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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)393号 決定 1962年7月06日

抗告人 山岡規志子

相手方 木下キミエ 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨、理由は別紙の通りである。

案ずるに、抗告人が相手方等に対しその主張の建物の収去および敷地の明渡を求める被保全権利を有することは原決定理由中、第二当裁判所の判断一、に記載する通りであるからこれを引用する。そして抗告人が相手方等に対し大阪地方裁判所から昭和三一年五月一〇日その主張の如き仮処分決定をえ、即日その執行を了えたことは、甲第六ないし第九号証により認められる。

甲第一一、一二号証、第一七、一八号証、当審証人磯川正澄、松井春男の各証言を総合すると、昭和三三年一二月頃、相手方木下キミエは原決定添付別紙目録(二)の(イ)の建物の奥南側に奥行約五尺間口約一三尺程のトタン葺バラツク建床板なしの同(二)の(ロ)の建物を、相手方福井要作は同(三)の(イ)の建物の奥南側に奥行約六尺間口約一五尺程のルーフイング葺バラツク建床板なしの同(三)の(ロ)の建物をそれぞれ増築し、これらを古材木および古木箱の置場等に使用していることが認められるので、相手方等はいずれも前記仮処分に違反して現状の変更をなしたものであることは疑なきところである。

抗告人は、相手方の右仮処分違反行為を原因として右増築部分を含めてその主張の家屋の収去およびその敷地の明渡、予備的に右増築部分の収去およびその敷地の明渡の仮処分を求めるのであるが、前記仮処分にいわゆる「現状を変更しないことを条件として」相手方等に抗告人主張の建物の使用を許す、とあるのは、これを相手方に使用させるべきことの執行吏に対する職務命令と、使用させるときに告知すべき現状を変更してはならないという相手方等に対する不作為命令をいうものと解すべきであり、抗告人としては民事訴訟法第七四八条第七五六条第七三三条により授権決定をえて違反した物的状態を除去し、また同法第七三四条によりこれを強制しうるのであるから、現状変更部分(別紙目録(二)(三)の各(ロ)記載の建物)に関する限りその除去を求める本件仮処分はその必要なきものというべきである。

またその余の建物(別紙目録(二)(三)の各(イ)記載の建物)については、同建物は前記仮処分において、現状を変更しないことを条件として相手方等に使用を許された目的物件であるけれども、相手方等の右現状変更禁止違反の事実が直にその収去を命じあるいはその使用許可を剥奪するいわゆる断行的仮処分の原因とはなるものではなく、相手方等において将来再び前記仮処分に違反して現状を変更するおそれありとすれば、抗告人において前記仮処分にもとずき民法第四一四条第三項により将来のため適当な処分をなしうべく、相手方等がこの処分にも拘らず、再び前記仮処分に違反するおそれのあることは、これを認めるに足る疏明がないから、抗告人は前記部分に対し新たな断行的仮処分を求める必要および利益なきものというべきである。

抗告人の本件仮処分の申請を却下した原決定は結局において相当であり、他に記録を調査するも原決定には違法な点はないから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人の負担とし、主文の通り決定する。

(裁判官 岩口守夫 安部覚 藤原啓一郎)

別紙

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す。

相手方木下は別紙目録(二)の(イ)(ロ)記載の建物を、相手方福井は別紙目録(三)の(イ)(ロ)記載の建物をそれぞれ本裁判送達の日から三日以内に収去してそれぞれその敷地を明渡さなければならない。相手方等が前項につきその所定の期間内に右各建物の収去をしないときは、抗告人はその委任する執行吏をしてそれぞれこれを取り除かせることができる。

訴訟費用は相手方等の負担とする。

との裁判を求める。

予備的抗告の趣旨

原決定はこれを取消す。

別紙目録(二)(イ)記載の建物については相手方木下の、同目録(三)(イ)記載の建物については相手方福井の各占有を解き、これを抗告人の委任する執行吏に保管させる。

相手方木下は別紙目録(二)(ロ)記載の建物を、相手方福井は別紙目録(三)(ロ)記載の建物をそれぞれ本裁判送達の日から三日以内に収去してそれぞれその敷地を明渡さなければならない。

相手方等が前項につきその所定の期間内に右各建物を収去しない時は、抗告人はその委任する執行吏をしてそれぞれこれを取除かせることができる。

訴訟費用は相手方等の負担とする。

との裁判を求める。

別紙

目録

(一) 大阪市東区今橋二丁目四二番地の一

一、宅地 六〇坪三合九勺

(二)(イ) 右宅地上西北隅(a点)から東へ七尺四寸の地点(b点)を起点とし、東へ間口七尺四寸奥行四尺五寸約九合二勺(別紙図面中Aで表示する部分)の敷地上にある、北側道路に面して建てられた西寄の堀立小屋一棟建坪約九合一勺のうち西側より二戸目の建物建坪約四合六勺

(ロ) 右宅地上b点より南へ四尺五寸の地点(f点)を起点とし、東へ一一尺二寸五分奥行五尺四寸約一坪六合九勺(別紙図面中Dで表示する部分)の敷地上にある、右(イ)の建物の奥南側に附属して建てられた西寄の堀立小屋一棟建坪約一坪六合九勺

(三)(イ) 右宅地上a点から東へ二一尺二寸の地点(C点)を起点とし、東へ間口八尺四寸奥行四尺五寸並びに隅切部分の一部約一坪一合八勺(別紙図面<省略>中Bで表示する部分)の敷地上にある、北側道路に面して建てられた東寄の堀立小屋建坪約一坪五勺

(ロ) 右宅地上f点より東へ一一尺二寸五分(g点)を起点とし、東へ一〇尺九寸奥行五尺三寸約一坪六合一勺並びに隅切部分の一部約七合八勺合計約二坪三合九勺(別紙図面中Eで表示する部分)の敷地上にある、右(イ)の建物の奥南側に附属して建てられた東寄の堀立小屋一棟建坪約二坪三合九勺

別紙

抗告理由

一、原決定がその「第二当裁判所の判断」中において、抗告人が別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)の所有権に基き、相手方等に対し、各所有建物収去並にその敷地の明渡を求める被保全権利を有すると認定している点、及び相手方等の増築行為が同庁昭和三一年(ヨ)第九五六号仮処分(以下第一次仮処分という)によつて禁じられている現状変更にあたると認定している点は、抗告人において異論はない。

二、本件仮処分申請の主たる目的は、相手方等が前記第一次仮処分の「現状を変更しないことを条件にして、債務者等に右各建物の使用を許さなければならない。」によつて命じられている現状変更禁止の不作為命令に違反して現状を変更したことに対する救済方法として申請したものである。

三、本件事案のように「現状を変更しないことを条件に、債務者にその使用を許す」仮処分に違反して現状変更があつた場合の法律上の処置について従来から三つの見解がある。即、その一は、執行吏は当該違反部分を自ら強制的に除去する権限はないから、債権者としては債務者の現状変更を理由として債務者に対し新たに断行的仮処分を求むべきであるとするもの、その二は、執行吏は保管者としての職責上現状を復旧せしめる権限を有すると解する立場から、執行吏の権限で違反部分を除去できるとするもの、その三は、この種仮処分命令では現状を変更すべからざる旨の不作為が債権者に対する関係で債務者に命ぜられていると解しえるから、債権者は所謂授権決定(取毀命令)を得た上で債務者の費用を以つて取毀しができるとするもの、であるがいずれの見解をとる者といえども、法律上の構成に相違こそあれかかる仮処分違反は排除すべきであり、その効果は徹底されるべきであるとすることに異論はない筈である。

四、抗告人は従来の大阪地方裁判所の態度、見解に鑑みて消極説であるところの、前記その一の第一次仮処分の違反を理由に、新たなる断行の仮処分(以下第二次仮処分という)を以つて、第一次仮処分に違反してなされた相手方等の現状変更部分(別紙目録(二)(三)の各(ロ)記載の建物)を除去する仮処分申請をなし、且つ、更に将来現状変更の虞あるを以つて、第一次仮処分の目的物件(別紙目録(二)(三)の各(イ)記載の建物)についても除去を求める仮処分申請をなした次第である。抗告人の仮処分申請の趣旨には、前記両者を一括して、

「被申請人木下は別紙目録(二)の(イ)(ロ)記載の建物を、被申請人福井は別紙目録(三)の(イ)(ロ)記載の建物を、それぞれ本決定送達の日から三日以内に収去してそれぞれその敷地を明渡さなければならない。」と主張しているが、決してこの申請の趣旨を固執していたものではなく、昭和三四年一〇月二〇日付抗告人提出の準備書面においても明らかなように、予備的に、第一次仮処分の目的物件の除去を求める仮処分申請が失当であるというのであれば、抗告人は右の部分については相手方等の占有を解いて執行吏保管のみを申請するものであり、更にそれも失当であるというのであれば、第一次仮処分の現状変更部分丈でも除去する旨の仮処分を申請しているものである。

五、原決定は抗告人に被保全権利の存在すること、及び相手方等が第一次仮処分に違反して別紙目録(二)(三)の各(ロ)記載の建物を増築した事実を認定しながら、唯、第二次断行の仮処分申請は抗告人において保全の必要性がないとしてこれを却下したのである。即、原決定は保全の必要性の判断において、

(1)  抗告人が本件土地の明渡をうけ、これを使用することにつき一刻を争うほどの緊急な必要性がない点、

(2)  第一次仮処分違反の増築部分の規模、構造上その収去につき費用的技術的に著しい困難をきたすものとは認められない点、

(3)  本案訴訟の維持追行上特段の困難をきたすものとは解せられない点、

(4)  相手方等の生活上の利益、

等を考慮した上で「一応将来においても再び被申請人等が同種の現状変更行為をくり返す虞が強いことを予測させることは拒みがたい」と認定しているにも拘らず、断行的仮処分の保全の必要性なしとしているのである。

六、およそ、現状維持の仮処分に違反して現状が変更された場合、しかも、将来においても再び相手方等において同種の現状変更する虞が強いような場合の第二次断行的仮処分の保全の必要性は、通常の断行の仮処分と同じ規準に立つて回復しがたい著しい損害を避けるため、緊急にしてやむを得ない場合に限り在ると断じてよいものであろうか。

場合を分けて考える。

(1)  現状変更部分(目録(二)(三)の各(ロ)の建物)の除去を求める仮処分の保全の必要性の問題。

違反部分の除去は、新たなる断行の仮処分をもつてしなければならないとする消極説といえども、それが第一次仮処分違反の結果を除去し、目的物を第一次仮処分の現状に復旧させる意味での裁判所の処分であり、その方法が新たなる第二次断行の仮処分という形で行われるものであるという限りにおいて、通常の断行の仮処分とは保全の必要性の判断の規準を異にしなければならない類のものである。

現状維持の仮処分に違反した場合の法律上の措置について(大阪地方裁判所においては、)執行吏の権限による除去も授権決定を得ての除去も許さないとの見解(消極説)をとるのであれば、違反せられた申請人側の唯一の救済方法は、新たなる断行の仮処分の申請しかない。その場合において、原決定が要求するような通常の断行の仮処分と同種、同程度の保全の必要性が要件となり、その要件を欠く場合は、裁判所は仮処分違反部分の除去を拒むというのであれば、(通常の断行仮処分における保全の必要性は厳密に判断せられる。)現状維持仮処分の違反は多くの場合黙認の状態に放置されるというべく、かかる現状維持の仮処分は、執行保全の為には何等の効果のない実質的には無意味なものとなつてしまうのであり、仮処分制度の目的は甚しく減却されるのである。如何に消極説をとるといえども、仮処分の違反があると認定される以上、仮処分違反の結果は断行の仮処分を以つて除去し、第一次仮処分の状態に復旧せしめるという点に最後の線はひかれなければならない。消極説、積極説といえども、執行保全の目的でなされる仮処分の必要性と、その効果を徹底させ、仮処分違反に対する救済方法としての各説であり、その根本には仮処分違反の結果の除去ということが前提となつているのである。

されば、相手方等において現状変更の状態にある以上、直ちに変更部分を除去する必要性は存在するのであり、この場合抗告人の使用の緊急性とか、収去の難易とか、本案訴訟との関係とか、相手方等の生活利益とかの問題は保全性の判断からは一応除外されるべきである。

つまり第一次仮処分命令の違背という事をもつて、第二次仮処分の要件たる保全の必要性ありとしなければならないのである。

(2)  第一次仮処分の目的物件(別紙目録(二)(三)の各(イ)の建物)の除去を求める仮処分の保全の必要性の問題。

この場合の保全の必要性は現状を変更したという「過去」の違反行為から推測して、更に現状を変更するかもしれないという「将来」の危険に対する保全という点から判断されるべきである、とするならば相手方等に対しては、第一次仮処分においてその趣旨を十分説明し、且、公示板を貼付けて絶えず注意をかん起させていたにも拘らず、かかる違反行為に出て、しかも相手方福井においては公示板を破棄する行為までなしているのであつて、将来再び仮処分に違反して現状を変更する虞は多分にあるのである。原決定もこの事実を認め、「一応将来においも、再び被申請人等が同種の現状変更行為をくり返す恐が強いことを推測させることは否みがたい。」ことを認定しているものであるから、これが予防のため、第一次仮処分目的物件を除去するか、或いは、相手方等の当該物件に対する占有使用を排除する意味で、当該部分について相手方等の占有を解き、これを執行吏の占有に移す仮処分の保全の必要性は本件において十分あるのである。

七、原決定はその保全の必要性の判断において、特別事情に関する考察をも併せてなしているものであつて、明かに判断を誤つたものである。即ち、第二当裁判所の判断三の保全の必要性の存否の判断(4) において「右被申請人等はいずれも本件各所有建物における露天商での営業利益を以て細々とした生計をたてているもので、本件仮処分により右各建物を収去してその敷地を明渡すべきこととなつた場合には、いわば唯一の生活の根拠を失うにひとしい結果となることは推測にかたくないところである。これに対し、申請人がいま直ちに本件土地の明渡を受け得ないことによる損害はさ程著しいものと認めがたい……。」と認定して、相手方等の仮処分をうけたことにより蒙る損害と、抗告人の仮処分をなさないことにより蒙る損害とを比較衡量して抗告人の仮処分をなさないことにより蒙る損害をより少しとしているのである。

一般にこの種の特別事情に関する判断は、被保全権利及び保全の必要性が認定されるにも拘らず、なお且つ仮処分を許すべきか否かの場合に判断されるべき事項であつて、保全の必要性の有無の判断において考慮さるべき事項ではなく、別個に区別して論じられなければならない事項である。によつて、保全の必要性の判断中において前記特別事情をも考慮している原決定はその判断にあやまりがある。仮に、保全の必要性の判断中において特別事情を加味して判断され得るとしても、前述第一次仮処分違反部分収去の断行仮処分においては、特別事情を考慮する余地は全然ないというべきである。

八、原決定の保全の必要性の判断の根本的底流をなすところの相手方等の生活権保護の思想は法を無視した生活権の保護であり、違法の認許である。思うに、生活権の保護ということも、事と場合によつては結構なことであるが、それはあくまで法律に従つて生活する者の生活権の保護でなければならない。本件の場合をみるに、相手方等は他人の土地を不法に占拠し、相手方等の生活も十分考えて明渡を一時猶予した抗告人の好意を無にするのみか、それを楯にとつて延々十年余に亘り不法占拠を継続し、土地明渡の意思の片鱗すらみせないのである。更に、本件に明らかなように、現状維持の仮処分に対し、これに違反して現状を変更してはならない趣旨の十分の説明をうけ、且つ、公示板を貼付して絶えず注意をかん起させていたにも拘らず、これを無視して現状を変更し、相手方福井においては公示板を破棄するという暴挙をなしているのである。

かかる法によつて保護せられている他人の正当な権利を侵害し、その上に成り立つている相手方等の生活権というものは果して国家が保護すべき適法な権利といえるか、断じてそうではない。即、相手方等は、本件仮処分において保護されるべき何等の生活上の権利を持たないものである。

九、以上述べたとおり、相手方等は第一次仮処分に違反して現状を変更しており、又、将来もその虞が多分にある者であるから、現状変更部分の除去並びに第一次仮処分の目的物件については、そのものの除去、或いは執行吏保管を求める抗告人の申請は十分理由があると信ずる。

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