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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)654号 判決 1959年6月30日

控訴人 津田幸次郎

被控訴人 松本豊雄

主文

原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、控訴代理人において、控訴人は原判決添付目録第一記載の家屋(二階を含む。以下本件家屋という。)の階下に昭和一七年一一月入居した。原判決二枚目裏八行目に「昭和二一年中」とあるのを「昭和二五年六月」と訂正すると述べ、証拠として、被控訴代理人において、当審証人村上完太郎の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、控訴代理人において、当審証人安原英夫、橘武司の各証言当審における控訴人本人尋問の結果を援用した外、被控訴人と控訴人とに関する原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

被控訴人が本件家屋を所有し、昭和一七年一一月三〇日これを日本砂鉄株式会社に賃料一ケ月六〇円の約定で賃貸し、その後賃料が一ケ月二、〇〇〇円に増額されたことは、当事者間に争がなく、控訴人が昭和一七年一一月から本件家屋の階下に入居し、現在に至るまで居住して右階下部分を占有していることは、控訴人の認めるところである。

被控訴人は、前記会社は本件家屋を必要としなくなつたので、昭和三〇年一一月中に被控訴人と前記賃貸借契約を合意解除し、控訴人は、被控訴人に対抗し得る権原なく右家屋を占有していると主張するので考える。原審証人広岡敬三、加藤信吉、津田ひさゑ、当審証人橘武司、原審及び当審証人安原英夫の各証言、原審及び当審における被控訴人(後記信用しない部分を除く。)控訴人各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。日本砂鉄株式会社が被控訴人から本件家屋を賃借したのは、同会社の社員寮とするためであつて、控訴人の妻ひさゑは、右会社の賃借と同時に右社員寮の寮母として同会社に雇われ、控訴人とともに右家屋の階下に居住するに至り、控訴人も昭和一九年一月一一日右会社に雇われ、右階下に引き続き居住しながら右家屋を管理していた。前記会社は、終戦後従業員が減少したため本件家屋を必要としなくなつたが、控訴人の家族及び村上完太郎並びに二、三世帯の者が居住していたので、右家屋を被控訴人に返還することなく、控訴人の責任において直接賃料を被控訴人に支払い本件家屋に居住しこれを使用することを許すようになつた。右会社はその当時まで賃料を被控訴人に支払つていたが、その後は賃料を支払わなくなり、控訴人が直接被控訴人に支払うようになつた。被控訴人は、昭和二一年頃から昭和二五年六月頃までの間たびたび前記会社に対し本件家屋の明渡を求めたが、右会社は「会社としては家屋を必要としないが、前記のように控訴人らが居住しているので控訴人らを退去させて明け渡すことはできない、本件家屋についての交渉は直接控訴人にしてくれ。」といつて被控訴人の申出を拒絶した。被控訴人が右会社に賃料増額の申入をした際も、被控訴人は右会社から控訴人と交渉してくれといわれたので、控訴人にその交渉をし、当初の賃料一ケ月六〇円を三七五円、次いで六〇〇円に昭和二六年一〇月頃九〇〇円、次いで一、五〇〇円に昭和二八年一月頃二、〇〇〇円に順次増額し、控訴人は直接被控訴人にこれを支払い、被控訴人は昭和三〇年一〇月分まで異議なくこれを受領した。被控訴人は昭和三〇年一一月三〇日当時の前記会社の総務課長代理であつた広岡敬三に対し、本件家屋の返還を求めたところ、広岡敬三は、「会社としては不要であるから、右家屋を返還してもよいが、右家屋には控訴人らが居住しており同人らに明渡をさせることはできないから、同人らを居住させてくれ。」と答えた。以上の事実を認めることができる。原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。右認定の事実によると、控訴人は日本砂鉄株式会社から本件家屋を転借したものであつて、被控訴人は右転貸借を暗黙のうちに承諾したものであるが、右会社は昭和三〇年一一月三〇日被控訴人から本件家屋の賃貸借解除の申込を受けた際被控訴人に控訴人らを引き続き居住させることを依頼したけれども、右会社としては、本件家屋の返還を承諾し解除の申込に応じたものと認めるのを相当とする。しかしながら、賃借人が賃借家屋を第三者に転貸し、賃貸人がこれを承諾した場合には、転借人に不信な行為があるなどして賃貸人と賃借人との間で賃貸借を合意解除することが信義誠実の原則に反しないような特段の事由がある場合の外、賃貸人と賃借人とが賃貸借解除の合意をしてもそのため転借人の権利は消滅しないものと解すべきである。当審証人村上完太郎の証言、原審被告村上完太郎本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、昭和一九年頃から前記会社から使用を許されて本件家屋の二階に居住していた村上完太郎から電気代を含め控訴人の被控訴人に支払つていたのとほぼ同額の賃料を受け取つていたことがあるけれども、控訴人が村上完太郎から賃料を受け取ることは、右会社の指示によるものであり、村上完太郎は二階の一部分をさらに他人に使用させて賃料を受け取つていたものである事実を認めることができるから、右事実をもつて転借人に不信な行為があり、賃貸借を合意解除することが信義誠実の原則に反しない特段の事由がある場合にあたるものということはできない。従つて、被控訴人と右会社との合意解除により控訴人の本件家屋に対する転借権は消滅しないものと解すべきである。

そうすると、控訴人が被控訴人に対抗し得る権原なく本件家屋の階下部分を占有していることを原因とする被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であることが明らかであるから棄却されるべきである。

控訴人に関する部分につき、以上と異る原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法第三八六条により原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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