大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和32年(う)134号 判決

被告人黄詩顕の弁護人甲の控訴趣意第一点(事実誤認)について。

原判示第一乃至第七の事実はその挙示の証拠によつて認定するに十分である、所論の主なる点は(一)本件所為はすべて株式会社華栄洋行が主体であつて、被告人は同会社の代表者としてその行為者たるの責任を負うは格別、被告人個人の行為としての罪責を追求せらるべきでない、(二)第五事実のストレプトマイシン一グラムは輸入貿易管理令第一四条第一号の別表第一の五に該当するから、この物の輸入には承認を受けることを要しないのに、これを処罰の対象とし罪責を認めたのは事実の誤認であるというのであるが原判決挙示の証拠によると(一)被告人が王少起と共謀して本件犯行に及んだ動機は所論のとおり被告人が代表取締役である株式会社華栄洋行の資金難を打開するためであつたことは窺われ、又これ等密輸入品を隠匿するために使用された姜黄、屑綿、毛屑等の貨物自体は同会社が買受けたものであることは明らかであるけれども、本件薬品等の密輸入行為自体は被告人が同会社の代表者としてではなく内密に被告人個人の立場で王少起と共謀して為したものであることが認められ、(二)所論のストレプトマイシン一グラムは、他に販売する目的を以て輸入した他の薬品類と共に輸入したもので、これのみ個人的使用に供する目的であつたとは認められず、又その量が一グラムの少量ではあるが売買の対象とはならない程度の量とはいえないから輸入貿易管理令第一四条第一号別表第一の五に該当しない、従つて右薬品を輸入するについては同管理令第四条所定の手続を経て承認を受けなければならないのである。なお記録を精査しても原審の右事実認定には所論のような誤は認められない。

同第二点(法令適用の誤)について。

原判決書原本には所論の個所に所論のような文字の挿入があり、当審において取調べた同判決書謄本にはこれを欠いていることは所論のとおりである。しかし判決書原本を作成するには先づ草稿を作り、これをタイプライターを用いて数通清書し、その一通を裁判をなした裁判官が右草稿と比照して誤字脱字等につき文字の挿入削除を加えて訂正した上所定の署名押印をなして完成するものであつて、次に残り数通の清書を用い右原本に基いてその判決書謄本を作成することは、実務上常に行われているところで、その際もしその謄本に原本になしたと同様の文字の挿入削除を逸脱することがあつてもそのためにその謄本の効力はともかく判決書原本の右文字の挿入削除の効力にまで遡つて影響を及ぼすものではない。たゞ所論のように判決書原本及びその謄本が作成され、それによつて裁判の宣告がなされ、後日に至つて同原本に文字の挿入削除を行うようなことはあり得ることかも知れぬが左様なことは極く稀有なことであろうし、それに判決の宣告は判決書原本に基いてなされる場合の外、草稿に基いてなされる場合もあり、又その宣告も刑事訴訟規則第三五条第二項によつて主文を朗読し理由の要旨を告げてなす場合もあること等を考え合せると、別段の証明がない限り判決書原本に文字の挿入削除があり謄本にこれを欠いているときは、それは謄本の方が過つてこれを逸脱したものであつて、そのため原本の右挿入削除の効力に何等影響を及ぼすものでないと解するのが相当である。従つて本件において所論のように他に何等確証がなく、たゞ裁判宣告後九日を経過した日付の判決書謄本に文字の挿入を欠いていた一事を以て、裁判宣告の時も判決書原本に同様欠いており、後日挿入されたものであると推断して、その無効である旨の主張はとうてい採用し得ないところで、右原本の所論の文字の挿入は正当になされたものであつて有効であり、延いては原判決の法令の適用には所論のような誤はない。

被告人今西収の弁護人乙の控訴趣意第二点(証拠引用方法の違法)について。

所論は要するに(一)原審が事実認定の証拠の表示として調書の一部又は供述の一部とのみ表示していて、その一部が如何なる部分であるか全然説明がないから刑事訴訟法の要求する証拠の標目を示したことにはならない、(二)原審は証人が公判廷において宣誓の上でなした証言を排斥して、これと矛盾する同人の検察官に対する供述調書を事実認定の証拠に引用し採用したのは全く自由心証権の濫用であつて採証の法則を誤つたものである、(三)原審は公訴提起後捜査官が被告人を取調べ作成した供述調書を事実認定の証拠に引用し採用しているが、これは公判中心主義を根幹とする現行刑事訴訟法の趣旨に反し違法であると云うのである。よつて記録を精査するに、(一)所論のとおり原判決は判示第五事実認定の証拠の標目として、一、証人田中久一の東京地方裁判所法廷における尋問調書の一部、一、証人吉岡芳信の当公廷における供述(第一、二回)の一部、一、証人深尾義章の当公廷における供述の一部と表示している。しかし現行刑事訴訟法は旧刑事訴訟法と異なり判決の証拠説明に証拠の内容を逐一展示するに及ばず、ただその標目を示せばよいことになつているので、右のように証拠の一部と表示してあれば、それはその証拠中に判示事実に符合した部分と符合しない部分とがあり、その符合した部分のみ罪証に採り符合しない部分は採用しない趣旨であるから、所論のような誤とはならない。(二)凡そ証拠の取捨は裁判官の自由な判断に委せられて居り、そのいづれを真実に合致するものであるとして採用すべきかは裁判官の裁量によるべきものである。従つて原審が所論のとおり原判示第五の事実を認定するに当り、証人田中久一、同深尾義章、同吉岡芳信の各証言の一部を排斥し、これと矛盾する同人等の検察官に対する供述調書を採用したとて、右各供述調書が証拠能力において何等欠くるところがない以上何等違法の廉がなくこれを以て自由心証権の濫用で採証の法則を誤つたものと論難するは当らない。(三)所論のとおり原審は原判示第五事実認定の証拠として公訴提起後(公訴提起日昭和三〇年八月二九日)において司法警察職員が被告人を取調べて作成した供述調書作成日同年九月九日を援用していることは明らかであり、又公訴提起後捜査官が被告人を取調べることについて消極に解する説もあるけれども、現行刑事訴訟法第一九七条は捜査官の任意捜査について別段の制限をしていないから、公訴提起後においても公訴維持のため当該公訴事実について捜査を継続することができるのである、同法第一九八条の「被疑者」の文字にかゝわらず、起訴後第一回公判期日前(第一回公判期日昭和三〇年九月一三日)に捜査官が被告人を取調べて供述調書を作成することは違法でなく、その調書は証拠能力があると考える。従つて所論の被告人の警察職員に対する供述調書は適法に作成されたもので証拠能力があるから、原審がこれを罪証に供したことに何等誤はない。それのみでなくこの調書は昭和三十一年五月一八日の原審第五五回公判において、検察官から取調の請求があつたのに対して弁護人がこれを証拠とすることに同意したのであるから、刑事訴訟法第三二六条第一項の規定によつて原審がこれを相当と認めて罪証に採用したとて何等差支えのないところである。

(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 武田清好 判事 小川武夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!