大阪高等裁判所 昭和32年(う)1110号 判決 1957年11月26日
控訴人 被告人
穴井豊記 外一名
弁護人
佐伯千仭 外二名
検察官
長木肇
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人佐伯千仭、同山本正司、同浪江源治連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
同控訴趣意第一点について。
論旨は、原判決が、被告人両名の工場長浜原満外二名に対する強要の犯罪事実を認定したのは、事実誤認であると主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると、従来近江絹糸株式会社長浜工場では工員から代金として一定の金額を徴収してこれに対する給食を行つていたが、本件争議発生後約二十日を経た昭和二十九年七月十七日会社側がこの給食を停止するに至つたので、団体交渉の結果労働組合側において会社の食堂施設を使用し、組合の責任において給食を継続することを協定し、爾来組合側において食堂を管理し工員に対する給食を行うようになつたが、その後間もなく食堂のボイラーに使用する重油の在庫が残り少くなつてきたので、その補給方を会社側に要求していたところ、本件の発生した同年八月二十四日工場事務所二階応接室で行われた団体交渉においてもこの問題が取上げられ、被告人等から重油の購入を要求し、工場長の責任を追及したが、工場長は給食用燃料は組合側で補給すべきもので、工場側としては本社から指示もなくこれを購入する資金もないとの理由でこれを拒否し、これを納得しない被告人等組合側と押問答となり、交渉は行詰り状態に陥つた。そこで被告人等は浜原工場長の回答振りや態度から全く誠意を欠くものとして痛く憤慨し、同工場長に対し要求の容れられない理由を戸外にいる組合員に説明せよと迫り、組合支部委員長中村幸男等十数名と共に右工場長及び工場人事係大内鈴夫の座つていた長椅子を後ろから倒して同人等を引立て、同人等が拒否するにも拘らず引つ張つたり押したりして階下に引き摺り降し、更に工場内の整型工場と仕上工場の間にある組合員百数十名の集合していた広場に連れて行き浜原を塵箱の上に、大内をアングル台の上に起立させ、「重油の買えぬ理由を説明せよ、」「誠意を示すまで帰さぬ」等と叫び、右塵箱やアングル台を棒切で叩いたり労働歌を歌つて気勢を上げ、浜原等が疲れてしやがもうとしたり降りようとすると周囲からつついたり持上げるようにして立たせ、同日午後七時過頃まで凡そ四時間余の間両名をその場に起立させて同様の弁明を迫つて吊し上げ、尚同日午後三時半頃偶々外出から帰社した工場事務員衣川四郎を右現場へ連れて行き、同人に対し工場長に交渉してくれと要求し、同人が浜原と話合つてその無駄であることを知り立去ろうとするや、他の組合員と共に帰すな帰すなと言つてその両手を引つ張り、浜原の起立している塵箱の上に同日午後七時過頃まで起立させた事実が認められる。そして被告人等は、浜原工場長等が拒否するにも拘らず、同人等を炎天下戸外の多数組合員の集合する面前に連れて行き弁明を迫ることがどのようなことを意味し、どのような結果になるかは当然予測していたもので、且つ現場において他の組合員等の言動を認容し、同人等と意思連絡して右のような措置に出たことが明かであるから、その行為の結果に対して責任を負うべきであり、その間一部組合員の行過ぎがあつたに過ぎないとして罪責を免れる訳にいかない。原判決はその事実摘示中、本件の経過や暴行の具体的事実について稍々簡に過ぎ明確を欠く嫌いがあるけれども、大体において右と同趣旨であることが伺えるのであつて、この事実は挙示の証拠によつて優に認められ、記録を精査してみても右認定に誤りはない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第二点について
論旨は、被告人等の所為は正当な団体交渉の範囲に属する行為であつて違法性がない旨主張する。思うに労働者の団体交渉権はその団結権と共に憲法によつて労働者の基本権として保障せられているところであるから、使用者もこれを尊重しなければならないのであつて、労働者の正規の代表者から団体交渉の要求があつた場合にはその事項が労使の交渉に適するものである限り、誠意をもつてその交渉に応ずべき義務があるものと解しなければならない。しかし労働者がこの権利を行使するについては、その時、場所、方法等において一般社会観念の是認する妥当な規準に従うべきこと勿論であつて、これを逸脱した場合にはもはや正当な団体交渉とは言えないのであり、労働者は使用者に対してかような逸脱した行動を求める権能はなく、使用者もこれに応ずる義務はないものといわなければならない。本件において被告人等は前説示のとおり重油の購入を要求して団体交渉中、浜原工場長等の回答を不満とし、同人等に誠意が認められないとして同人等が拒否するにも拘らず、引つ張つたり押したりして階段を引摺り降し、災天下組合員百数十名の集合する屋外広場に連れて行き、塵箱等の上に起立させ、重油の買えぬ理由を説明せよ等と言つて長時間に亘つて吊し上げたのであつて、かような状態はもはや正規の団体交渉の継続とは見られず、その正当な範囲を逸脱し、暴行脅迫により義務なきことを行わしめたものとして違法性を帯有するものといわなければならない。只被告人等が重油を補給して工員に対する給食の断絶を防ぎたいという念願は切なるものがあり、他方工場長には問題解決への熟意に欠けるところがあつたことは認められるけれども工場長としても協定上組合側の責任による給食であるから、その燃料を会社側において補給することにつき本社の指示もなく、これを得る見込もなく、資金もないとなればその要求を拒否することも亦已むを得ないものと考えられるのみならず、たとえ同工場長に誠意がなかつたとしたところで、その意思に反して前記のような措置に出ることは正当な範囲を逸脱するもので、これをもつて可罰的違法性のない行為であるということは出来ない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第三点について。
論旨は、被告人等の所為に違法性があるとしても被告人等には当時の情況から他にとるべき適法行為の期待可能性がなかつたものであるから、罪とならない旨主張する。しかし記録につき本件の原因となつた工員給食を会社側において停止し、組合側においてこれを継続するに至つた事情、本件行為に先立つて重油補給等の問題を廻つて行われた団体交渉の状況、その他本件の背景をなす諸事情並びにその経過等を些細に検討してみても、未だ被告人等に他にとるべき適法行為の期待可能性がなかつたということはできないから本論旨も理由がない。
よつて本件各控訴は、刑事訴訟法第三百九十六条に従いいずれも棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 吉田正雄 判事 竹中義郎 判事 井上清一郎)