大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)400号 判決 1961年4月12日
判 決
大阪市生野区東桃谷町一丁目五八二五番地
第一審原告(第四〇〇号事件被控訴人第四三二号事件控訴人)
貝塚谷恒良
右訴訟代理人弁護士
林弘
大阪市浪速区下寺町四丁目七七番地の一
第一審被告(第四〇〇号事件控訴人、第四三二号事件被控訴人)
新東宝タクシー株式会社
右代表者代表取締役
岸下常一
右訴訟代理人弁護士
阿部甚吉
平山芳明
熊谷尚之
主文
第一審原告の本件控訴を棄却する。
原判決中第一審原告勝訴部分を取消す。
第一審原告の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
事実
第一審原告は、「原判決中第一審被告勝訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し金一、〇三〇、〇〇〇円、及び内金八〇〇、〇〇〇円に対する昭和三〇年七月二三日から、内金二三〇〇〇〇円に対する昭和三二年九月一三日から、各支払済まで年六分の割合の金員を支払え。第一審被告の本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、
第一審被告は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、以下に補充する外、原判決事実記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
第一審原告は、
「第一審原告は、第一審被告より本件手形(A)(B)(C)(D)の譲渡を受けて、第一審被告に対し資金を融通したものである。伊部昇及び成瀬満春は、第一審被告の債務を保証する目的で、本件手形(A)(B)(C)(D)に裏書したものである。従つて、本件手形(A)(B)(C)(D)に商法第二六五条の適用はない」
と述べ、
証拠(省略)
理由
第一審被告が、もと商号を新生交通株式会社と称したが、昭和三〇年一二月八日これを新東宝タクシー株式会社と変更し、同日その旨の登記を経由したことは、当事者間に争がない。
(証拠省略)
第一審原告が現在、第一審被告振出に係る左記約束手形(本件手形)五通を所持している事実を認めることができる。
(A) 金額 二四〇、〇〇〇円
支払期日 昭和三〇年七月二三日
支払地、振出地 大阪市
支払場所 大阪第一信用金庫難波支店
振出日 昭和三〇年六月二〇日
振出人 大阪市福島区兼平町二一番地
新生交通株式会社
代表取締役 成 瀬 裕 久
受 取 人 伊 部 昇
第一裏書(白地式)裏書人 伊 部 昇
第二裏書(白地式)裏書人 成 瀬 満 春
(B) 金額 三〇〇、〇〇〇円
その他(A)と同一記載
(C) 金額 二六〇、〇〇〇円
その他(A)と同一記載
(D) 金額 二三〇、〇〇〇円
その他第一裏書まで(A)と同一記載
(第二裏書なし)
(E) 金額 二五〇、〇〇〇円
支払期日 昭和三〇年九月一五日
振出日 昭和三〇年七月一六日
支払地振出地支払場所振出人(A)と同一記載
受取人 貝塚谷恒良(第一審原告)
第一審原告が、本件(A)(B)(C)の手形三通を支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶されたことは、当事者間に争がない。
よつて、原判決事実記載第一審被告主張の、(イ)商法第二六五条違反の抗弁、及び(ロ)悪意の抗弁について判断する。
(証拠省略)つぎの事実を認めることができる。
訴外成瀬満春(通称成瀬裕久、以下単に成瀬という)は、昭和三〇年二月頃第一審被告会社の代表取締役に就任したものであるが、その就任の条件として株主より譲受けた株式代金の支払に窮したのと、第一審被告会社が極度に運営資金難に陥つたため、その金融をはからなければ自己の代表者たる地位の保全が危くなつた結果、昭和三〇年六月末頃、第一審被告会社の代表者名義をもつて大阪信用金庫より金六、〇〇〇、〇〇〇円を借受け、その借受金をもつて前記株式代金を支払うとともに第一審被告会社の金融をはかろうと企図したこと。右借受の担保として、成瀬個人所有の京都市上京区大北山字鏡石一番地の一六、山林七畝一五歩他二筆の土地を提供することになつたが、当時、右土地には、訴外出光興産株式会社のため、昭和二八年四月九日受付第七三〇四号、原因同年三月一三日設定、債権極度額金一四、〇〇〇、〇〇〇円、債務者株式会社成瀬裕久商店(成瀬の経営する会社)の根抵当設定登記、第一審原告のため、昭和三〇年三月一七日受付第六一五二号、原因同年同月同日設定契約、債権額金一、五〇〇、〇〇〇円、弁済期昭和三〇年六月一〇日、利息日歩四銭一厘として前払済、損害金日歩八銭六厘の抵当権設定登記、及び第一審原告のため、昭和三〇年三月一七日受付第六一五三号、原因同年同月同日代物弁済予約、停止条件昭和三〇年三月一七日付債権額金一、五〇〇、〇〇〇円の抵当権付債務に付義務の不履行のときは所有権移転の効力を発生する旨の停止条件付所有権移転請求権保全仮登記が、なされていたので、大阪第一信用金庫は、右各登記の抹消と自己のため順位第一審の抵当権の設定を要求したこと。ところでこれよりさき、成瀬は、昭和三〇年六月初頃、第一審被告会社の他の代表取締役丸毛保二の承認の下に、振出日、支払期日、受取人欄等白地のままの本件手形五通を作成し、これによつて金融業者から第一審被告会社の営業資金を借受けるため、当時第一審被告会社の取締役であつた訴外伊部昇に、これを預けて金融業者に当らせていたが、未だ成功せぬ間に前記大阪第一信用金庫との融資問題が起つたので、本件手形五通を第一審原告に譲渡し、その譲渡代金をもつて前記各登記の抹消のための資金を取得せんことを企て、第一審原告の代理人保高勇に対し本件手形の割引方を依頼したところ、保高勇は、いわゆる隠れた保証の趣旨で、伊部昇及び成瀬の裏書を要求したので、前記のとおりに、(A)(B)(C)(D)の手形について伊部昇の白地式第一裏書、(A)(B)(C)の手形について成瀬の白地式第二裏書、(A)(B)(C)(D)(E)の手形について受取人欄等の補充が、なされたこと。本件(A)(B)(C)(D)の手形について受取人欄を伊部昇(第一審被告会社取締役)に補充することについて、第一審被告会社の取締役会の承認はなされていないこと。ついで、成瀬と第一審原告代理人保高勇との間に、第一審原告において、本件手形五通譲受の代償として、前記根抵当の被担保債権である株式会社成瀬裕久商店の出光興産株式会社に対する残存債務約金一、〇〇〇、〇〇〇円の弁済資金を交付するとともに、前記第一審原告のための抵当権設定登記及び停止条件付所有権移転請求権保全仮登記を抹消すること、成瀬において、前記大阪第一信用金庫より金六、〇〇〇、〇〇〇円の貸付のあり次第、その借受金の一部をもつて、右出光興産株式会社に対する弁済のための交付金、及び前記抵当権の被担保債権である第一審原告の成瀬個人に対する貸金を返済すること、の約定が、成立し、成瀬は、昭和三〇年七月頃右約定に基き本件手形五通を第一審原告代理人保高勇に交付譲渡したこと。なお、第一審原告は、本件手形五通の譲渡を受けて前記契約を履行し、昭和三〇年七月一三日前記各登記の抹消登記手続がなされたが、前記大阪第一信用金庫より借受が成功しなかつたこと。そこで、第一審原告は、前記土地について、昭和三〇年八月一七日受付第二一六五八号、原因同日設定、債権極度額金一、五〇〇、〇〇〇円、損害金日歩八銭二厘、連帯債務者成瀬早苗の根抵当権設定登記、及び昭和三〇年八月一七日受付第二一六五九号、原因同日停止条件付代物弁済契約、停止条件同日付債権極度額金一、五〇〇、〇〇〇円の根抵当権付債務につき義務不履行のときは所有権移転の効力を発生する旨の停止条件付所有権移転請求権保全仮登記を受け、その後、訴外加藤敬に対し、昭和三三年九月一六日受付第三三六七三号、原因同年同月一五日譲渡の前記仮登記上の権利譲渡の付記登記、及び昭和三三年九月一六日受付第三三六七四号、原因同年同月一五日債権譲渡の前記根抵当権移転の付記登記をしていること。成瀬の本件手形譲渡行為の目的は、間接には一面一審被告会社の金融の途をもはかる目的があつたけれども、直接には自己の不動産の負担する前記根抵当権設定登記等の抹消に要する資金を得る目的をもつてなされたものであり、前記金庫からの金融が得られなければ(現に前記のようにその金融は得られなかつた)、右間接の目的も達成できず、専ら自己又は自己の経営する株式会社成瀬裕久商店の利益のために右譲渡がなされたことゝなることは、譲渡の当時から見易い理であつて、結局、成瀬は、第一審被告会社の代表者として、その権限を濫用し、第一審被告会社の損害において自己及び自己の経営する株式会社成瀬裕久商店の利益を図る目的で、本件手形五通を第一審原告代理人保高勇に交付譲渡したものであり、第一審原告代理人保高勇は、本件手形五通譲受の際、成瀬の右権限濫用の事実を知つていたものであること。
(中略)
手形行為に対する商法第二六五条適用問題に関する当裁判所の見解はつぎのとおりである。
(1) 手形債務は、相手方の協力を要しない債務者の一方的行為である証券作成行為によつて、発生する(いわゆる創造説)。従つて、手形債務負担行為である証券作成行為については、商法第二六五条適用の余地がない。取締役会の承認がなくても、会社の証券作成行為は有効に成立し、手形上の権利は存在するにいたる。会社は権利者としてその権利を処分することができる。
(2) これに対し、証券作成行為によつて成立するにいたつた手形上の権利を、会社が取締役に譲渡する行為(証券交付行為)は、商法第二六五条所定の取引に該当し、取締役会の承認がなければ無効である。(ただし追認があれば有効となる。)
(3) しかし、取締役からその手形の譲渡を受けた者(又はその後の取得者)はその手形上の権利を善意取得することができる(手形法第一六条第二項)。
これを本件についてみるに、まず、第一審被告会社の本件手形債務負担行為については商法第二六五条適用の余地がない。
つぎに、前記認定の事実によれば、商法第二六五条適用の結果、伊部昇は本件手形(A)(B)(C)(D)の手形上の権利を取得しないし、悪意の成瀬は本件手形(A)(B)(C)の手形上の権利を取得しないことになる。
しかし、前記認定のとおり、第一審原告は、本件(A)(B)(C)の手形を成瀬個人から、本件(D)の手形を伊部昇から、各裏書譲渡を受けたのではなく、いわゆる隠れた保証の趣旨で伊部昇及び成瀬個人が白地裏書をした本件(A)(B)(C)(D)の手形(ただし(D)の手形には成瀬の裏書がない)を、第一審被告会社代表者としての成瀬から、交付譲渡を受けたものである。すなわち、依然として権利者であつた第一審被告会社が本件手形を第一審原告に譲渡したのである。従つて、第一審原告の本件手形取得行為には商法第二六五条適用の余地はない。
よつて、商法第二六五条違反を理由とする第一審被告の抗弁は理由がない。
つぎに、原判決事実記載第一審被告主張の抗弁ロ(7)につき考える。
株式会社の代表者が権限を濫用して会社の損害において自己又は第三者の利益を図る意思で法律行為をした場合、相手方が悪意であれば、商法第二六一条第三項第七八条第二項民法第五四条の類推適用により、右法律行為は無効であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、第一審被告会社代表者成瀬の第一審原告への本件手形五通の譲渡行為は、代表者の権限濫用行為であり、第一審原告代理人保高勇は、成瀬の権限濫用行為であることを知りながら、本件手形五通の譲渡を受けたものである。従つて、右譲渡行為は無効であり、第一審原告は本件手形五通の権利を取得しない。
よつて、第一審原告の本訴請求はすべて失当としてこれを棄却すべく、これと同旨でない原判決中第一審原告勝訴部分を取消し、民事訴訟法第八九条第九六条を適用し、主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第八民事部
裁判長裁判官 石 井 末 一
裁判官 小 西 勝
裁判官井野口勤は職務代行を解かれたので署名捺印できない
裁判長裁判官 石 井 末 一