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大阪高等裁判所 昭和34年(ナ)3号 判決 1960年1月25日

原告 阪上頼朝

被告 宝塚市選挙管理委員会

主文

本件各訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「兵庫県選挙管理委員会が、昭和三十四年六月二十日原告の訴願についてなした裁決、及び被告が、同年五月一日付宝選管告示第四五号を以てなした、宝塚市議会議員の欠員による繰上当選人を谷添正雄とした決定は、いずれも取消す。原告が現に宝塚市議会議員の職を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として左のとおり述べた。

「原告は昭和三十四年三月二十八日執行された宝塚市議会議員の選挙において当選し、以来議員の職にあるものである。ところで原告はこれより先、昭和三十三年三月十八日公職選挙法(以下公選法と略称する。)違反事件につき、宝塚簡易裁判所において略式命令を以て罰金三万円に処せられたので、同年四月十一日正式裁判の請求をなし、事件係属していたところ、昭和三十四年四月十日原告において正式裁判請求を取下げ、前記略式命令を確定せしめた上、即日罰金を納付して刑の執行を受け了つた。然るに被告は、原告が正式裁判請求を取下げて略式命令を確定せしめ、且その罰金を納付したことを以て、公選法第二五二条に所定の選挙権被選権の停止を受くべき事由に該当し、従つて原告は当然に宝塚市議会議員の職を失つたものとして、昭和三十四年五月一日付告示を以て、繰上当選人を訴外谷添正雄とする決定をなし、且同月二日右訴外人に当選証書を附与した。

しかしながら原告が公選法第二五二条により選挙権被選挙権の停止を受ける起算日は前記略式命令が確定した日の翌日である昭和三十四年四月十一日であると解すべきところ、昭和三十四年四月十日に公布せられ即日施行せられた同年政令第一一三号復権令第二条第三項、第一項、第一条によると、同年四月十日に正式裁判請求を取下げ同日刑の執行を受け了つた原告は、翌四月十一日においては、公選法第二五二条の適用を受ける状態の発生と同時に復権したことになるのであつて、従つて原告は引続いて宝塚市議会の議員たる職を保有していると共に、右に反する解釈を前提として被告がなした繰上当選人の決定は恩赦の趣旨を阻む違法な決定である。よつて原告は、被告がなした右繰上当選人の決定竝に当選証書の附与処分に対し、被告に対し異議を申立てその取消を求めたが、被告は昭和三十四年五月二十六日異議棄却の決定をしたので、原告はさらに兵庫県選挙管理委員会(以下県選管委員会と略称する。市選挙管理委員会についてもこれに準じる)に訴願したところ同委員会も同年六月二十日その棄却決定をなし、その裁決書は同月二十六日原告に送達された。よつて被告に対し、前記県選管委員会がなした訴願裁決竝に被告がなした繰上当選人の補充決定の取消を求めると共に、原告が現に宝塚市議会議員たることの確認を求める。仮に以上の主張が認容せられないとしても、地方自治法第一二七条によると、普通地方公共団体の議員について、その被選挙権の有無は議会が、出席議員三分二以上の多数を以てこれを決することを要するにもかかわらず、被告が、何等右法定の手続によることなくほしいまゝに、原告が被選挙権を有しないものであると認定して、前記繰上当選人の補充決定をしたことは、地方自治法第一二七条第一項後段の規定に反する違法があるから、右予備的請求原因に基き前同旨の判決を求める。

なお被告の本案前の主張に対し、原告は左のとおり主張する。即ち地方自治法施行後に、行政事件訴訟特例法が施行せられ、その第七条により当事者変更可能の便法を規定したのに対し、さらにその後に施行せられた公選法第二一九条が行政事件訴訟特例法第七条の適用を除外した趣旨、竝に異議申立に対する決定も訴願の裁決も同一系統の行政庁たる選管委員会の処分に外ならぬことにかんがみると、本件については県選管委員会竝に市選管委員会は、いずれも被告適格を有するものと解すべきであり、ことに本訴において原告は、被告がなした繰上当選人の補充決定の無効確認を求め、且つその取消を訴求しているのであるから、被告が訴訟の適格者であると見るべきものである。」

被告訴訟代理人は答弁として左のとおり述べた

「公選法第二〇七条第二項、第二〇三条第二項の規定によれば、地方公共団体の議会の議員の当選の効力に関する訴訟は、先ず当該選挙に関する事務を管理する選管委員会に異議の申立をなしてその決定を受け、更に右決定に不服がある場合には府県選管委員会に訴願を提起してその裁決を経た上でなければ、これを提起することができないのであるから、この場合異議訴願を経て提起せられる訴訟において被告たる適格を有するものは訴願裁決庁たる県選管委員会であつて、原処分庁たる市選管委員会でないことは明である。原告は本件繰上当選人の補充決定は当然無効の原因たる瑕疵があることを原因として本訴においてその無効確認を訴求しているのであるから原処分庁たる市選管委員会は被告適格があると主張するけれども、およそ当選の効力に関する争訟は、その不服の原因が、いわゆ行政処分の取消原因たる瑕疵にかゝる場合たると、また無効原因たる瑕疵にかゝる場合たるとを区別することなく、すべて公選法第二〇七条第二項の定める当選の効力に関する訴訟によらねばならぬのであつて、しかも右は行政事件訴訟特例法の一般規定に対する特別規定として同法による一般規定の適用を排除するものである。従つてこの場合、不服の対象たる行政処分は県選管委員会の裁決処分以外にはないのであるから、県選管委員会のみが被告適格を有することは明である。よつて市選管委員会を被告とする原告の本件訴は、正当なる当事者適格なき者に対する訴であるから、不適法として却下せらるべきものである。

なお原告は公選法違反事件により、昭和三十四年四月十日に略式命令による罰金刑が確定したが、選挙権、被選挙権の停止を受ける起算日は、右裁判確定の日の翌日たる昭和三十四年四月十一日であつて、復権令による復権と同時であるから、結局原告は被選挙権を喪失することなく、従つてまた宝塚市議会の議員たる職を失はなかつたものであると主張するけれども、およそ選挙権、被選挙権停止の処置は、公選法所定の主刑の対象となつた犯罪行為をなしたことに対する処置であつて、主刑とその発生原因を一にするものであるから、主刑の確定と同時に選挙権、被選挙権停止の処置の効力も発生すべきである。而して禁錮以上の刑に処せられたものの刑期は裁判確定の日より起算せられるのであるから、この場合主刑と発生原因を同じくする選挙権、被選挙権停止の処置期間の起算日も裁判確定の当日であることは明白であるところ、罰金刑確定の場合においても右起算日の解釈を別異にすべき理由はないから、本件の場合選挙権、被選挙権停止の起算日は前記罰金刑確定の当日たる昭和三十四年四月十日である。よつて原告は同日宝塚市議会の議員たる職を失つたことは明であつて、右に反する原告の主張竝に被告がなした繰上当選人の補充決定が地方自治法第一一七条第一項後段に反する旨の原告の主張は全部争う。」

証拠関係<省略>

理由

先ず被告の当事者適格について判断するに、およそ市議会議員の当選の効力に関する争訟については、公選法第二〇六条、第二〇七条、第二〇三条第二項の規定するところによつて、市選管委員会に異議の申立をなし、その決定に不服がある場合に、府県選管委員会に訴願を提起した上、その決定に不服がある場合に、高等裁判所に当選の効力に関する訴を提起することができるのであるから、この場合不服の対象たる行政処分は府県選管委員会がなした訴願裁決であり、従つてその被告たる適格を有する者は府県選管委員会であつて、市選管委員会でないことは明である。

原告は本件繰上当選人の補充決定には、当然無効の原因たる瑕疵があることを原因として、本訴においてその無効を主張し、原告が現に宝塚市議会の議員たる職にあることの確認を求めているのであるから、原処分庁たる市選管委員会は被告適格があると主張するけれども、およそ当選の効力に関する不服は、その取消原因たる瑕疵にかゝる場合たると、当然無効の原因たる瑕疵にかゝる場合たるとを問はず、すべて公選法第二〇六条、第二〇七条に基く当選訴訟として、抗告訴訟の形式を以て争うことを要し、然かもその被告適格を有するものは訴願裁決庁たる府県選管委員会の外にないことは前述したとおりであつて、この点においては行政事件訴訟特例法の一般規定は適用を排除されるものと解すべきである(最高裁昭和二四年三月一九日判決、昭和二三年(オ)第一五二号事件)から、原告の右訴は不適法としてこれを却下しなければならぬ。

次に原告は予備的請求原因として、本件繰上当選の決定は、地方自治法第一二七条に違反する違法があると主張するけれども、公選法第十六章に所定の罪を犯した者で、罰金の刑に処せられたものは、その裁判の確定した日から五年間選挙権、被選挙権を有しないことは、公選法第二五二条の明定するところであり、またこの場合については、地方自治法第一二七条の適用がないことは、同条の規定に照らして明であるから原告の右主張は理由がないのみならず、そもそも公選法所定の当選訴訟によらずして、市選管委員会に対し当選の効力を争う訴を提起し、あるいは議員たる身分の確認を求める訴を提起することは不適法として許されぬことは、公選法第一条に明示された同法によつて公職選挙に関する法秩序の確立を期する法意に照らし明かであるから原告の右予備的訴も不適法としてこれを却下しなければならぬ。よつて民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 観田七郎 河野春吉)

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