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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)846号 判決 1960年11月29日

控訴人 被告 山路俊輔

訴訟代理人 山下直次

被控訴人 原告 大西実雄

訴訟代理人 北山六郎 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴代理人の陳述した請求原因は原判決事実摘示と同一であるから之を引用し、控訴人の抗弁に対しては「本件係争建物の強制競売事件の競売開始決定後競落前に控訴人が同建物に付工事をなし或は造作を加えたことは知らない。仮に控訴人がその主張のような工事及び造作をなしたとしても、被控訴人は競売事件に於て示された売却条件に従い、適法に競落し、代金を支払つてその所有権を取得し、且つ引渡を受けたのであるから競落代金以外の金員を支払うべき義務を負担するいわれがない。競売裁判所の定めた最低競売価額が競落当時不当に低額であつたというのであれば、それは競売手続中において異議又は抗告の方法で是正を求むべきであり、この方法をとらずして既に競売手続が完了した以上、被控訴人は競落当時の有姿のまま、競落物件の所有権を取得したものであるから、法律上何等不法若しくは不当な利得をしたものではない。」と述べ、立証として、甲第一、二号証を提出し、当審における被控訴人本人の供述を援用し、乙第二乃至第五号証の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。

控訴代理人は答弁として、「被控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人がその主張の建物の強制競売事件において、競落許可決定によりその所有権を取得し、之が登記手続をなしたことは認めるが控訴人が金一五万円の不当利得返還義務のあることは否認する。右建物とその敷地は共に控訴人の所有に属していたのであるから、被控訴人が競売により建物のみの所有権を取得した以上その敷地につき法定地上権を有するものであり、従つて敷地使用権につき争を生じたとしても、示談金五〇万円を支払う義務がない。然るに被控訴人はその義務の無いことを知りながら内金一五万円を支払つたのであるから、之は非債弁済であつて、控訴人には之を返還する義務は無いのである。更に控訴人は被控訴人に対し次のとおり金一二〇万八、八〇五円の債権を有するから、之を以て被控訴人主張の金一一万六、四八九円の賃料取立金返還債権と対等額において相殺の意思表示をなし、又仮に被控訴人が右金一五万円の不当利得金返還請求権を有するとすれば、之に付ても同様に相殺の意思表示をなすものである。即ち、本件競売開始決定があり、鑑定人朝倉幸三郎が昭和二九年三月八日附で、本件建物の評価額を金二六一万四、九二〇円とし、之を以て競売裁判所は最低競売価額と定め、公示したものである。右評価の理由は、当時の同建物建築工事進捗程度が屋根瓦葺を完了し家屋内部の間仕切壁及び外廻り壁の荒塗りをなし終つた所で、今後内部の仕上げをなすべき工程にあり、現在で工程の六割を了したものと認められ、請負価額は四五〇万円とのことに付、右の工程を考慮に入れ、坪当単価二万二、〇〇〇円と評価するを適当と信ずるというのである。従つてその後の建物完成の為に加えられた工事費特に造作費は右評価の対象となつておらないのに拘らず、被控訴人は右工事費造作費を加えた造作付の完成した本件建物の所有権を取得し、裁判所の引渡命令により引渡を受けたものである。而して競売及び競落期日の公示には、その都度「本物件は昭和二九年二月現在工事中にして、畳建具なし」と記載されている。競売開始決定は、競落許可決定のある迄の間に於て、不動産所有者に対し完成の為の其の後の工事及び造作を為すことを禁ずるものではないから、控訴人は被控訴人に対し競落許可決定迄に為した工事費並に造作費の償還を請求し得るものである。このことは甲第二号証により明かなごとく、被控訴人が昭和三一年一二月一七日朝倉鑑定人の評価後に、本件建物に設置せられた畳、廊下、階段、板壁、電気水道工事の所有権を控訴人から譲受け、その代金として金五〇万円を支払うことを約し、控訴人は被控訴人の敷地使用に異議を述べないことを約したことからも明かである(但し右支払金額が不足のため公正証書作成に至らなかつた)。而して右費用の内訳は(イ)大工左官工事費(手間及材料代)金六八万二、五五七円、(ロ)電気水道工事費二二万四、一八七円、(ハ)畳建具代二九万九、三六一円、(ニ)塗装費二、七〇〇円、総計一二〇万八、八〇五円であり、之が相殺のための自動債権である。」と述べ、立証として、乙第一号証の一乃至六五第二乃至第五号証を提出し、当審における証人朝倉幸三郎の証言、控訴人本人尋問の結果、及び被控訴人の供述の一部を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が昭和三一年五月一六日控訴人所有にかかる本件係争建物の強制競売事件において、競落許可決定によりその所有権を取得し、同年七月一九日その取得登記をなしたことは当事者間に争がなく、同建物が永和荘と称するアパートで、当時控訴人が鴨池源四郎外一七名の賃借人に対し各室を賃貸していたので、被控訴人は右所有権取得当日以降右一八名に対する賃貸人の地位を承継したこと、及び控訴人が同人等から被控訴人の所有権取得の日の翌日より同年七月末日迄の賃料として原判決添付別表記載のとおり総計金一一万六、四八九円を取立てて之を取得した事実は控訴人において明かに争わないから、之を自白したものと看做すべきである。而して控訴人が右金員を取得すべき何等の法律上の原因のあつたことの主張立証がないから、之により被控訴人に損失を及ぼしたものとして、之を返還する義務を負担したものであり、反証のない本件においては右利益は現存するものと認むべきである。

次に右建物の敷地使用権についての争の結果、昭和三一年一二月一七日控訴人は右敷地を被控訴人に対し坪当り一ケ月三〇円の資料を以て賃貸し、被控訴人は控訴人に対し示談金五〇万円を支払うことを骨子として和解をすることとなり、同月二二日双方間でその旨の公正証書作成の手続をとることを約し、被控訴人が之に基き即日右示談金の内入前渡金として金一五万円を控訴人に支払つた事実は当事者間に争がなく、右和解が結局成立するに至らず、被控訴人は右建物を訴外人に譲渡し、同人と控訴人間に和解が成立した事実は控訴人において明に争わないから、之を自白したものと看做すべきである。而して控訴人はこの点に付、いわゆる法定地上権の存在を根拠に非債弁済の主張をしているが、本件は同一人の所有に属する土地建物の内地上の建物のみに付強制競売が行われたものであつて、もとより民法第三八八条所定の要件を充すものではないから、同条を根拠に、控訴人が金一五万円を取得すべき法律上の原因があつたものと謂えぬこと明であり、従つて右非債弁済の主張は採用できない。而して他にかかる法律上の原因のあつたこと若しくは右利益の現存しないことの主張立証がないから、控訴人は之亦不当利得として返還しなければならない。

進んで控訴人の相殺の抗弁に付考察する。成立に争のない乙第二、三号証、当審における証人朝倉幸三郎の証言、控訴人本人の供述及び右本人の供述により成立を認められる乙第一号証の一乃至六五を総合すると、本件係争建物の建築工事は競売開始決定のあつた当時は全工程の約六割に達していたに過ぎなかつたのであり、その具体的状況は競売裁判所が最低競売価額を定めるに付ての基礎となした鑑定人朝倉幸三郎の評価に際し、その理由として記載されたとおり(その概要は控訴人引用と同一)であつた事実及び控訴人は右差押の後競落許可決定までの間に相当の費用(金額の点は暫くおく)を投じて右建築を竣工し、且つ之に畳建具その他の造作を附加して建物を完成したのであつて、被控訴人はかような建物を引渡命令により引渡を受けた事実並に各競売及び競落期日の公示には、その都度「本物件は昭和二九年二月現在工事中にして畳建具なし」と記載されていた事実を夫々認定することができる。而して競売開始決定のあつた後に於ても、不動産所有者は差押を妨げない範囲における管理をすることはもとより許されるのであるから、右のごとく未完成の建物の建築工事を続行して之を完成し、且つ之に造作を附加する行為も別段法律上禁ぜられるわけではない。併しながらかような場合、所有者が右工事の完成及び造作の附加のために費用を投じたからとて、その償還を競落人に対し請求することができるか否かに付ては、更に別個に考察しなければならない。

先づ未完成建物の竣工のために支出された費用に付て考える。建物の強制競売は差押当時に於ての現状を基礎として為されるものであつて、右現状につき民事訴訟法第六五五条により鑑定人をして評価をさせた上、その評価額を以て最低競売価額とするのである。而して差押の後において、本件のごとく不動産所有者が之に必要費或は有益費を投じ、之がためにその価値が増大するというごときは極めて異例に属するものであるから、かような場合に競売手続がそのまま進行することに因り不動産所有者が不利益を受けるのを免れるためには自らこの事実を裁判所に申出て、最低競売価額の改定を求めるべきであり、若し裁判所が之を許容せず、そのまま競売手続を続行した場合には、強制執行の方法に関する異議又は競落許可決定に対する即時抗告の方法により、最低競売価額の不当を争うことを要するものである。それと共に、若しかような手続をとらず、競落許可決定が確立した場合は、競落人は右決定の効力により、差押当時に比し価値の増大した当該建物の所有権を取得するのであつて競落代金以外には、右建物の価値の増加したことに付、何等の名義によるを問わず、金員支払義務を負担すべきものではない。従つて、競売手続の完結の後、不当利得返還請求その他何等の費用償還請求をも受けることはないと解すべきである。

次に建物に対する競売開始決定のあつた後、同所有者により之に附加された畳建具その他の造作に付ては、之に対し差押の効力が及ぶものではないから、その所有権は建物に対する競落許可決定確定の後も引続きもとの所有者に属するものであり、たとえこれらの造作が建物と共に事実上競落人の占有に移されたとしても、之により所有権移転の効果を生ずることはあり得ない。(本件においても、各競売及び競落期日の公示には「畳建具なし」と記載されていたこと前認定のとおりである。)従つて、造作所有者が競落人に対し造作の所有権を主張することができるのは別問題として、右造作の設備費用の償還請求をすることは何等法律上の根拠がないから、許されないものと解すべきである。

以上の次第であるから、本件においても、控訴人が差押の後に、未完成建物の竣工のためになした工事及び之に附加した造作の各具体的内容或は之に要した費用の明細を認定するまでもなく、控訴人主張の自動債権はすべて存在しないものと解するのが相当であつて、相殺の抗弁は一切採用できない。

従つて控訴人に対し前記金二六万六、四八九円の不当利得金及び之に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三四年三月六日以降右完済迄年五分の遅延損害金の支払を求める本訴請求は全部正当として認容すべく、之と同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がない。仍て之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加納実 裁判官 沢井種雄 裁判官 藤原啓一郎)

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