大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1178号 判決 1962年11月06日
判 決
控訴人兼附帯被控訴人
小森ふじ子こと
王京香
右訴訟代理人弁護士
西村重次郎
当時大津市膳所滋賀刑務所在監中
被控訴人兼附帯控訴人
王金山
右訴訟代理人弁護士
浅井稔
右訴訟復代理人弁護士
津留崎利治
右当事者間の頭書併合事件につき、当裁判所は、昭和三七年九月八日終結の口頭弁論に基き、次の通り判決する。
主文
原判決を次の通り変更する。
控訴人兼附帯被控訴人と被控訴人兼附帯控訴人とを離婚する。
被控訴人兼附帯控訴人は控訴人兼附帯被控訴人に対し金二〇万円を支払え。
控訴人兼附帯被控訴人と被控訴人兼附帯控訴人間の長女京子(昭和二三年一二月二〇日生)の監護者を控訴人兼附帯被控訴人と定める本件控訴中金員支払に関する部分並びに附帯控訴はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は第一、第二審を通じ全部被控訴人兼附帯控訴人の負担とする。
事実
控訴人兼附帯被控訴人(単に控訴人という)代理人は控訴事件につき、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人兼附帯控訴人(単に被控訴人という)は、控訴人に対し、さらに金五〇万円を支払え、控訴人と被控訴人間の長女京子(昭和二三年一二月二〇日生)の監護者を、控訴人と定める、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」、との判決、附帯控訴事件につき「附帯控訴棄却」の判決、を求め、被控訴代理人は、附帯控訴事件につき「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す、控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする」との判決、及び控訴事件につき「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出援用認否は、次に記載するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人は、
第一、離婚の準拠法について、
(イ) 原審が、中華人民共和国(中共という)法を離婚の準拠法と認めたのは、左の点において失当である。ゆえに本件においては、中華民国(中華という)法を、準拠法として指定されたい。
(ロ) わが法例第一六条が、離婚という身分関係の準拠法として、夫の本国法を指定している法意は、その本国法が当事者の身分的生活関係に、もつとも密接な関係をもつているものと考えたからである。
(ハ) 原審が、夫たる被控訴人の本籍が、中共の事実上の支配下にあることを唯一の資料として、本件の準拠法を中共法であると認めたものであるが、右法例の法意とするところは、単にその本籍地のみを資料として、本国法を定むべきものとするものではなく、諸般の事情を考慮して定むべきものであるとするものと考えられ、ことに現在の中国の複雑な事情の下においては尚更のことである。
(ニ) 本件の当事者は、双方とも、中共が成立する以前から現在に至るまで、日本国に在留する中国人であり、日本国内において結婚し、永く日本国内に住所を持ち居住するものであるが、日本国内に在留する中国人の中には、本件当事者をも含め、その本籍地が、現に中共政府の事実上の支配内にあつても、その身分的法律関係については、なおかつ中華の法秩序に従うべき意思をもち、同時にその法域に、身分的生活関係の根をもつている者が少くない。例えば本件当事者の結婚証書には、中華の年号が明記されており(甲第二号証)、婚姻手続も中華の法に従い中華官庁に対して届出られ、中華の国籍に基き、同国の官庁から旅券の査証を受けていることくである。かくの如く中華の法によつて婚姻したものは、中華の法に従つて、離婚原因の有無を検討審理されるのが、離婚事件の処理として、もつとも当事者の身分関係に即した方法であり、わが法例が、第一六条において、離婚の準拠法として指定している本国法とは、かくのごときものを指す法意であると解すべきである。原審の採用した準拠法の定め方は、余りにも機械的かつ財産法的であつて、身分法的ではない。ことに控訴人は、中国人王金山と婚姻した一日本女性であり、本訴請求が容れられ、離婚が許されるときは、日本国の国籍を回復したいと願つているものである。しかるに原判決は、夫の本国法として、中共法を適用したため、原判決において、控訴人の請求が認められ、離婚が裁判上許されたにもかかわらず、被控訴人の現在の国籍である中華の国法は、原判決による同国国籍の離脱を許さず、中華の国籍離脱が認められない以上、控訴人が日本国国籍を回復することは、とおてい望み得ない実状にあり、かくて控訴人の絶望はもとより、これと同じ立場に陥ち入つた日本女性は皆永久にその悲運に泣かなければならない。
第二、中華の現行民法と控訴人の主張する離婚原因、
(イ) 中華の現行民法第一〇五二条第三号及び第五号(第四編規族第二章婚姻第五節離婚)には、「夫婦の一方で他より同居に堪えざる虐待を受けたもの」及び「夫婦の一方で他方より悪意をもつて遺棄され、その状態が継続中のもの」は、法院に対し、離婚を請求することができる旨定められている。
(ロ) 右の離婚原因事実は、わが民法第七七〇条第一項第二号、第三号及び第五号によつてもまた同じく離婚の原因として認められているところである。
(ハ) 控訴人の本訴請求原因事実は、これを中華法第一〇五二条第三号及び第五号に照らすと、まさしく同法の許す離婚原因に該当するとともに、日本民法が第七七〇条第一項第二号に定める悪意の遺棄及び同条第号所定の婚姻を継続し難い重大な事由として、裁判上の離婚原因と定めているところにもまた該当する。
第三、子女の監護について、
控訴人は、本訴請求原因において主張するごとく、控訴人と被控訴人との間の長女京子の監護者を、中華法の定めに従い、控訴人と指定するように求める。
と述べ、
被控訴代理人は、
第一、(一) 被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人が中国人であることを秘して結婚したことはない。また控訴人主張の暴行を加えたことや、虐待・暴行を加えたこともなく、控訴人との結婚後、他の女と同棲したことはない。これらに関する控訴人の主張は、虚構又は大げさであるか邪推に基く不実のことである。
(二) 被控訴人は控訴人を遺棄したこともない。
被控訴人は従前から薪炭の製造販売業を営んでいたもので、控訴人との結婚後もこれを続けていたが、昭和二五年五・六月頃、自家用トラツク(木炭車)のエンジンの故障を修理しているうち、中毒をうけてこん倒し、人事不省に陥ち入り、これがため、脳神経の中枢を冒され、廃人同様となり、爾来女性との交渉はほとんど不可能になり、控訴人との情交も一切断ち、もつぱら静養につとめて今日に至つている。被控訴人は、右の事故以前から、京都市東掘川通御池東入森本町に、車庫兼事務所を建て、ここで自動車ハイヤー営業をなすべく計画し、その営業許可申請をしていたが、許可を得ないうち右事故にあつたので、やむなくこれを断念し、以後病気の療養に専念していたものである。したがつてその後は、静養の都合上本宅に居たり、あるいは事務所で暮すこともあつたが、控訴人との性交渉がなくなつたことから、同人との折合が悪くなり、控訴人はヒステリーとなり、かくして互に口論をくり返すことも多く、そのあげく、控訴人は、昭和二七年三月上旬頃、被控訴人と離婚するといつて、実家へ引揚げ、続いて京都家庭裁判所へ離婚の調停を申立てたものである。被控訴人から控訴人の弟を呼び出し、控訴人を連行させたようなことはなく、控訴人は自ら弟を連れて来て引揚げて行つたものである。
右の如くであつて、被控訴人は控訴人を遺棄した訳ではなく、かえつて控訴人こそ、病気静養中の被控訴人を見捨てて家出し、裁判沙汰に及んだものである。また長女は、控訴人自ら引き連れて行つたものであるから、被控訴人は、自然、これに対する生活費を送ることを見合せたものに外ならない。
(三) ゆえに被控訴人が控訴人に対し、慰藉料支払義務のないことは、右の事情によつて明かである。
第二、被控訴人は法律の適用について次の如く陳述する。
(一) 原判決が、本件の準拠法として、中共婚姻法を適用したのは違法である。
離婚の準拠法として、夫の本国法に従うべきことは争なく、未承認国家又は未承認政府の法であつても、実定性を有する限り、国際私法上、準拠法として指定せられ適用せられることは差支ないのみならず、却つてこれを適用すべきものと解するが、本件において、夫たる被控訴人の本国法が、中共法または中華法のうちのいずれを指すかは、速断を許さない。夫たる被控訴人の本籍が、中共政府の支配圏内にあることの一事から、直ちに中共法の適用ありと解すべきものではない。
(二) 中国の現状は、一方において中共法が実行せられていると同時に、他方、依然として中華法が一定地域で行われている。それゆえ中華法は実効性を失つていない。
(三) このような場合に、いずれの法を適用するのを妥当とするかは、十分な考慮を要するところである。
中国の現状は、卒直にいつて、一国家中に、二つの政府が対立して各支配領域を有し、おのおのその地域に独自の法秩序を有しているものと解せられる。しかして、各法秩序の現実の妥当領域を限界づける準拠法の指定が、所在地法とか住所地法とかのごとく、場所的連結点を媒介としてなされている場合においては、住所地とか所在地とかの現在する地域に行われている法を適用すればよい。しかしながら、準拠法の指定が、このような場所的連結点を媒介とするものではなく、単に本国法としてのみ規定せられているようなときには、困難な問題を生じ、本件の場合は、まさにそれである。中華には、中華国籍法(一九二九年二月五日施行)があり、中華国民たる資格を定めている。同法は、現在においては、中共の支配領域内の住民に対しては実効性を失つているかも知れないが、少くとも同法が全く廃止されたものとは認められない。然らば二者いずれをもつて、夫たる被控訴人の本国法となすべきかは、「その者の属する地方の法律」をもつて、本国法と定めるのが妥当であると考えられる。そして、「その者の属する地方の法律」の決定にあたつては、普通、現住所、それがないときには過去の住所、本籍地等を考慮し、要するに各場合における具体的判断に基いて、属人法の適用される関係、換言すれば、その者の身分的生活関係において、そのいずれの地域により密接な関係が存するか、によつて決定すべきものであると解する。
(四) 原審においては、当事者の本籍地が中共政府の支配地域に在るということ以外に、判断の資料がなかつたのであるから、この場合いずれに決定すべきかは断定できなかつた筈である。ただ一般的にいつて、本籍地はもつとも重要な基準ではあるけれども、機械的にそれのみを基準とすることは、適当ではないのであつて、現在の段階においては、従前より日本国に存在する中国人の中、本籍地の如何にかかわらず、身分的生活関係につき、なお中華法秩序に従つて、その法域に、より密接な関係をもつと認むべきものが少くないと考えられる。
原判決がこの点に考慮を払わなかつたのは妥当を欠くと信ぜられる
と述べ、
証拠≪省略≫
理由
当裁判所の控訴人の離婚並びに子の監護者指定請求についての判断は、以下に示す通りであつて、原判決理由のこの点に関する部分中には、当裁判所の採用し難いところもあるが、その余の部分に対する当裁判所の判断は、次に補充するものほか、すべて原判決の理由と同一であるから、ここにこれを引用する。
一、本件の裁判管轄権について、
この点について原裁判所の示した法律上の判断は正当であり、またその挙示した証拠に当審における(証拠)を綜合すると、原審が判示した通り、被控訴人は、本訴提起の当時、京都市内に住所を有していたことを認定するに足るのみならず、その後行方をくらましていたが、引続き日本国内に在留して静岡県下等を転々していた(目下滋賀刑務所において長期の懲役刑に服していること当裁判所に顕著)事実により、原裁判所が、本件について裁判管轄権を有するものとしたことの正当であること明かである。
二、本件離婚の準拠法について、
法例第一六条によると、離婚の準拠法は、その原因たる事実の発生した当時における夫の本国法であるところ、本件においては、夫たる被控訴人は、中華の国籍を有していたものであるが、その本籍が被控訴人肩書記載の如くであることは、原判示の通りである。ところで、中国においては、第二次大戦後、革命が進展し、本件において離婚の原因として主張されている事実の発生した昭和二七年(一九五二年)以前において、被控訴人の本籍が中中政府の支配圏内に這入つたことは顕著な事実である。このような関係の下にある本件において、中共法と中華法とのいずれをもつて夫たる被控訴人の本国法と定めるべきかについては、次のように見解が分れている。
その一は、中共の支配圏内に本籍地を有することを唯一の基準として同政府の制定した法規その他その支配圏内において行われている法規をもつて、被控訴人の本国法となすもので、原審の採用するところである。
その二は、今日の中国を、わが法例第二七条第三項にいわゆる不統一国に準じ、これを本件の場合にも準用して、中国人の夫たる被控訴人の属する地方の法律を決定しようとするものであり、その場合、国際私法上、身分関係について、夫の本国法の適用を定める趣旨は、要するに、当事者の身分的生活関係にもつとも密接な関係を有する国の法律を適用しようとするにあることにかんがみ、本件において、二つの中国法のうちのいずれをもつて夫の本国法と解すべきかの決定にあたつては、当事者が国内のいずれの政府名義の国籍を有しているか又はいずれの政府の支配を現に受け、あるいは過去において受けたかということ、若しくは、当事者の本籍の所在地がいずれの政府の支配圏内にあるか等の問題とは、理論上別個になされるべきものであり、機械的にこれらのうちの一つだけを基準とすることなく、一切の資料に基いて、当事者がもつとも密接な身分関係をもつと認められる地方の法を選ぶべきものであるとするものである(鑑定人溜池良夫)。
その三は、同一国家内に、立法権を異にする二つの政府が分立し、そのうちの一方がわが国により承認された政府であるのに反し、他方が事実上の政府であるときには、少くとも地域的限定を含まないところの国籍を連結とする事項については、法律上の承認に、外国法確定手段としての意義を認めなければならない、とするもので、その根拠とするところは、このような立法権の分立する外国に、法廷地国によつて承認された政府が存在する以上、国籍のような地域的限定を含まない事項の決定については、裁判所は、執行部による承認行為に拘束されるとするのが、日本国憲法の認める三権分立の趣旨にもよく合致するから、となすものである(桑田三郎民商法雑誌第三四巻第三号二九頁以下)。
その四の説くところは次の通りである。
国際法上、現在の中国は、革命政府が母国から分離独立して新国をつくり、母国に対立する場合には該当せず、一国の内部に二つの政府が、互に対立抗争する場合に該当するものであるとする一方、事実上は、革命政府が新国をつくつて母国と対立併存する場合に準じ、中国人の夫である被控訴人が、そのいずれの国籍を保有するものと認むべきかを決定し、その保有するものと認められる国籍を基準として、その本国法を決定しようとするものであり、右の如き意味における国籍問題の決定にあたつては、両政府間に、何らの条約や協定もない現在においては、国際法の一般的原則に従い、新国の分離独立の場合に分離国の国境外において居住する母国国民は、新国及び母国のうちのいずれの国籍を取得するかに関する法則を発見し、これに従つて本件問題の解決をはかるべきものであるとなし、その前提の下に、母国国民が、新国の分離独立の前後を通じて、新国の領土外に定住するか否かを基準とし、前者については、仮りに新国領土内に本籍を有するとしても、新国の領土権に服するものではないから、新国の分離独立により、国際法上、当然には、母国国籍を離脱喪失して新国の国籍を取得することにはならず、たとい新国が自国領土外にある母国国民に対し、新国の国籍を付与しようとも、このような国籍付与の法令が、新国領土外において効力を生ずるためには、その母国国民の居住する国家による承認が必要であり、他面また、新国の領土外にある母国国民が、新国の分離独立により、当然に母国国籍を失つていないにもかかわらず(失うか否かはもつぱら母国の法令による)、分離独立した新国家が、かかる者に対し、その者の同意を得ないで、一方的に分離国の国籍を付与することは、母国の在外自国民に対する人的管理権すなわち保護権の侵害となるから、新国が、かかる在外母国国民に対して、国際法上有効に、分離国国籍を付与するためには、分離国の一方的な意思表示だけでは足りず、その意思表示に対する母国国民自身の明示又は黙示の承諾(居住の意思をもつてする分離国への帰還又は渡航は暗黙の承諾と看做される)が必要であり、その承諾のない限り、その者は引続き、母国国籍を維持するものである、というのが多数の国際判例及び諸国の国内判例並びに学説の支持するところである、となすものである(鑑定人川上太郎)。
右の諸説に対する当裁判所の所見は、次に示す通りである。
その一の見解の採用できないことは、既に述べた通りである。けだしわが法例第一六条が、離婚の準拠法として、夫の本国法を適用すべきものとしている趣旨は、要するに、当事者の身分的生活関係にもつとも密接な関係を有する国ないし地方の法を適用せしめようとするにあるものと考えられるところ、右本国法の決定に当り、単に当事者が、いずれの政府の支配圏内にその本籍を有するかということを唯一の基準として、機械的にこれを定めようとするものよりも、具体的の場合における一切の資料を斟酌した上、当事者がもつとも身分的生活関係を有するものと認められる国ないし地方の法を、選ぶことが、より多く右法の趣旨に合致するものと考えられるからである。
その二の見解もまた当裁判所の賛成し難いところである。けだし法例第二七条第三項の規定は、同一国の内部において、地域的に異なる内容の数法秩序の併存することを認め合いながら並び行われており、従つてその不統一国の内部に、何らかの形の準国際私法的な規定の存在する場合を予想しているのに反し、現在の中国においては、互に他を否定する関係にある二つの法秩が、敵対関係において並び行われており、従つて中国の内部には、およそ、準国際私法の規定の存在する余地は全くなく、それゆえ、法例第二七条第三項の規定する不統一国の場合と、中国の場合とは、全然その性質を異にするから、現在の中国の場合に、法例第二七条第三項を類推適用することは妥当ではない、と考えられているからである。
その三の説もまた支持することができない。けだし国際私法上外国法を適用すべき場合に、裁判所は、自国政府による外交関係の処理(例えば自国政府による外国政府の承認又は未承認)とは、無関係に、適用外国法の事実上の妥当性を決定すべきものである、との国際私法適用上の一般原則に対して、一国内における立法権分立の場合に、とくに例外を認めるべき理論上の根拠を発見し難く、又日本国憲法の認める司法権独立の原則からみても、私法関係に適用すべき準拠外国法の事実上の妥当性を決定する上に、日本国裁判所は、日本国政府による外国関係の処理に左右されるべき筋合はないものと解せられているからである。
以上の各見解を比較検討するとき、当裁判所は、第四の見解をもつて、本件の場合にもつとも適切なものであると考えるものである。
このような観点から、本件を考察すると、中国人の夫である被控訴人が、中共政府の分離独立の前後を通じ、日本国内に居住し、終始中華の法令に従つて生活を営み、中共政府の成立後も、中華の法令の適用を欲している反面、中共政府による国籍の付与の申出を受諾する意思を有していないことが当審における被控訴人尋問の結果によつて明かな本件においては、被控訴人が、中共政府の出現によつて―その本籍が同政府の支配圏内にあることまえに説明のごとくであるにかかわらず―、当然に中華の国籍を喪失する筈はなく、依然として中華の国籍を保有するものと解さなければならない。すると本件において中国人の夫である被控訴人の本国法とは、中華の法であること明かである。
三、本件離婚並びに慰藉料請求について。
原判決挙示の証拠に、当審における各当事者本人尋問の結果(但し被控訴本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く)を綜合すると、原判示事実並びに被控訴人が現に滋賀刑務所において懲役刑の執行を受けつつある事実を認定するに十分であり、右認定に副わない被控訴人尋問の結果は措信し難く、他にこれを動かすに足る証拠はない。
右の認定事実によると、控訴人は、中華民法第一〇五二条第二号、第三号及び第五号に、それぞれ離婚の原因として規定している「夫婦の一方が人と姦したもの」、「夫婦の一方が他より同居に堪えない虐待を受けたもの」及び「夫婦の一方が他方より悪意をもつて遺棄され、その状態が継続しているもの」に各該当するとともに、わが民法第七七〇条第一項第一号及び第二号が、同じく離婚の原因として定めている「配偶者に不貞の行為があつたとき」及び「配偶者から悪意をもつて遺棄されたとき」にもまた各該当することが明かであるから、これを原因として、被控訴人との離婚を求める控訴人の本訴請求は、正当として認容すべきものであり、また被控訴人は、控訴人に対し、原判示の理由に基き同判示の慰藉料額に限り、これを支払わなければならない義務があるものと認めるのを相当と解する。
四、未成年の子の監護者の指定について。
中華民法第一〇五五条、第一〇五一条によると、父母が裁判上の離婚をするときの未成年の子の監護については、まず、父母の協議によることとし、もし父母の協議がないときは、夫が子女の監護の任に当るのを原則とするが、例外として裁判所は子女の利益のため、適当に監護者を定めることができるものとされているところ、控訴人と被控訴人間の長女京子(昭和二三年一二月二〇日生であることは原審における控訴本人尋問の結果によつて明かである)の監護については、当事者間に何らの協議も成立していない本件において、右に説明した諸事情ことに被控訴人が、現に前示刑務所において、長期の懲役刑に服役中の身であることを斟酌するときは、右未成年の子の監護を、夫たる被控訴人に任ぜしめることは適当ではなく、むし控訴人をして、これは当らしめることこそより適当であると認められる。
すると原判決には、本件離婚の準拠法として、中共法を適用した誤りがあるが、結局控訴人の本件離婚の請求を認容したことは正当であるのみならず、その認容した慰藉料額もまた相当であつて、これが取消を求める本件控訴並びに附帯控訴は、いずれも理由はないが、原判決が、本件当事者間の未成年の子の監護者の指定についても中共法に従い、これに関する控訴人の請求を排斥したことは不当であり、本件控訴中この取消を求める部分は、理由があるものといわなければならない。
よつて原判決を主文の通り変更するとともに、本件控訴中失当な部分並びに附帯控訴はそれぞれこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九六条第九二条を適用して、主文の通り判決する。
大阪高等裁判所第七民事部
裁判長裁判官 小野田 常太郎
裁判官 亀 井 左 取
裁判官 下 出 義 明