大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1168号 判決
興和信用組合
証拠によると、控訴会社(浮田製薬株式会社)の平取締役清水晶は控訴会社代表者の記名印および印鑑を使用して、昭和三〇年五月六日頃控訴会社振出名義の本件約束手形二通を受取人欄空白のまま振出し、これを訴外熊沢哲一郎を介して訴外相互物産株式会社に交付し、同訴外会社はその受取人欄を補充したうえ、これを被控訴人(興和信用組合)に裏書譲渡し、被控訴人が現にその所持人であることが認められる。そして被控訴人が本件各手形をその満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、控訴会社がその支払を拒絶したことは、当事者間に争がない。
被控訴人は、清水晶が署名代理の方式によつて本件各手形を振出す権限を有するものであると主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。
そこで被控訴人の表見代理の主張について考えてみるのに、証拠によると、次のごとき事実を認定できる。
(一) 清水晶は、控訴会社の取締役兼総務部長もしくは経理部長として、製薬の生産、販売部門をのぞいた会社業務一般を担当し、ことに控訴会社の代表取締役浮田桂造が昭和二七年一二月頃から昭和三〇年一月頃にかけて脊髄カリエスのため自宅療養中は、同代表取締役の印鑑を託せられて、金融面についても控訴会社名義の手形を振出す包括的代理権限を与えられていたが、昭和三〇年二月下旬頃取引銀行先から経理の放漫を指摘せられた機会に、同代表取締役は、清水晶から従来託していた代表取締役の印鑑の返還を受け、金融面における同人の包括的代理権限を取り上げた。しかしその後も清水晶は、依然控訴会社の取締役兼総務部長もしくは経理部長として、原料等の仕入およびその代金の支払について控訴会社を代理する一般的な権限を有しており、控訴会社代表取締役の記名印や小切手帳を保管し、仕入れ代金の支払のときなどは、随時代表取締役から印鑑の交付を受け、署名代理の方法によつて控訴会社名義の手形を振出していた。
(二) 右のような地位にある清水晶は、昭和三〇年四月下旬頃金融ブローカーの熊沢哲一郎から金融を受ける方法として、熊沢との間に、熊沢が割引のために渡される控訴会社振出名義の手形を控訴会社の支払手形として利用して、控訴会社名義で他から物品を買い受けるとともに、熊沢においてこれを処分し、清水にはその換価代金を現金で持参し、これによつて実質的に手形割引の目的を達する趣旨の申し合わせをなした。そこで、清水はその頃自己の代理権にもとづいて作成した薄鋼板一〇瓲の注文書一通(甲第四号証の一)(ただし、宛名はその当時空欄であつた)を右目的をもつて熊沢に交付し、次いで同年五月六日頃本件手形二通を同人に交付した。このような、金融目的のためにする手形については、清水は振出権限を有しないのであるが、これ等の手形は、清水がその頃控訴会社の代表取締役浮田桂造から他の用件で印鑑を借り出した機会に、その権限を超えて作成しておいたものである。
(三) ところで、この薄鋼板買い入れの商談は、ブローカーを通じて、訴外相互物産株式会社に持ち込まれたが、同会社の代表取締役山口隆一は、かねて控訴会社の常務取締役浮田不二男や右商談に介在するブローカーからも、控訴会社の代表取締役は病気のため、清水晶が控訴会社の経理全般を任されているようにきいていたし、控訴会社は製薬の容器を下請会社に作らせて商品のコストを下げるために薄鋼板を買うものであることを耳にしていたが、右山口隆一が念のため控訴会社に赴いて調査したところでも、清水晶は控訴会社の営業店舗の一番奥のデスクにいて、噂にたがわず、控訴会社の事務を全般的に任されているように見受けられ、その際控訴会社の社員からも、控訴会社が手形で薄鋼板を買い受けることは事実相違ないことを確かめ得た。
これは、清水晶が熊沢からの連絡により、前もつて控訴会社の部下社員に対し、誰れか薄鋼板の件で調査に来る者があれば、右のように答えるよう、いいふくめてあつたからである。かくして、相互物産株式会社では、前記商談を真実のものと信ずるにいたり、昭和三〇年五月はじめ頃、熊沢哲一郎等の仲介で、控訴会社の代理人清水晶と相互物産株式会社との間に、控訴会社が相互物産より製罐用薄鋼板一〇瓲を控訴会社振出の手形によつて単価五万八千円、代金合計五八万円で買い受ける旨の契約が成立した。
(四) 当時、相互物産株式会社では、右注文にかかる薄鋼板を永森交信鋼材から仕入れて控訴会社に引き渡すにつき、被控訴組合に対し、右取引を報告し、控訴会社から右取引により受け取るべき手形の割引方をあらかじめ依頼して、その承諾を得たが、控訴会社の支払手形はまだ入手していなかつた。そこで、被控訴組合では、相互物産株式会社のために永森交信鋼材に代金を支払つて所要の薄鋼板一〇瓲を買い受け、その出荷指図書を手中に確保したうえ、その頃相互物産株式会社の代表取締役山口隆一方において、右山口、被控訴組合の係員楠瀬康文および控訴会社側の人(おそらく熊沢哲一郎と思われる)が集まつた席上、山口は控訴会社側の人から本件手形二通を、前記清水晶が正当に振出した手形と信じて受け取るとともに、清水がその代理権にもとづいて作成した控訴会社名義の受領書の交付も受け、これらを一括して楠瀬に交付し、これとひきかえに、山口は楠瀬より受け取つた右出荷指図書を控訴会社側の人に交付し、ここに薄鋼板の引渡を了した。
以上(一)ないし(四)の各事実を綜合するときは、前記清水晶は本件手形二通を代表取締役に代わつて振出す権限がなかつたとはいえ、相互物産株式会社からみれば、控訴会社が仕入れた薄鋼板代金の支払手形として、清水晶が控訴会社の代表取締役に代わつて本件各手形を振出す権限あるものと信ずるにつき、正当の理由があるものというほかはない。