大阪高等裁判所 昭和33年(う)395号 判決 1958年6月13日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は記録に綴つてある弁護人丸山郁三提出の控訴趣意書に記載したとおりであるから、これを引用する。
同控訴趣意中、法令適用の誤りを主張する点について、
論旨は、被告人の本件所為に対して刑法第一四二条を適用処断した原判決は、同条の解釈を誤つたか又は事実を誤認して不当に同条を適用した違法があるというのである。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人が原判示のような原因事情から被告人経営の果樹園の元管理人鈴木鹿之助に対して憤懣を抱き、同人一家をその居住家屋から退去させるため、同人方一家の飲料に供している浄水である直径〇・七五米、水深約一米の円筒形容積の井戸水の中に食用紅(食用赤色一〇二号三〇%デキストリン七〇%混合稀釈真赤色)五〇瓦を溶かした水一升を注ぎ込み、右浄水を一見して異物の混入したことを認識し得る程度に薄赤色に混濁させたことを認めることができる。ところで刑法第一四二条の罪は不定又は多数の人の飲料に供する浄水に異物を投入し又は異物をもつて混濁させる等の方法により、右浄水を一般に飲料浄水として使用することを不能ならしめる程度に汚穢することによつて成立するものであつて、その使用を不能ならしめる理由が生理的なものであると心理的なものであるとを問わないものと解すべきであるから、投入した異物が本来不潔物でなくても、これを投入することによつて浄水を汚濁させ、人をして不快の感を抱かせることにより、その使用を不能ならしめる場合も亦同条に所謂「浄水ヲ汚穢シ因テ之ヲ用フルコト能ハサルニ至ラシメタル」場合に該当するものといわなければならない。本件において被告人が鈴木方一家の飲料に供している浄水である井戸水の中に投入した物体は食用紅であつて、本来不潔物でもなく、又必ずしも人の生理もしくは健康上悪影響を及ぼす虞れがあるとも言えないけれども、ひそかにこれを投入することによつて井戸水を薄赤色に混濁させ、一見して毒物その他の異物の混入を疑わせるもので、浄水としてこれを使用できないのが普通であるから、飲料浄水として一般に使用することを心理的に不能ならしめたものと認めるのを相当とする。従つて被告人の右所為が刑法第一四二条の罪を構成することが明かであるから、同条を適用して処断した原判決は正当であつて、何等所論のような違法はないから、論旨は理由がない。
同控訴趣意中、量刑不当を主張する点について、
論旨は、原判決が被告人を罰金刑に処し、その刑の執行を猶予しなかつたのは、その量刑重きに過ぎ不当であると主張する。しかし本件犯行の動機、原因、態様等記載にあらわれた諸般の情状を参酌して検討すると、たとえ所論指摘の諸点を考慮しても、原判決が被告人を罰金二千円に処したのは相当であり、その刑の執行を猶予しなかつたことを目して重きに過ぎ不当であるともなし得ないから論旨も理由がない。
よつて本件控訴は刑事訴訟法第三九六条に従い棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 吉田正雄 判事 竹中義郎 井上清一郎)