大阪高等裁判所 昭和35年(う)1901号 判決 1961年5月16日
控訴人 神戸地方検察庁検察官次席検事 門司恵行
被告人 焦振淹 弁護人 岡本徳
検察官 山根正
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月及び罰金五〇、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することがきでないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
押収にかかるスイス製腕時計ツガリス四〇個、同モリス金側一八個、同モリス、クローム側一八個(いずれも平岡政子に対する関税法違反事件証拠物として広島地方裁判所呉支部保管)を没収する。
被告人から一九一、一二八円を追徴する。
理由
本件控訴趣意は、検察官門司恵行作成の控訴趣意記載のとおりであり、これに対する弁護人の意見は弁護人岡本徳作成の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
原判決は、被告人が密輸入品であることを知りながら第一、氏名不詳の中国人船員からスイス製男物腕時計エニカ一五個(課税価格合計三六、〇〇〇円関税合計一〇、八〇〇円)の売却方を依頼され、これを掘井一武に売却して右処分のあつせんをし、第二、氏名不詳の中国人船員から同エニカ一〇個(課税価格合計二五、〇〇〇円関税合計七、五〇〇円)の売却方を依頼され、これを掘井一武に売却して右処分のあつせんをし第三、中国人船員徐某からスイス製男物腕時計モリス金側二〇個(課税価格合計五四、〇〇〇円関税合計一六、二〇〇円)同クローム側二〇個(課税価格合計五〇、〇〇〇円)関税合計一五、〇〇〇円)同女物腕時計ツガリス五〇個(課税価格合計九〇、〇〇〇円関税合計二七、〇〇〇円)の売却方を依頼されて預り、これらを保管した各事実を認めた上、右時計のうちツガリス四〇個、モリス金側一八個、同クローム側一八個を没収し、その余の時計はこれを没収することができないとしながら、昭和三三年三月五日最高裁判所大法廷判決を根拠とし、関税法第一一八条第二項の犯人中には犯罪貨物の所有者でないことが明らかな犯人を含まないと解釈し、被告人は判示時計全部についてその所有者とは認められないから、右没収することができない各時計の価格を被告人から追徴すべきでないとして、被告人に右価格の追徴を命じなかつたことは、控訴趣意に指摘されているとおりである。
ところで原判決は終戦後数次の改正を経て設けられた関税法第一一八条第二項が、追徴すべき犯人を犯罪貨物の所有者に限定しないのは、規定上の不備であるとし、その改正を要望する趣旨を判示しているので、犯罪貨物に関する没収、追徴の規定の変遷をたどつてみることとする。まず昭和二三年七月七日法律第一〇七号による改正前の関税法は、輸入禁制品の輸入を図り又はその輸入をした者(第七四条)、関税の逋脱を図り又は逋脱した者(第七五条)、右第七四条及び第七五条の犯罪に係る貨物の運搬、寄蔵、収受、故買又は牙保をした者(第七五条の二)、免許を受けないで貨物の輸出若しくは輸入をし又はしようとした者(第七六条)を処罰し、第七四条、第七五条の犯罪にかかる貨物を没収すべく、もし没収することができないときはその価額から関税及び消費税に相当する金額を控除した金額を犯則者から追徴する(第八三条)こととなつており、第七五条の二の犯罪にかかる貨物の没収を定めておらず、昭和二三年法律第一〇七号による改正によつて、第七四条、第七五条及び第七六条の犯罪にかかる貨物で犯人の所有又は占有にかかるものは、これを没収すること、もし没収することができないときは、その物の原価に相当する価額を犯人から追徴するとしたが(第八三条)、第七五条の二に相当する第七六条の二の罪の貨物については依然没収すべきことを定めなかつた。ところが、昭和二五年四月三〇日法律第一一七号によつて改正された関税法第八三条には、第七四条、第七五条若しくは第七六条の犯罪に係る貨物、その犯罪行為の用に供した船舶又は第七六条の二の犯罪に係る貨物にして犯人の所有又は占有に係るものはこれを没収すると規定され、追徴については改正前の規定がそのまま据え置かれており、これによつてみると、没収の対象者が漸次拡大され、犯罪貨物の所有者のみならず、占有者とくに犯罪貨物の運搬、保管、牙保をした者にも没収を命ずべく、追徴の対象者は没収のそれと同じであつて、とくに制限をしていないことが明らかである。そして昭和二九年四二日法律第六一号によつて関税法全般にわたつて改正がなされたが、その現行第一一八条は「犯人の所有又は占有にかかるもの」という文言を削除されているだけで、その趣旨は改正前と同じであるから、犯罪貨物の牙保、保管、運搬をした者も追徴の対象者としているとともに、その第一項第二号、第二項によつて第三者が犯罪当時から引続いて情を知らないで犯罪貨物を所有している場合には、犯人からその貨物の犯罪時の価格に相当する金額を追徴することを定めていることに徴し、追徴の対象者を所有者に限定していないことは異論の余地はない。そして判例についてみると、昭和二三年法律第一〇七号による改正後の関税法第八三条第三項にいわゆる「犯人」とは、密輸入者およびその従犯、教唆犯はもとより密輸入品たるの情を知つてその運搬、寄蔵、収受、故買または牙保をなしたものをも包含することは、昭和三三年一月三〇日最高裁判所第一小法廷判決(集第一二巻第号 九四頁参照)および昭和三五年一〇月一一日同第三小法廷判決(集第一四号一二号一五四四頁参照)によつて示されているとおりである。この趣旨は、現行法第一一八条第二項の「犯人」についても異なることはない。しかるに原判決は、前記のとおり判示第三の犯罪貨物である前記時計の一部スイス製腕時計ツガリス四〇個、モリス金側一八個、モリス、クローム側一八個(以上いずれも平岡政子に対する関税法違反被告事件の証拠として広島地方裁判所呉支部に領置)について、それらが被告人の所有に属しないことを認めながらこれを没収し、没収することができないその余の時計について、右犯人中犯罪貨物の所有者でない者を含まないとして、その価格の追徴を命じなかつたのは、論理の一貫性を欠いた独自の解釈によつたものという外はない。
弁護人は、判示第一、第二の各時計は、被告人のあつせんによつて情を知つてこれを有償取得した判示掘井一武に対する関税法違反被告事件について、昭和三五年一二月一三日岡山地方裁判所は被告人堀井一武に対し、その価格の追徴を言渡し、その判決はすでに確定し、又判示第三の時計は被告人のあつせんにより情を知つてこれを有償取得した平岡政子に対する関税法違反被告事件について、広島地方裁判所呉支部は、被告人平岡政子に対し、判示スイス製腕時計ツガリス四〇個、同モリス金側一八個、同モリスクローム側一八個を没収し、その他の時計は、これを没収することができないとして、その価格の追徴の言渡をしているから、被告人に対し重ねて追徴を言渡すべきではなく、このことは前記昭和三三年三月五日の大法廷判決の趣旨にも合致し、被告人に追徴を言渡さなかつた原判決は正当であると主張する。しかしこの判決は、追徴に関する従来の解釈を全面的に変更したものとは考えられず、ただともに起訴された共犯者中の一人または数人が犯罪貨物の所有者であることが明らかなとき、その者にのみ追徴を命じてもよく、かくすることは憲法第一四条に違反しないとするにすぎず、本件には適切でないのみならず、関税法が必要的没収及び追徴を規定しているのは、単に犯人の手に不正の利益を留めずこれを剥奪せんとするに過ぎないのではなく、犯罪貨物又はこれに代るべき価格を犯人連帯の責任において納付させ、もつて、密輸入の取締を厳に励行しようとした趣旨に出たのであるから共犯者全員に追徴を命ずべく、なお共犯者全員に追徴の言渡の判決があつても、その全員に対し重複して全部につき執行を許されるのではなく、その中の一人に対し執行が了れば、他の者には執行しえない関係となることは最高裁判所の判例の示すところである。(昭和三三年三月一三日第一小法廷判決集一二巻三号五二七頁昭和三五年二月一八日第一小法廷判決集一四巻二号一五三頁参照)又前記昭和三五年一〇月一一日の第三小法廷判決には、密輸入貨物を情を知つて買受けた者、これを右買受人から情を知つて預り保管した者らを共同被告人とした事件について、同趣旨の判断が示されている。
ところで、当審において取調べた被告人掘井一武及び同平岡政子に対する各関税法違反被告事件の判決書謄本によると、弁護人主張の前記事実を認めることができるが、右各追徴の言渡の事実があつても、なお本件被告人に対し追徴の言渡をすることが、関税法の必要的没収追徴を規定した前記趣旨に適合するというべきである。そして掘井一武又は平岡政子の各追徴の執行がなされたかは明らかでないが、右各執行がその目的を達しなかつた場合、その範囲内において、さらに本件被告人に追徴の執行をすることが、右法の趣旨を全うすると考えられる。
以上により被告人に対し前記追徴の言渡をしなかつたのは、法令の適用を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかであり、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条、第四〇〇条但書に従い原判決を破棄し、更に裁判をすることとし、原判決認定の事実は関税法第一一二条第一項に該当するから、犯情により懲役及び罰金を併科し、刑法第四五条、第四七条、第一〇条(判示第三の罪が重い)第四八条第二項を、懲役刑の執行猶予について、同法第二五条第一項、罰金不完納の場合の労役場留置について同法第一八条を、没収について関税法第一一八条第一項本文を各適用し、なお判示第一のスイス製腕時計エニカ一五個(時価七六、五〇〇円)判示第二のスイス製腕時計エニカ一〇個(時価五三、〇〇〇円)判示第三の時計中スイス製腕時計モリス金側二個(時価一一、七一八円)同クローム側二個(この価格一〇、八五〇円及びスイス製腕時計ツガリス一〇個(この価格三九、〇六〇円)はいずれも没収することができないから同条第二項により被告人から右合計価格に相当する金額を追徴することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松村寿伝夫 裁判官 小川武夫 裁判官 柳田俊雄)