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大阪高等裁判所 昭和32年(う)1562号 判決 1958年2月27日

控訴人 被告人 西原輝光こと韓章薫

検察官 馬屋原成男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五年に処する。

差戻前の原審における未決勾留の日数百五十八日を本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人真柄政一の提出に係る各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意中、事実誤認の各主張について、

よつて所論に鑑み、本件記録を精査検討した上で、原判示事実を按ずるに、原判示事実(犯行の年月日を昭和二十五年五月十七日と記載してあるのは、昭和二十四年五月十七日の明らかな誤と認める)は原判決挙示の各証拠、就中差戻後の原審証人阪東幸夫の証言及び差戻前の原審相被告人夏田有友の昭和二十四年五月二十日付司法警察職員に対する第一回供述調書(同供述調書の内容たる供述が特に信憑性のあることは、同人の昭和二十四年六月十一日付司法警察職員に対する第七回供述調書、及び同人の昭和二十四年六月一日付検察官に対する第一回供述調書によつて十分裏付せられる。)の記載を総合することにより、優にこれを認めるに足り、所論の如く事実誤認の廉ある事由は竟に発見できない。所論は前記阪東幸夫証人の証言は信憑性のないものである、と主張する。しかし同証人は差戻後の公判において証人として尋問を受けたのみならず、差戻以前の原審公判においても同様証人として尋問を受けたのであるが、二回共、同証人は終始一貰して原判示工場に侵入し、集団強盗を働いた強盗の一味の中に被告人が居た旨証言しており、その証言の内容、態度等とこれに原判決掲記の各証拠とを比較検討するときは、これが信憑性を認めるに十分であり、所論の如く認められる同証人の年令を考慮し、その他所論援用の各証拠と対比して見ても、その証言の内容たる供述が信憑性のないものとは到底認められない。

尤も同証人の昭和二十四年五月十七日付司法警察員に対する供述調書竝同人の昭和二十四年六月一日付検察官に対する参考人第一回供述調書によるときは、所論の如く、その時の賊の人相や着衣ははつきり覚えていない旨の記載がないではないが、これは事件直後、蒼惶の間に被告人を面割りさせられる以前に抽象的概括的に一応述べたものと認められるのであるから、信を措き難く、同証人は差戻前の昭和二十四年九月八日の公判において被告人を面割りした上で、はじめて被害当時の記憶を喚起して真実の証言をしたものと認められる。

又同証人の昭和二十四年七月五日付司法警察職員に対する供述調書中には、所論の如く、集団強盗に入つた一味の中に、康民五も居た旨供述している。しかし本件犯行は七、八名の多数によつて敢行せられたものであり、同証人は前顕差戻前の公判において康民五も亦一味の中に居た旨証言しているのであるから、両供述は何れもそれぞれ信憑性をもつもので、両者間には何等の矛盾も存しない。

又所論は犯行現場である宿直室の電燈は消えており、他の被害関係者は皆被告人が一味の中に居たことを容易に確言できないのに、右阪東証人一人のみがはつきり証言するのは不可解である、と主張する。しかし犯行現場の宿直室には電燈が一個ついており、本件犯行の際には終始消えていたものではないと認められるから、右証人が被告人を識別する機会が全然なかつた訳ではないし、他の被害関係者に覚えがなくとも、人皆それぞれ観るところを異にするのであるから、他の関係人がはつきり覚えがないと供述をするからといつて、右証人の見覚えある旨の証言が措信できない筈のものではないのである。

被告人は自己が逮捕せられた翌日警察において同証人と対面させられたのであるが、その際同人は被告人を見覚えないと供述している、と主張する。しかし、これを肯認するに足る資料は記録上毫も窺い得ないところであり、又被告人は右証人が差戻以前の公判において被告人の着衣が花紺の洋服であり、被告人の眉毛に傷跡がある旨証言しているが、被告人は当時花紺の洋服も着用せず、被告人の眉毛には傷跡もない、と主張するけれども、右公判調書を査閲して見ても、同証人は被告人の着衣は単に背広と思うとのみ証言し、被告人の眉毛の傷跡の点については、何等言及していないことが認められるから、被告人が当時花紺の洋服を着用せず、被告人の眉毛に傷跡がなかつたとしても、右証人の証言の信憑性を覆すには至らないのである。

次に、被告人及び弁護人は、被告人は本件犯行の前日即ち昭和二十四年五月十六日は終日家に居り、翌十七日は朝から実兄韓章星の許へ行つていたもので、アリバイが成立する、と主張する。

よつて按ずるに、差戻前の原審証人韓章星の証言及び李君子の検察官に対する供述調書の記載によるときは、所論に副うような供述記載が認められるけれども、李君子は被告人の妻であり、韓章星は被告人の実兄に当り、倶に被告人を庇う立場にある者であるから、その証言供述は慎重に検討を要するものであるところ、金村辛玉の検察官に対する供述調書中の供述と対比するときは、容易に信用し難く、その他各所論を肯認するに足る証跡は記録上存しないところであるから、各所論は採用に値しない。論旨は何れもその理由がない。

弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張については、後記認定の如く当裁判所が原判決を破棄自判すべき場合に該当し、当該判決に際し考慮することにし、ここでは特に判断を示さないことにする。

次に、職権を以つて調査するに、原判決は被告人に対し刑法第二十一条を適用し、未決勾留の日数中四百日を本刑に算入することとしているけれども、記録を精査するに、被告人は昭和二十四年五月二十一日被疑者として勾留せられ、差戻前の原審判決言い渡しの日の前日即昭和二十四年十月二十五日まで引続き勾留せられた事実が認められ、その以後においても、昭和二十五年十一月十日保釈決定により釈放せられるまで、更に昭和二十六年十一月二日保釈の取消決定により昭和三十二年十月二十三日収監せられてから爾来引続き(但し昭和三十二年十月二十四日から四十日間の労役場留置日数を除外する。)勾留せられた事実が認められる。しかしながら、差戻前の原審判決に対しては被告人から昭和二十四年十月二十六日控訴の申立があり、大阪高等裁判所は昭和二十五年七月二十八日差戻前の原判決を破棄の上、本件を大阪地方裁判所に差し戻す旨の判決をなしたことは、何れも本件記録に徴し明白である。而して刑事訴訟法第四百九十五条によるときは、控訴の提起期間中(言い渡しの日を含む)の未決勾留の日数(第一項)、被告人控訴の場合、控訴審において原判決が破棄せられたときの控訴申立後の未決勾留の日数(第二項第二号)、控訴審が原判決を破棄した後の未決勾留の日数(第四項)は何れも全部これを本刑に法定通算することになつているのである。従つて被告人に対する本件未決勾留の日数中昭和二十四年十月二十六日差戻前の原審判決言い渡しの日以後の未決勾留の日数については、総て法定通算となるのであるから、この限度においては刑法第二十一条の適用はないものといわねばならぬ。然るに、原審が刑法第二十一条を適用した上で、右法定通算に係る未決勾留の日数まで計算して、その四百日を本刑に算入したのは、失当であつて、差戻前の原審判決の言い渡しの前日までの未決勾留の日数百五十八日を超える日数については、右刑法第二十一条の適用を誤つた違法があり、判決に影響することが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れないのである。尤も原審の右言い渡しは形式的には被告人の利益になつており、本件は被告人の控訴の申立に係るものではあるが、右百五十八日を超える未決勾留の日数についてはいくら言い渡しがあつても、刑法第二十一条に則る任意通算の未決勾留の日数としては執行するに由なく、実在しない未決勾留の日数を実在するものとして通算するのと同様、全く無効の言い渡しに等しいものというべく、この点を当審において是正することは、形式的には被告人の不利益の言い渡しのような観がないではないが、実質的には毫も被告人の不利益となることがなく、(即ち、被告人は右百五十八日の外、差戻後の原判決言い渡しの前日までの未決勾留の日数中換刑のため勾留中の日数を除く三百八十二日、合計五百四十日の通算を受けることになるからである。)、否寧ろ、当審で右違法を理由として原判決を破棄することによつて、本件控訴申立以後の未決勾留の日数についても、当然法定通算を受けることになり、却つてこれが破棄は被告人の利益に帰することになるのである。従つて、刑事訴訟法第四百二条の不利益変更の禁止規定には違反しない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に従い次のとおり判決する。

原判示事実(犯行の年月日を昭和二十四年五月十七日と訂正する)はその挙示の各証拠によつてこれを認める。

確定判決

被告人は昭和三十二年六月二十七日仙台地方裁判所において麻薬取締法違反覚せい剤取締法違反により、懲役十月(三年間刑の執行猶予)罰金二万円の刑の言い渡しを受け、該判決は同年九月十二日確定したのであつて、該事実は被告人に対する前科調書の記載によつてこれを認める。

法律に照すと、被告人の判示所為中建造物侵入の点は刑法第百三十条第六十条に、強盗の点は同法第二百三十六条第六十条に各該当し、以上は刑法第五十四条第一項後段の手段結果の関係にあるから同法第十条に則り強盗罪の刑に従い、これと前記確定判決を経た罪とは刑法第四十五条後段の併合罪であるから同法第五十条を適用し更に裁判を経ない罪につき処断すべく所定の刑期範囲内において本件犯行の態様、被害額等を考慮し被告人を懲役五年に処すべく、尚刑法第二十一条に則り差戻前の原審の未決勾留の日数百五十八日は全部これを本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い、被告人にはこれを負担せしめないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 本間末吉)

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