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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)977号 判決 1963年8月20日

控訴人(被告) 兵庫県知事

被控訴人(原告) 河合舜二

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人が被控訴人に対して昭和三二年六月五日付でなした、兵庫県小野市栗生町前田一八二五の三番地宅地六七坪に対する昭和二四年七月二日付売渡処分の取消処分は、これを取消す。

被控訴人その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は

被控訴代理人において「一、本件土地、即ち兵庫県小野市粟生町前田一八二五の一番地、宅地二三坪六勺、同所一八二五の三番地、宅地六七坪は被控訴人の先代亡父河合喜雄が訴外赤松初市から賃借し、その地上に家屋を建築所有していたものであるが、右河合喜雄は昭和一八年七月三〇日死亡したところ、その長男河合喜実は昭和一〇年頃から亡父と別居し神戸市内において青果商を営み、被控訴人は亡父と同居して共に農業を経営していたので、右亡父は昭和一五年頃健康を害するや、被控訴人に対し、右家屋と共に前記賃借権を贈与し、被控訴人においてこれを取得したものである。仮に然らずとしても、被控訴人は亡父死亡後引続き右家屋を自己の所有物として平隠且公然に、善意無過失で占有していたものであるから、民法第一六二条により右家屋の所有権を取得したものである。そして、右宅地上には被控訴人の家屋しか存在せず、控訴人主張の如き他人の家屋は存在しなかつたのであるが、仮にその一部に訴外小林邦夫所有の家屋が存在し、同人においてその敷地を占有していたとしても、それは権原のない不法占有であり、仮に然らずとしても、同人は被控訴人から転借しているのであるから、被控訴人としては右小林をして右敷地部分を代理占有せしめているにすぎなかつたのである。

二、本件取消処分には公益上の必要は全くない。即ち、控訴人の主張するところは買収処分の無効又は取消原因に該当するものであるが、被買収者はこれに対し異議、無効の申出をなさず、すでに買収の時から一四年を経過しているのであるから、本件土地全部は被控訴人又は国が時効取得しているものであつて、本件取消処分は控訴人が右土地の所有権を被買収者に返還するためになされたものでないことは明らかであり、また本件土地を国有地とすべき利益もなく、本件取消処分は買収並びに売渡処分の利害関係人には不利益こそ与え何等利益を与えるものではなく、右取消処分は結局利害関係人でない訴外河合玉男の利益のみを配慮してなされたものというほかなく、右取消処分には不法目的こそあれ、公益上の必要は全くない。

三、仮に然らずとしても、本件取消処分をなした理由、即ち本件宅地中に被控訴人が使用していない土地が存在することは、買収並びに売渡処分がなされた当時、当時の河合村農地委員会においてこれを知悉していたのに拘らず、控訴人においては右委員会の樹立した買収並びに売渡計画に基き、右部分をも含めて一括して買収並びに売渡処分をなしたものであるから、売渡処分後すでに八年を経過した後に至つて、右理由を以て取消処分をなすが如きは禁反言の法理に反し許されない。

四、仮に然らずとしても、控訴人としては少しく調査すれば容易に右事実が判明するに拘らず、控訴人の過失によりこれをなさないでおきながら、本件取消処分により被控訴人に甚大な損失と犠牲を強要することは権利の濫用として許されない。

五、仮に然らずとしても控訴人としては違法原因の存在する他人使用部分のみを取消すべきであるのに、これを分筆して取消すことなく、本件宅地全部につき取消処分をなしたのは明らかに失当である。

六、なお、本件取消処分の基本となつた小野市農業委員会の議事録には重大な誤ちがあり無効であるから、かかる無効な議事録を根拠にしてなされた取消処分は当然無効である」と述べ、

控訴代理人において「一、本件土地については被控訴人には賃借権がないから、本件取消処分は適法である。即ち、本件土地(二筆)は、昭和七年一二月一九日付売買により被買収者訴外赤松初市外二名が元所有者訴外松尾義夫から所有権を取得したものであつて、その合計は公簿面積九〇坪六勺であるところ、そのうち (イ)、五九坪(乙第一〇号証)及び一四坪二合五勺(乙第一一号証)計七三坪二合五勺については、被控訴人の亡父河合喜雄が昭和八年四月二八日訴外赤松等との間に賃貸借契約を締結し、(ロ)、三坪については、前示松尾義夫所有当時から引続き、訴外小林兼次が賃借(乙第九号証)していたところ、昭和二三年三月より訴外河合玉男が賃借権を譲受け、(ハ)、一一坪七合については、同じく前示松尾義夫所有当時から引続き、訴外菅野清次が賃借権に基いて家屋を建築し占有していたところ、昭和一二年一月訴外亡小林信次がその権利を譲受け、訴外赤松等との間に賃貸借契約を締結(乙第七号証)し、その後昭和三〇年六月一六日から訴外河合玉男が右小林信次の子息邦夫から賃借権とともに建物をも譲受け(乙第八号証)、(ニ)、残る二坪一合一勺については何人も賃借していないものである。従つて被控訴人の亡父河合喜雄には本件土地のうち前示(イ)の合計七三坪二合五勺にのみ賃借権があり、残る一六坪八合一勺については何等の権利もなかつたものである。しかして右喜雄は右賃借地上に家屋を建築所有していたが昭和一八年七月三一日死亡し、その長男河合喜実において家督相続によりその権利義務を承継したものである。さればこそ、右家屋の家屋台帳にも右喜実が所有者とし登載せられ、また被控訴人が自作農創設特別措置法により売渡を受けた田五反三畝四歩も、それはもと同人の亡父喜雄の所有に属し、家督相続により長男喜実の所有に帰したところ、同人が不在地主であつたのでこれを買収し、耕作者であつた被控訴人に売渡されたものであるが、被控訴人はこれらの処分に対して何等の異議も申述べなかつたのである。従つて、被控訴人は前示亡父の賃借部分についても賃借権を有しないことが明らかである。また、被控訴人は右家屋の所有権を時効により取得した旨主張するが、建物所有権を時効により取得したからといつて当然にその敷地部分の賃借権を取得するいわれはないから、被控訴人の右主張はそれ自体失当であるのみならず、被控訴人は他に家督相続人のあることを知りながら占有しているものであるから、被控訴人は未だ取得時効により所有権を取得するに由ないものである。以上の如く被控訴人は本件土地については賃借権を有していなかつたものであるから、これあるものとしてなされた右土地に対する売渡処分は違法であるところ、これをそのまま放置しておくことは自創法の精神に反するのみならず、被買収者の権利及び右地上の他の権利者の権利をも侵害するものであるから、公益に反することは明らかである。本件取消処分により、或は被控訴人の既得の権利を害することになるであろうが、これは元来適法に売渡を受けることのできない被控訴人に瑕疵ある行政処分によつて与えられた違法な権利関係が消滅するにすぎないから、被控訴人の蒙るべき右不利益と前記公益上の必要とを比較考量するときは、本件取消処分の適法なことは勿論である。また、被控訴人は売渡処分後八年余も経過して取消処分をなすのは違法であると主張するが、売渡処分後、本件土地につき被控訴人においてこれを他に売却その他の処分をした事実もなく、土地自体についても著大な変更のなされた形跡もなく右土地については売渡処分当時とその取消処分当時とにおいて法律上も、事実上も何等の変動もない反面、被控訴人は昭和三二年六月に至り前示河合玉男を被告として同人所有家屋の敷地にして同人が訴外小林邦夫より賃借権を譲受けた前掲一一坪七合を本件売渡処分により所有権を取得したものとして社簡易裁判所に建物収去土地明渡の訴を提起し、自ら好んで紛争を生ぜしめるに至つたものであるから、かような場合には年月の経過により売渡処分の取消が制約を受けるものではない。

二、仮に本件土地のうち被控訴人の亡父が賃借権を有した前示七三坪二合五勺につき被控訴人が賃借権を取得したものとしても、本件売渡処分の全部の取消は適法である。即ち被控訴人は本件土地のうち残余の一六坪八合一勺については前記の如く賃借権を有していないのであるから、該部分についての買収並びに売渡処分が違法であることはもとより当然であるところ、控訴人が右の如く処分を誤つたのは、被控訴人が付帯買収申請の適格につき虚偽の申告をなす等不正の行為により控訴人を錯誤に陥れたがためであるのみならず小野市農業委員会において右違法に買収、売渡をした部分を特定すべく、これを測量し、境界を確定しようとしたが、被控訴人においてこれを拒否したため(右境界の確定は本件土地の状況上、被控訴人の協力なくしては不可能である)違法部分の特定ができず、やむなく売渡処分全部を取消したのであつて、かくの如く違法な買収処分を是正する目的で、売渡処分全部を取消すことも亦適法である。けだし、かくの如き場合においてもなおかつ違法売渡の部分を特定し、その部分のみを取消すべきものであると論ずることは不可能を強いるに等しいからである。

三、仮に右の主張がいずれも理由がないとしても、本件土地はいずれも買収当時赤松初市外二名の共有に属していたに拘らず右赤松等に対する買収令書には単に名宛人として「赤松初市外二名」とのみ記載し、赤松初市に対してのみ右令書を交付したにすぎないところ、共有地の買収は各共有者に対して各別に買収令書を交付して行わねばならないものであるから、右の如く共有者の一人に対してのみ買収令書を交付しても、残余の共有者の持分については買収の効力を生ぜず、従つて被控訴人への売渡処分もその効力を生じる余地は全くなく、本件取消処分はかような無効な売渡処分の確認の意味、即ち無効宣言の趣旨において適法である」と述べ、

たほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(証拠省略)

理由

本件土地は元訴外赤松初市外二名(以下単に赤松等と略称)の共有であつたが、自作農創設特別措置法第一五条第一項第二号の規定により国に買収され、次いで同法第二九条の規定により昭和二四年七月二日付を以て控訴人のなした売渡処分により被控訴人に売渡されたものであるところ、控訴人が昭和三二年六月五日付を以て右売渡処分全部を取消す旨の取消処分をなしたことは当事者間に争がない。

そこで右取消処分の適否について判断する。

一、被控訴人の亡父喜雄が本件土地(公簿面積二筆、合計九〇坪六勺)のうち少くとも七三坪二合五勺を訴外赤松等から賃借し、同地上に家屋を所有し、これに居住していたことは当事者間に争がない。

控訴人は残余の一六坪八合一勺は、そのうち(イ)一一坪七合については当初訴外菅野清治が賃借権を有したが、それが訴外亡小林信次に譲渡され、同人の死亡によりその子訴外小林邦夫が相続により承継したものであり、(ロ)三坪については当初訴外小林兼次が賃借権を有したが、それが訴外河合玉男に譲渡されたものであり、(ハ)残る二坪一合一勺については何人も賃借していなかつたもので、被控訴人の亡父喜雄の賃借外の土地であり、また同人の賃借していた部分の賃借権も、昭和一八年七月三一日同人の死亡によりその家督相続人である同人の長男訴外河合喜実が相続したので、本件土地の売渡処分当時被控訴人は本件土地につき全く賃借権を有しなかつたものであると主張するので先づこの点について考察する。

(一)  当審証人菅野清治、同小林りん、同横山実雄(一、二回)、同河合玉男、同池沢安太郎の各証言に、右菅野、小林、河合証言により真正に成立したものと認められる乙第七、八号証を綜合すると、本件土地のうち一八二五の一番地の一部一一坪七合は、元訴外菅野清治が訴外赤松等の前主松尾義夫所有当時から引続き賃借し、同地上に木造瓦葺二階建建物(南北約二間半、東西約三間、延坪一三坪七合五勺)を所有していたが、昭和一一年暮頃、右建物を敷地の賃借権とともに訴外小林信次に譲渡し、信次は昭和一二年一月改めて訴外赤松等との間に右一一坪七合の土地について賃貸借契約を締結し、爾来これを賃借して来たが、その後信次の死亡によりその子訴外小林邦夫が相続し、本件土地売渡処分当時は同人が右一一坪七合につき賃借権を有し同地上の右建物に居住していたことを認めることができ、当審における被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、その余の被控訴人の全立証を以てするも右認定を左右するに足らない。従つて右一一坪七合部分については被控訴人は賃借権を有しなかつたものといわなければならない。

(二)  当審証人横山実雄(一、二回)、同堀井源一郎、同河合玉男の各証言に弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九号証を綜合すると、本件一八二五の三番地の一部三坪は、訴外小林兼次が訴外赤松等より賃借し、同土地の南側に隣接する一八二五の五番地地上の家屋の敷地の一部として使用していたが、昭和二三年二月頃訴外河合玉男が小林兼次から一八二五の五番地地上家屋を買受けるに及んで、同時に右三坪の賃借権を譲受けたものであること、従つて本件土地売渡処分当時右三坪部分については被控訴人は賃借権を有しなかつたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  当審証人横山実雄(一、二回)、同菅野清治、同小林りん、同池沢安太郎、同堀井源一郎の各証言、成立に争のない甲第一二号証、当審証人近藤俊吉の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一三号証、当審検証の結果(一、二回)並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、前記一一坪七合及び三坪を除くその余の本件土地は、全部被控訴人の亡父喜雄が訴外赤松等から賃借していたものであることを認めることができる。

控訴人は本件土地のうちには何人も賃借していない二坪一合一勺が存在する旨主張するけれども、その部分が現地のどの部分であるかを知るに足る資料は全くなく、乙第一二号証中右控訴人の主張に副う記載部分もにわかに措信し難く、他に右控訴人の主張を肯認するに足る証拠はない。

(四)  そこで右被控訴人の亡父喜雄が賃借していた土地部分の賃借権が本件土地売渡処分当時同人の家督相続人である訴外河合喜実に属し、被控訴人は賃借権を有しなかつたかどうかについて考えて見るに、右喜雄が昭和一八年七月三一日死亡し、同人の長男喜実がその家督相続をしたことは当事者間に争がないから、右土地の賃借権も一応喜実によつて承継せられたものと認めなければならない。被控訴人は、亡父喜雄の生存中である昭和一五年頃同人から右賃借権及び地上家屋を贈与された旨主張するけれども、右贈与の事実を認めるに足る確証はない。しかしながら原審及び当審における証人河合喜次、当審証人河合喜実、同横山実雄(一、二回)、同池沢安太郎の各証言、当審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は父喜雄とともに右賃借地上の家屋に居住し、同人とともに農業を営んでいたが、被控訴人の兄喜実は早くから家を出、神戸市内で青果商を営み、将来父の許に帰つて農業を営む意思は全くなかつたので、喜雄死亡の三、四年前から右親子間において、喜雄死亡後は事実上被控訴人が跡を継ぎ、農業を営むことに話がついていたこと、それで喜雄死亡後は被控訴人が父の農業経営を承継し、本件地上家屋に居住して農業に従事し、右家屋に対する公租、公課、賃借地の地代の支払等も自己の負担においてこれをなし、本件土地賃貸人赤松等も被控訴人から異議なく地代を受領し、一方喜実も勿論本件家屋に帰住する意思はなく、遺産はすべて被控訴人に贈与する意思をもつてその自由に委せていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はないから、被控訴人は父死亡直後に、家督相続人である兄喜実より本件土地賃借権を譲受け、賃貸人もこれを承認したものと認めるのが相当である。本件地上建物の所有名義人が家屋台帳上喜実となつていること、喜雄の遺産である農地五反三畝余が家督相続人喜実の所有として買収の上、改めて被控訴人に売渡されたこと等は単なる形式に過ぎないものと認められるから、右事実は前認定の妨げとならない。

そうすると本件土地のうち喜雄が賃借権を有した部分についても被控訴人は本件土地売渡処分当時賃借権を有しなかつたものであるとなす被控訴人の主張は理由がない。

二、以上認定の事実に基き本件取消処分の適否について考えて見るに、

(一)  (一八二三の一番地の土地の売渡処分の取消について)

同土地二三坪六勺のうち一一坪七合は売渡処分当時訴外小林邦夫が所有者赤松等から賃借していたものであつて、被控訴人は賃借権を有しなかつたものであるから、同土地全部につき被控訴人が賃借権を有するものとしてなした売渡処分が違法であることは明白である。そうすると右一一坪七合の部分に対する売渡処分は取消を免れないが、一筆の土地の一部に対する売渡処分の取消をなすには、取消すべき区域を確定、明示してこれをなすことを要するところ、当審証人堀江源一郎の証言に弁論の全趣旨を綜合すると、訴外小林邦夫の賃借していた部分と被控訴人の賃借していた部分との境界、範囲について争があり、また測量についても被控訴人の協力がえられなかつたので、売渡処分を取消すべき区域を明確にしえなかつたため、やむをえず取敢えず一筆全部の取消をしたものであることを認めることができるから、被控訴人が賃借権を有した部分をも含めて一筆全部の取消をしたのは違法でない。

被控訴人は、本件取消処分は、売渡処分後満八年を経過した後に、売渡処分庁自体により、別段公益上の理由もなく、買収、売渡処分の利害関係人でない訴外河合玉男の利益のみを配慮してなされたものであり、この間公租公課を納入し、その資金をもとに営業と生活とを築いた被控訴人に重大な損失と犠牲を強要するものである。しかのみならず本件土地の一部に訴外小林邦夫の家屋が存在することを知りつつ一括買収、売渡をしておきながら、八年後になつて同一の事情、同一の理由を以つて売渡のみを取消すことは禁反言の法則に反し許されない旨主張するけれども、仮に地元農業委員会の委員の一部に、本件土地の一部は訴外小林邦夫の賃借地であることを知つていた者があつたとしても、控訴人がこの事実を知りながら敢えて違法の買収、売渡処分をしたものとは到底認め難い。もつとも控訴人において誤つた買収、売渡処分をしたことにつき過失の責あることは否み難いが、そのために控訴人が自ら取消処分をなすことが許されないものではない。また売渡処分後満八年を経た後であつても、売渡処分を取消すことにより関係人の蒙る不利益が特に重大であると認むべき格別の事情がない限り、売渡処分を取消しても違法ではない。ところで当審証人堀江源一郎、同河合玉男の各証言並びに被控訴人本人尋問の結果(一、二回)を綜合すると、売渡処分後その取消処分までの間本件一八二五の一番地の土地の事実上、法律上の状態には、昭和三〇年六月頃訴外小林邦夫においてその所有家屋と敷地の使用権を訴外河合玉男に譲渡し、小林邦夫の賃借していた部分の使用者が変つたこと以外には、殆んど変動はなかつたことを認めることができ、本件に現われた全証拠資料によつても、本件一八二五の一番地の土地の売渡処分を取消すことによつて関係人が重大な不利益を蒙る格別の事情は認められない。

しかして前示売渡処分の瑕疵は重大であるから、これを取消すべき公益上の必要があること明らかで、本件取消処分が単に訴外河合玉男の利益のみを考慮してなされたものと認めることはできない。

また被控訴人は本件取消処分は無効の議事録に基きなされたものであるから無効である旨主張するが、この点に関する当審証人池沢安太郎の証言は俄かに措信し難く、他に右主張事実を肯認するに足る証拠もないから、被控訴人の右主張は採用できない。

(二)  (一八二五の三番地の土地の取消について)

同土地六七坪のうち三坪は売渡処分当時訴外河合玉男が賃借権を有したものであるから、控訴人が同土地全部につき被控訴人が賃借権を有するものとして売渡処分をしたことは他の控訴人主張の瑕疵について判断するまでもなく違法である。しかしながら右違法部分は全売渡坪数の僅か二〇分の一弱に過ぎず、右三坪部分の売渡処分のみ取消さなければ不都合を生ずるという格別の事情も認められないから、売渡処分後満八年を経過した後に、右の如き軽微な瑕疵を理由として一筆全部の売渡処分を取消すことは被控訴人に重大な不利益を蒙らせるものであり、許されないものと解するを相当とする。控訴人はこの点につき、右土地に対する買収処分は、右土地の共有者たる赤松初市外二名に対してなさるべきであるのに、右赤松初市に対してのみしか買収令書が交付されていないから、右買収処分は無効であり、従つてこれに基いてなされた本件売渡処分も無効である旨主張するが、この点に関する当審証人堀井源一郎の証言は直ちに信用することができず、他に右主張事実を肯認するに足る確証もないから、控訴人の右主張は採用できない。

三、そうすると本件土地のうち一八二五の一番地の土地の売渡処分の取消処分は適法であるから、これが取消を求める被控訴人の請求は理由がないが、一八二五の三番地の土地の売渡処分の取消処分は違法であるからこれが取消を求める被控訴人の請求は理由がある。

しかるに原審が被控訴人の請求を全部認容したのは不当であり、控訴人の控訴は一部理由があるから原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

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