一六日(登記は同月一七日)本件宅地とその他の宅地二筆及び建物一棟を佐伯久子から買い受けてその所有者となつたが(もつとも昭和二二年五月九日に被控訴人の父高垣信輝名義で売買契約を締結している。)、本件宅地上には本件甲、乙、丙家屋が存在し、昭和二二年以前から訴訟引受人島本弘は甲家屋を、同松井清太郎は乙家屋を、同田中キミは丙家屋をそれぞれ適法に賃借して平穏公然に生活していたのであり、被控訴人及びその父も右事実をよく知つていたのである。このような場合には、宅地の買主である被控訴人は、その宅地の売主の事実上及び法律上の地位を承継することを承認して本件宅地を買い受けたものというべきである。すなわち、宅地の売主はその売買契約をするまでにその宅地上には建物(本件では形式的名義が宅地は母の佐伯久子、建物は娘夫婦となつている。)があつて、その宅地を建物の敷地として使用すること及びその建物を賃借人が適法に賃借居住していることを承認していたのであつて、このように宅地と建物及びその建物の賃借人との関係の存続することを承認して宅地の売買がなされたのである。

三、右のような関係があつたから、昭和二四年五月一七日被控訴人が本件宅地を買い受け登記した当時右宅地上の建物は第三者に賃貸されてあり、かつこれは国に物納することになつている(物納のことは乙第三号証記載の売買契約がなされた昭和二二年頃から被控訴人の父に話してある。)から、それまで本件宅地を被控訴人から三原新次郎に賃貸する旨の賃貸借契約が両者間に成立した。

四、昭和二五年一月二〇日本件家屋は国に物納されたが、右家屋の賃借人には変動はなかつた。昭和二六年七月か八月頃被控訴人から訴訟引受人らに対し、本件宅地に対する昭和二二年からの地代を支払えとの請求があつたので、昭和二五年と二六年分の地代として、訴訟引受人松井清太郎、同田中キミは各二〇〇〇円、同島本弘は三〇〇〇円を被控訴人に支払い、被控訴人はこれを受領したが、その後これをそれぞれ返還し、訴訟引受人らは無智のためこの返還を拒否しなかつた。

五、以上の事実関係及び法律関係により、訴訟引受人らは本件宅地をそれぞれ適法に占有使用する権限を有するのであつて、不法に占有しているのではない。

六、仮に被控訴人が訴訟引受人らに対し本件宅地の賃貸を承諾しないならば、訴訟引受人らは、本訴で(昭和三三年七月九日の口頭弁論期日)借地法第一〇条によりそれぞれその所有の家屋を時価で買い取ることを請求する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、被控訴代理人において、原審で提出した甲第三号証の一、二、第五号証を撤回し、甲第二号証の三、四、第五ないし第七号証、第八、第九号証の各一、二を提出し、当審証人高垣信輝の第一、二回証言を援用し、乙第五ないし第九三号証の成立を認めると述べ、訴訟引受人ら代理人は、乙第五ないし第九三号証を提出し、当審証人松井りん、三原新次郎(第一、二回)の書証言、当審における鑑定人佃順太郎の鑑定の結果を援用し、甲第五ないし第七号証、第八号証の一、二の成立を認める、原判決事実記載の国の証拠の提出援用認否を援用すると述べ、甲第九号証の一、二の認否をしなかつた外、原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

被控訴人が昭和二四年五月一六日佐伯久子からその所有の本件宅地を買い受け、翌一七日所有権移転登記手続を経由したこと、国が昭和二五年一月一九日本件甲、乙家屋(当時は甲、乙家屋は建坪二六坪九合二勺であつたが、昭和三〇年四月一九日分割され甲、乙家屋となつた。)を三原新次郎から、丙家屋を三原京子からそれぞれ物納により取得し、翌二〇日所有権移転登記手続を経由したこと、訴訟引受人三名が、被控訴人主張の日その主張の家屋を買い受けて所有権を取得し、所有権移転登記手続を経由したことは、いずれも当事者間に争がない。

被控訴人は、訴訟引受人島本弘は甲家屋を、同松井清太郎は乙家屋を、同田中キミは丙家屋を所有し、被控訴人に対抗する権限なくその敷地を占有していると主張し、訴訟引受人らはその主張の二ないし四の事由により賃借権を有しこれに基き右家屋の敷地を適法に占有していると主張するので考える。成立に争のない甲第一号証、乙第三号証、第六一号証、当審証人高垣信輝の証言(第二回)により成立の認められる甲第九号証の一、二、原審証人三原新次郎の証言により成立の認められる乙第四号証、原審証人佐伯久子、当審証人松井りん、原審及び当審(第一、二回)証人三原新次郎の各証言、当審証人高垣信輝の証言(第一、二回)の一部(後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すると、次の一ないし六の事実を認めることができる。

一、本件宅地の元所有者佐伯久子は、本件丙家屋の元所有者三原京子の母で、本件甲、乙家屋の元所有者三原新次郎は三原京子の夫で、右三名は同一世帯で生活している。本件宅地は佐伯久子の所有名義となつていたが、実際上は三原新次郎が自己所有と同様に使用し、右宅地の内三二一番地の一地上に甲、乙家屋を所有し、三原京子は右宅地の内同番地の二地上に丙家屋を所有していたが、母と娘夫婦の関係上いずれも佐伯久子に右宅地に対する地代を支払つたことはなかつた(この点は当事者間に争がない。)。

二、昭和二二年二月一五日三原新次郎は財産税の申告をしたが、財産税を納付することができなかつたので、その頃三原京子とともに本件家屋を国にそれぞれ物納することとし、物納手続をした。その後昭和二二年五月九日三原新次郎は佐伯久子を代理して被控訴人の父高垣信輝に対し、佐伯久子所有の本件宅地外二筆の宅地と家屋一棟(被控訴人現在の家屋)を代金六万五〇〇〇円、内金一万円を契約と同時に支払い残金五万五〇〇〇円を四ヶ月以内に支払うこと、代金の支払を完了するまでは所有権は佐伯久子にあつて、高垣信輝は一ケ月二〇円の家賃を支払うこと等の約定で売り渡す旨契約した。高垣信輝は、右契約の日内金一万円を支払つたが、その余の代金の支払を遅延し、昭和二四年五月一六日代金の支払を完了し、三原新次郎と合意の上買主を被控訴人とし、翌一七日被控訴人名義に所有権移転登記手続を経由した(被控訴人が右宅地を買い受け右のように登記したことは前記のように当事者間に争がない。)。

三、三原新次郎と三原京子とは、前記のように本件家屋の内それぞれその所有の家屋を国に対し物納する手続をしたが、その許可は遅れ昭和二三年一〇月頃なされ、その登記手続は更に遅れて昭和二五年一月二〇日になされた(登記の点は当事者間に争がない。)。三原新次郎は、家屋物納の許可があれば、家屋の所有権は当然国に移り、国が家屋の賃借人から賃料の支払を受け地主に敷地の地代を支払うものと考えていたところ、前記のように所有権移転登記が遅れている内に東淀川区役所から家屋に対する税金の支払を督促された。そこで三原新次郎は財務局で聞くと家屋の所有権移転登記の完了までは家屋税の支払義務があるといわれたので、家賃と家屋税を計算してみると、家屋税の方が多額であり、他方高垣信輝との前記売買契約の代金の支払も前記のように遅れており、右売買の目的である宅地建物に対するその間の税金をも佐伯久子が納付しなければならなかつたので、昭和二四年五月一六日本件宅地の買受人を高垣信輝から被控訴人に変更して売買契約をした際、本人兼三原京子の代理人として、被控訴人の代理人高垣信輝に対し、右の事情を述べ、本件宅地を賃貸されたい、近く本件家屋は国に物納されることとなるが、物納になれば、国から地代の支払を受ければよい。物納の登記があるまで賃料を支払わなければならないが、前記事情であるから免除されたいといつたところ、高垣信輝はこれを承諾した。

四、訴訟引受人松井清太郎は、二〇数年以前から乙家屋を、昭和二二年以前から訴訟引受人島本弘は甲家屋を三原新次郎から、訴訟引受人田中キミは丙家屋を三原京子からそれぞれ賃借して居住していたが、被控訴人が本件宅地を買い受けた際、被控訴人の代理人高垣信輝は、訴訟引受人三名が右家屋を賃借して居住していたことを知つていた。

五、被控訴人は、昭和二七年九月一七日付翌一八日国に到達した代理人弁護士藤江政太郎名義の書面で国に対し、国は昭和二五年一月一九日甲、乙家屋(当時は一棟の家屋)を三原新次郎から、丙家屋を三原京子からそれぞれ物納により取得し、翌二〇日その所有権移転登記をしたのに、その敷地である本件宅地の所有者である被控訴人に対し、右宅地に対する公定地代を昭和二五年一月一九日から引き続き二年以上支払わないから、右宅地の地上権は民法第二六六条により準用される同法第二七六条の規定により消滅を請求する旨の意思表示をし、これを原因として国に対し家屋収去の本訴を提起した(もつとも、後不法占拠を理由とし、所有権に基く請求に変更した。)。

六、被控訴人は、昭和二六年七月か八月頃から再三訴訟引受人らに対しその居住家屋の敷地の税金の負担金名義で金員の支払を求め、昭和二七年二月と三月頃の二回に訴訟引受人松井清太郎、同田中キミから合計二〇〇〇円ずつ、同島本弘から合計三〇〇〇円の支払を受けたが、同年八月頃これを返還した。

当審証人高垣信輝の第一、二回証言中以上の認定に反する部分は、前掲の他の証拠と対比して信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実から考えると、被控訴人が佐伯久子から本件宅地を買い受け所有権を取得した昭和二四年五月一六日に被控訴人と三原新次郎との間において本件宅地の内三二一番地の一の宅地につき、被控訴人と三原京子との間において本件宅地の内同番地の二の宅地につき建物の所有を目的とする賃貸借契約が成立し、被控訴人は、甲、乙、丙家屋が国に物納されその所有権移転登記のあるまでの右宅地の賃料を免除し、かつ三原両名から国に対する右家屋の物納に伴う右賃借権の譲渡を予め承諾し、少くとも昭和二七年九月一七日頃までは国から本件宅地の賃料の支払を受ける意思を有していたことが明らかである。そして賃借人の居住している家屋が税金の支払のため国に物納される場合には、その家屋を取りこわす約定ではなく、そのまま家屋を存続させ居住の用に供する目的でなされるものと認めるのを相当とし、このような場合には、家屋の所有権の譲渡と同時に家屋の敷地の賃借権も譲渡されるものと推定すべきである。そうすると、三原新次郎、三原京子から前記家屋が国に物納されると同時にその敷地に対する賃借権は、右両名からそれぞれ国に譲渡されたものと推定すべきであり、前記のように被控訴人は右譲渡を予め承諾していたのであるから、国は右賃借権を適法に取得したものというべきである。

既に認定したところにより明らかなように、訴訟引受人島本弘は甲家屋を、同松井清太郎は乙家屋を、同田中キミは丙家屋をそれぞれ賃借して居住しているままの状態で国から買い受けたのであるから、その買受と同時にそれぞれその敷地の賃借権の譲渡をも受けたものと推定すべきところ、右賃借権の譲渡を被控訴人が承諾したことを認めるに足る証拠はない。もつとも、前記認定の六の事実によると、被控訴人は訴訟引受人らから本件宅地の税金の負担金名義で金員を一旦受領したことがあるが、右は訴訟引受人らがそれぞれ本件家屋の所有権及びその敷地の賃借権の譲渡を受ける以前のことであり、かつ被控訴人は右金員を本件宅地の賃料として受領したものでないことが明らかであるから、右事実により、被控訴人が訴訟引受人らにおいて賃借権の譲渡を受けるにつき、黙示の承諾を与えたものと認めることはできない。

訴訟引受人らは、賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾がないとしても、本件宅地上の家屋には賃借人が居住し、家屋の収去は賃借人に居住の場所を失わせることとなり、社会、経済、人道上からも許されず、このような場合の賃借権の譲渡は賃借人である被控訴人の承諾を要しないから、訴訟引受人らは賃借権の譲渡を被控訴人に対抗できると主張するが、訴訟引受人ら主張のような場合においても、賃借人が賃借権の譲渡をするについて賃貸人の承諾を要しないとする法理上の根拠は存しないから、訴訟引受人らは、被控訴人の承諾のない以上賃借権の譲受を被控訴人に対抗することはできない。右主張は採用できない。

訴訟引受人三名が、昭和三三年七月九日の当審口頭弁論期日において被控訴人に対し、それぞれその所有の本件家屋を時価で買い取ることを請求したことは記録上明らかである。被控訴人は、右買取請求は訴訟引受人らの重大な過失による時機に遅れた防禦方法であるから、民訴法第一三九条の規定により却下されるべきであると申し立てるが、記録にあらわれた従前の訴訟の経過に鑑み、訴訟引受人らが故意又は重大な過失により時機に遅れて提出した防禦方法でそのため訴訟の完結を遅延させるものと認めることはできないから、右申立は理由がない。

そこで、右買取請求につき考えるに、既に認定したところにより明らかなように、訴訟引受人らは、三原新次郎、三原京子から適法に本件宅地の賃借権の譲渡を受けた国から、訴訟引受人らが一それぞれ買い受けた家屋の敷地の賃借権の譲渡を受けたが、その譲渡を賃貸人である被控訴人が承諾しなかつたのであるから、訴訟引受人島本弘は甲家屋を、同松井清太郎は乙家屋を、同田中キミは丙家屋を被控訴人に対し時価で買い取ることを請求することができるものといわなければならない。被控訴人は、右賃借権は昭和二七年九月一八日消滅したから、その後訴訟引受人らが賃借権の譲渡を受けたとしても、本件家屋の買取請求権を取得することができないと主張し、被控訴人が同日国に到達した書面(甲第九号証の一)により、国が引き続き二年以上地代を支払わぬことを理由として本件宅地の地上権消滅の請求をしたことは、既に認定したとおりであるが、本件宅地に関する権利は地上権ではなく賃借権であり、賃料の不払を理由として賃貸借契約を解除するためには、相当の期間を定めて賃料の支払を賃借人に催告し、賃借人が右期間を徒過することを要するところ、右地上権消滅請求が賃貸借契約解除の意思表示であると解せられるとしても、相当の期間を定めて国に対し賃料の支払を催告することなく、直ちに消滅請求をしたことが明らかであるから、これにより前記賃借権を消滅させることはできない。その他に訴訟引受人三名が右賃借権の譲渡を受ける以前に賃料不払により賃貸借契約が解除されたことを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

訴訟引受人三名が昭和三三年七月九日した本件家屋の買取請求により、甲家屋につき訴訟引受人島本弘と被控訴人との間に、乙家屋につき同松井清太郎と被控訴人との間に、丙家屋につき同田中キミと被控訴人との間にそれぞれ時価による売買契約が成立したものというべきである。当審における鑑定人佃順太郎の鑑定の結果によると、右家屋の昭和三三年当時の時価は、甲家屋は二二万二六八〇円、乙家屋は二四万七六六五円、丙家屋は一五万二一〇五円であることを認めることができるから、右時価により訴訟引受人らと被控訴人との間に前記売買契約が成立したものというべきである。

そうすると、本件甲、乙、丙家屋の所有権は、昭和三三年七月九日被控訴人に移転し、訴訟引受人島本弘は甲家屋の、同松井清太郎は乙家屋の、同田中キミは丙家屋の所有者ではなくなつたものというべきであるから、訴訟引受人三名がそれぞれ右家屋の所有者であることを前提として右家屋の収去を求める被控訴人の請求は失当である。しかし、本件宅地の所有権に基き右各家屋の収去を求める請求中には訴訟引受人らの買取請求の結果同地上家屋の所有権が被控訴人に移転した場合においては代金と引換に家屋の引渡を求める請求を含むものと解するのを相当とする。そして、訴訟引受人島本弘が甲家屋に、同松井清太郎が乙家屋に、同田中キミが丙家屋にそれぞれ居住してこれを占有していることは、いずれも訴訟引受人らの認めるところであるから、訴訟引受人島本弘は被控訴人から二二万二六八〇円の支払を受けるのと引換に甲家屋を、同松井清太郎は被控訴人から二四万七六六五円の支払を受けるのと引換に乙家屋を、同田中キミは被控訴人から一五万二一〇五円の支払を受けるのと引換に丙家屋を被控訴人に引き渡すべき義務があることは明らかである。

被控訴人の本件請求は、右認定の限度で正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民訴法第九五条第九二条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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