大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1509号 判決 1958年12月23日
控訴人 酒井建設工業株式会社
被控訴人 大阪銑鉄鋳物工業協同組合
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、訴外中島陸一は控訴会社の岡山出張所長であつて、その営業に関し包括的代理権を与えられていたのであるから右代理権に基ずいて本件手形を振出したのである。仮に包括的代理権を与えられていなかつたとしても右出張所長は支店長と同様商法第四十二条により包括的代理権を有するものとみなされるからその営業に関し代理権を有し、しかして、本件約束手形は控訴会社の営業に関し振出されたものである。なお、民法第百九条、第百十条に基ずく主張及び予備的請求は撤回すると述べ、控訴代理人において、被控訴人の商法第四十二条に基く主張に対し、本件約束手形はいずれも振出人を控訴会社岡山出張所中島陸一と明記し同人が支店の営業の主任者たることを示すべき名称を用いていない、しかも、本件手形は中島陸一が控訴人とは関係のない日和農機株式会社の農機具代金支払の為振出したものであるから控訴人の営業に関するものでないのみならず、本件手形の受取人前川鋳工造機株式会社の代表取締役前川謙一は右事情を知悉して本件手形の交付を受けたのであるから、前川鋳工造機株式会社に対する関係において商法第四十二条の適用のないこと明らかである。従つて本件手形の所持人である被控訴人に対してもその適用がないというべきであるので、控訴人は被控訴人に対し手形上の責任を負うべき筋合でなく、手形法第八条第七十七条により中島陸一がその支払の責に任ずべきものであると述べた外原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。
証拠として、被控訴代理人は甲第一乃至三号証を提出し、原審証人中島陸一、寺井福太郎の証言を援用し、乙第二、三号証の成立を認めその余の乙号各証の成立は不知と述べ、控訴代理人は、乙第一乃至第五号証を提出し、原審証人前川謙一、原審及び当審証人中島陸一、当審証人酒井利勝の証言を援用し、甲号各証の表面の成立を否認し、裏面の成立は不知と述べた。
理由
原審証人前川謙一、原審及び当審証人中島陸一の証言によりその成立を認め得る甲第一乃至第三号証及び右証人の証言と弁論の全趣旨とによると中島陸一は、岡山市巌井富新町二〇二番地酒井建設工業株式会社岡山出張所所長中島陸一と表示して被控訴人主張の約束手形三通を振出し、受取人前川鋳工造機株式会社はこれを被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人は昭和三十一年四月九日の原審口頭弁論期日に振出日を実際の振出日である昭和二十九年七月二十五日と補充したことを認めることができ、中島陸一が昭和二十九年七月二十五日当時控訴会社の岡山出張所長であつたことは当事者間に争のないところであるから本件手形は外観上控訴会社の岡山出張所長中島陸一が控訴会社の代理人として振出したものと認めることができる。被控訴人は中島陸一は控訴会社を代理して手形を振出す権限がある旨を主張し控訴人はこれを争うのであるところ、当審証人酒井利勝の証言により成立を認めうる乙第一号証と同証人の証言によると控訴会社では特に社長の許可を得た場合でなければ出張所長には手形発行の代理権限のないことを認めることができ、また、後に認定する本件手形振出のいきさつに徴し前記中島陸一は本件手形の振出について社長の許可を得たものでないことを認めうるから、被控訴人の右主張はこれを採用することができない。よつて進んで被控訴人の商法第四十二条に基ずく主張について考えて見るのに商法第四十二条には本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人と規定し、出張所長はこれに包含しないかに見えるが、その名称は出張所であつてもその業務が支店の実質を有する場合にはその出張所長をも含むものと解するのが第三者保護を目的とする本条の精神に適うものというべきであるところ、原審証人中島陸一の証言によると控訴会社は岡山県知事に対し、土木建築請負業者としての登録届出を酒井建設工業株式会社岡山出張所の名でなし、また他と請負契約を締結する場合緊急を要するとき小工事については本社に連絡することなく出張所長において仕事の内容を検討して契約を締結しその為に必要な或る程度の資材の購入その代金の支払等を為していたことを認めることができる右認定に反する当審におげる中島陸一、酒井利勝の証言は信用しない。すると控訴会社の岡山出張所はその業務が支店としての実質を具えていたものというべく、従つてその長は商法第四十二条により営業に関し支配人と同一の権限を有するものとみなすべきであり、而して手形の振出は営利会社である控訴人の営業範囲内の行為と解すべきである。そして、原審証人中島陸一、前川謙一の証言によると中島陸一は本件手形振出当時訴外日和農機株式会社の社長を兼ねていて、同会社が訴外前川鋳工造機株式会社から農機具を買い受けその代金支払の為本件手形を振出し、同会社はこれを被控訴人より割引を受けて被控訴人に裏書譲渡したものであることを認めることができるから、中島陸一の本件手形は手形の振出は実質的には控訴会社の業務の範囲に属しないものといえるが、商法第四十二条第二項にいう相手方とは、流通証券である手形の関係においては、手形授受の直接の相手方ばかりでなくその後適法に手形上の権利者となつたもの、すなわち現在の所持人をも包含し悪意の有無は権利を行使する所持人について判断すべきものと解するのを相当とするところ、被控訴人が中島陸一の手形振出について権限なきこと、また、本件手形が前記いきさつで振出され控訴会社の営業の範囲に属しないものであつたことを知つて本件手形を取得したことを認めるに足る証拠がないから、控訴人は被控訴人に対し本件手形金合計百四十万円及びこれに対する手形要件補充の日の翌日である昭和三十一年四月十日から支払済に至るまで商法所定年六分の割合に依る遅延損害金を支払うべき義務あるものである。よつて被控訴人の本訴請求を理由あるものとして認容すべく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であるから本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加納実 小石寿夫 岡部重信)