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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)29号 判決 1965年1月22日

控訴人 株式会社梅花堂本店

被控訴人 株式会社梅花堂

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は控訴人が訴外南畝泰一郎と共有する登録番号第二七六、七六〇号「梅花堂」という商標と同一又は類似する標章を使用して羊羹を販売してはならない。被控訴人は控訴人に対し金五〇万円を支払うことを命ずる。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は

控訴代理人において

「一、西村房吉は田靡徳松に対し商号として「梅花堂神戸支店」なる称号を使用することを許諾したことはあるが、それは決して「梅花堂」なる商標を事実上譲渡し、乃至は、右商標の使用を許諾したことを意味するものではない。仮にかゝる事実があつたとしてもそれは法律上無効である(大審院昭和九年二月二三日判決、同判例集第一三巻第二号一五九頁参照)。

二、したがつて原田悦治及び被控訴会社は田靡から右商標を使用するなん等の権利の譲渡をも受けえない。現に田靡は原審及び当審において「昭和七、八年頃原田に対し店舗の賃借権、営業用什器一切及び得意先を代金三五〇円で譲渡したが、商標は譲渡しなかつた」と証言している。そもそも如何に貨幣価値の違う当時においても「営業及び商標の一切」が代金僅か三五〇円で譲渡せられる訳けはないのである。また原田は原審において「田靡から営業一切を引継いだとき云云」と証言しているが、仮に原田において右いわゆる「営業一切」の中には「梅花堂」商標の事実上使用許諾を包含するとの錯覚をしていたとするも、かような意味の譲渡は前記大審院判例の趣旨からして法律上無効というべきである。

更に仮に右「商標の事実上使用の許諾」が法律上有効であり田靡が西村房吉の右許諾にもとづく権利を原田に譲渡し更に原田から被控訴会社に譲渡されたものとするも、同会社は昭和二七年四月二五日、当時の商標権者たる西村堅二及び南畝泰一郎から右商標の使用を禁止された(乙第四号証の一)のであつて以後被控訴会社にはこれを使用する権利はない。

一方商号は商人が自己独自の氏名、名称等をあらわすものであつてこそこれが登記をうけうるのである。したがつて原田が仮に「梅花堂」なる商号の登記をうけていたとしてもそれは違法無効の登記であり、しかも右登記は西村及び控訴会社不知の間になされたのであるから被控訴人が本件において右登記の存在をもつて自己に有利な資料となすことはできない。

なお西村堅二がかつて原田に対し「梅花堂」なる名板を貸した事実はあるが(但し原田が梅花堂会員であつたことはない)、名板貸しである以上、借主はその条項乃至規律に違反した場合貸主の要求によりこれを返還すべき義務があることは当然である。

三、次に原田悦治したがつて被控訴会社は旧商標法第九条第一項の先使用権者でもない。すなわち

元来登録商標権は排他的独占権を具有するものであり、その例外的場合を規定したのが旧商標法第九条に外ならない。

したがつて同条による恩恵的利益を主張せんとする者は訴訟上

(イ)  自分が相手方の登録商標の出願前から当該標章を使用していたこと

(ロ)  右標章は自分が自己独自の標章として使用していたこと

(ハ)  右標章は自分の営業標識として周知せられていたこと

(ニ)  右周知性は相手方の登録出願のときにはすでに完成していたこと

(ホ)  自分は不正競争の意思なくして標章を使用していたこと

(ヘ)  相手方の登録出願後現在に至るまで不正競争の意思を以て標章を使用したことが一度もないこと

(ト)  右標章は現在も依然として周知であること

等の諸要件を充足する事実を主張し且つ立証しなければならないのであるが、被控訴人の主張する先使用権にはこの要件の一つとして充足せられたものはないのである。仮に原田悦治乃至被控訴会社においてかつて先使用権を有していたものとするも昭和二七年四月二五日付前記乙第四号証の一により商標権者たる西村堅二及び南畝泰一郎から以後右商標の使用を禁止する旨の通告を受けたことにより、又は昭和二九年一一月三〇日特許庁において被控訴会社の「梅花堂」なる商標登録に対する南畝泰一郎外一名の異議申立は理由がある旨の決定(乙第五号証の一)を受けたことにより被控訴会社は以後本件標章の善意の使用者ではなくなつたのであり、したがつてこれにより先使用権者たる資格を喪失したものである(大審院昭和二年九月二八日、同三年一〇月三〇日、大正七年一二月二〇日判決参照)。

被控訴人は同会社の本件商標使用権は西村房吉又は同堅二から承継したものでなく、これと全く無関係独立に本件商標を採用したものであると主張しているが、果たして右主張のとおりとすればその必然的論結として被控訴人において同商標使用権を有するとするがためには同会社は本件商標の先使用権者であるとするの外はない。しかるに、かゝる主張の到底採用に値いしないものであることは右論述したところによつて明らかである。なお原判決が被控訴人よりの要件事実の主張すらなくしてその先使用権を認定したのは違法である。

四、被控訴人はまた同会社使用の標章は旧商標法第八条にいわゆる「普通に使用せられる方法を以て」被控訴人の商号を表示しているに過ぎず控訴人の商標権にはなんら抵触しないと主張するが、商号といえども商標的に使用せられる以上商標又は標章に外ならないのであつて旧商標法第八条にいわゆる「普通に使用せられる方法を以て自己の(中略)商号(中略)を表示するもの」には該当せず被控訴人の右主張も失当である。

五、被控訴人の本件商標使用による控訴人の損害について

控訴人は自己の登録商標の宣伝周知化について絶えず莫大な費用を投資している。すなわち有力業界新聞たる製菓時報、菓子食品新聞、糖菓商報等に毎号「梅花堂」商標の広告をしてその周知徹底に努めているのは勿論、朝日、毎日、大阪日日、新関西等普通新聞の紙上やさてはラジオ、テレビをも利用して連続的に「梅花堂」商標の宣伝広告を行つている。これに反し被控訴会社は神戸市内における本店の外大阪市内に支店、京都市内には営業所をそれぞれ設け、昭和二七年一月以降毎年少くとも年額二〇〇〇万円の売上げを計上し年間八〇〇万円を超える利益を挙げながら、控訴会社の広告を僣用し自らは殆んど広告をしていない。したがつて一般の取引者、需要者は被控訴会社の侵害標章を正当商標と区別することができず、この盲点に乗じて被控訴会社は侵害標章を付した商品を製造販売して右のような莫大な不法不正の利益を収めているのである。(被控訴会社商品はパチンコ店、スパーマーケツト、安物菓子類の小売店等に大量に出廻つており、控訴会社が百貨店から「貴所の羊羹がスーパーマーケツトで売られているから至急回収せよ」との要求を受けることも屡々である)。而して右被控訴会社の利益はすなわち控訴会社の損害と推定すべきことは改正商標法第三八条の明文の有無に拘らず理論上当然であるが、とりあえず本訴においては内金五〇万円の賠償を求める。

六、なお被控訴人の権利乱用の抗弁の理由がないことはその主張内容自体からしても明らかであるが、左記のような事実に鑑みるとそのことは一層明瞭である。

(イ)  原田は被控訴会社を設立するにあたり予め西村堅二に対して会社名を梅花堂食品工業株式会社としたい、すなわち名称の一部に梅花堂の文字を使用させてもらいたいと懇願したので西村はこれを承諾した。

(ロ)  西村が被控訴会社に入社したのは代表取締役としてである。それまでは代表取締役は原田ひとりであつたが西村の入社により二名となつた。

(ハ)  西村入社の際被控訴会社は神戸市に店舗があるだけであつたが、西村は大阪市で事業を再開する計画を持つていたので右計画の線に沿い同市内に支店を設置するとの了解のもとに入社したのであり、したがつて支店設置と同時に西村は大阪方面担当重役として支店長を兼務したのである。

(ニ)  昭和二七年二月中、被控訴会社役員会において会社名称を「株式会社梅花堂」と変更することの提案がありこれに対し西村は大いに立腹し絶対反対を主張した。そして同人はいかなる書面にも記名捺印しなかつたが結局原田の策謀により西村の意思を無視して会社名称が変更せられるに至つた。

(ホ)  次いで同年三月中、被控訴会社役員会の決議により西村は取締役を解任せられ

(へ) 引き続き、同人は大阪支店内への立入りを実力をもつて妨害禁止せられ被控訴会社から追い出されたので

(ト)  急ぎ控訴会社を設立して事業開始に及んだのであるが

(チ)  原田は不法にも直ちに控訴会社に対して商号使用禁止の仮処分を行うとともに西村に対する刑事告訴を敢行するに至つたので

(リ)  西村は控訴会社代表者として自衛のため本件反訴を提起した。右経過によつて明らかなごとく控訴会社の本件請求は原田及び被控訴会社の悪質な策謀に対する対抗手段たるに過ぎずその間権利乱用を云為せらるべき余地は全く存在しないのである。」と述べ

七、なお「控訴会社は本件商標権につき昭和三〇年七月八日商標権存続期間更新の登録を受けた」と附陳し

被控訴代理人において

「一、本件の第一審では控訴人と訴外南畝泰一郎が共同の原告となつて反訴を提起したものであつてかつ本件は控訴人の主張によれば右両名の準共有にかゝる商標権の保存行為と見るべきものであるから本件反訴は類似的必要的共同訴訟である。したがつて控訴人の本件単独控訴は不適法であり、仮にそうでないとしても南畝を当事者として訴訟に参加させることをしない本件控訴審の訴訟手続は違法であり、控訴却下の判決がなさるべきである。

二、以下本案について論述すると

先ず被控訴会社の本件標章の使用は商号の商標的使用であり控訴会社の商標権の効力は及ばない。

(イ)  被控訴会社の前主原田悦治は、神戸市において大正八年より「梅花堂」の商号標章を使用して羊羹の製造販売をしていた田靡徳松から昭和七年七月、右商号標章と共に営業一切の譲渡を受け以来右標章を使用して営業を続け昭和一一年一月一三日「梅花堂」の商号登記をしたものである。

而して控訴会社の前主西村堅二が本件商標権の登録を出願したのは昭和一〇年八月二五日でその公告は同年一一月二一日であり、被控訴会社の前記商号登記は西村堅二の右商標登録出願後ではあるが、前記田靡から原田への標章を含めた営業一切の譲渡は西村堅二の斡旋によつてなされたものであつて被控訴会社の右標章及び商号の使用は善意にもとづくものであり不正競争の目的に出たものではない。したがつて原田がその製造販売にかかる羊羹の製品につき「梅花堂謹製」なる文字を使用したことは商号の商標的使用であり以来被控訴会社が設立せられるに至るまで約三〇年間これが使用につき何人からも異議を受けたことはない(原田が使用していた標章は「練羊羹」「栗羊羹」「茶羊羹」「夜の梅」その他の慣用標章であり、これが製造元を示すため「梅花堂謹製」と表示したものである)。

(ロ)次で昭和二四年二月被控訴会社が梅花堂食品工業株式会社の商号を以て設立せられ原田から商号、標章と共に営業一切の譲渡を受け昭和二七年二月現商号に変更し以来その製造販売にかかる羊羹の標章としては原田のときと同様慣用標章たる練羊羹、栗羊羹、茶羊羹、丁稚羊羹、楠公羊羹等を中央に大きく表示しその製造元を示すため小さく「株式会社梅花堂謹製」と表示しているのである。

これすなわち旧商標法第八条の「普通に使用せられる方法を以て」被控訴会社の商号を表示しているに過ぎず控訴会社の商標権になんら抵触するものでない。

三、右主張が理由がないものとするも、被控訴会社は原田から旧商標法第九条第一項の先使用権を譲受けたものである。

原田は本件商標が登録出願される以前からすでに広く使用され周知の状態にあつた本件商標と同一の「梅花堂」商標の使用権を田靡から昭和七年七月西村堅二の仲介で善意で譲受けその使用を継続していたものである。すなわち昭和一一年七月結成せられた梅花堂会の会員は同会結成のはるか以前からすでに全国各地においていずれも梅花堂なる標章を使用して羊羹の製造販売をする権利を有していたのであり、その営業は現在殆んど全部会社経営に切替えられているがいずれも従前通り梅花堂として本件商標を使用しているのである。すなわち梅花堂なる商標は控訴会社の商標権の存在に拘らず梅花堂会員において適法に使用する権利すなわち先使用権を有するものであるが、田靡は西村房吉の承諾をえて梅花堂なる商号のもとに大正八年独立開業したものでもとより梅花堂会結成以来の会員である。原田は前記のごとく田靡から右使用権を譲受け而して被控訴会社は原田からこれを昭和二四年二月同会社の設立と同時に譲受けたものである。旧商標法第九条第一項にいわゆる先使用権とは特許庁の過誤により慣用商標又は周知商標に対し登録許可がなされた場合、右慣用商標又は周知商標の使用者を保護しようとしたものに外ならない。而して「梅花堂」商標は前記のごとく西村堅二の登録出願当時すでに周知商標であつたのであるから原田はもとよりこれが先使用権者であり被控訴会社はその譲受人であつて「梅花堂」商標の使用を継続する権利を有するものである。

四、仮に右先使用権の主張もまた理由ないものとするも、控訴会社は被控訴会社に対し「梅花堂」商標の使用を禁止しえない。すなわち昭和七年原田が「梅花堂」標章を使用して営業を開始した当時は名古屋市在住の某訴外人が「梅花堂」なる商標権を有していたのであつて西村堅二は単なる同標章の使用者に過ぎなかつたのである。(右訴外人の商標権は羊羹と異なる商品についてのものであつたが、西村堅二は同人の商標権の消滅をまつて登録申請をしたものである)。しかも「梅花堂」標章は後に梅花堂の会員になつた西村家ゆかりの者達によつて全国各地ですでに広く使用せられ一般世人に周知となつていたのであり、原田が西村堅二の許諾のもとにこれを使用したことは善意の使用である。西村堅二はその後昭和一一年四月「梅花堂」商標の登録をえ同年七月梅花堂会を結成したのであるが同会会則は会員各自に対し平等の権利を認めているのであつて、このことは西村堅二が当時の梅花堂会員に対し先使用権と同様の権利を認めたことに外ならない。したがつて西村は梅花堂会員及びその営業譲受人、又は田靡徳松のごとき梅花堂会員のなかでも最も西村家にゆかりの深い人から西村の承諾のもとにその標章を譲受けた原田悦治及びその承継人たる被控訴会社のような者たちに対しては「梅花堂」標章の商標権を主張して同標章の使用を差止めることはできないのである。

五、控訴人主張の損害額はこれを争う。なお控訴会社の広告費が被控訴会社のそれを上廻るとしても単にその一事を以て被控訴会社において控訴会社の広告による利益を僣用しているとするのは暴論である。被控訴会社の営業により控訴会社の収益が若干低減した事実ありとするも上述のごとく被控訴会社にはなんら商標権侵害の事実はないのであるから控訴会社よりその責を問わるべきいわれはない。

六、以上商標権侵害に関する被控訴人の主張がすべて理由がないとするも、なお控訴人の本件請求は権利の乱用であり棄却さるべきである。すなわち、

控訴会社と被控訴会社の営業とを比較するとき両者はその営業の規模、販売地域、販売ルート、得意先等の点において異なつており競合の度合いが比較的少く両者の共存は可能である。先ず営業規模については控訴会社は資本金一〇〇万円、被控訴会社は二〇〇万円であり、その年間売上高についても被控訴会社は控訴会社の三倍以上である。次に販売地域についていうと、控訴会社が殆んど大阪市内に限られているのに対し被控訴会社は同市の外、神戸市阪神間及び京都市の京阪神一帯に及び販売先も前者が主として百貨店であるのに対し後者は鉄道弘済会、国鉄物資部、スーパーマーケツト、パチンコ店等であつてその客筋は自ら相違している。(被控訴会社の広告費が控訴会社に比し少額の理由はここにある)。

而して被控訴会社の営業は前主原田悦治が昭和七年に開業して以来すでに三〇年を越えており(前々主田靡のときに遡ればその開業は更に十数年古く大正八年である)、その間平穏に本件標章を使用し来たつたのであつて、殊に昭和二四年より同二七年までの三ケ年にわたり当時の商標権者で現控訴会社代表取締役たる西村堅二が被控訴会社にあり代表(専務)取締役としてその営業に従事していた事実からすれば、同人において被控訴会社を退社するや商標権を控訴会社に譲渡しあたかも掌をひるがえすがごとく被控訴会社に対して同商標の使用差止を要求するがごときは商道徳を無視するも甚だしきものでありまさしく商標権の乱用というべく到底許さるべきものでない。」と述べたほかは

いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は<証拠省略>…………と述べたほかはいずれも原判決証拠摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

第一、先ず被控訴人の本案前の主張につき考えるのに、本件の第一審は控訴人と訴外南畝泰一郎とが共同原告となつて反訴を提起したものであることが記録上明らかであるけれども、右反訴請求の訴旨は控訴人と南畝とが各準共有の持分につきその保存行為として被控訴人の侵害行為排除および右侵害にもとづく損害の賠償を各請求するものであると解すべきであるから同反訴は第一審において通常の共同訴訟であつたのであり被控訴人の主張は理由がない。

第二、そこで以下本案につき考えると

(一)  本件商標すなわち登録番号第二七六、七六〇号「梅花堂」という商標(指定商品第四三類羊羹)は、控訴会社代表者西村堅二が昭和一一年四月一四日個人として登録し昭和二七年四月二一日同会社設立に際しこれに譲渡したものであることおよび被控訴会社は昭和二四年二月本店の所在地を神戸市生田区、商号を梅花堂食品工業株式会社として設立され、昭和二五年八月支店を大阪市南区に開設し昭和二七年二月から現在の商号に改めた羊羹の製造販売を目的とする会社であつて設立以来その商品に本件商標と同一の「梅花堂」という標章を使用していること、並びに控訴会社が被控訴会社に対し昭和二七年四月二五日付内容証明郵便で本件商標と同一乃至類似の標章を使用することを禁止する旨の通知をしたことはいずれも当事者間に争いがなく、控訴人が本件商標権につきその主張の日に商標権存続期間更新の登録をうけたことは被控訴人において明らかに争わないのでこれを自白したものと看做す。

(二)  被控訴人は同会社の右「梅花堂」なる標章の使用は旧商標法(以下旧法という)第八条第一項にいわゆる「普通に使用せらるる方法を以て」被控訴人の商号を表示するものに過ぎないと主張するけれども成立に争いない乙第五号証の四及び五、同第八号証の二、三及び四によると被控訴会社は同会社の商標の重要な構成部分として「梅花堂」なる文字を使用していることが明らかであり、このような使用方法は旧法第八条第一項または新商標法(以下新法という)第二六条第一項第一号に規定せられた自己の名称を普通の方法で表示したものということはできないから右被控訴人の主張は採用できない。

(三)  そこで次に被控訴人の先使用権の主張につき考えるのに、成立に争いない乙第七号証、当裁判所において真正に成立したものと認める同第一号証、原審証人松岡福太、恒藤竹治、当番証人南畝泰一郎、原審及び当番証人田靡徳松の各証言並びに原審及び当審における控訴人及び被控訴人各会社代表者本人尋問の結果を総合すると、(イ)「梅花堂」という名称は西村堅二の先代房吉の創始したもの(この点は当事者間に争いがない。以下同様の場合単に「争いなし」と記す)であつて同人は大正五年大阪市で「梅花堂」の商号、商標を使用して羊羹の製造、販売を始め大正一三年同人の隠居により堅二がこれを承継したものであること、(ロ)被控訴会社の営業及び前記商標はその設立に際し同会社代表者原田悦治個人より継承したものであるが、(ハ)同人はその営業を昭和七年その頃まで神戸市において「梅花堂」なる商号及び商標を使用して羊羹の製造、販売をしていた訴外田靡徳松から譲渡されたものであること(争いなし)、(ニ)原田が田靡から営業の譲渡をうけたのは田靡がその頃神戸市電における勤務に専念するため廃業することとしたところ、西村堅二が当時同人方で店員をしていた(争いなし)原田にその営業を譲渡するよう斡旋したためであること、(ホ)田靡ももと房吉時代西村方に奉公していた店員であつた(争いなし)が、房吉承諾のもとに「梅花堂神戸支店」なる商号及び「梅花堂」の商標を使用して開業したものであり同商標を附した包装紙を西村方から送つてもらつて使用していたこと、(ヘ)原田は田靡より営業を譲受けた際堅二諒解のもとに田靡の使つていた右商号及び商標をも譲受けたこと、(ト)田靡は営業当時羊羹製造の材料を主として西村方から仕入れていたが経営自体は西村方から独立しており原田の営業も西村方から独立していたこと、以上の諸点が認められ前掲証拠中右認定に反する部分は当裁判所これを措信しない。そして右(イ)および(ハ)乃至(ヘ)の事実のみに限定して考えると原田の「梅花堂」商標使用の権限は西村の権限に全く従属していたといえるようであるが、これに更に(ト)の事実および成立に争いない甲第五号証をも斟酌し以上を総合的に考察してみると、原田は昭和七年以来神戸市において西村とは独立に営業上「梅花堂」商標を使用してきたものと認めざるをえないのであつて、(このことは営業と離れた商標の使用許諾は旧法上認められなかつたこととなん等てい触するものでない)、しかも前掲認定事実のほか甲第五号証により明らかな原田が本件商標登録後間もなく発足した梅花堂会に当初から会員として加入した事実に鑑みると、原田の右「梅花堂」商標の使用はその間不正競争と認むべき点はなんら存在しなかつたものと認定するのが相当である。しかしながら同人の製造、販売にかかる「梅花堂」の商標を附した羊羹が西村の本件商標登録出願の日であること成立に争いない乙第二号証により明らかな昭和一〇年八月二六日の前から取引者又は需要者の間に広く認識せられていたと認むべき証拠は全くないので結局被控訴人の先使用権の抗弁はその要件事実の立証を欠くことに帰し採用することのできないものというべきである。

(四)  被控訴人は更に、同会社に先使用権がないとしてもその主張するごとき事由により、控訴人は被控訴人に対し「梅花堂」商標の使用を禁止することをえないと主張する(前記被控訴代理人の主張四及び六)ので以下この点につき考えるのに、西村堅二が昭和一九年二月企業整備令にもとづきその営業をやめた後昭和二四年四月被控訴会社に入社し、同年一〇月その代表取締役に翌二五年八月大阪支店長に就任し、昭和二七年三月退社したこと、および同月一二日それ迄やめていた従前の営業を再開し次で同月二一日控訴会社を設立して自己が有する本件商標権をこれに譲渡したこと、および右退社に際し原田及び被控訴会社に対し「梅花堂」商標の使用を禁止したことはいずれも当事者間に争いがない(一部前記)。そして成立に争いない甲第二号証、原審及び当番における被控訴人及び控訴人各会社代表者本人の各供述並びに弁論の全趣旨を総合すると、右のごとく西村堅二が被控訴会社を退社した当時においてはすでに同社の製造、販売にかかる羊羹は広く取引者並びに需要者の間に認識せられるに至つており右羊羹に附せられた「梅花堂」の商標は被控訴会社の商号表示と並んで同羊羹が同会社の製品であることを示すものとして広く知れわたつていたことが認められる(成立に争いない乙第九乃至一一号証を以てしては右認定をくつがえすに足りない)。そしてかように同会社の販路が拡大せられたについては西村の同社への入社及びその後の同人の努力があづかつて大いに力があつたものと認められるのであるが、しかしそれは結局同会社の内部における問題たるにとどまり、外部に対する関係においては同会社の商標は西村堅二の製品を示すものとしてではなく正しく同会社の製品を示すものとして使用され一般からもまたそのように認識されていたこともまた明らかなことである。とすれば西村の退社後においても被控訴会社がひきつづき従前の商標を使用することは商標権者の保護のほか商品の出所表示機能という点にも少からぬ重点をおいた旧法の建前に添うものであるともいえるのであつて、これに以上認定してきた一連の諸事実を総合して考えると、特段の事情がないかぎり、西村及びその承継人たる控訴会社は被控訴会社に対し同会社が西村退社後もひきつづき従前の商標を使用することを禁止しえないと解するのを相当とする。けだし西村は前記のごとく原田に対し同人が昭和七年田靡より営業を譲受けたときこれを斡旋したのを始めとし以来約一五年間にわたり同人が「梅花堂」商標を使用して羊羹の製造販売をすることを承諾し(なお甲第五号証および当審における西村堅二本人の供述によると本件商標登録後西村及び原田を含む計七名により結成せられた梅花堂会の会員は各平等の権利をもつて「梅花堂」商標を使用しうることとなつており右権利の喪失についてはなん等の規約も設けられていない)、原田が被控訴会社を設立するやこれに入社し同社が「梅花堂」商標を使用して販路の拡張をすることに協力をした点に徴すると、仮に商標権の特性たる独占的機能を除外して本件を考えた場合、西村及びその承継人たる控訴会社は原田及びその承継人たる被控訴会社に対し原田が多年にわたつて築き上げた「梅花堂」商標使用について有する利益(既得権的地位)を承認し、これをみだりに侵害してはならない関係にあることが明らかであり、更に商標権の右特性を念頭において考えてみても、自由競争の公正を確保するため需要者に対して商品の出所(旧法)乃至品質(新法)の識別を可能ならしめようとするのが同権利の認められたそもそもの所以であるといえるから、その有する独占的機能も他の通常の権利と同じく内在的な制約を免れないものであり、したがつて被控訴会社が西村の承諾乃至協力のもとに多年独立して使用してきた商標がすでに周知性を具えるに至つた本件のような場合においてすらも、右承諾乃至協力をした当の本人であり且つ自己の営業を長く中止していた西村又はその後継人である控訴会社において単に商標権者であるというのみの理由にもとづき、その他なん等特段の事由がないのに拘らず、被控訴会社に対しその従来使用してきた商標の使用を禁止しうるとすることは余りにも商標権の独占的効力のみを重視して商標の有する出所乃至品質の表示機能及び他の法的諸要請を無視するものといわなければならないからである。ところで控訴人は右特段の事情として西村が本件商標の使用禁止をした原因として原田が西村に対してなした同人の被控訴会社への入社及びその退社をめぐつての詐欺的所為乃至悪質な策謀を主張するのであるが、原告及び当番における右両名各本人尋問の結果に徴しても西村の被控訴会社における処遇問題に関連して同人及び原田の間に紛争を生じこれが因となつて西村は役職を解かれ退社するに至つたという事実が認められるにとどまり、原田において西村の有する本件商標権を侵害し乃至は事実上無効化させようとする策動があつたとは(西村の処遇に関し原田乃至被控訴人側に違約があつたという点のみでは単に不法行為または債務不履行による損害賠償の責任を生ずるにとどまり商標使用禁止の問題が発生する余地はない)、前記西村本人尋問の結果を以てしても同原田本人の供述に比照したやすく認定することはできないので控訴人主張の右事実を以て本件商標使用禁止の正当な理由とすることはできない。次に控訴人は(イ)被控訴人は控訴人の広告を僣用し自らは殆んど広告をしないで一般の取引者、需要者の盲点を利用することによつて不当に多額の利益を挙げており、且つ(ロ)これがため控訴人は屡々得意先の百貸店等から「貴所の羊羹がスーパー・マーケツトで売られている」旨等の警告を受け信用上も多大の損害をこうむつている旨主張するのであるが、当番における控訴会社代表者西村堅二本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると右(イ)の控訴会社及び被控訴会社両者の広告費に相当な隔りがあるのはその商品販売ルートや得意先が異なるためであることが認められ、とすればこれをもつて被控訴会社において広告による一般需要者の錯覚を利用する意図に出たものと解することはできず、また(ロ)についても、控訴人主張のごとき事態は控訴会社において被控訴会社の前記既得権的地位を容認せざるをえない関係にある以上やむをえない結果であるというべく、このような場合控訴会社は新法第三二条第二項の規定に準じ被控訴会社に対し混同を防ぐため適当な表示を附すべきことを請求しうるとすることは格別、商標の使用禁止をまで要求しうるものと解することは相当でないというベきである。なお控訴人主張にかかる原田又は被控訴会社が控訴会社に対して仮処分を申請し又は告訴をなし、更に成立に争いない乙第五号証の一乃至四、第九及び第一〇号証により明らかなごとく自己の商標につき登録出願をなし又は控訴会社の右出願に対し異議を申立てたこともすべて西村と原田との間に紛争を生じ西村が原田及び被控訴会社に対し商標の使用禁止を申渡した後のことであることが右控訴人の主張自体及び右乙号各証によつて明らかであるから、これを以て直ちに本件商標使用禁止の正当な理由となしえないことは明らかであり、また控訴人の名板貸しに関する主張も先に認定したような事実関係のもとにおいては理由がなく採用に値いしないことが明らかである。

その他本件全証拠に徴しても被控訴会社が本件商標に関し控訴会社に対して不正乃至不法の所為をしたと認定すべき資料はないので、結局控訴人の被控訴人に対する本件商標使用禁止の請求は理由がないものとして棄却すべきであり、また控訴人の損害賠償請求も以上により理出がないこと明らかなので棄却を免れず、よつて右と結果において同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由なきに帰するから民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 加藤孝之 村瀬泰三)

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