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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)115号 判決 1960年4月19日

控訴人 田村つる子

被控訴人 井上秀一

主文

原判決を取消す。

被控訴人井上秀一は控訴人に対し、別紙目録記載の土地につき、大阪法務局北出張所昭和三十年十月四日受付第二四〇一七号を以てなされた昭和二十九年三月三日附代物弁済による所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを命ずる。

被控訴人堀内富太郎は控訴人に対し、前項記載の土地につき、大阪法務局北出張所昭和三十一年十二月十八日受付第二五六三四号を以てなされた同月十五日附売買による所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを命ずる。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人両名の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、控訴代理人において「被控訴人井上は昭和三十年十一月五日競売申立の取下書を提出したのであるが、この取下は最高価競買申込人たる控訴人の同意を欠いているので、競売法第二三条の趣旨に違反し無効である。それにも拘わらず、大阪地方裁判所はこの取下を有効と認め、同年十二月八日競売申立登記の抹消登記を嘱託したものである。又被控訴人堀内に対する予備的請求原因は、被控訴人井上より同堀内に対する所有権移転登記の原因となる意思表示が、通謀虚偽表示であるため無効であることを主張するものである。尚被控訴人井上のなした代物弁済予約完結権の行使は本件競売手続進行中のため無効であることの主張は撤回する」と述べ、被控訴代理人において、「右競売申立の取下書提出の日に付ての主張は認める」と述べたほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する。

理由

被控訴人井上が訴外酒井ヤクに対する金百万円の貸金債権の担保として、別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する)に付、順位第一審の抵当権の設定を受けその登記手続を経由していたので、之に基いて大阪地方裁判所に競売の申立をなし、同庁昭和二十九年(ケ)第二七八号不動産競売事件において、同年八月十六日競売開始決定があり之に付て嘱託登記がなされ、次で、控訴人は昭和三十年十月二十日の競売期日に金二十七万一千円で最高価競買人となり、同日保証金として金二万七千百円を納付し、同月二十二日競落許可決定があつて確定し、競落代金の支払期日は同年十一月二十八日と定められたが、控訴人が同日その残代金を納付しなかつたこと、及び被控訴人井上が同年十一月五日単独で競売申立の取下書を同裁判所に提出したことはいずれも当事者間に争がない。次に控訴人が同年十一月二十六日残代金二十四万三千九百円及び右支払期日である同年十一月二十八日より同日迄年五分の遅延利息千二十円の合計金二十四万四千九百二十円を同裁判所に納付すべく提供して拒絶せられ、大阪法務局に弁済供託しようとしたが、之亦受理されなかつた事実は、成立に争のない甲第四号証によつて認めることができる。控訴人が之を不服として右裁判所に執行方法に関する異議の申立をしたところ、同裁判所は競売申立の取下を有効として異議申立却下の決定をしたので、大阪高等裁判所に即時抗告をした結果、同裁判所は昭和三十一年九月二十八日前記競売申立の取下を無効と認め、「原決定を取消す。大阪地方裁判所昭和二九年(ケ)第二七八号不動産競売事件はこれを続行しなければならない。」との決定をして確定した事実は当事者間に争がない。ところが、その以前に大阪地方裁判所は競売申立の取下を有効と認めて昭和三十年十二月八日前記競売申立登記の抹消登記を嘱託した事実は被控訴人等の明に争わないところであるから、之を自白したものと看做すべきであり、昭和三十一年一月十四日に同抹消登記がなされたこと及び本件土地に付被控訴人両名のため夫々主文第二、三項記載の代物弁済契約及び売買契約に基く各所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がない。而して、控訴人が昭和三十二年三月四日大阪地方裁判所に前記競落残代金と同日迄の遅延利息の合計金二十四万四千九百二十円を納付したことは、成立に争のない甲第六、七号証によつて認定することができる。

右の事実関係の下において、競売申立取下の効力及び主文第二、三項記載の各所有権移転登記の効力に付て考察する。競売法第二三条に依れば、申立人は競落期日までは最高価競買申込人の同意ある場合に限り、その申立を取下げることができる旨を規定しており、同期日経過後に付ては何等の規定がないのであるが、利害関係人金員の同意を得た場合に限り取下げることが許されるものであつて、且つこの利害関係人の中には、競落代金の支払をしなかつた競落人も再競売期日の三日前までは之に含まれると解すべきである。即ちかかる競落人は、競売法第三二条第二項により準用される民事訴訟法第六八八条の適用を受ける結果、一面においては同条第五項第六項の不利益を受ける代りに、同条第四項により再競売期日の三日前迄は買入代金と代金支払期日より代金支払の日までの利息及び手続費用を支払つて再競売手続の取消を受け、目的不動産の所有権を取得する権利を有するのであるから、之を右利害関係人の範囲より除外することは許されないのであつて、本件の控訴人も之に該当するものである。そうすると、本件において、競売申立の取下書が提出された昭和三十年十一月五日当時の利害関係人である控訴人の同意のない右取下はその効力なく、大阪地方裁判所がこの取下を有効として競売事件完結の処理をしたこと自体違法であつて、本件土地に対する差押の効力はこの処理によつて何等の変更を受けなかつたものと解すべきである。

一方成立に争のない甲第一号証と原審における証人酒井保の証言、被控訴人井上秀一本人尋問の結果によると訴外酒井ヤクは被控訴人井上秀一に対する前記債務担保の為抵当権の設定をすると同時に債務不履行のさいは代物弁済として本件土地の所有権を取得しうる旨の代物弁済予約をし、昭和二十九年三月八日代物弁済予約を原因とする移転請求権保全仮登記をしていることを認めることができる。そして本件のように、一つの債務担保のため抵当権の設定と代物弁済予約をした場合において債務者に不履行のあるときは債権者は抵当権の実行又は代物弁済の予約の完結権の行使のいずれかを選択し得るものであるが、一旦抵当権の実行を選択し競売申立をし競売手続開始決定が為された以上競売手続開始による差押の効力の存続中は代物弁済予約完結権の行使はできないものと解するのを相当とするから、被控訴人井上主張の代物弁済予約の完結権行使による所有権の取得及び被控訴人井上が本件土地の所有権を取得したことを前提とする被控訴人堀内との主文第三項記載の売買契約はいずれも之を以て右差押に対抗できないものである。

而して、控訴人は先に認定したごとく、昭和三十二年三月四日にいたり大阪地方裁判所に競落残代金及び同日迄の遅延利息の合計額を納付したのであるから、之により本件土地の所有権を取得したものであり、従つて之に基いて被控訴人両名に対し夫々主文第二、三項記載の各所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求は、予備的請求原因事実に付て考察するまでもなく正当として認容すべきであり、之を棄却した原判決は不当で、本件控訴は理由がある。

仍て民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条第九三条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 千葉実二)

目録

大阪市東淀川区上新庄町一丁目一五三番地

一、宅地 五〇一坪

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