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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)870号 判決 1958年4月26日

控訴人(原告) 坂本義一 外一名

被控訴人(被告) 国

原審 京都地方昭和三二年(行)第四号

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、「原判決を取り消す。京都府知事が昭和三一年一〇月二七日訴外室谷喜作に対してなした京都市中京区壬生松原町二三番地、二四番地の一において室谷湯の名称を以てする公衆浴場の営業許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人等代理人において、「控訴人等は、日本国憲法第二二条により職業選択の自由権を有するものであつて、公衆浴場経営については公共の福祉の観点から一般的に禁止されておるとしても、一度許可(不作為義務の解除)された以上既に有していた自由権が公衆浴場経営という権利に具象化したものとみるべきであつて、控訴人等はこの権利を侵害されたものである。また公衆浴場法は、公衆衛生の維持向上という公共の福祉をその目的としているものであるが、その目的のために許可を得た控訴人等は経済的には独占的利益を、法律上は競業禁止の利益を得ているものであつて、これなくしては営業として公衆衛生の維持向上という法目的に寄与することができない。この利益をどのような重さで評価するかが問題である。講学上反射的利益という概念を認めるとしても、その反射的利益には全然権利や法律上の利益を含まないということのできないことも講学上の通説である。国又は公共団体のほしいままな行政処分によつてこの利益が害された場合でも、どのような救済方法も与える余地のない利益であるというのは相当でない。次に被控訴人主張の適正配置か否かの調査は、本件公衆浴場の営業許可前一回もなされたことはなく、控訴人等から反対があり右許可後初めてなされたのである。控訴人等は、被控訴人主張の利用区域の人口数及び附近住民の要望があつたことは争う。『公衆浴場新設に関する内規』は、その制定の目的が条例改正の煩雑をさけるためとその制定の経過が京都府会議員の参画によるものであり、規定事項が適正配置を考慮するに当つて関係者の打合会を開催する事項まで含まれておるものであるから、京都府条例の附属法規である。」と述べ、被控訴代理人において、「京都府知事が、昭和三一年一〇月二七日公衆浴場法(昭和二三年七月一二日法律第一二九号、改正昭和二五年三月法律第二六号、同年五月法律第八七号)第二条に基き国の委任事務として室谷喜作に対し控訴人等主張の公衆浴場の営業許可をしたこと、控訴人坂本が『盛好湯』、控訴人岸本が『中央湯』の各名称で本件許可の対象となつた『室谷湯』の近傍で公衆浴場を営んでいることは、いずれもこれを認める。本件公衆浴場の営業許可は、適法に行われ無効原因となるべき瑕疵はない。すなわち、京都府は公衆浴場法第二条第三項に基き公衆浴場法施行条例(昭和二五年九月八日京都府条例第四八号、改正昭和二八年四月一日条例第一九号、昭和三一年四月一日条例第一二号)を定め、公衆浴場の配置基準につき、その第一条に、『公衆浴場法第二条第三項の規定による公衆浴場の設置場所の配置の基準は、各公衆浴場の最短距離を二百五十メートル間隔とする。但し、土地の状況、人口の密度及び入浴回数等より知事が適正配置と認めたときは、この限りでない。』と規定している。そして、本件公衆浴場の営業許可は、右規定に基き知事が適正配置と認めてしたのである。本件公衆浴場営業許可の対象となつた室谷湯と近接公衆浴場との距離は実測の結果中央湯(営業者控訴人岸本)との間は三一七メートルあり、右条例第一条本文に適合するが(控訴人岸本の本訴請求は既にこの点で失当である。)、盛好湯(営業者控訴人坂本)との間は二一〇メートルであつて、同条本文に適合しない。そこで、京都府知事は、同条但書による適正配置と認め得るか否かにつき調査した結果、右室谷湯の利用区域(地図上において新設予定浴場の中心点とその各近接浴場の中心点とを直線で結びその垂直二等分線を以て囲んだ区域。)内の人口は、一、九〇二人で内公衆浴場利用者は一、四一三人あり、その各人の入浴回数は一人平均週三回で一週間の入浴者数四、二三九人となり、他地区の入浴回数に比較して多い方であること、右浴場附近には染色工場が多い上、国鉄山陰線が通つているため煤煙はなはだしく衛生上有害地であり、しかも右浴場附近には昭和三一年三月末まで嘉助湯(営業者大竹高三郎)があつたため、附近住民も公衆浴場設置を強く要望している事実が認められたため、適正配置と認めて本件公衆浴場の営業を許可したのであつて、右許可は適法かつ妥当である。控訴人等主張の『公衆浴場新設に関する内規』は、知事がその事務を補助する職員に対し事務処理の取扱方針と取扱基準を指示したもので、法規としての性質を有するものではなく、外部的には何等の拘束力を有しないことはもとより、右内規違背が知事の許可処分の効力を左右するものでもない。知事が条例の附属法規を設ける必要のある場合には、地方自治法第一五条に基き規則で制定するのであつて、前記条例に対しては公衆浴場法施行規則並びに公衆浴場法施行細則(昭和二三年一二月京都府規則第九五号)が定められているが、本件営業許可は、右規則並びに細則にも反するところはない。」と述べた外、原判決の事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所が、控訴人等の本訴請求を失当として棄却すべきものとする理由は、次に掲げるものの外、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

原判決の七枚目表四行目から五行目の「は当事者間に争がなく」を削り、同六行目から七行目に「は被告において明かに争わないところである。」とあるのを「は当事者間に争がない。」と訂正する。

控訴人は、本件公衆浴場営業許可処分は公衆浴場法及びこれに基く条例等に違反し無効であると主張するのであるが、行政処分がある法規に違反し無効であると主張することの許される者は、その法規が保護しようとする法益の主体に限られるのであつて、法規がある法益を保護するため制限を課した結果間接的に他の者の利益を保護する結果を来たしたとしても、そのような利益はその法規が直接保護しようとしたものでなく、反射的に生じたにすぎないものであるから、その反射的利益が侵害されたとして行政処分の無効を主張することは許されない。もとよりその法規が保護しようとする法益が何であるかは慎重な検討を要するけれども、原判決理由の説明するとおり、公衆浴場法は専ら公衆衛生の維持向上をはかることを目的とするものであつて、既設公衆浴場の営業権の保護はその目的とするところでない。控訴人等のような既設公衆浴場の経営者は公衆浴場法の目的から来る競争業者の濫立の制限によつて利益を受けるけれども、控訴人等は公衆浴場法による営業許可を受けたことにより、控訴人等の主張するような自由権の具象化された権利を取得したものでなく、その他公衆浴場法が保護しようとする法益を有するものでない。従つて控訴人等は本件浴場営業許可処分の無効確認を求める利益を有しないものといわなければならない。

よつて、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 三木良雄)

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