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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)130号 決定 1959年1月31日

抗告人(申請人) 北中克己

相手方(被申請人) 京阪神急行電鉄株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原決定を取り消す。相手方は抗告人を相手方の従業員として取り扱い、且つ抗告人に対し昭和三〇年九月一〇日から一ケ月二九、六一四円の割合による金額を相手方の従業員に対する支払の定めに従つて支払え。」との決定を求めた。

抗告人の抗告の理由として主張するところは次のとおりである。

一、履歴詐称について。

(一)  履歴書の記載と真実の経歴との相違は実質的に極めて軽微である。しかも抗告人は予め相手方に若干の相違がある旨を告げているのであるから、履歴詐称にはあたらない。

(二)  履歴詐称が懲戒処分の事由となるためには、これを手段として不正に雇い入れられたものでなければならない。このことは就業規則九八条二号労働協約四〇条二号の規定の文言が明らかに示しているばかりでなく、履歴詐称とこれに対する処分の種類との関係からもたやすく理解することができる。抗告人は相手方に対し履歴書の記載に若干の相違があること、どうしても正確な履歴書が必要ならば入社しない旨を告げ、相手方の人事担当責任者もこれらの点を承知の上抗告人の手腕実績性格を見込んで雇い入れたのであるから、履歴書の記載は抗告人の社員としての採否決定に何等の影響を与えているものでない。

二、賞罰委員会の決定と懲戒事由

(一)  懲戒処分の主体は相手方であるが(労働協約三四条)、相手方が懲戒処分を行うには必らず賞罰委員会の決定によるべく、賞罰委員会は労働協約三八条から四〇条までの規定に基いて懲戒の可否及びその程度を協議決定しなければならない(労働協約三五条)。従つて賞罰委員会の決定なくして懲戒処分はあり得ない。賞罰委員会は相手方の諮問機関でもなければ単なる協議機関でもない。賞罰委員会は懲戒処分に関する必要的な意思決定機関であつて、相手方は賞罰委員会の決定を執行することができるに過ぎない。賞罰委員会の決定は、懲戒処分を執行するために欠くことのできない前提要件である。

(二)  賞罰委員会の決定とは、賞罰委員会という会議体の審議の結果である意思決定、すなわち最終的議決を指すのである。従つて(イ)審議の経過は賞罰委員会の決定ではない。(ロ)決定の内容は最終的議決によつてのみ判断されるべく、最終的議決として確認され表示されたところに限定される。特定の事実が賞罰委員会の構成員又は関係当事者にとつて顕著である場合であつても、そのことが議決に確認表示されていないときは、これをもつて決定の内容と認めることはできない。

(三)  賞罰委員会は労働協約四〇条の規定に基いて賞罰の可否及びその程度を議決すべき職責を有する。従つて(イ)賞罰委員会が懲戒を可とする場合には、単に懲戒の種類や程度ばかりでなく、その根拠である労働協約四〇条の各号のいずれかにあたる懲戒事由を確認しなければならない。(ロ)賞罰委員会は就業規則五〇条以下の服務規律違反の有無を審査すべき権能を有しない。労働協約四〇条各号のいずれかにあたる事由について議決された事項のみが賞罰委員会の決定内容としての効力を有するのであつて、それ以外の事項はたとえ議決としての外観をそなえているものであつても、賞罰委員会の決定としての効力を有しない。

(四)  裁判所は事後審査の機関として、賞罰委員会が議決した懲戒事由についてのみ審判権を有する。(イ)裁判所が審理の過程において懲戒に値すべき事由を発見することがあつても、その事由が賞罰委員会の議決中に懲戒事由として含まれていないものであるときは、裁判所はこれを無視しなければならない。懲戒事由は、これに科すべき処分の程度とともに、賞罰委員会の可決があつた場合に限り懲戒の対象となり、事後審査としての裁判の対象となることができるものであるからである。(ロ)仮に賞罰委員会の議決において確認された懲戒事由が数個あつてその一部を理由がないものと認める場合であつても、裁判所はその余の事由のみによつてもなお懲戒すべきか否か、またどのような処分を相当とするかについて審判することはできない。このような事項もまた賞罰委員会が先決すべき権能と職責とを有するからである。

三、これを本件について考えるに、本件懲戒処分の理由となる事実は履歴詐称だけである。それ以外の事実の存否、これを理由とする懲戒の可否及び懲戒処分の種類程度について、裁判所は審判すべきものでない。何故ならば、(イ)賞罰委員会の決定の内容は、乙第一五号証の確認書の記載のみによつて認定される。確認書の修正や補充は更に賞罰委員会にかけて決定すべきことであつて、みだりに補充したり拡張して解釈することはできない。(ロ)履歴詐称以外の事実は相手方の提案に含まれており、審議の経過において僅かに話題には上つたが、その都度組合側委員から反論され、結局取り上げられなかつた。(ハ)暴行の事実は賞罰委員会の各構成員に顕著であつたとしても、これを懲戒事由として確認された形跡がない。また暴行の事実だけが顕著であつたとしても、その動機、暴行の方法、程度、結果等懲戒の可否や処分の程度を決定するのに必要な事情を調査した形跡もない。(ニ)乙第一五号証の確認書には懲戒の根拠として就業規則九八条二号イ(労働協約四〇条二号イと同旨)のみを掲げ、懲戒事由に関する表現の形式においても、履歴詐称以外の事項は単なる情状を附記したに過ぎないことが明らかである。(ホ)仮に履歴詐称以外の記載に独立の意味を持たせる趣旨であつたとしても、服務規律違反の認定は賞罰委員会の権限外の事項に属し無効である。(ヘ)賞罰委員会は履歴詐称以外の事実を懲戒事由と認めたことはなく、まして履歴詐称の事実を除いても、なおかつ抗告人を懲戒に附すべく、しかも通常の最高の処分である降職又は転職を上廻る極刑である解雇とすべきものと決定したことはない。

四、本件暴行の懲戒事由としての評価

(一)  就業規則九八条一〇号の規定によると、イ不法行為を行つた場合の懲戒処分は降職又は転職を最高と定めている。もつともその但書において事情の重い場合は、懲戒解雇又は諭旨解雇と定めているけれども、これは通常想像もできない程重大且つ悪質な場合を定めたものである。本件暴行の動機、原因、態様、結果からみて、右但書の場合にあたるものとは、とうてい考えることができない。

(二)  暴行の動機、原因

(イ)抗告人と相手方の人事課長中田大三との間に仕事の上での意見の対立があつた。それは抗告人の相手方(株主及び労働者)を愛する熱情と不正を憎む正義感との発露であつた。しかしこれは本件暴行の原因ではない。(ロ)本件暴行は抗告人と中田との間の私的なけんかであり、しかもその原因は中田大三が抗告人に対し「動物園のおりに入れ」と侮辱したことである。本件懲戒処分は個人としての中田大三が抗告人との間の私的紛争において用いた最後の切札であつた。履歴詐称のようなことは単なる口実に過ぎない。

(三)  暴行の態様、結果

(イ)本件暴行は正午を過ぎた休憩時間に行われたものであるから、厳格な意味で「事業場内において」行われたものといえるかどうか疑わしい。(ロ)暴行直前隣席の者に予告したり気勢をあげたりしていた事実から見ると、傍の者が止めに来ることが解つているのであるから、抗告人が本気で暴行する意思を有していたものとは思われない。右のように暴行の目的を達することが殆ど不可能な状況の下で行われ、結局未遂又は未遂に近い結果に終つた。

相手方は主文と同旨の決定を求め、答弁として次のとおり主張した。

一、履歴詐称について。

(一)  抗告人は入社当時の事情からCIC関係の職歴をかくすようにすすめられたものであり、相手方の当時の人事課長岡野祐は抗告人の学歴に関しては全く大学卒業と信じていた。就業規則九八条二号において、「事情が悪質の場合」と「その他の場合」とに分けているが、後者は単純な作業に従事する踏切警士が高等小学一年中退を高等小学卒業と詐るように、会社内部における人事体系を乱すに至らぬようなものをいうのであつて、最高の学識を修得したとみなされる大学卒業を詐るようなものは事情が悪質の場合にあたる。抗告人はCIC勤務ということを巧妙に利用して相手方の嘱託に入りこみ、虚偽の履歴書を提出することにより岡野人事課長等に中央大学卒業と誤信させ、この誤信と嘱託から本社員へという経路を巧みに利用して、大学卒として本社員となつた。大学卒という最終経歴が給与、地位、昇進に及ぼす影響は絶大であるから、履歴詐称を採用時の経過に限定するとしても、その事情は悪質である。賞罰委員会において懲戒解雇とすることなく諭旨解雇としたのは入社の際の情状その他抗告人の主張する諸般の事情を充分参酌したものである。

(二)  賞罰委員会における実際の審議は、単に入社の際の履歴詐称のみでなく履歴詐称に関連した抗告人のその後の行動及びそれから派生した問題を含めて履歴詐称を評価しているのである。すなわち抗告人について履歴詐称の件として賞罰委員会が審議判断した内容は、昭和二四年七月抗告人が相手方に嘱託として採用された当時提出した履歴書(乙第一号証)記載事項が種々調査の結果真実と相違することが明らかとなつたばかりでなく、昭和二九年一二月人事課長が抗告人に対し真実の履歴書の提出を求めたところ抗告人は一旦は辞職をほのめかしながら遂にこれに応ぜず、かえつて人事課長に対し「お前の行く所は何処でも押しかけて行つてやる云々。」の脅迫文書をよこし、また「株主総会で騒いでやる。」等の暴言をはき、昭和三〇年三月二二日遂に人事課長に対し職席において暴行を加えるに至つた一連の事実を履歴詐称の件として審議判断したものであつて、単に雇入の際の履歴詐称のみを取り扱つたのではない。

二、暴行も賞罰委員会の決定に含まれている。

(一)  暴行の事実は賞罰委員会で審議された。(イ)なるほど賞罰委員会が履歴詐称の調査に時間をかけたことは事実であるが、これは履歴詐称が、抗告人が依然として大学卒業を自称したこと、あるいは十時タツオの偽名で卒業した旨の連絡、抗告人の賞罰委員会への出席拒否、またさかのぼつて抗告人雇入当時が占領下であり雇入にあたつて特殊な事情があつたのではなかつたかの点を考慮して慎重な調査に時間を費した。これに反し暴行の事実は賞罰委員会の議事録で明らかなように、第一回賞罰委員会の事情説明においても第二回賞罰委員会の提案においても、詳細に相手方側から説明されておるが、これに対する質疑もなく比較的簡略にすまされたのである。これはこの暴行が平穏な事務所においていすを振り上げての殴打であり、多数の目撃者があつたばかりでなく、抗告人は事件後この暴行事件をことさらに曲げて述べ、この暴行が発作的のものでなく自己の信念に基く計画的なものであつたことを述べたビラを出社して来る相手方社員に相手方入口で配布したため、賞罰委員会の全委員があまねく知つていたためである。組合側委員が暴行を単純なけんかとみて賞罰委員会の議題としなかつたものでは決してないのである。(ロ)本件暴行は単純な暴行事件でなく賞罰委員会は、一、(二)で述べたように、履歴詐称の発覚、人事課長の正規の履歴書提出方要求、これに対する抗告人の暴言、暴行の予告、暴行という一連の事実を審議判断したものである。

(二)  暴行の事実は賞罰委員会で判断確認されている。(イ)抗告人に暴行脅迫があるものとする相手方の提案に基いて賞罰委員会は審議を進め、その最終結論として乙第一五号証の確認書を作成した。その本文には「右の者重要な履歴を詐つて入社し、あまつさえこれが事実の提出方を要求されたにもかかわらずこれに応じないのみならず、しばしば服務規律を犯す行為をあえてなしたことはまことに遺憾である。よつて諭旨解雇する。」とあつて、「しばしば服務規律を犯す行為をあえてなした」というのは、脅迫暴行等一連の行為を指すものであり、暴行の点は明らかに審議判断され且つ確認されている。(ロ)確認書本文の次のかつこ内に、履歴詐称にあたる「就業規則九八条二号イ該当」とのみ掲げられて、同九八条一〇号が掲げられていないが、これは賞罰委員会において「二回懲戒解雇になるのか」との応答があつたこと、また一方には暴行脅迫等の事実は履歴詐称について「事情が悪質の場合」の事情として採り上げているとの考え方から、九八条一〇号を併記することを脱落したものであり、この事実のみによつて、提案、審議確認書本文の記載を全然無視して暴行は懲戒の事由となつていないものということはできない。(ハ)暴行の方法、程度結果等は二、(一)で述べたとおり全委員にあまねく知られており、暴行の動機について賞罰委員会で審議されたことはその第三回、第五回の議事録により明らかである。

(三)  賞罰委員会の懲戒についての審議は服務規律違反があるかどうかの審議であり、これこそその職務でありその権能である。履歴詐称も、社外における犯罪も、それぞれ、正しい履歴書を提出すること、会社の名声を傷けないことという服務規律の違反である。その他の懲戒事由もすべて服務規律違反を理由とするものであることはいうまでもない。

三、本件暴行の懲戒事由としての評価

(一)  暴行の動機原因

本件暴行は抗告人と中田大三との間の私的なけんかでなく、一、(二)で述べたように、抗告人が履歴書提出を求められた後の人事課長に対する妨害の一連の行為の一環である。仮に抗告人に学歴以外にも他人に知られることを欲しない経歴の秘密があつたとしても、相手方側は全然知らないことであるから、これを言いふらすはずはなく、抗告人が相手方側がこれを言いふらしたものとの誤信の結果このような暴行の挙に出たとしても、抗告人の職場規律を乱した非は少しも軽減されるものではない。中田人事課長が抗告人に対し作為的に「おりに入れ」と言つたことなく、相互に談笑のうちに会話が交わされたに過ぎない。たとえ抗告人がこのことについて中田をうらんでいたとしても、それは昭和二八年一〇月頃のことであつて、その後一年有余を経過した昭和三〇年三月二二日の暴行の動機となることは、とうてい考えられない。

(二)  暴行の態様、結果

就業規則九八条一〇号は「職場、事業場内において」と定めるのみで時間は問題でないばかりでなく、休憩時間中は情状が軽減されるとしても、本件は殴打のためいすを振り上げた行為が正午を過ぎていたというだけであつて、その頃もまだ職場で執務していた従業員がおり、抗告人は午前一一時四〇分頃からすでに語気荒く不穏の態度に出ており、更に人事課長席へ来るまでにすでに土地経営部において人事課長を殴ると言明し、同部次長と営業課長とから制止されながらこれを聞かなかつたものである。このように計画的に上司の人事課長を殴打し、更に人事課長私宅においてその妻に暴言をはいて脅迫し、抗告人と課長妻との問答をまげて書いたビラを配布し、更に自己の本件暴行を正当化しようとして書いたビラを相手方従業員に配布した。

(三)  (イ)抗告人の(二)に述べるような行為は企業の秩序上重大な問題であり、これを就業規則九八条一〇号但書にいわゆる事情の重い場合にあてはまらないものとすれば、はたしてどのようなことをもつてこれにあたるものとすることができるであろうか。このような行為をした者を企業内部に留めおいては、企業の秩序を保つことができない。(ロ)当該行為がどのような処分に値するかは、各会社の事情、伝統、慣習等を考慮の上、個々具体的に判断しなければならない。就業規則は特定の事業場における自治法規である。特定の事業場に入る者はその社会を規律する規範に従わなければならない。その会社の事情、伝統、慣習を身をもつて知り、当該事件の生きた姿を把握し、法律的素養が高くなくても妥当な適用をした賞罰委員会の決定は、委員の構成において公正が担保される限り、裁判所もこれを尊重すべきものであり、裁判所は、事実の誤認、規範の適用の誤りのない以上、これに承認を与えるべきものである。(疎明省略)

そこで考えるに、抗告人は相手方の社員であつたところ、相手方は抗告人の履歴詐称と服務規律違反とを理由として昭和三〇年九月九日抗告人に対し諭旨解雇の通告をしたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証から第四号証まで、第九号証、乙第一号証、第五号証、第一五号証、第二一号証から第二六号証まで、第二七号証の一、五、第二八号証から第三一号証まで、原審(第二回)における中田大三審尋の結果によりその成立の認められる甲第一三号証、当審証人谷沢保の証言によりその成立の認められる乙第一三、第一四号証、第三者の作成したものであつてその成立の認められる甲第八号証、第二二号証、第三四号証、第五四号証(第五四号証中官署作成部分の成立については争がない。)乙第二号証から第四号証まで、第六号証から第八号証まで第一九、第二〇号証第三二、第三三号証第三六、第三七号証、第五一号証、原審(第一回から第三回まで)における中田大三審尋の結果、当審証人中田大三の証言を総合すると、原決定の理由一、解雇に至る経過(原決定一枚目裏六行目から同二枚目表末行まで)二、解雇の効力(1)履歴詐称について(原決定二枚目裏九行目から同六枚目表終から二行目まで)記載のとおりの事実が疎明される。原審(第一回)における抗告人審尋の結果及び当審における抗告人本人尋問の結果中「抗告人が嘱託から社員に採用される際相手方の当時の人事課長岡野祐に対し正式の履歴書を出さねばならないのならば採用されなくてもよいと申し出た」旨の部分は前掲疎明資料と対照すると信用することができない。

原決定でも説明するとおり、抗告人の最終学歴詐称は就業規則九八条二号にいわゆる重要な履歴を詐り雇い入れられたときにあたるけれども、原決定で認めたような抗告人の社員採用に至る経過にみられる諸般の事情や嘱託当時の給与額を参酌すると、同条二号イ、に定める「事情が悪質の場合」にあたらないものといわなければならない。

履歴詐称の事実が判明した後に抗告人が人事課長から正しい履歴書の提出を要求されたのにこれに応ぜずかえつて後に認定するような一連の行為をあえてしたとしても、この行為は雇い入れられたときにされたものでないから、当初の履歴詐称の事情自体を悪質とするものでなく、従つてこの一連の行為が他の懲戒事由にあたるのは格別、これを当初の履歴詐称と結びつけて就業規則九八条二号イにあたるものということはできない。相手方の一、(一)(二)の主張は採用できない。

前示乙第二二号証の労働協約三五条の規定によると、相手方が懲戒処分を行うにはその前提として賞罰委員会において懲戒処分の可否及びその程度を協議決定しなければならないこと、その決定の内容は最終の議決によつて判断されなければならないのであつて、単に審議の過程に現れたに止まるものを含まないことは、いずれも抗告人主張のとおりであるといわなければならない。しかしながら、前示甲第三、第四号証、乙第一三号証から第一五号証まで、第一九、第二〇号証、第二四号証から第二六号証まで、第二七号証の一、五、第二八号証から第三二号証まで、原審(第一、二回)における中田大三審尋の結果、当審証人中田大三、谷沢保の証言を総合すると、相手方は労働協約の定めるところに従い賞罰委員会に対し抗告人の履歴詐称の件と暴行脅迫の件との二個の事由を掲げて懲戒解雇の提案をしたのに対し、賞罰委員会においては昭和三〇年八月一二日から同年九月九日まで七回にわたり委員会を開催し審議を重ねたが、履歴詐称については事実に明確を欠く点が多かつたのに、抗告人は委員会の要求にかかわらず出頭も弁明もせずその調査に多大の時間と手数とを要したのに比べて、暴行脅迫については、職場で多数の面前で行われ、その具体的事実は比較的明白であつたため、質疑応答を重ねることは少かつたけれども、暴行脅迫の行動、動機等も審議の対象とされた。その結果賞罰委員会は抗告人の履歴詐称と服務規律違反とに基き抗告人を諭旨解雇とすべきことを全会一致で決定し、乙第一五号証の確認書を作成し、その本文に「右の者重要な履歴を詐つて入社し、あまつさえこれが事実の提出方を要求されたにもかかわらずこれに応じないのみならず、しばしば服務規律を犯す行為をあえてなしたことはまことに遺憾である。よつて諭旨解雇する。」旨記載し、委員全員が署名押印した。ここに「しばしば服務規律を犯す行為をあえてなした」というのは抗告人の提示暴行脅迫を含むものであつて、暴行脅迫も賞罰委員会の決定の内容となつておるものであり、抗告人の主張するように、暴行脅迫は一旦審議の対象となつたが組合側委員の反論により取り上げられるに至らなかつたものではない。また、右確認書には「就業規則九八条二号イ該当」と記載し同九八条一〇号を掲げていないけれども、前示のとおり「重要な履歴を詐つて入社し」に引き続いて「あまつさえこれが事実の提出方を要求されたにもかかわらずこれに応じないのみならず、しばしば服務規律を犯す行為をあえてなした」と記載してあつて、抗告人の右一連の行為を懲戒事由としたものであつて、抗告人の主張するように、履歴詐称以外の事項は単に履歴詐称以後の情況を附記したに過ぎないものではない事実が疎明される。確認書に就業規則九八条一〇号を掲げていないからといつて、それだけで、賞罰委員会が暴行脅迫を決定の内容としなかつたものと認めなければならないものではない。

抗告人は、服務規律違反の認定は賞罰委員会の権限外の事項であると主張するけれども、前示乙第二一号証の就業規則九八条に「懲戒事由」として掲げるものはいずれも社員としての服務規律に違反する行為であるばかりでなく、就業規則五一条は「服務規律」として「社員は、左の各号の一に該当する行為をしてはならない。」と規定し、その一一号は「職場又は事業場内において窃盗、暴行、脅迫、賭博等不法行為をし、(下略)」と定めているから、賞罰委員会が抗告人の職場における暴行脅迫を服務規律違反と認定したことをもつて、その権限外の事項と解するのはあたらない。

抗告人は、賞罰委員会の議決において確認された懲戒事由が数個あつてその一部が理由がないとき、裁判所はその余の事由のみによつてもなお懲戒すべきか否か、またどのような処分を相当とするかについて審判することはできないと主張するけれども、裁判所は賞罰委員会の議決を経てなされた懲戒処分について、懲戒事由とされた事実認定に誤認があるかどうかを判断することができるばかりでなく、数個の懲戒事由の内誤認に基く一部の懲戒事由を除きその余の懲戒事由によつてもなお既になされた懲戒処分が相当かどうかを判断する権能を有するものである。労働協約三五条は組合員の懲戒については、賞罰委員会が賞罰の可否及びその程度を協議決定すべきものとしているけれども、一旦賞罰委員会の議を経て決定された以上、裁判所はそのなされた懲戒処分が相当かどうかを判断することができるのであつて、賞罰委員会が再び裁判所によつて誤認と判断された事由を除くその余の事由によつて懲戒処分の程度を決定することを要するものでないと解するのが相当である。抗告人の右主張は採用できない。

前示乙第六、第七号証、第二四号証から第二六号証まで、第二七号証の一五、第二八号証から第三〇号証まで、第三二号証、成立に争のない甲第一二号証、第一六号証の一、第一九号証、第二一号証、第二九号証、第三九、第四〇号証第四四号証第五一号証の一、乙第一一号証、第一八号証、第四四号証から第四六号証まで、第四八号証、第四九号証の一、二、第三者の作成したものであつてその成立の認められる甲第一〇、第一一号証(いずれも官署作成部分の成立については争がない。)第一六号証の二、第二〇号証、第三六号証から第三八号証まで、第四三号証、第五一号証の三、乙第一六、第一七号証、第二七号証の二から四まで、第三四、第三五号証、第三八号証の一、二、第四二、第四三号証、第四七号証、第五〇号証、原審(第一回から第三回まで)における中田大三審尋の結果、当審証人中田大三の証言、原審(第一、二回)における抗告人審尋の結果の一部、当審における抗告人本人尋問の結果の一部を総合すると、原決定の理由(二)服務規律違反について(原決定六枚目表末行から同一〇枚目表二行目まで)記載のとおりの事実、抗告人と中田大三との間の私的なけんかでもなければ、中田大三が抗告人と私的の紛争解決の手段として履歴詐称を利用したに過ぎないものでもない事実、抗告人が昭和二八年一〇月頃相手方の人事課長中田大三に職場の配置転換を申し出た際、中田は「宝塚ならば何拠がよいか。」と聞いたところ、抗告人は「動物園がよい」と答えて手でおりに入つているようなまねをしたので、中田は「おりにでも入るのか」と言つたことがあるが、もとより中田としてはじようだんのつもりであり、その際抗告人はこれを暴言として怒つたこともなく、平静に別れたものであつて、それが一年有余経過した後の暴行脅迫の動機となろうとは通常人としてとうてい考えられない事実、抗告人に学歴以外にも他人に知られることを欲しない経歴の秘密があつたようなことは中田の方で少しも知らず、従つて中田がこれを言いふらしたようなことはない事実、抗告人が拳で中田に殴りかかつたりいすを振り上げて同人に打つてかかつたのは正午を少し過ぎていたけれども、その頃も未だ近くの職場で勤務していた従業員はおり、抗告人は同日午前一一時四〇分頃から中田の席で語気荒く不穏の態度に出ていたのであるから、たとえ暴行のなされたのは休憩時間中であつたとしても、「職場、事業場内において」なされた行為というのを妨げない事実、抗告人は暴行直前隣席の者に予告したり気勢をあげたりしていたけれども、抗告人は現に前示のような暴行をしたのであるから、抗告人主張のように傍の者が止めに来るのを予測していて本気で暴行をする意思がなかつたものとも、暴行の目的を達するのが殆ど不可能な状況にあつたものともいうことができない事実が疎明され、原審(第一、二回)における抗告人審尋の結果及び当審における抗告人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲疎明資料と対照すると信用することができない。

右事実によると、抗告人の前示履歴詐称は就業規則九八条二号イの「事情が悪質の場合」にあたらないけれども、重要な履歴を詐つて入社したものであつて、その後中田人事課長から正しい履歴書を提出することを要求されたにかかわらずこれに応ぜず人事課長の席で中田に対し暴行脅迫に及んだものであるから、抗告人の暴行脅迫は就業規則九八条一〇号イ但書にいわゆる事情の重い場合にあたるものといわなければならない。

そうすると、本件解雇の事由として相手方の主張する事実の内、履歴詐称の点は諭旨解雇としての解雇事由とすることはできないけれども、暴行脅迫による服務規律違反の点は諭旨解雇としての解雇事由となり得るものであるから、本件解雇は相当であり、解雇の手続にも違法の点はない。その他記録を調べてみても原決定に違法の点は存在しない。従つて抗告人の本件申請を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、民訴法四一四条三八四条八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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