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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1554号 判決 1962年6月21日

控訴人 松本菊三郎

右訴訟代理人弁護士 渋谷又二

被控訴人 有限会社 西村足袋屋

右代表者代表取締役 西村恒之

右訴訟代理人弁護士 三宅岩之助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人が昭和三二年八月二二日被控訴人より同人所有の本件土地建物を代金一、〇五〇、〇〇〇円で買受け、控訴人が右代金の支払を完了したことは当事者間に争がない。

控訴人は、右売買の目的物である本件建物内で昭和二四、五年頃前居住者松村某が縊死したことがあり、この事実は右建物の隠れた瑕疵に該当すると主張するので、この点につき考察する。売買の目的物に瑕疵があるというのは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいうのであつて、右目的物が家屋である場合、家屋として通常有すべき「住み心地のよさ」を欠くときもまた、家屋の有体的欠陥の一種としての瑕疵と解するに妨げない。しかしながら、この家屋利用の適性の一たる「住み心地のよさ」を欠く場合でも、右欠陥が家屋の環境、採光、通風、構造等客観的な事情に原因するときは格別、それが、右建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景など客観的な事情に属しない事由に原因するときは、その程度如何は通常これを受取るものの主観によつて左右されるところが大であり、本件で控訴人が瑕疵ありと主張する右事由は正にこの種のものに該当することが明らかである。売買における売主の瑕疵担保責任は、売買が有償契約であることを根拠として、物の交換価値ないし利用価値と対価として支払われる代金額との等価性を維持し当事者間の衡平をはかることにあるから、右制度の趣旨からみると、前記後者のような事由をもつて瑕疵といいうるためには、単に買主において右事由の存する家屋の居住を好まぬというだけでは足らず、さらに進んで、それが、通常一般人において右事由があれば「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度にいたつたものであることを必要とする、と解すべきである。

そこで、本件の場合についてみるに、本件建物内の座敷蔵で前記縊死のあつたことは当事者間に争がないが、原審証人高山スギ(第一、二回)、同竹原弁治の各証言、原審ならびに当審における被控訴会社代表者本人西村恒之の供述に原審における検証の結果を総合すると、本件建物内で昭和二五年二月松村甚一郎が縊死した後も内妻高山スギが引続き居住していたところ、昭和三一年五月被控訴会社が右高山より金六三五、〇〇〇円で買受け、(敷地は別所有者からその後金二五〇、〇〇〇円で買受けた)爾来右会社代表者西村恒之の一家が居住し、一時右会社の店舗を開設したが間もなく廃止し、その後は専ら住居に使用してきたこと、前記座敷蔵は本件建物の南西隅に母屋と廊下で接続した建てられた木造瓦葺二階建約三坪の建物であつたが、右西村恒之が昭和三一年九月頃これを取り毀ち、その後その跡に現在の物置を設置したこと(右座敷蔵が本件売買当時既に取り除かれて存在しなかつたことは当事者間に争がない)、被控訴会社は本件建物内で前記縊死のあつたことを了知のうえ、これを買受けたが、当時右事情を知悉する近隣者中にも、数名の買受希望者があり、被控訴会社の前記買受価格は当時としては一応適正価格であつたこと、被控訴会社の控訴人に対する本件土地建物の売買価格一、〇五〇、〇〇〇円は、前記取得価格にその後支出した改装費等を加算したもので当時として適正価格であり、他にも右価格による買受希望者があつたことが認められる。

右認定の事実によれば、本件建物内で縊死のあつたのは、本件売買当時から七年前の出来ごとで、既に旧聞に属するばかりでなく、右縊死のあつた座敷蔵は売買当時取り除かれて存在せず、右事実を意に介しない買受希望者が従前から多数あつたことが窺われるので、右事情から推すと、本件建物内で過去に縊死があつた事実は、本件売買当時においては、もはや一般人が「住み心地のよさ」を欠く事由として感ずることに合理性をみとめうる程度のものではなかつたとみるのが相当である。原審証人松本省三の証言ならびに原審における被控訴会社代表者本人西村恒之の供述によると、控訴人は本件建物を娘婿の松本省三をして同所で精肉販売を営業させる目的で買受けたものであるが、右省三は本件売買契約後に前記縊死のあつたことを理由に被控訴会社に対し売買契約の解約を交渉した際、省三自身は右建物に居住することを嫌わないが、妻子が反対する旨口外しているのであつて、右事実も前認定を裏付ける一証左となしうるであろう。

もつとも、原審における証人浅田常一の証言ならびに同証言により真正に成立したと認められる甲第一二号証に控訴人本人の供述を総合すると、控訴人は本件土地建物を昭和三三年三月訴外浅田常一に対し同建物内で縊死のあつたことを告げて金八五〇、〇〇〇円で売却したことが認められるが、成立に争のない甲第一〇号証、原審における証人松本省三の証言ならびに控訴人本人の供述によると、控訴人は前記松本省三が本件建物で営業することに反対したため所期の目的を達成できず、被控訴会社に対する前記売買解約の交渉が成立しなかつたため、これを転売のうえその差額を被控訴会社より支払を受けて代金の回収をはからんとして右転売に出でたことが認められるばかりでなく、前認定のように本件売買価格一、〇五〇、〇〇〇円は当時の適正価格であることをも勘案すると、右転売価格が本件の買受価格よりかなり低下しているとしても、この事実から直ちに前叙のような意味における本件建物の瑕疵を推測することはできない。前掲証人浅田常一の証言中右認定に反する部分は採用できない。

以上、考察したところによれば、本件売買の目的物たる建物内で前居住者が縊死した事実は、未だ民法第五七〇条にいわゆる瑕疵のある場合には該当しないと解するのが相当である。

したがつて、右瑕疵のあることを前提とする控訴人の本訴請求は、その他の点の判断をまつまでもなく理由がなく、右請求を棄却した原判決は正当にして、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 斎藤平伍 石川義夫)

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