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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1346号 判決 1961年4月19日

控訴人 大形藤治

被控訴人 有限会社玉置増一商店

主文

原判決を取消す。

控訴人が別紙目録記載の土地につき賃貸人を被控訴人、賃借人を控訴人とする賃料一ケ月金三、九三八円、期間昭和三一年八月二一日から五年間の賃借権を有することを確認する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、控訴代理人において、検甲第三号証の一ないし四を提出し、同号各証は、いずれも昭和三五年九月二六日撮影した本件土地上の控訴人所有建物の写真であると述べ、被控訴代理人において、右検甲号各証が控訴人主張のような写真であることを認める、と述べたほかは、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決二枚目表一二行目中「援用し」の次に「乙第一号証の成立を認め」を加え、同裏一一行目中「同三一年一月一九日」を「昭和三〇年一月一九日」に改める。)であるから、これを引用する。

理由

一、まづ、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと、訴外横見重雄の所有であつたが、被控訴人は昭和三〇年一月一九日同人から本件土地につき債権極度額四〇〇万円の根抵当権の設定をうけ、同月二一日その登記を経たこと、その後、被控訴人は、神戸地方裁判所に右根抵当権の実行を申し立て、同裁判所において、本件土地につき競売手続が行われた結果、昭和三二年五月二九日同裁判所の競落許可決定により、被控訴人が本件土地の所有権を取得し、その後その旨の登記を経たことは、いずれも当事者間に争がない。

二、次に、成立に争のない甲第一号証の一、二、官公署作成部分の成立に争なく、その他の部分は原審での控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証に、原審証人高見清吉の証言および右控訴人本人尋問の結果を綜合すると、控訴人は、右横見重雄とのあいだに本件土地につき昭和三一年八月二一日、期間を二〇年、賃料一ケ月金三、九三八円毎月末日払の約で賃貸借契約をなし、同月二二日その旨の登記を経たことが認められる。右認定に反する原審証人横見重雄の証言は前掲諸証拠と比べて、たやすく信用することができない。また、成立に争のない乙第一号証には、神戸地方裁判所の前記競売事件における同裁判所々属執行吏の賃貸借取調結果の報告として、本件土地には賃貸借が存しない旨の記載があるが、右記載だけでは未だ前認定を左右しがたく、他にこれをくつがえすに足る証拠はない。

そして、控訴人主張のような写真であることに争のない検甲第三号証の一ないし四によると、控訴人は本件賃借地上に建物を建築所有してこれを使用収益中であることが認められる。

三、そこで、本件の争点は、抵当権の設定登記後に成立し、登記を経たいわゆる長期賃貸借(民法第六〇二条に定められた期間をこえる賃貸借)が、当該抵当権の実行としての競売手続における競落人に対して、どのような効力を有するか、という点に帰するわけであつて、この点につき当裁判所は次のように考える。

(一)  わが民法上、抵当権と賃借権との間の対抗力に関する特則を定めた規定は、いうまでもなく民法第三九五条であつて、同条は本来公示方法の先後によつて権利の優先を決する原則の例外を設け、賃借権が抵当権におくれて公示方法をそなえた場合でも、民法第六〇二条に定められた一定の短い期間のものであるときは、その限度において、賃借権の効力を抵当権に優先させることとし、これにより、不動産の担保的利用と収益的利用との調節をはかろうとしているのである。ただ、同条は、「第六百二条ニ定メタル期間ヲ超エサル賃貸借ハ」と規定し、

「賃貸借ハ第六百二条ニ定メタル期間ヲ超エサル範囲ニ於テ」と規定していないために、右のような対抗力の例外を認められるものが、当初から民法第六〇二条に定める期間をこえないものとして成立した賃貸借にかぎるという趣旨であるのか、あるいは、当事者間に成立した賃貸借そのものは、長期のものであるか短期のものであるかを問わず、該賃貸借とこれにさきだつて公示方法をそなえた抵当権との優先関係を決するに際し、おくれて公示方法をそなえた賃借権が例外的に対抗力を認められる範囲が民法第六〇二条に定める期間にかぎるという趣旨であるのか、につき疑義をまぬがれない。

(二)  民法起草者の意図は、いわゆる長期賃貸借は、抵当権が公示方法をそなえた後に公示方法をそなえたものであるかぎり、抵当権に対して全然対抗力を有しえないとするにあつたようであり、大審院判例も一貫してそのような解釈を採用し、同旨の学説もまた少くない。しかし、その根拠として説くところをみると、あるいは、民法第三九五条の規定の反面解釈上明らかであるとし、あるいはいわゆる長期賃貸借は処分行為の性質をおびるものであるから、単なる管理行為にすぎない短期賃貸借とは性質を異にするものであるとし、また、あるいは抵当権設定後になおかような長期の賃貸借を設定した抵当権設定者を保護する必要がない、とするにすぎない。これらの説明は、この問題が本質的には価値権と用益権との調和をいかにはかるかという問題であり、具体的には抵当権と賃借権との対抗力の問題であるという観点からすると、十分な理由をもつものとは思われない。抵当不動産の所有者(抵当権設定者かつ賃貸人)の行為がいかなる性質のものであるか、それがいかに保護されるべきか、ということよりは、むしろ賃借人が抵当権者および目的不動産の新所有者(競落人)に対し、いかに保護されるべきか、というところに重点がおかれるべきだからである。

(三)  かような観点からするときは、民法第三九五条の規定は、賃貸借そのものの期間のいかんにかゝわらず、これと抵当権との関係において、その利害の調整上後に公示方法をそなえた賃貸借が、さきにこれをそなえた抵当権に対し、例外的になお対抗力を主張しうるその期間の限度を画したものと解するのが相当であり、当初当事者間において民法第六〇二条に定める期間を超えない期間存続すべきものと定められた賃貸借についてはもとより、右法条に定める期間を超える期間存続すべきものとされた賃貸借、または、いわゆる存続期間の定めのない賃貸借についても、ひとしく適用されるものと解するのを相当とする(当庁昭和三五年三月一日判決昭和三三年(ネ)七九七号事件参照)。すなわち、抵当権設定後に成立したいわゆ長期賃貸借についても民法第六〇二条に定める期間の限度においては抵当権に対する対抗力を有するものと解すべきである。

けだし、抵当権者は、本来その設定後に民法第六〇二条に定める期間を超えない賃貸借が成立することを甘受せざるをえたい立場にあるのであるから、その期間の限度内であれば、いかなる賃貸借をもつて対抗せられても、別に不利をうけることはない。たまたま、当該賃貸借がいわゆる長期賃貸借であることを理由として、その対抗力を全面的に否定することこそ、むしろ抵当権の保護が厚きにすぎ当を失するものといえよう。

また一方賃借人としては、民法の不動産物権に関する登記の原則上、本来ならば抵当権に対抗できない筈である抵当権設定後の賃貸借に対抗力が例外的に附与せられ、その収益的利用が保護される場合であつてみれば、いわゆる長期賃貸借は、さきに設定されている抵当権との関係においては、民法第六〇二条に定める期間の限度内で対抗力を有するにすぎないという結果になつても、またやむをえないところであり、賃借権の保護はこの程度で満足すべきものというベきであろう。

四、以上、判断したところにより明かなとおり、控訴人の本件土地に対する前記認定の賃借権は民法第六〇二条に定めた期間の範囲内で競落人である被控訴人に対抗力を有するものといわねばならない。(なお、前掲甲第一号証によると、本件賃借権の設定登記は、競落許可決定がなされたことを原因として昭和三二年八月二日附で裁判所の登記嘱託の結果抹消せられるにいたつたことが認められ、これは、前記裁判所において本件長期賃貸借が競落人に対抗できないとの見解のもとに民事訴訟法第七〇〇条によりなされた処置に基くことは明かである。そこで、本件賃借権は右登記の抹消により爾後その対抗力を喪失するのではないかとの疑を生ずるが、当裁判所の前記判断に従えば本件は執行裁判所が右登記抹消の嘱託をなすべきでない場合に該当すると解せられるので、右裁判所の処置に基く登記抹消は不当な登記抹消というべきであるから、その登記抹消にかゝわらず本件賃借権は競落人に対抗できるものといわねばならない。)

そうすると、被控訴人は右賃借権を争つているから、その確認を求める控訴人の本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は不当として取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 斎藤平伍)

目録

(一) 神戸市灘区岩屋南町四丁目四番地

一、宅地 一七坪

(二) 同市同区同町四丁目一四番地

一、宅地 一六八坪

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