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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)664号 判決 1960年4月27日

控訴人 被告 合資会社中村商会

訴訟代理人 田井董

被控訴人 原告 丸紅飯田株式会社

訴訟代理人 松本茂三郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、

事実関係につき、

控訴代理人は、「(一)、被控訴人は当初本件売掛代金は現物と引換払であるところ、右現物は昭和二五年一一月二七日控訴人に引渡した旨主張していたが、その後昭和三〇年五月三〇日の原審口頭弁論期日において右請求原因を変更し、控訴人において海外取引先からの苦情を解決するまで支払を猶予した結果、その履行期は同月二七日となつた旨主張する。しかし、右変更は請求権発生事実に関する変更であり、請求の基礎に変更があるのみならず、これにより著しく訴訟手続を遅滞せしめるから、右訴の変更は許されない。仮にそうでないとしても右変更については正当な理由がないから、被控訴人の右訴の変更は許されない。

(二)、本件売買は輸出商品の供給契約であるところ、右商品は海外取引先と輸出業者間の契約により定り、信用状を開設した上、輸出手続がなされるものであるから、貨物の船積み間際になつて輸出業者たる控訴人がその海外取引先に無断で輸出品を変更するが如きことはありえないし、又本件契約はF・O・B契約で、被控訴人の責任ですべての輸出手続が進められ、被控訴人において貨物を船積みするものであるから、被控訴人において強いて船積するならば控訴人においてこれを阻止することはできない。従つて、本件物件が船積されたからといつて、控訴人が被控訴人主張の如く目的物の一部及びその履行期の変更を承諾したことにはならない。もつとも、控訴人と海外取引先との売買代金は入金にはなつているが、信用状が開設された場合は、貨物を船積みしさえすれば、船積みされた商品の内容品質に関係なく、又海外取引先の右商品に対する承諾の有無に拘らず、入金となるものであるから、右入金の事実を以て前記承諾があつたものとすることもできない。

なお、被控訴人が昭和二五年一一月二七日茶、紺スフ服地一、二〇〇ヤールを納入したのは通関取扱業者に対してであつて、船積みされたのは同年一二月下旬である。

(三)、本件債権は民法第一七三条第一号の時効により消滅するものである。同条は生産者、卸売商人、小売商人と物資生産流通の各段階における売主の立場を明確にし、その債権について時効を規定したもので、消費者に対する売掛に限るものではない。現時の繁激な取引上の実情に鑑みるときはなお一層短期時効を適用する必要がある」と述べ、

被控訴代理人において、「被控訴人は問屋で民法第一七三条第一号所定の卸売商人ではないから、本件債権には同条の短期時効の適用はない。仮に被控訴人が卸売商人であるとしても、同条は商人間の取引については適用がなく、商人と消費者間の取引についてのみ適用されるものであるところ、控訴人も卸商人であるから、本件債権には同条の適用はない」と述べ、

証拠関係につき、

被控訴代理人は甲第六号証を提出し、当審証人多鹿徳蔵、同道上秀夫の各証言を援用し、乙第七、第八号証の各一、二、同第一〇号証の成立を認め、同第九号証は不知、同第一一号証の一乃至七は官署作成部分のみ成立を認め、その余は不知と述べ、控訴代理人は乙第七、第八号証の各一、二、同第九、第一〇号証、同第一一号証の一乃至七を提出し、当審証人木戸幸男の証言、当審における控訴会社代表者本人尋問の結果を援用し、甲第六号証は不知と述べ

た外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

そこでまず、控訴人の訴変更に対する異議について考えるに、被控訴人が当初本件売掛代金は現物と引換払であるところ、現物は右昭和二五年一一月二七日控訴人に引渡したから、右代金の支払を求めると主張していたところ、その後昭和三〇年五月三〇日の原審口頭弁論期日において、控訴人の時効の抗弁に対し被控訴人が昭和二六年一二月一七日控訴人と相談の結果同人の海外取引先からの苦情が解決するまで右代金の支払を猶予していたところ、控訴人において右苦情、即ち損害を明確にしないので、被控訴人が昭和三〇年五月一一日控訴人に対しその主張の如き催告をしたが、控訴人においてその回答をしなかつたので、右催告期間を経過した同月二七日右代金支払の履行期が到来したものであると主張したものであることは本件記録に徴し明白であつて、後者は単なる攻撃防禦方法で、権利又は法律関係の成立原因をなすものではないから、右は訴の変更ということができないのみならず、右主張は本件弁論の経過に照し訴訟手続を遅滞せしめるものでもない。又訴の変更乃至攻撃防禦方法の提出には何等正当理由を要しないものであるから、控訴人の右異議は理由がない。

而して、被控訴人が繊維類その他一般商品の内地売買並びにその輸出入を業とするものであり、控訴人も亦輸出入を業とするものであること、被控訴人が昭和二五年六月七日控訴人に対しスフ服地黒、茶、紺各四〇〇ヤール宛計一、二〇〇ヤールを代金一ヤール六一仙、計二六三、五二〇円で引渡期日同年九月末日、代金は現物と引換に支払うと定めて売渡す旨約したことはいずれも当事者間に争がない。

ところで、被控訴人は同年一一月二七日控訴人と合意の上右引渡期日を同日に、服地の黒、茶、紺色を茶、紺色に変更し、被控訴人は同日スフ服地茶、紺六〇〇ヤール宛計一、二〇〇ヤールを控訴人に引渡し、その義務を履行した旨主張するに対し、控訴人はこれを争い、本件売買の目的物の一部及びその履行期を合意の上被控訴人主張の如く変更するが如きは控訴人主張の事情からみて到底ありえないことであると抗争するので、まずこの点について考える。成立に争のない甲第一号証、原審における控訴会社代表者本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第三、第四、第五号証と原審並びに当審証人多鹿徳蔵、原審証人篠崎健三、同田中泰一郎、当審証人道上秀夫の各証言、原審並びに当審証人木戸幸男の証言の一部、原審並びに当審における控訴会社代表者本人尋問の結果の一部を綜合すると、本件契約はその商品の引渡場所は通関取扱業者たる訴外株式会社後藤回漕店と定め、その価格はF・O・B価格一ヤール六一仙の約であるところ、かかる取引においては右訴外会社においては売主から商品が持込まれた場合荷受主の立会のもとに品物を検品してその異議のないときに始めて収納し、荷受主において異議のあるときは絶対これを収納しないことにしていたこと、当時生産者において製品の納入が遅れ勝であつたところ、本件においても生産者の納入が遅れ、被控訴会社において右納期までに納入することができなかつたので、控訴会社にその納期の延期方を求め、その承諾を得、控訴会社においても海外取引先の諒承を得昭和二五年一〇月二六日頃遅くとも同年一一月三〇日までには船積されたい旨の回答に接したところ、被控訴会社においては右納期にもこれを納入する見込がたたなかつたので、控訴会社にその旨訴え、手持のスフ服地茶、紺色各六〇〇ヤール宛計一、二〇〇ヤールならば納入できる旨を交渉した結果、控訴会社においてもこれ以上信用状の納期の延長方を依頼するわけにはいかないと考え、右申出を諒承したので、被控訴会社は同月二七日右商品を引渡場所たる前記訴外会社に搬入したこと、右訴外会社においてはこれを収納し、船積手続を行つたこと、その後控訴会社は所定の銀行に信用状と必要書類を呈示して代金を受取つたが、その後現在に至るまで右銀行から控訴会社に対し何等の異議もなかつたことが認められる。もつとも、乙第一一号証の一乃至七と原審並びに当審証人木戸幸男の証言、原審並びに当審における控訴会社代表者本人の供述を綜合すると、右取引後控訴会社と右海外取引先たるロビン商会との間の取引は断絶し、控訴会社において屡々右商会に対し取引の継続方を懇請していることが認められるが、このことを以て直ちに右認定を左右することはできないし、前記認定に反する証人木戸幸男、控訴会社代表者本人の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を左右するに足る確証はない。以上の認定事実によれば、被控訴会社は控訴会社と合意の上その目的物の一部及び履行期を変更しその義務を履行していることが明らかであるから、控訴人は被控訴人に対し右代金二六三、五二〇円を支払う義務があるものといわねばならない。

そこで進んで時効の抗弁について考えるのに、被控訴人は控訴人と交渉の結果昭和二六年一二月一七日本件服地等につき海外取引先から苦情を受けているというので、これが解決するまで被控訴人はその支払を猶予し、右苦情、即ち損害を明確にした上不足の場合は被控訴人においてこれを負担し、余剰ある場合は控訴人がこれを支払う旨約したところ、控訴人はその後右損害を明らかにしないので、被控訴人は昭和三〇年五月一一日控訴人に対しその主張の如き催告をしたが、控訴人においてその回答をしなかつたので、右催告期間を経過した同月二七日にはじめて右代金支払の履行期が到来した旨主張するが、本件服地代金につきかかる約定があつたことを認めるに足る確証はなく、却つて、成立に争のない甲第三号証と原審証人多鹿徳蔵、同篠崎健三の各証言を綜合すると、被控訴人主張の如き約定の成立したのは本件服地以外の綿服地三件についてなされたもので、本件服地代金についてはその頃被控訴会社社員篠崎健三が控訴会社に対し代金の支払方を請求したにすぎないことが認められる。そうすると、消滅時効は昭和二五年一一月二七日から被控訴人主張の特約とは関係なく進行するものと解すべきところ、控訴人は本件債権は民法第一七三条第一号の二年の短期消滅時効の適用があると主張するに対し、被控訴人は同条の適用はなく五年の商事消滅時効の適用があるものであると主張するので考えるのに、被控訴会社が問屋であることはこれを認めるに足る確証はなく、前記当事者間に争のない各当事者の営業目的と成立に争のない甲第一号証の一、原審における控訴会社代表者本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証、当審証人多鹿徳蔵の証言を綜合すると、被控訴会社、控訴会社はいずれも卸売商人であることが認められるから、被控訴会社が問屋であるとする被控訴人の主張は採用できない。ところで、民法第一七三条第一号は単に「生産者、卸売商人、小売人の売却した産物及び商品の代価」と規定するのみで、仏民法や我が旧民法証拠編第一五九条第一号のように売却の相手方が「非商人」であることを要するとも規定しないし、或は独民法のように「給付が債務者の営業のためになされたときはこの限りでない」とか「債務者の家事用のために供給した場合に限る」というような制限も規定していない。従つて民法第一七三条第一号が消費者に売却した産物及び商品の代価にのみ適用せられるものとすれば「卸売商人」を掲記した右法文は全く無用に帰することになつて、明文上売却の相手方が商人と消費者とにより区別する根拠はない。更にこれを実質的にみると、凡そ消滅時効制度殊に短期消滅時効の設けられた趣旨は主として時日の経過により採証上の困難が生ずるがためであり、採証上の困難についての具体的な諸事情就中受領証書や、帳簿関係の明確さ如何が消滅時効期間の長短を定める一尺度であることは勿論であるが、現行民法制定当時は商人と雖も小商人の如きは帳簿の記載や証拠保存の確実性において特に消費者と区別するほどの状況にもなかつたであろうし、その後経済の発達に伴い、商人の帳簿記入が一般化せられてはきたが、一方消費者中にも官公衙、学校、工場等の大口消費者があらわれるに至り、その帳簿関係は一般小売商人よりも格段の正確さを保持するであろうと考えられるのであつて、これ等の事情を考えると、帳簿の明確さという点のみで右規定の適用に当り買主が商人たる場合と消費者である場合とを区別すべき実質的理由は存在しない。してみると、民法第一七三条第一号は消費者に対し売却した商品の代価についてのみ適用せられるものではなく、卸売商人が転売を目的とする者に対し売却した商品の代価についても均しく適用せらるべきものと解するを相当とする。もつとも、かく解すると商事消滅時効の適用が大部分奪われるとの批難もあるが、商人に対する産物又は商品の売買が商行為の大部分とも考えられないのみならず、立法論としては格別、民法の解釈論としてはかかる批難はあたらないものと考える。以上説明するとおりで本件債権も亦右規定の適用を受け二年の短期消滅時効の適用があるものといわねばならないから、被控訴人において他に中断事由のあることを主張立証しない本件においては、本件債権は昭和二五年一一月二七日から二年を経過した昭和二七年一一月二七日を以て時効が完成したものというべきである。

そうすると、被控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて、これと反対の原判決は失当であるからこれを取消し、民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉村正道 裁判官 竹内貞次 裁判官 大野千里)

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