大阪高等裁判所 昭和32年(う)625号 判決 1959年4月25日
控訴人
検察官
被告人
岡本甲子郎 外三名
主文
原判決を破棄する。
被告人岡本甲子郎、同片山節男を各懲役六月に、同中川三郎、同浜口勲を各懲役三月に処する。
但し、各被告人に対し、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
原審及び当審における訴訟費用(但し、原審証人桑田竜典については昭和二九年三月一二日に、同田中百蔵については同年四月二三日に、同沢一、同中田稲次郎については同年九月一〇日に、同広瀬賢一については昭和三〇年三月三日に各支給した分)は被告人等の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検事石原鼎提出の控訴趣意書同庁検事片岡平太提出の控訴趣意書訂正申立書、釈明書、控訴趣意書の補充書、控訴趣意書の再補充書、控訴趣意書の再補充書(補遺)に記載したとおりであり、答弁の趣意は、弁護人小林直人、同佐伯千〓提出の各答弁書、同菅原昌人提出の答弁書及び控訴理由補充陳述書と題する書面に記載したとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一について、
所論は、先ず、原判決は、公訴事実第一について、本件停電ストにおけるスイツチの切断行為は、積極的作為行為であるが、社会通念上相当と評価される限度を超えていないから、正当な争議行為の範囲内のものであつて違法性を阻却し、犯罪を構成しないと判断しているのであるが、右は組合側の行う争議行為の本質は労務の提供拒否即ち労働契約上の義務の不履行という消極的性質のものであるとする最高裁判所の諸判例に反し、法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
原判決は、本件公訴事実第一について、被告人片山、同中川、同浜口は昭和二八年七月行われた電産の争議に際し、その争議手段としてスイツチオフによる関西電力京都支店中京営業所管下における特定大口工場を対象とする停電ストを企図し、原田長蔵、高田徳治、西谷源次郎、南部孝、原二郎等の電産労組員と共謀の上、公訴事実記載の日時場所において、株式会社三谷伸銅所上京工場に対する送電用配電盤のスイツチを切断し、その記載の如く送電を停止したこと及び右スイツチオフは電気供給上の止むを得ない要請に従つてなされたものでなく、故意に切断されたものであることを認定判示しながら、右スイツチ切断による停電ストが関西電力及び三谷伸銅所の義務の正常な運営を妨げ、かつ多少とも財産上の不利益を生じても労働争議によるやむを得ない結果であること、三谷伸銅所に対しては事前に停電ストの諒解を求めており停電時間も比較的短時間であること、対象工場を一工場のみに限り、かつ交通、医療、水道、駐留軍基地、人命及び設備保安電力を有する工場を除外して社会的影響を最少限度にとどめたこと、給電司令所に連絡しなかつたことは明白であるが、そのために別段の支障を生じなかつたこと及び使用者側の職員から送電継続の業務命令や業務引継の要求がなされたに対しこれを拒否したことは争議に入つた以上労組員がかかる命令や要求に従わないことはむしろ当然の事理であることを考え合わせ、更にかような局限された争議行為でなく電産が当初実行してきた一斉職場放棄戦術が経済的かつ社会的に極めて重大な悪影響を及ぼした事情に思いをいたす時本件の如き停電ストは未だ正当なる争議行為の範囲を超えるものではないと認めるのが相当であると判断して、被告人等に対し犯罪の成立がないものとして無罪の言渡をしていることは所論のとおりである。
しかしながら、「同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段、方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行々為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害するが如き行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものである。」ことは最高裁判所の諸判例の示すところであつて(昭和二四年(オ)一〇五号、同二七年一〇月二二日大法廷判決、昭和二三年(れ)一〇四九号、同二五年一一月一五日大法廷判決、昭和二七年(あ)四七九八号、同三三年五月二八日大法廷判決、昭和三一年(あ)三八四四号、昭和三三年(あ)四四号、各同三三年一二月二五日第一小法廷判決参照)、当裁判所においても右解釈が妥当であると解するから、右争議行為の本質及び手段方法に鑑みるときは、本件停電ストにおけるスイツチの切断というが如き積極的な行為は、それが労務提供拒否に随伴して必要と考えられる行為でないことはもとより労務提供拒否の準備行為としてなされたものでもなく、不法に使用者の自由意思を抑圧し会社に専属する送電業務行為の遂行を阻止し、これが管理を一時自らの手に移し以て会社の管理権を侵害したものとみるべきことは記録上明らかである以上、労働争議における労働者側の争議手段として正当な争議行為の範囲を逸脱するものであり、原判決が示すような諸事情はなんら本件スイツチ切断行為を正当づけるものではないと解するのほかはなく、従つて、原判決が本件スイツチ切断行為が正当な争議行為の範囲を超えるものではないとの見解のもとに、被告人等の行為は違法性を阻却し犯罪の成立がないと判断したのは、争議行為の本質についての解釈を誤り法令の適用を誤つた違法があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
控訴趣意第二について、
所論は、要するに、本件公訴事実第二、第三について、本件ピケツテイグは物理的実力を行使し、会社側の田中、西崎両課長及び桑田係長の就労を威力をもつて妨げたものであるにかかわらず、原判決が本件ピケツテイングは物理的有形力の行使ではあるが、その方法、態様に徴し相手方に対する意思決定を著しく制圧したものと認められないから、平和的説得の範囲を超えない正当なピケツテイングであると判断したのは、事実誤認及び法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
よつて検討するに、原審並びに当審で取り調べた証拠を総合すると、被告人片山、同中川、同浜口は、本件停電ストを実施するとともに、ピケツテイングによつていわゆる会社側のスト破りを防止するため、高田徳治等数名の電産労組員とともに、昭和二八年七月一一日朝、関西電力夷川発電所入口附近に集合し、同日午前九時五〇分頃会社側の命を受けた京都支店配電課長西崎誠、同労務係長桑田竜典、中京営業所配電課長田中百蔵の三名がスイツチオフを阻止し送電事務を確保すべく同所に到着するや、右被告人等ほか数名の電産労組員は直ちに巾約二・六五米の同発電所入口一杯に立並び、互は腕又は肩でいわゆるスクラムを組んでピケツトラインを敷き、右会社側の者の入所を阻止する態勢をとり、西崎等会社側の者が被告人等に対しピケを解いて入所させてもらいたい旨申し入れてもこれを肯んぜず、右西崎等が数回にわたり右スクラムの間に肩を入れて中に押し入ろうと試みると、その都度これを強力に押しかえして入所を阻止したうえ、同日午前一〇時過頃スイツチオフにより株式会社三谷伸銅所上京工場に対する送電を停止し、これを知つた右西崎等が右送電復元のため右発電所に入所しようとして数回にわたり前同様スクラムの間に肩を入れて中に押し入ろうと試みると、右被告人等はその都度これを強力に押しかえして入所を阻止し、次いで、右田中百蔵において、電柱上のオイルスイツチの操作により右三谷伸銅工場に対する別途送電をするため、同日午前一〇時二〇分頃、右三谷伸銅工場より梯子を借り受け、これを携えて右発電所附近の第三〇〇号、第三〇一号電柱に赴むこうとすると、被告人中川は、労組員古川幸作等とともに、秋月橋附近において、右田中の携えている梯子の前後をつかみ、同人が右梯子を使用することを阻止し、更に右田中において再度右電柱の東方の工場から別の梯子を借り受けて右電柱の方に赴むこうとすると、被告人浜口は、労組員下坂某とともに、その途中において右梯子の前後をつかみ、前同様梯子の使用を阻み、そのため右田中において、やむなく、梯子を用いないで電柱に登ろうとして右第三〇一号電柱に接近しようとしたところ、被告人中川は右電柱の足場釘にぶら下り足を振つて同人を右電柱に寄せつけないようにし、いずれも会社側の者が行おうとする業務行為を阻止し、もつて、それぞれ威力をもつて前記電力会社の業務を妨害した事実を優に認めることができる。
しかして、前記同盟罷業の本質等に徴するときは、労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には、刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではないと解する(前記昭和三三年五月二八日大法廷判決、同年一二月二五日第一小法廷各判決参照)ところ、前記認定の事実関係によると、被告人片山の発電所入所阻止による会社の業務妨害行為並びに被告人中川、同浜口の発電所入所阻止及び梯子の使用、電柱への接近阻止の一連の行為による会社の業務妨害行為は、いずれも、諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱し刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではないと解するのが相当である。しかるに、原判決が、本件ピケツテイングはその方法、態様等に徴し相手方に対する意思決定を著しく制圧したものとは認められないから、平和的説得の範囲を超えない正当な行為であるとして右被告人等に対し無罪の言渡をしたのは事実の誤認及び法令の解釈適用を誤つた違法があるものというのほかなく、従つて原判決はこの点においても破棄すべきである。
以上のとおりであるから、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条によつて原判決を破棄し、当裁判所は記録並びに原審及び当審で取り調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるので、同法第四〇〇条但書によつて、次のとおり自判する。
罪となるべき事実。
被告人等は、いずれも、電力供給を業とする関西電力株式会社の従業員で、日本電気産業労働組合(略称電産以下同じ)京都府支部に所属し、被告人岡本甲子郎は同支部執行委員長として組合運動に専従し、被告人片山節男は同支部中京分会執行委員長、被告人中川三郎、同浜口勲はいずれも同分会執行委員であるが、昭和二八年七月行われた電産の争議に際し、
第一、被告人岡本は、同月九日電産京都府支部における分会代表者会議の席上被告人片山と、被告人片山は、更に翌一〇日中京分会執行委員会の席上被告人中川、同浜口と順次相謀つて、右争議手段としてスイツチオフによる同会社京都支店管下における特定大口工場を対象とする停電ストを企図し、被告人片山は更に右企図の趣旨に則つて同会社京都支店夷川発電所の運転保手原田長蔵等右発電所の従業員とも右停電ストを相謀り、ここに被告人四名は右原田長蔵等と共謀の上、同月一一日午前一〇時過頃、京都市左京区聖護院蓮華蔵町の右発電所において、株式会社三谷伸銅所上京工場に対する送電用配電盤のスイツチをほしいままに切断して、同時刻より約一時間にわたり右工場に対する送電を停止し、もつて電気の供給に関し不当な取扱をし、
第二、被告人片山、同中川、同浜口は高田徳治等約六名の電産組合員と共謀の上、同日午前九時五〇分頃、前記夷川発電所入口において、被告人等の右争議に備え会社の送電業務確保のため発電所に立入ろうとした前記電力会社京都支店配電課長西崎誠、同支店労務係長桑田竜典及び同支店中京営業所配電課長田中百蔵に対し、スクラムを組み同人等を強力に押しかえしてその入所を阻止し、更に同日午前一〇時過頃、同所において、前記第一のとおり停止された三谷伸銅所工場に対する送電復元のため右発電所へ立入ろうとした前記西崎誠に対し、前同様スクラムを組み同人を強力に押しかえしてその入所を阻止し、もつて威力を用いて右電力会社の業務を妨害し、
第三、被告人中川、同浜口は古川幸作等数名の電産組合員と共謀の上、同日午前一〇時二〇分頃から同四五分頃までの間において、前記会社側の田中百蔵が電柱上のオイルスイツチの操作により前記三谷伸銅所工場に対する別途送電をするため、右工場から梯子を借りこれを携えて右発電所付近の聖護院冷泉通り所在第三〇〇号、第三〇一号電柱に赴むこうとしたところ、被告人中川及び前記古川等において、途中秋月橋付近で、右梯子をつかみてその使用を阻止し、更に右田中が右電柱の東方の工場から再度梯子を借りこれを携えて右電柱に赴むこうとしたところ、被告人浜口ほか一名の電産組合員において右梯子をつかみてその使用を阻止し、やむなく右田中が梯子を用いないで電柱に登ろうとして右第三〇一号電柱に近づこうとしたところ、被告人中川において右電柱の足場釘にぶら下り足を振つて電柱に接近することを阻止し、もつて威力を用いて右電力会社の業務を妨害したものである。
証拠の標目(略)
法令の適用(略)
弁護人の主張に対する判断、
弁護人は、先ず、被告人等の本件スイツチオフは、正当な争議行為として当然許される行為をしただけのことであつて、電気の供給に関して不当な取扱をしたものでなく、又本件ピケツテイングは平和的説得の範囲を逸脱するものではないから、いずれも正当な行為であつて罪とならないものであると縷々主張するけれども、当裁判所は弁護人の右主張と法律上の見解及び事実の見方を異にし、本件各行為が正当な争議行為の範囲を逸脱するものと解することは前記説示のとおりであるから、この点の主張は理由がなく、次に、弁護人は、被告人等は本件行為が正当な争議権の範囲に属するものと確信し善意で本件行為を敢行したものであつて、かりに正当な争議権の範囲について錯誤があつたとしても、右錯誤について被告人等に過失がなかつたものであるから、被告人等は本件行為について犯意を欠き責任がないと主張するけれども、犯意があるとするためには、構成要件に該当する具体的事実を認識すれば足るものであつて、その行為の違法を認識することを必要としないし、またその違法の認識を欠いたことについて過失の有無を問わないものと解する(最高裁昭和二四年(れ)一六九四号、同二六年一一月一五日第一小法廷判決参照)から、被告人等は本件行為について責任がないとはいえない。次に、弁護人は、労働組合側の本件停電ストに対し会社側が対抗行為としてする業務はスト効果を減殺しようとする一種の争議行為であつて、被告人等労組員から対抗され制圧されても受忍せねばならない性格のものであるから、刑法第二三四条の構成要件である業務には包含せられないものと解すべく、従つて本件業務妨害行為は同条の構成要件を充足せず罪とならないものであると主張するようであるが、労働者側が争議行為として労務の提供を拒否する場合においても使用者側において操業を継続する権利を有し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には、刑法上の威力業務妨害罪の成立を妨げるものでないと解することは前段説示のとおりであるから、この点の論旨も理由がない。更に、弁護人は、被告人等は本件会社側の行為を組合側のスト効果の減殺を目的とする対抗行為即ち「スト破り」であると解し、会社側の意図が本来の業務であることについて認識がなかつたものであるから、本件業務妨害行為は犯意を欠き無責任であると主張する。しかしなから、被告人片山、同中川、同浜口等において所論会社の業務であることの認識を有していたことは前記挙示の証拠によつて明らかであるばかりでなく、又かりに右被告人等において右会社側の業務がいわゆるスト破りでありこれを制圧妨害しても違法でないと解していたとすれば、右はとりもなおさず単なる法律の錯誤に過ぎないものであつて、犯意を阻却するものではないと解するから、論旨は採用に値しない。次に、弁護人は、被告人等の本件行為は当時一般に慣行せられ被告人等において合法的争議手段と信じていたのみならず、電産組合の上部機関の指令に基き実行したものであり、右のような場合、上部機関の指令に従うことは組合員としての当然の義務であるから、これに従わない道を選ぶことを期待することは不可能であり、従つて被告人等は本件行為について責任を阻却されるべきであると主張するようであるが、所論のような事情は未だ被告人等の罪責を阻却する事由となしがたいと解するから、右主張も理由がない。更に又弁護人は、電気及びガス臨時措置法に基く旧公益事業令の定める電気供給不当取扱罪の罰則は電気事業従事者たる身分を構成要件とするところ、被告人岡本は本件当時電産京都支部執行委員長として組合運動に専従し、電力会社職員としては休職中で事実上電気事業に従事していなかつたものであるから、右罰則にいう電気事業従事者なる身分を欠き、右罰則の適用を受けるいわれがないと主張し、なるほど被告人岡本は本件当時電産の組合運動に専従し、本件電力会社の事業に従事していなかつたことは記録上うかがわれるのであるが、同被告人は電気事業に従事していた他の被告人三名及び本件夷川発電所の従業員原田長蔵等と共謀して本件スイツチ切断による送電停止行為をしたものであることは前記認定のとおりであるから、刑法第六五条第一項によつて共同正犯者としての罪責を免れることかできないものといわなければならない。従つて、この点の主張も採用できない。
よつて、主文のとおり判決をする。
(裁判官 吉田正雄 竹中義郎 井上清一郎)