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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)262号 決定 1960年4月14日

抗告人 米田忠彦(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を大阪家庭裁判所に差戻す。

理由

本件抗告理由は別紙のとおりである。

記録によると、原審判は、抗告人(原審相手方)と米田カズエ(同申立人)の各審問の結果と抗告人提出の準備書と題する書面を綜合して、この両名は大正元年十一月十三日婚姻届をした夫婦であるが、抗告人が、当時海軍軍医で海上勤務が多かつたため、同居した期間は極めて短く、大正十三年末頃予備役編入後も夫婦間は円満を欠き、更に戦時疎開のため、別居状態が続き、終戦後カズヱが疎開先より現住家屋に移転してからは全く抗告人と別居して今日に至つたこと、抗告人が同居を拒む理由として挙げるところは力ズエに対し愛情がなく性格の相違によつて到底和合できない点にあること、抗告人は旧制医学専門学校を卒業した医師で、大阪市福島区に診療所を開設し純収益月額四万円を下らず、外に軍人恩給年額約十万円を得ており、肩書住所で二階一間を賃借して一人居住していること、カズエは現在無職無収入で抗告人所有家屋に居住し、同家屋は階下階上各三室あつて、居住のゆとりがあり、又、抗告人の受取るべき長男良雄の遺族扶助料年四回支給(一回分二万二千四百円)を抗告人の承諾の下に受取り生活費の一部に充てていることを夫々認定した上、カズエの同居請求については、「夫婦は互に同居すべき義務を有し、これを拒むにつき正当と認むべき特別の事由がない限り同居を拒み得ないものと解すべきところ、相手方が申立人の本件同居の請求を拒むにつき正当とすべき何らの事由もこれを認めることができない(相手方の言う夫婦の愛情がないとか、性格相違のため和合できないというが如きは同居拒絶の正当事由とはならないものと解する)から、申立人の同居の請求はその理由があると言わなければならない」と説いた上、同居の場所としてはカズエの現住家屋を相当と認めて同居を命じたものである。又扶養料請求については、先に認定した双方の職業、社会的地位、収入、生活状態その他一切の事情を考慮して、抗告人に対し昭和三十四年九月一日より同居迄の期間一ヶ月金一万五千円宛の支払を命じたものである。

そこで考えてみると、夫婦の一方が他方よりの同居の請求を拒絶するに付ては正当の事由のあることを必要とするのは原審の説くとおりであるけれども、この正当の事由は必ずしも民法第七七〇条所定の離婚原因に該当する事由のある場合に限られないのであつて、客観的に観察して永年別居による夫婦間の愛情の冷却その他の事由のため差当り到底円満な共同生活の継続を期待し得ないような状況にあるときは原則として夫婦のいずれもが之を理由として同居を拒絶することができると解すべきである。すると本件のごときは、婚姻届出以来今日までの四十数年間にわたり現実に同居したのは僅々数年にすぎず、最近の約十年間は全く同居の事実がない模様であるから、現在直ちに双方に同居を命じて果して円満な共同生活の遂行を期待し得るか否かに付ては甚だしく疑問の余地があると謂わなければならない。従て、この種の事件の処理に付ては、家事審判官のなす証拠調のほか、調査官による調査を併用して、双方本人及び関係人に付双方の婚姻歴生活歴を究明すると共に、必要によつては、医学的若くは心理学的調査をも行うなど、家庭裁判所独特の多角的な審理方法を実施することにより、果して共同生活の円満と幸福を期待できるか否かを判断することを必要とするのであつて原審判が単に双方本人の審問と抗告人提出の準備書と題する書面のみによつて、前記の結論を導き出したことは、著しく審理不十分の違法があると謂うのほかはない。

又扶養料の額についても、原審が前記のごとく、月額一万五千円と算定した根拠は必ずしも明確でない。例えば、原審におけるカズエの審問の結果によつても、現在は同人と長女幸枝とその子供が居住しているが、幸枝母子は都合によりその亡夫の実家に戻ることも可能であるというのであるから、階上階下各三室より成るカズエの居住家屋の一部の賃貸その他適当な利用方法によつて若干の収入を挙げることも可能であろうから、同人の生活状況の調査は当然必要であり、一方抗告人の資力を判断するためにはその住居のほか経営にかかる診療所の実態を調査することも必要である。かような点に付ても単に双方本人の審問の結果と書面審理のみを判断の基礎とした原審判は審理不十分の違法があると謂うべきである。

よつて、本件抗告は理由があるから家事審判規則第一九条第一項を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 加納実 裁判官 沢井種雄 坂口公男)

抗告理由

一、申立人米田カズエと抗告人との婚姻は其の成立の始めに於て人違い等の欠陥あり本来錯誤による従つて其の当時其の取消を請求するか無効を言渡する事の出来たのであるが世話人等の勧告によりて之を問題にせず婚姻を進捗したのであるこれが常に夫婦間の和睦を妨げる原因ともなり勝ちであつた事は調停事件審理中に抗告人の提出せる陳述書に明らかなる通である。

二、以上の原因から当事者間に愛情に乏しく互に同居するが如きことは針のむしろに座るが如く真実不愉快其の物であつて抗告人として忍耐する能はざる苦痛であつた。

三、抗告人は職業上海軍々人として艦隊生活に日を送り自宅に帰臥するの機会に乏しく申立人と自然同居し得ざる儘数年を経過せるが兎も角結婚中に期せずして三児を挙げたれど甚だ彼女に対しては愛情の有無にかかわらず居所を与え生活費を給して今日に及べり勿論爾来数十年家庭の生活を致したこと甚だ少なし現在は他人以上の水臭き間柄なり或は彼女としては此の事実なる感情を十分にも承知の上なるに今更同居の請求を御庁に訴求するとは其目的は只抗告人を恨み其の悪感情の満足を得んとする所謂権利濫用である若し主文の命ず通りとすれば抗告人は敵人の懐に入るの思いにして自己の生命の安全感をも失う逆境に其身を置く事になる之即ち基本的人権の侵犯であるので即ち違憲の審判と云わざるを得ない抑も抑も「家事審判の制度は個人の尊厳と両性の本質的平等を基本として家庭の平和と健全なる親族共同生活の維持を図るを目的とする」本来同居せしめて其目的達成を事実上不可能なる場合にも尚同居義務ありとは全く皮相的形式的解釈にして勿論誤である吾人同居が危険の恐ある場合には之を免るることの人権を有する事を無視せる審決にして到底承服出来ざるものなり。

四、次ぎに扶養料の支払に付て従来も抗告人に於て相当額の支給を継続せるものなれば必ずしも婚姻が無効となる迄は之を与ふるも吝なるものにあらざるに審決の所謂一万五千円也の支払い現今の抗告人の月収にては過多に付き従来の通り六千円也に減額すべく主文之変更をこう次第である。

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