大阪高等裁判所 昭和32年(ウ)403号 決定 1957年9月21日
申立人 川崎重工業株式会社
被申立人 遠藤忠剛 外三名
主文
右強制執行は本案判決を為すに至るまで之を停止する。
(注、保証金計四十五万円)
(裁判官 竹中義郎 南新一 鈴木敏夫)
(別紙省略)
【参考資料】
執行停止命令申請
申請人 川崎重工業株式会社
被申請人 遠藤忠剛 外三名
控訴提起による執行停止命令申請事件
債権者遠藤忠剛外六八名債務者川崎重工業株式会社間神戸地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二九号仮処分申請事件につき同裁判所が昭和三十二年九月二十日言渡した判決中申請人(債務者)敗訴の部分につきこれを不服として本日御庁に控訴を申立てた。よつて左記理由により右判決の執行停止命令を求める。
申請の趣旨
神戸地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二九号仮処分申請事件の判決に基く仮処分の執行は大阪高等裁判所昭和三二年(ネ)第一〇九〇号仮処分申請控訴事件の判決をなすに至るまでこれを停止する。
との裁判を求める。
申請の理由
一、本件被申請人(以下債権者という)等の原審に於ける仮処分申請の理由は左の通りである。
債権者等は何れも債務者(本件申請人、以下債務者という)が経営する川崎造船工場の従業員であるが、債務者は昭和二十五年十月十四日付で債権者等を解雇した。債務者の右解雇の理由は債権者等が日本共産党員又はその同調者であると云うにあり、即ち憲法第十四条、労働基準法第三条に違反し右解雇は全く無効である。債権者等の解雇は世にレッド・パージと称され独り債務者会社の工場から閉出されたばかりでなく他企業からも門戸を閉され、現在失業中の者、日雇をしている者、漸く就職した者も弱小企業で不安定を極めてゐる。債務者が解雇の無効を認め賃金の支払に応ずるには相当の歳月を要するものと思われる。債権者等は目下賃金請求の訴を起すべく準備中であるが、その判決確定に至るまでには相当の歳月を要するであらう。
債権者等は到底その判決の確定を待てないので(イ)荒廃しきつた家計を整えるため金五万円及び(ロ)今日以後毎月の困窮を凌ぐため即ち急迫なる強暴を防ぐに必要なる範囲として解雇当時の賃金額を仮に支払われ度く申請に及ぶ
二、これに対し債務者は
1、解雇は有効に行われ雇用関係は存在しないのであるから、債権者等は働かないのに賃金の支払請求権はない。
2、債権者等は賃金支払につき仮処分の必要性を有しない。
旨を主張し
1、本件解雇は債権者等が共産党員若しくはその同調者であること自体を理由として行われたものでなく、債権者等が具体的行動を以て、債務者会社の生産を現実に阻害し若しくはその危険性ある行為をなした為め、これを現実的な企業破壊活動と目し、一定の整理基準を設け、就業規則に照し、企業防衛のため已むを得ずなした解雇であつて、債権者等が単に共産主義を信奉するということ自体を理由として行われたものでなく解雇は適法である。
2、債権者等は昭和二十五年十月解雇せられたが、真に必要があれば、その後何時でも仮処分申請をなし得たに拘らずこれを為さず、昭和三十一年二月に至り突如としてこの仮分申請に及んだものであるが、解雇後五年余を経過したのであるから、緊急性が消滅こそすれ発生する理由なく、債権者等は本案判決の確定を待つていては生存を全うし得ないというが如き老病者ではなく、何れも十分な生活力を有する青壮年であつて生活力のない老弱者が明日の糧なく扶養料請求の本案訴訟の完結を待つていては餓死するというが如き場合と異り且つ債権者等は已に他の職場に勤めて居り債務者から働かざる賃金を強いて仮処分により救急的に請求しなければ生存を全うし得られないというが如き状態にはないことを力説した。
即ち債権者等の仮処分申請は被保全権利なく、又その必要性もない旨を主張した。
然るに原審は債権者等の請求の一部を容れ、働かざる賃金の支払につき仮処分を許容されたが、賃金支払の仮処分は仮処分によつて支払を命じ即時に執行力が与えられるのであるから、債権者等はこれによつて直に働かざる賃金を獲得し、一旦債権者等に賃金が支払われ、費消されて了つた以上、後日債務者が、本案訴訟に於て勝訴し、曩の仮処分が取消されても、使用者たる債務者は労務者たる債権者等から已に費消せられた賃金を取戻すことは事実上不可能である。
最高裁判所は仮処分判決に対して上訴が提起せられたときは、仮処分の内容が権利保全の範囲に止らず、その終局的満足を得しめ若しくはその執行により債務者に回復することのできない損害を生ぜしめる虞ある場合にはその執行の停止を求めることができることを二度に亘つて判示し、仮処分の行過ぎを是正した(昭和二三、三、三、民集二巻三号六五頁、昭和二五、九、二五民集四巻九号四三五頁)。
賃金支払の仮処分は個々の労務者につき、その必要性、緊急性を厳密に吟味し最も慎重に考慮してその許否を決すべきに拘らず原審がその慎重を欠き債務者に回復すべからざる損害を生ずること明かな金銭の支払を命ずる仮処分を許容せられたのは違法であるから貴庁に於て右仮処分判決に対する控訴の判決あるまでその執行の停止を命ぜられ度く、執行を目前に控え急遽本申請に及ぶ。
昭和三十二年九月二十日
右申請代理人 弁護士 山田作之助 外一名
大阪高等裁判所御中