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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)385号 決定 1960年2月04日

抗告人 株式会社しようざん

相手方 麻植孝義

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。異議申立を却下する。」

との裁判を求めるが、その抗告理由及びこれに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一、抗告代理人は、まず「本件異議の対象たる京都地方裁判所昭和二七年(ケ)第二一号不動産競売事件につき同裁判所が昭和二七年五月二七日にした競売手続開始決定については、既に当庁昭和二八年(ラ)第四四号再度の考案に基く競売申立却下決定に対する抗告事件において、当裁判所第四民事部は、昭和三三年六月二七日、競売手続開始決定の取消の決定を取り消す旨の決定をし、該決定は確定したので、右決定の既判力からいつても、また、一事不再理の原則からいつても、相手方は、今さら右競売手続開始決定の当否を争うことはできない筋合であるにかかわらず、原裁判所が、相手方の異議を容れて、競売手続開始決定を取り消したのは、違法である」と主張する。

本件の前提となる京都地方裁判所昭和二七年(ケ)第二一号不動産競売事件の経過は、原決定理由中に摘示するとおりであつて、当裁判所第四民事部が競売手続開始決定の取消の決定を取り消したことは、抗告代理人の主張するとおりである。しかし、当裁判所第四民事部が、このように、競売手続開始決定の取消の決定を取り消したのは、競売手続開始決定が適法正当であるとしたことによるものではなく、たとえ該決定に違法な点があるとしても、一たんその決定がされた以上、民訴法第六五三条の規定により職権をもつてこれを取り消しうる場合又は競売手続開始決定にさきだち審尋が行われた場合等、特別の場合を除き、方法に関する異議の申立をまつてのみこれを取り消しうるにすぎないにかかわらず、該事件においては、原裁判所は競売手続開始決定にさきだち審尋をしておらず、これに対する異議の申立もされていないことが明らかであるから、職権をもつて取り消すべき事由が存しない以上、原裁判所が競落許可決定に対する抗告に基く再度の考案の過程で競売手続開始決定を取り消したのは違法であるとして、右取消の決定を取り消したものであることは、当裁判所第四民事部の決定の理由に徴して明らかである。従つて、当裁判所第四民事部は、右決定に際して、前記競売手続開始決定につき民訴法第六五三条の規定により職権をもつてこれを取り消すべき事由があるかどうかの点については、審理判断しているけれども、その他の取消事由の存否に関しては、方法に関する異議の申立がされていない関係から、なんらの判断をも加えなかつたものである。したがつて、本件において、原審が、相手方の執行方法に関する異議の申立にもとづいて、競売手続開始決定の適否を審査したうえ、これを取り消したことは、正しく当裁判所の前決定の判示した趣旨にそうゆえんであつて、なんらこれと抵触するものではない。

なお、抗告代理人は、「当庁昭和二八年(ラ)第四四号再度の考案に基く競売申立却下決定に対する抗告事件において、抗告人(兼松株式会社)の代理人が競売手続開始決定等の取消の決定等を取り消すべき事由として主張したところはすべて右決定等が実質的に違法、失当であるということであつて、異議の申立なくして取り消したことは違法であるというような抗告事由は、なんら主張していないのであるから、抗告裁判所が、そのような抗告人の主張しない事由に基いて裁判するはずがなく、従つて、当裁判所第四民事部の前決定の趣旨は、右のように解すべきではないし、また、かりに右決定の趣旨がそのようなものであつたとしても、抗告裁判所の裁判は、その主文により原裁判所を拘束するものであるから、競売手続開始決定の取消の決定を取り消す旨の抗告裁判所の決定があつた以上、原裁判所はもはやいかなる理由に基いても競売手続開始決定を取り消すことができない、」と主張する。しかし、抗告裁判所は、競売手続開始決定を取り消すにつき、方法に関する異議の申立をまつてすることを要するかどうかということは、当事者の主張をまつまでもなく、職権をもつても調査判断しなければならないとの見解のもとに、前記のとおり判示したものであることは、当裁判所第四民事部の前決定の理由じたいから明らかであり、従つて、この点に関する抗告代理人の主張は、当裁判所の採用しない独自の意見に基くものというほかない。また、裁判の拘束力は、原則として、主文で表現されているところに従つて生ずるが、その趣旨ないし範囲は、理由の記載とあいまつて定められるべきものであるから、これに反する抗告代理人の主張は採用することができない。

二、つぎに、抗告代理人は、「抵当権者たる抗告人は、抵当不動産につき所有権移転請求権保全仮登記を有する相手方に対して、競売申立前には、民法第三八一条による抵当権実行の通知をしなかつたけれども、競売申立後である昭和二八年八月六日、一カ月の期間を定めて滌除申出の催告をした、本来、民法三八二条の規定による滌除の時期の制限は、抵当権者の利益のために定められたものと解すべきであるから、抵当権者たる抗告人が、みずからその利益を放棄して、競売手続開始後でもなお滌除の申出に応ずる用意の下に滌除権を有する第三取得者に対し滌除権行使の催告をした場合、この催告はもとより有効というべきである、しかるに、相手方は、右催告に応じて滌除の手続をしないばかりでなく、競売開始後七年以上を経過した今日になつても、相手方は、所有権移転登記を完了して第三取得者になろうとさえしないのであるから、すでに滌除権を喪失したものと解すべきであり、そうでないとしても、権利濫用の法理によつてその行使を許されないと解すべきである、従つて、本件競売手続は、結局、適法となつたものであり、これを違法として競売手続開始決定を取り消した原決定は、不当である」と主張する。

しかし、抵当不動産の第三取得者に対する抵当権実行の通知及び滌除に関する民法の規定は、第三取得者の利益を保護するための強行規定と解すべきであるから、抵当権者が所定の通知をしないで競売の申立をし、該申立に基いて競売手続が開始された以上、その競売手続は違法であつて取り消されるべきものと解するほかない。

その場合、競売手続開始後に第三取得者に対して所論のような催告がされたとしても、第三取得者としてその催告に応じてなんらかの処置を講ずべきことを定めた法律の規定は存しない。のみならず、かりに第三取得者が右催告に応じて滌除の手続をとつた場合、抵当権者が第三取得者の提供を承諾するときは、競売手続はもとより維持することを要しないし、然らざるときは、抵当権者は、民法第三八四条、競売法第四〇条等に定める増価競売の請求をすべきこととなるが、増価競売は、一般の競売とその手続を異にするから、当初開始された競売の手続を増価競売に流用することはできず、結局、第三取得者が滌除の手続をとる以上は、競売手続は取り消されざるをえないことになる。かように、競売手続の適否、従つてその効力の有無を浮動的なものとすることは、その手続の安定性を害し、訴訟関係を複雑にし、利害関係人の利益を害するおそれがあるから、これを容認することができない。

従つて、所定の通知なくして開始された競売手続は、常に不適法であつて、所論の催告によつて適法とすることはできないものと解するほかなく、また、競売手続が不適法のものである以上、その開始後長く第三取得者たる仮登記権利者が本登記をしなかつたとしても、滌除権を喪失し、又はその行使を制限されるべきいわれはない。その他、この点に関する原決定の判示は、すべて正当であつて、抗告人の主張は理由がない。

三、抗告代理人は、また「相手方の有する売買予約上の権利(いわゆる完結権)は、五年の時効により消滅しているので、抗告人は、右予約上の義務者たる本件不動産の所有者(西尾貞治郎)に代つて、これを援用し、それにより相手方の右権利は消滅したので、本件競売手続に存した瑕疵は結局治癒されたものと解すべきにかかわらず、抵当権者たる抗告人は右時効を援用しえないものとして、抗告人の右主張を容認しかかつた原決定は不当である」と主張する。

しかし、民法第一四五条にいわゆる当事者とは、時効によつて直接に利益をうける者のみをいい、間接に利益をうける者のごときはこれに該当しないものと解されるから、売買の予約があつた場合、その目的物につき抵当権を有するにすぎない者は、予約権利者の有する予約上の権利につき消滅時効の援用をすることができないものというのほかなく(昭和九年五月二日大審院判決、民集一三巻六七〇頁参照)また民法第四二三条の債権者代位は債権者の債権を保全するため必要な限度においてのみ行使できるものであるが、抗告人の本件抵当権は、相手方の予約上の権利の行使により影響をうけることがないのであるから、抗告人は、時効援用の代位権を有しないというべきである。原決定は、相当であつて、抗告代理人の主張は、理由がない。

四、抗告代理人は、さらに「相手方は、民訴法第一四一条に規定する責問権の放棄又は喪失により、本件競売手続の瑕疵につき異議を申し立てる権利を失つたものであり、そうでなくても、相手方の異議の申立は、民訴法第一三九条の規定による時機におくれた攻撃防ぎよ方法として却下されるべきであるにかかわらず、原裁判所が相手方の異議の申立を認容したのは不当である」と主張する。

しかし、競売開始決定に対する異議の申立は、競落許可決定が確定するまでは、何時でもすることができるものと解すべきである(大正五年五月一八日大審院決定参照)。民訴法第一四一条の規定は、訴訟手続に関する効力規定違背の訴訟行為に関するものであるが、本件競売手続開始決定に対する異議は、開始決定の実質的要件の欠缺を理由とするものであつて、単なる手続規定の違背を理由とするものではないから、同条の適用をうける性質のものでないこと、原決定の説示するとおりである。また、本件異議の申立は、終局的裁判を求める一の独立した申立であつて、単なる攻撃防ぎよの方法ではないから、民訴法第一三九条の適用をうけるべき限りでないことは、いうまでもない。

(なお、記録によると、相手方に対して、本件競売手続に関する通知(競売期日の通知)がはじめてされたのは、昭和二七年一〇月一一日頃と認められるところ、すでに同月二六日には、相手方は、競落許可決定に対する即時抗告の方法によつて、本件競売手続の適否を争つているのであり、その後抗告審の手続等の関係で、競売手続の進行が停止していたが、昭和三三年一二月末記録が競売裁判所に返戻されて、競売手続が再び進行することとなり、競売期日に関する通知が昭和三四年八月一一日頃相手方に対してされたところ、相手方は、同月二四日本件異議の申立をしたものである。しかして、競売手続が事実上進行しない状態にある時に、その取消を求める異議の申立をすべきことを求めることは酷であるから、そのような観点からすれば相手方の訴訟活動は、必ずしも、抗告人の主張するように、緩慢にすぎるものということもできず、以上の経過のみからは、相手方の異議申立を目して単なる競売妨害のためのものとすることもできない)。

五、その他、記録を精査しても、原判決を取り消して、本件競売の申立を認容すべき事由は存しないから、本件抗告は理由がないものとして棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 寺田治郎)

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