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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)207号 決定 1958年6月19日

抗告人 河村利夫(仮名)

相手方 河村浪江(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、抗告理由の要旨

(一)  本件は、相手方の申立による京都家庭裁判所昭和三一年(家イ)第八〇二号生活費請求調停事件が調停の不成立によつて審判事件に移行したものであるが、右調停事件は、相手方がさきに抗告人を相手として申立てた同裁判所昭和三〇年(家イ)第七一〇号同居協力扶助調停事件において、昭和三一年二月二四日「双方は当分の間別居生活をし、抗告人は相手方に対し昭和三一年二月以降生活費として一月四千円を毎月末日に支払う」こととして成立した調停につき、その後の生活事情の変動を理由に、右生活費の増額をもとめるため申立てたものであつて、この調停の申立すなわち本件審判の申立とみなされるものは、民法第七五二条による夫婦の協力扶助に関する申立であつて、婚姻費用の分担に関するものではない。しかるに原審判が抗告人に婚姻費用の分担として相手方に対する給付を命じたのは、審判の目的を誤つたものとして違法である。

(二)  相手方は上記昭和三一年(家イ)第八〇二号生活費請求調停事件の申立と同時に、長男利平の養育費請求の調停を申立て同裁判所同年(家イ)第八〇三号調停事件として前者の事件とともに常に併合して調停委員会が開かれたのであるが、調停成立の見込なく調停を打切ることになり、その結果、前者の事件のみは調停不成立として本件の審判事件に移行したが、後者は、家事審判法第九条第一項乙類の審判事件に該当しないので、担当家事審判官のすすめにより相手方において調停の申立を取下げ、事件が終了したのである。従つて、本件においては、相手方の生活費についてのみ審判すべきで、子の養育料については相手方の申立がなく、審判の目的になつていないのであるから、これについて審判することは許されない。しかるに原裁判所が、子の養育料請求の調停事件は調停不成立によつて審判に移行しないとの見解をとりながら、本件審判において、婚姻費用の分担として相手方の生活費のほか、子の養育料を含めた給付を命じたのは審判事項を逸脱し、違法といわねばならない。

(三)  長男利平は、抗告人が相手方との別居以来抗告人の手許において、長女とともに平穏に監護養育してきたのを、その養育費はおろか、自らの生活費にも事欠くと主張する相手方において、通学していた小学校から実力をもつて奪取し、相手方と同居させるにいたつたものである。しかし、右利平の養育を、不安定な生活環境にある相手方に託するのは不適当であり、従前通り、抗告人の手許におくのが本人の将来のため、よりよい人間的成長を期待し得る所以であり、抗告人の熱望するところでもある。故に、調停中においても、相手方に利平の引渡をもとめたが応ずるところとならなかつた。右のごとく、利平に対し平穏につづけてきた抗告人の監護教育を実力をもつて妨げ、勝手にこれを奪取して、利平の養育を不適当な状況におきながら、その養育料のみを抗告人に請求するのは、子の養育について相手方のみ思うままにふるまうもので、その権利を越えているものというべきである。しかるに原審判は、相手方が右の経緯を経て利平を養育する現状をそのまま是認し、その養育料を含む給付を抗告人に命じたのは甚だ不当といわねばならない。

(四)  原審判の定めた給付金額についても不服である。

二、当裁判所の判断

夫婦は同居して共同生活(家庭)を営むのが本当である。その共同生活において、財産収入社会的地位等に相応じた通常の生活を維持するに必要な生計費は、これを民法第七六〇条にいわゆる婚姻から生ずる費用(婚姻費用)というべきであり、各自の生活費や子の養育費をふくむ。この婚姻費用は、特にその点の夫婦財産契約のないかぎり、右民法第七六〇条により、夫婦が各自の資産収入等に応じて分担する。

夫婦はまた、互に協力し扶助する義務があるが(民法第七五二条)、現実に扶助を要する場合も、右婚姻費用の分担として扶助は実現せられるわけであるから、この(特に夫婦財産契約のない)場合、扶助義務は、婚姻費用の分担義務の中に吸収されるものといわねばならない。

そして夫婦の共同生活が破綻を来し、別居生活に入つたとしても、離婚しないかぎり、婚姻は継続しているのであるから、離婚するか、または共同生活が回復するにいたるまで、夫婦各自の生活は、いわばそれまでの共同生活の二つの破片として、上記相当程度の各自の生活費や子の養育費は、やはり婚姻費用とみるべきである。

従つて、原審判において、相手方が別居中の抗告人に対して申立てた生活費の請求を、婚姻費用の請求と解して判断したのは相当であつて、抗告人の主張するような、審判の目的を誤つた違法はない。

また、記録によれば、本件において審判の申立とみなされた相手方の調停の申立は、昭和三一年一〇月一二日付の申立書によつてなされているのであるが、相手方はその申立書で、生活費と長男利平の養育料の請求を合せてしているのであり、右の自己の生活費と子の養育料が、いずれも婚姻費用の一部とみとむべきことは、前記のとおりであるから、右申立は一括して婚姻費用の請求とみるのが当然であり、生活費養育料の区別は婚姻費用の項目をあげられているにすぎない。ところで、原裁判所は、事件の処理として、これについて二つの事件をたて、生活費請求の部分を昭和三一年(家イ)第八〇二号事件、養育料請求の部分を同年(家イ)第八〇三号事件とした上、併合して調停手続をすすめたが調停が成立せず、審判の手続に移るにあたつて、右第八〇三号事件については相手方から申立の取下がなされ、右第八〇二号事件が本件審判の手続に入つたことが、記録上明らかである。しかし相手方の右第八〇三号事件の申立の取下は、原裁判所の事件の立て方に照応した純粋に形式的なものと解せられ、本件が審判手続に入つた後も、相手方が長男利平の養育料の請求を維持し、婚姻費用の一部として「生活費」の請求中に含ませるにいたつたことは、記録中の相手方に対する尋問調書によつてもみとめられるから、本件における相手方の申立を、特に右利平の養育料を除外したものとみとむべきものとする抗告人の主張には同じがたく、原審判は、右利平の養育料をもふくめた婚姻費用につき審判したものとみとめられるが、右は相当であつて、この点に違法はない。

つぎに、相手方が抗告人の許から小学校に通つていた長男利平を、抗告人に無断で連れ去り、相手方の手許におくにいたつたことは、原審判の認定のとおりであるが、原審判が、右の事実にもとずく抗告人の憤懣に了解を与えつつ、なお、別居に当つて抗告人が右利平等二子を連れ去つたのが、相手方の十分な納得にもとずかなかつたこと抗告人が他の女性と同棲していること、現に利平が相手方の許から小学校に通い、母である相手方との現在の同居を希望していること等の諸事情を認定考慮した上で、双方の間で利平の監護教育の方法につき根本的な解決がつくまで、一応現状を維持するのを相当とみとめ、その判断の上に立つて、抗告人の相手方に支払うべき婚姻費用の額を定めているのは、まことに首肯するに足り、この点につき、原審判に抗告人の主張するような不当な点はない。

最後に、抗告人の相手方に支払うべき婚姻費用の額について、原審判に示された資料および金額に関する判断は、相当であつて、何等不当と目すべき点はない。

そして、他に原審判を不当とする点は見当らないので、本件抗告はこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 神戸敬太郎 判事 木下忠良 判事 鈴木敏夫)

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