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大阪高等裁判所 昭和35年(く)39号 決定 1960年6月30日

少年 U(昭一八・二・一生〕

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は

本件少年が昭和三五年三月一五日頃四〇〇円を恐喝した事件は、少年が前非を悔い真人間になろうとして自首したものである。少年の母は若くして夫に生別し、女の細腕で三人の子女を養育して来た。少年の異父兄Bは少年時代より手癖が悪く、今は刑務所に入つているが、少年は中学校を出るまでは悪事を働いたことなく、「兄さんの様な悪いことはしない」と言つていたが、たまたま失業中悪友のために初犯をおかした。今回、少年は昭和三五年二月一〇日頃までは真面目に働いていた。少年の母は五十歳の坂を越し、少年一人を頼りにして、高砂市職安失対事業のニコヨンとして身を粉にして細々と生活しており、少年の「今度は真面目になつて、お母さんを安心させます」と誓つているのである。今回の少年院送致の処置は苛酷であるのみならず、少年の兄Bの度重なる入所の経験によつても施設に収容されることは少年に取つてプラスになるとは思われない。抗告人が母親の愛情で少年を善導するから少年を母の手に返して貰いたい。

というのである。

よつて本件保護事件記録及び少年調査記録を精査するに、なるほど原決定が非行事実として認定しているところは、少年が昭和三五年三月一五日頃兵庫県高砂市○○町○○材木店前倉庫裏側でT(当時一八歳)の顔面を平手で殴打し、同人を畏怖せしめて同人より現金四〇〇円を喝取した事実であり、少年はかかる犯行をなし、これを昭和三五年三月二二日午後一〇時四〇分頃明石警察署に自首していることが認められるのであるが少年の非行歴は古くから始まつており、昭和三四年七月一日には、将来罪を犯す虞がある少年として保護観察の保護処分に付せられたことあり、その当時少年は、知能指数58・魯鈍級又は限界域下位、易怒性、爆発性、粘着傾向が異状に顕著で、てんかん性精神病質と精神薄弱とが併存し、かかる性格はその後も改善されておらず、昭和三五年三月には前示四〇〇円の恐喝以外にも数回の恐喝を行つている嫌疑は濃厚であり、少年の家庭環境、少年の母の保護能力は現在の少年の非行的性格の矯正、改善には不適当である。本件医療少年院送致の決定は、その処分が著しく不当であるとは認められない。

よつて少年法第三三条第一項少年審判規則第五〇条により本件抗告を棄却する。

(裁判長判事 奥戸新三 判事 塩田宇三郎 判事 青木英五郎)

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