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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)91号 決定 1959年6月16日

抗告人 津田[享力] 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

為替手形金債務の履行遅滞による引受人の商事法定利率による遅延損害金債務が、手形法四八条一項二号二八条二項の規定による引受人の法定利息債務と理論上競合して存在しうるとしても、およそ為替手形債務について、引受人に遅延損害金支払の義務があるとするにはまず手形権利者が手形を呈示して支払を求めねばならないことはいうまでもなく、ことに支払呈示期間後における引受人に対する為替手形の支払のための呈示は、たとえその手形に支払地や第三者方払の記載があつても、引受人の現時の営業所、もし営業所がないときはその住所でなされねばならない(商法五一六条二項五一七条)。それゆえ為替手形金に対する支払呈示期間後の呈示にかかる遅延損害金債務の義務履行地は、支払呈示期間後の為替手形債務のそれと同じく、手形債務者の営業所、もし営業所がないときはその住所である。手形は裏書の方法によつてこれを譲渡し得ることはもちろん、債権譲渡の方法によつてもこれに譲渡することができるが、支払呈示以後の遅延損害金債権もまた、裏書あるいは債権譲渡のいずれの方法によつても、これを移転することができるのである。また債権譲渡の方法によつて譲渡した場合、それが手形自体であつてもあるいは遅延損害金であつても、民法の規定による債務者に対する対抗要件をみたすほか手形の交付が必要であるのは、有価証券の性質上当然である。したがつて債権譲渡の方法による遅延損害金債権の譲受人がその支払を受けるにはその所持にかかる手形を呈示しかつこれを引換にすることを必要とすることは、裏書の方法による遅延損害金債権の譲受人の場合と異らない。そうすると支払呈示以後の遅延損害金債務は持参債務ではなく、取立債務であると解するのが相当である。

本件訴訟の被告らの被相続人鈴木堅造の本訴提起の時の営業所(住所)は、岩手県宮古市であることは記録上明白であるから、本件訴訟は盛岡地方裁判所の管轄(盛岡地方裁判所の事務の一部を取り扱う同地方裁判所宮古支部もまた、盛岡地方裁判所の管轄に属する本件訴訟を取り扱い得るのであるが、右鈴木堅造の承継人五名のうち被告鈴木政広のみが現在宮古市に住所を有しその他はすべて盛岡市に住所を有し、他方原告らは大阪市に事務所を有することが記録上明らかであるから、当事者双方のため著しい損害又は遅滞を避けるため、盛岡地方裁判所が本件訴訟を取り扱うのが相当であると認められる。)に属し、大阪地方裁判所の管轄に属しないというほかはない。

他に記録を調べてみても、原決定にはこれを取り消すべき違法の点はなく、本件抗告は理由がないから民訴法四一四条三八四条九五条八九条九三条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

抗告の理由

(一) 原裁判所である大阪地方裁判所は昭和三十四年三月二十四日相手方等の被相続人(本訴被告鈴木堅造)の申請に基き抗告人等(以下原告等と指称する)を原告相手方等(以下被告等と指称する)を被告とする大阪地方裁判所昭和三十二年(ワ)第一〇八六号手形金請求事件に付き右訴訟に於ける原告等の手形金並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三十三年三月二十九日から支払済まで法定利率による遅延損害金の各支払いを求める請求は被告等の普通裁判籍所在地の裁判所及び主たる手形金の義務履行地の裁判所が何れも盛岡地方裁判所であり、又手形金の債務不履行による遅延損害金債権は本来の債権である手形金債権の内容の拡張たる性質を有するものであり、本来の債権である手形金債権は呈示証券性受戻証券性を有する取立債務であり(手形法第三八条第三九条)、遅延損害金と同じく本来の債権である手形金債権の内容の拡張たる性質を有する手形金に対する利息債権も本来の債権である手形金債権と同じく呈示証券性受戻証券性を有する取立債務である(手形法第四八条、第五〇条)から、本訴請求は盛岡地方裁判所の管轄に属し、債権者の住所地の裁判所である大阪地方裁判所の管轄には属しないから民事訴訟法第三〇条第一項を適用して本件を盛岡地方裁判所に移送する旨の決定をなした。

(二) しかしながら先ず右訴訟において原告等の請求するのは手形金四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三十三年三月二十九日から支払済に至るまでの法定利率による遅延損害金である。訴状には「本件手形金及び満期日より完済に至るまでの法定利息の支払いを求む。」と記載されているが、右の趣旨は手形金に対する満期日より完済に至るまでの法定利率の割合による遅延損害金の支払いを求めるという意味である。

注(イ) 原告等は、原告等提出に係る昭和三十二年五月三十一日附準備書面に於て前記訴状原因第四項を左記の通り訂正した。

「そこで右手形の所持人である原告は夫々引受人である被告に対し本件手形金及び満期日より完済に至るまでの遅延損害金を求むべく本訴提起に及んだ次第である。

(ロ) その後原告等は遅延損害金の損害金の請求について昭和三十三年二月五日午前十時大阪地方裁判所第二十七民事部法廷に於ける口頭弁論期日において遅延損害金は訴状送達の日の翌日より求める旨陳述した。

本件の様に金銭債権に対する遅延損害金の支払いを請求する際には、たとえそれを利息と称しても損害金の趣旨であることはつとに判例の示すところである(大審院明治三十三年十月二日判決、同年十二月二十日判決)。

(三) しかしてかように本訴において原告等は被告等に対し(1) 手形金及び(2) これに対する訴状送達の日の翌日である昭和三十三年三月二十九日から支払済までの債務不履行による遅延損害金の支払いを求める二個の請求を併合しているわけであるが債務不履行による遅延損害金の義務履行地は本来の手形金債務の義務履行地とは関係なく債権者の住所地と解すべきである。遅延損害金は本来の手形債務が債務不履行に陥つたことにより生ずるものであつて、手形金債務を前提とはするがそれ自身でないことは勿論、手形金債務とは別個のものである。また本件の遅延損害金債務の義務履行地については何等の特約はなされて居らないのであるから特段の定めのない以上その義務履行地は債権者の住所であるとすることは商法第五一六条第一項に定めるところである。これらの点を実質的に考えてみても債務者が履行遅延に陥つた以上同人に対する制裁の意味から言つても当然遅延による損害は債権者の住所に持参するのが当然である(この意味では手形法第四八条第一項二号の法定利息もその本質は損害金であり債権者の住所において支払われるべきものである。)。即ち手形債務の不履行に因る遅延損害金は持参債務であると思料するものである(同趣旨判例長野地方裁判所松本支部大正三年一月十四日判決大阪地方裁判所大正八年九月二十六日判決)。

従つて本件において被告等に対し訴状送達の日の翌日から支払い済に至るまで法定利率による損害金の支払いを求める請求についてはその義務履行地である債権者の住所地「大阪市」を管轄する大阪地方裁判所が管轄裁判所である。

四 しかして、前記の如く本件において原告等は右遅延損害金の支払い請求と手形金の支払い請求の二個の請求を一個の訴において併合して請求して居るのであるからその内の一個である遅延損害金支払請求について管轄権を有する大阪地方裁判所に手形金支払請求の管轄権のあることは民事訴訟法第二十三条の定めるところである(この点併合された請求に本件の如く主従はあつても二個以上の請求ある限りその主従によつては右規定の趣旨を左右すべきではない。)。

(五) よつて本件については大阪地方裁判所がその管轄裁判所であり、従つて原告等が右裁判所に本訴を提起したのは正当であり、本件につき大阪地方裁判所に管轄権なしとする同裁判所の原決定は不当であつて取り消さるべきである。

なお本件事案については札幌高等裁判所函館支部昭和三十一年四月二十七日の決定(高裁民事判例集第九巻第五号第三〇九頁参照)があり、抗告人等の主張と同趣旨であることを附言する。

よつて本件抗告に及んだ次第である。

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