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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1018号 判決 1959年6月12日

控訴人 今井豊一

被控訴人 西田忠吉

主文

本件控訴を棄却する

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人から控訴人に対する昭和三十年二月十四日京都地方法務局所属公証人上原角三郎作成第六一一二四号売買契約公正証書の執行力ある正本に基ずく強制執行は之を許さない訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた

当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人に於て公正証書が嘱託者の替玉によつて作成せられた時は無効である即ち(イ)公正証書は判決と同一の債務名義となる強力な効力を保有せしめられ法律は其の作成手続に厳重な規定を設け之に反するものは公証力なきものとした(公証人法第二条)故に右規定は強行規定であつて厳格に解釈すべきものであるから公証人が嘱託人の本人なることを確認することを定めた公証人法第二十八条により又は代理人による証書作成に付ては代理人の権限を証すべき証書の提出等は絶対的の要件と云わねばならぬ然るに本件に於ては右嘱託人認定のための印鑑証明等はあるが本人が役場に出頭せず他人が嘱託人本人なりと潜称して証書を作成したもので該公正証書は当然無効であつて右潜称者と嘱託人本人との関係は証書の無効なことに対し何等の影響を及ぼさない(ロ)公正証書記載の意思表示の点から見ても嘱託本人の意思表示は実際には存在せず又代理人の意思表示も存在しないのであるから公正証書は何等の委嘱に基ずくことなく到底債務名義となり得ないのである然るに原判決がその理由中に、「事実は被告(被控訴人)西田は出頭せず訴外笹井某が被告の代理となつて出頭したものであることは当事者間争ない」と認定したのは当事者の主張しない事実の認定であつて全く誤であると述べ被控訴代理人に於て被控訴人が訴外大西稔との間に同人を買主として本件物件に付代金百八十万円と記載した売買契約書を作成し右大西から控訴人に対し右売買契約書を示したことは事実であるが之が為めに控訴人が錯誤に因り本件売買契約を締結したことは之を否認する控訴人は買主福山興導と共に直接売主たる被控訴人と交渉し又自ら物件を調査した上本件売買並保証契約を為したもので何等被控訴人の詐欺による意思表示となし得ないと述べた外いずれも原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用する

証拠として控訴代理人は甲第一乃至三号証を提出し原審並当審証人福山興導、村山太造、大西稔の各証言、当審証人上田友二郎の証言並原審及当審に於ける控訴本人尋問の結果を援用し乙第一号証中裏書部分のみの成立を認めその他の部分は不知と述べ同第二号証の成立を認めた被控訴代理人は乙第一、二号証を提出し原審並当審証人村山太造、大西稔、西田タキエの各証言及当審証人笹井喜久男(第一、二回)の証言を援用し甲号各証の成立を認め同第一号証を利益に援用した

理由

被控訴人を債権者訴外福山興導を主たる債務者控訴人を連帯保証人として控訴人主張の公正証書が作成せられたこと並被控訴人が右公正証書の執行力ある正本に基ずき控訴人に対し強制執行に着手したことは当事者間に争ない。控訴人は右公正証書は当事者の通謀に因る仮装行為乃至被控訴人の詐欺に基ずく行為であると主張するけれども控訴人本人の原審並当審に於ける右に照応する供述はたやすく措信し難く控訴人が当審に於て提出した甲第三号証証人福山興導、村山太造、大西稔及上田庄二郎の各証言によつては未だ右控訴人主張事実を肯認するに足らず却つて原判決摘示の証拠によれば右の通謀による虚偽の意思表示及被控訴人の詐欺の事実の存しないこと明であるからこの点について原判決の理由を引用する

次に控訴人は右公正証書の作成に当つて債権者たる被控訴人は公証役場に出頭せず、何等代理権なき訴外笹井某が被控訴人本人として出頭し債権者として署名捺印したものであるから斯る替玉によつて作成された公正証書は当然無効であると主張するに付按ずるに本件公正証書作成に当り債権者たる被控訴人は公証役場に出頭せず訴外笹井喜久男が出頭し債権者として被控訴人の氏名を記載し之に捺印したことは被控訴人の争わないところであるからこの限度に於て本件公正証書は事実に吻合しない瑕疵あるものといわねばならぬが当審証人福山興導、大西稔及村山太造の各証言を綜合すれば公正証書作成当日主たる債務者福山興導共同保証人村山太造大西稔と債権者の代理人として訴外笹井喜久男等はさきに各々公証役場に出頭し控訴人は稍遅れて出頭したが控訴人を除く出頭者はいずれも右笹井が被控訴人の代理人たることを知悉して本件公正証書を作成したことを認め得べく、当審に於ける控訴人本人の供述によれば控訴人は右公正証書作成の後二、三日して村山太造から右公正証書に被控訴人が公証役場に出頭しなかつたことを聞知したに拘らず之に対し異議を申立ることなく一部弁済をしていること明であるから、被控訴人は実体上控訴人に対し売主としての権利を有すること論を俟たない。然らば訴外笹井喜久男が直接被控訴人の氏名を記載したことは公正証書作成につき瑕疵あるを免れないが右の瑕疵は被控訴人の実体上の権利並控訴人の執行受諾の意思表示には影響を及ぼさないと解するのを相当とするから控訴人のこの点に関する抗弁は採用し難い。

よつて控訴人の異議を排斥した原判決を相当と認め本件控訴を棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条第八十九条に則り主文の通り判決する

(裁判官 藤城虎雄 亀井左取 坂口公男)

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