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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)711号 判決 1959年9月16日

控訴人 田中虎熊

被控訴人 株式会社合田光三商店

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金三〇万円及び内金一五万円に対する昭和二七年六月二一日より、内金一五万円に対する同年七月一七日よりいずれも完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

控訴代理人は本訴の請求原因として、被控訴人は(イ)昭和二七年三月二〇日金額を一五万円支払期日を同年六月二〇日支払地及び振出地をいずれも西宮市支払場所を株式会社大阪銀行西宮支店受取人を訴外須佐耐火鉱業株式会社(以下須佐耐火という)と定めた約束手形一通(ロ)同年五月九日金額を一五万円支払期日を同年七月一六日その他の手形要件を(イ)の手形と同様に定めた約束手形一通を振出し、控訴人は同年五月二〇日須佐耐火より右各手形の裏書譲渡をうけてこれが所持人となつたので、支払期日に手形を呈示して手形金の支払を求めたが拒絶された。

よつて右各手形金と支払期日の翌日より完済に至るまで年六分の割合による法定利息金の支払を求めると陳述し、被控訴人の抗弁に対して、(1) 本件各手形は被控訴人が須佐耐火に対する営業資金融通のために振出された融通手形であり、控訴人はその趣旨に従い須佐耐火に金三〇万円を融資して本件手形の裏書譲渡をうけたのであるから、正当な手形権利者である。(2) かりに本件手形が、被控訴人主張の如き前渡金支払のために振出されたものであるとしても、須佐耐火は昭和二七年五月一日頃被控訴人から発註をうけ、その履行として同月一二日から一四日までの間に耐火煉瓦三二、八〇〇個代金一一五万五五〇〇円相当のものを引渡しているから、被控訴人は本件手形金の支払義務を免がれないものである。(3) 被控訴人の商法第二六五条に関する抗弁は時機に遅れた防禦方法の提出であつて却下さるべきである。のみならず、商法第二六五条は会社と取締役との取引につき取締役の権限濫用を防ぎ会社に不利益を蒙らせることなきを期するための規定であるところ、控訴人は須佐耐火の常務取締役渡辺寿男以下全取締役の協議に基く要求に応じて、同会社の利益のため本件手形の割引による資金の融通をしたのであるから、同条の適用をうくべき場合に該当しない、と述べた。

被控訴代理人は答弁として、控訴人主張の本訴請求原因たる事実は全部これを認めるが、左記事由により被控訴人には本件手形金の支払義務がない。すなわち(1) 被控訴人は須佐耐火との間に耐火煉瓦三二、八〇〇個につき被控訴人より註文をうけたときは発註の日から二〇日以内に納品する旨の売買契約をなし、その代金前渡しのため本件手形を振出したものであつて、須佐耐火が被控訴人の註文に応じて煉瓦を納入しなかつたときは手形金の支払をしない旨の約定がなされていた。しかるに、須佐耐火は、昭和二七年五月一六日被控訴人より上叙契約に基く耐火煉瓦の註文をしたにもかかわらず、これを拒絶して納入をしなかつたので、被控訴人は同会社に対して本件手形金を支払う義務がなく、控訴人は右の事実を知つて裏書譲渡をうけた悪意の手形取得者である。(2) 須佐耐火より控訴人への本件手形の裏書譲渡は双方通謀した仮装行為であつて、控訴人は真の手形権利者ではない。(3) かりに右の主張が理由なしとしても、控訴人は須佐耐火の取締役であつて、本件手形の裏書譲渡は商法二六五条の定める取締役と会社との取引に該当するところ、右裏書譲渡について同会社の取締役会の承認を得ていないから無効である、と述べた。

証拠として、控訴代理人は甲第一号証ないし第三号証同第四号証の一、二を提出し、原審証人亀井健三(第一、二回)、同柴崎雄吉、同斉加次吉(第一、二回)の各証言及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第六号証ないし第九号証は不知、その余の乙号各証は成立を認めて同第三、四、五号証を利益に援用すると述べ、被控訴代理人は乙第一号証ないし第一〇号証を提出し、原審証人亀井健三(第一、二回)、同柴崎雄吉、同斉加次吉(第一、二回)、同友森文彦の各証言及び当審における被控訴会社代表者合田光三本人尋問の結果を援用し、甲号証は全部成立を認めると述べた。

理由

被控訴人が本件手形を振出し、控訴人がその裏書譲渡をうけて現に右手形の所持人であること、及び右各手形は支払期日に支払のため呈示されたが不渡りとなつたことはいずれも当事者間に争がない。そして、当審における控訴本人尋問の結果に原審証人亀井建三(第一回)同斉加次吉(第一回)の各証言及び当審における被控訴会社代表者合田光三本人尋問の結果の各一部を総合すると、須佐耐火は被控訴会社との間に同会社が国鉄に納入すべき耐火煉瓦を売渡す契約をなしその前渡金を受取つていたが、資金不足のため現品の納入が意の如くならず、昭和二七年三月頃には約二〇〇万円に上る未納額を生ずるに至つたので、これが履行を促進するため新規註文に対する前渡金名義で被控訴会社より須佐耐火にさらに金三十万円の運転資金を融資することとし、その支払にかえて本件二通の約束手形が振出され、須佐耐火は該手形を控訴人に裏書譲渡して控訴人から額面相当の三十万円の融通をうけたものである事実が認められる。

被控訴人は、右手形は被控訴会社より須佐耐火に対して将来新たに発註すべき耐火煉瓦の代金前渡しのために振出されたものであつて、同会社が右の註文に応じて納品をしないときは手形金を支払わない旨の特約があり、控訴人は裏書譲渡をうける際右の特約及び須佐耐火が納品不能の状態にあることを知つて手形を取得した悪意の所持人であると抗争し、原審証人亀井健三(第二回)同柴崎雄吉はこれに副うような証言をしているけれども、上叙の如くすでに須佐耐火に対して二〇〇万円にも上る前渡金の過払をしている被控訴会社がこれをそのままにしておいて、さらに別個の新規契約を結び、その代金の前渡しをするというようなことは、一般の取引観念に照してにわかに首肯し難いところであり、むしろ右の三〇万円は旧債の履行を促進するための輸血資金であるという控訴人の供述の方が事理にかなうので、前示証人等の証言はたやすく信用し得ず、他に被控訴人の右抗弁事実を認めて上叙認定を覆えすに足る確証はない。

次に被控訴人は、須佐耐火より控訴人に対する本件各手形の裏書譲渡は両者の通謀による仮装行為であると主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠は何もなく、却つて、右裏書譲渡の対価として控訴人から須佐耐火に手形金額に相当する三〇万円の交付がなされていること前段認定のとおりであるから、該抗弁もまた採用に値しない。

そこで進んで、被控訴人の商法第二六五条に関する抗弁について考えてみる(控訴人は、右は時機に遅れた防禦方法の提出であつて却下せらるべきだというが、これは主として法律解釈の問題であり、その判断のために本件訴訟の完結が著しく遅延するとは思われないので、該主張は採用しない)。本件約束手形の裏書譲渡がなされた当時控訴人が須佐耐火の取締役であつたことは、当審における控訴人本人尋問の結果によつて明かであるから、右は会社がその取締役に対して手形の裏書譲渡をした場合に該当するものというべく、かかる行為が商法第二六五条の定める「取締役と会社との取引」にあたることはすでに判例通説の認めるところであつて、当裁判所もまたそのように解するのが正しいと考える。控訴人は、本件手形の裏書譲渡は専ら須佐耐火の利益のために手形割引の方法によつて資金の融通をしたのであるから、前記法条の適用をうくべき限りでないと主張するが、須佐耐火は右の裏書譲渡の結果控訴人に対して手形上の義務(償還義務)を負うに至るのであつて、これをもつて会社が利益のみをうける行為とはいえないから、この場合もまた商法第二六五条の「取引」に含まれるものといわねばならない。而して商法の右規定によれば、取締役が会社とかかる取引をするにはあらかじめ取締役会の承認を得べきものとされているところ、本件の場合にその承認を得たことについてはこれを肯認するに足る証拠がなく、従つて右の裏書譲渡は被控訴人のいう如く商法第二六五条に違反してなされたものと断ずるのほかはない。

さて、商法第二六五条に違反する取引の効力についてはいろいろの説が唱えられており、被控訴人は無効説に従つて控訴人が本件手形の正当の権利者でないと主張するのであるが、当裁判所はかかる行為といえどもこれを法律上当然に無効のものと解すべき根拠に乏しく、むしろ行為そのものとしては有効であると解するのが正しいと考えるのであつて、以下少しくその理由を説明する。(1) まず第一に、商法第二六五条は同法第二六四条とともに、取締役の会社に対する利害衝突行為避止の義務を定めた規定と解するのが正しい。取締役は取締役会の構成員として会社の業務についての意思決定に参与し、代表取締役としてはその業務の執行、会社の代表等の権限を有するのであつて、会社のために誠実にこれらの職務を遂行すべき責務を負うがために、これと矛盾する虞のある自己活動を抑制されるのはけだし当然の結果であり、前記各法条が、取締役に対して会社との就業避止の義務を課し、または会社との間に利害衝突をきたす虞のある行為をなすことを禁じたのは、いずれも右の趣旨を具体化したものといつてよかろう。すなわち商法第二六五条は代表権を制限した規定でもなく、また取引行為の有効要件を定めた規定でもなく、第二六四条とともに取締役の会社に対する義務を定めたものであつて、同条の違反は結局会社と取締役との内部関係における義務違反の問題たるにとどまり、かかる行為をもつて法律上当然に無効であると解さねばならない理由はないものと思われる。しかも第二六四条に関しては、その違反行為も行為そのものとしては有効であるとするのが一般に是認せられる解釈であつて、第二六五条の場合につき特にこれを異別に取扱う合理的根拠は見出し得ない。(2) さらに第二六五条違反の行為を無効と解するときは、著しく取引の円滑を害し、かつ第三者に対して不測の損害を及ぼす点において実際問題としても極めて不都合な結果を招来する。そこで無効説を採る者は、あるいは善意取得の法理を活用することにより、また無効の主張を許す範囲を制限することなどによつて可及的にこれが弊害を除去せんと試みるのであるが、それにはやはり一定の限度があつてこのような手段によつては到底十分なる取引の保護は期せられない。(3) 要するに、商法第二六五条の法文の字句の解釈、他の規定との関連(規定の位置)などからすれば、同条は単なる取締役の義務を定めた命令規定だと解すべき余地が十分にあり、また同条の立法趣旨からしてもその違反行為の不利益は違反者のみが負担すれば足り、これを無効として取引上の第三者に損害を及ぼすべきではないと考えられるので、同条に違反してなされた行為といえども行為そのものとしては有効であると解するのがもつとも妥当な解釈だと信ずる。従つてこれを無効とする前提に立つ被控訴人の主張もその理由がない。

以上説明のとおりであつて、控訴人の本訴請求はまことに正当であり、これを排斥した原判決は失当たるを免がれないからこれを取消すこととし、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 小石寿夫 岡部重信)

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