大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1000号 判決 1962年8月31日
控訴人 被告 奥田利一
訴訟代理人 土井一夫
被控訴人 原告 井田宗夫
訴訟代理人 山口吉美
主文
原判決を左の通り変更する。
控訴人は被控訴人に対し金一六万一、五八八円及びこれに対する昭和三一年六月一日以降完済に至るまで年一割八分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその一を被控訴人の負担としその余は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述証拠の提出援用認否は、控訴代理人において、「控訴人が預り金名義で控除せられていた金五万円を被控訴人から交付を受けた日を昭和三一年一月二五日と原審で主張したのは同月二六日の誤であるから右のとおり訂正する。右五万円は被控訴人が担保不動産に対する登記費用が必要であるとの理由で、控訴人が年末緊急の必要から金借する弱味に乗じ、このような多額な登記費用は必要としないのに拘らず、そのように詐つてこれを差引き交付せずその後前叙の如く翌年一月二六日に至り、司法書士北田基司を通じ、登記費用二、七〇〇円を差引き、残額四万七、五〇〇円を控訴人に交付したのであるから、右金五万円については同日消費貸借が成立したものである。従つて利息制限法第二条の適用上受領額を定めるについては、原審で主張したみなし利息一万二、〇〇〇円は控除しないでも、昭和三〇年一二月二六日から、翌年一月二五日までは金二一万四、〇〇〇円、同月二六日から同月三一日までは金二六万四、〇〇〇円として計算すべきものである。右計算に従うときは同日現在の残元本額に相違を生じ相殺によつて消滅する金額は増加する筈である。控訴人が本件金員を借受けた際、被控訴人は借受金中より金五、〇〇〇円を火災保険料の預り金の名目でこれを差引いた。金融業者が建物を担保に金を貸すとき貸金回収を安全ならしめるため、保険金の受取人を貸主とし、借主の負担で貸主が保険契約を締結するのを通例とするが、被控訴人は、前叙の如く、保険料として五、〇〇〇円を差引きながら、事実保険契約を締結しておらず、担保不動産は競売せられて第三者のものとなり、保険契約締結は不能となつたので、右五、〇〇〇円は控訴人に返還すべきものであり、控訴人は右返還債権と本件債権とを対当額において相殺する。控訴人は被控訴人に対し昭和三一年二月分から同年四月分迄毎月金一万八、〇〇〇円宛同年五月分金一万六、〇〇〇円(この点は原審で一万八、〇〇〇円と主張したのを訂正する。)の利息を前払しているが、この利息は元本受領額に対する利息制限法所定の利息を遥に超過するところ、右超過部分は元本の支払に充てたものとして計算し、昭和三一年六月一日現在の借受金の残額を算定すべきものである。」と述べ、証拠として「乙第三号証を提出し、証人北田基司、控訴本人奥田利一の尋問を求め、甲第四号証の一、二同第五号証はいづれも不知。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人主張の金五万円は控訴人が被控訴人に差入れた不動産中の土地の地目が登記簿上田となつていたので、被控訴人は控訴人に対し地目を宅地に変更するよう求めたところ、控訴人は北田司法書士にその変更方を依頼し、右被控訴人から受取つた借用金の内から五万円を右司法書士に費用として預けたものであり、被控訴人の与り知らないものである。故に右金員についての控訴人の当審における主張は失当である。火災保険料五、〇〇〇円については、控訴人が担保不動産に火災保険を付けることを被控訴人に依頼し、金五、〇〇〇円を託したので、被控訴人は控訴人のため、昭和三〇年一二月二九日同和火災海上保険株式会社と保険金五〇万円の火災保険契約を締結し、保険料金三、八五〇円を支払い、残一、一五〇円はこれを控訴人に返還した。故に右五、〇〇〇円につき控訴人が被控訴人から返還を受くべき債権ありとする相殺の抗弁は理由がない。
なお控訴人は本件貸金の交付を受けたとき手数料を仲介人及び被控訴人に支払つたと主張するが、被控訴人はこれを受領した事実はない。」と述べ、証拠として「甲第四号証の一、二同第五号証を提出し、被控訴本人井田宗夫の尋問を求め、乙第三号証の成立を認める。」と述べた外いづれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
理由
控訴人が昭和三〇年一二月二六日被控訴人から弁済期昭和三一年一月末日、利息月六分前払の定めで金三〇万円を借受ける約定をしたことは控訴人においてこれを認めるところである。
被控訴人は右約定通り金三〇万円を交付した旨主張するに対し、控訴人は、金一万八、〇〇〇円昭和三〇年一二月二六日から同年同月三一日までの利息、金一万八、〇〇〇円昭和三一年一月分の利息、金五万円預り金、金一万二、〇〇〇円みなし利息、合計九万八、〇〇〇円を差引かれ結局金二〇万二、〇〇〇円の交付を受けた旨主張するので、先づ右交付金額を按ずるに、当審被控訴本人尋問の結果によりその自書したものとして成立を認めることのできる乙第一号証と原審及び当審における控訴本人尋問の結果(後に信用しない部分を除く)並に原審証人中村修悟の証言によると、右乙第一号証は本件貸借の際の計算書であつて、控訴人は同号証記載通り、八万六、〇〇〇円を差引かれ、二一万四、〇〇〇円の交付を受け、その中から火災保険料として五、〇〇〇円を被控訴人に預けたものと認定するのが相当である。被控訴本人の原審及び当審での右認定に反する「三〇万円全額を交付した。」旨の供述、控訴本人の原審及び当審における「右認定額以上になお差引かれた額のある。」旨の供述はいづれもたやすく信用し難く原審証人中村修悟の「三〇万円の内五万円は担保不動産の地目変更のための費用として預り残り二五万円を控訴人に渡しこの際二ケ月分の月七歩の利息を天引した。」旨の証言中七歩とあるは、六歩の誤りと判断すべく、以上の外には右認定に反する証拠はない。従つて被控訴人の本件貸金全額を交付した旨の主張並に控訴人の右認定額の外なお一万二、〇〇〇円のみなし利息を天引された旨の主張はいづれも採用できない。
そこで右金三万六、〇〇〇円の天引利息は利息制限法第二条により一部元本に充当せられることになるのであるが、その計算関係を明かにするには、右預り金五万円を当初の受領額に加えるべきか否かの点を判定せねばならないので、先づこの点を按ずるに、当審証人北田基司、原審証人中村修悟の各証言及び原審と当審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、右五万円は当時本件貸借の担保土地の一部が公簿面上農地となつており、その地目変更ができた上で控訴人に交付するということで一時留保せられ、被控訴人から中村修悟を介し北田基司に預けられ、漸く一ケ月後の昭和三一年一月下旬北田より控訴人に交付せられたものであつて、本件貸借の仲介人なる右中村においても「右五万円は地目変更の登記が完了し始めて貸金になる。」としている事実を認定することができる。右認定に反し「右五万円は控訴人から北田に預託せられたが一週間位で控訴人の奥さんに返された。」旨の原審及び当審における被控訴本人の供述はたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして右認定の如くその理由が担保不動産の取引上の安定性に対する顧慮に出ているとはいえ、貸主より借主に交付することを一時留保せられ第三者に預託せられた金員は後日現実に借主に交付せられて始めて消費貸借の元本として要物性を充足するに至るが、それまではいまだ消費貸借の元本と云うをえない筋合であるから、当初の受領額を決定するについては右五万円を差引くのが相当である。
よつて次に天引利息の元本充当の計算関係を明かにする。弁済期日たる昭和三一年一月三一日までの利息として金三万六、〇〇〇円を、預り金として留保せられた金五〇、〇〇〇円をそれぞれ天引せられたので当初の現実受領額は金二一万四、〇〇〇円であり、これに利息制限法第一条の年一割八分をもつて当初より一ケ月間の利息を計算し、その翌日より後の受領額は右金額に一時留保してその頃交付せられた金五万円を加算した金二六万四、〇〇〇円であるから、同じく弁済期まで六日間の利息を計算した合計額を、天引利息金三万六、〇〇〇円より控除した額が元本に充当せられたことになり、弁済期には元本三〇万円より右充当額を差引いた額を支払えばよいことになる。算数式は左の通り。
300,000円-{36,000-(214,000×0.18×1/12+264,000×0.18×6/365)}= 267,991円
すなわち金二六万七、九九一円が昭和三一年二月一日現在の元本額となる。
次に控訴人は被控訴人に対し昭和三一年二月分から同年四月分まで毎月金一万八、〇〇〇円宛、同年五月分金一万六、〇〇〇円の遅延利息を前払しているから、この額中利息制限法超過部分は元本の支払に充てたものとして計算し、同年六月一日現在の残額元本を算定すべき旨主張するけれども、利息制限法第一条第二項の規定は右控訴人の主張するように解釈すべきものでなく、任意支払つた超過部分は返還を請求しえない外、当然に元本に充当せられることもないものと解するのが相当であるから右主張は採用し難い。
次に控訴人は右の如く控訴人が遅延利息を支払つたのは、弁済期当時元本がいまだそのまま残つているものとして計算した月六分の金員を支払つたのであるが、利息制限法第二条による天引利息の一部の元本充当の結果、弁済期当時元本が減殺を受けている以上、一部は超過支払即ち非債弁済であり、返還請求権があるから対当額で相殺する旨抗弁するから按ずるに、昭和三一年二月分以降五月分までの遅延利息として控訴人主張の額の支払のあつたことは被控訴人の認めるところであるが、控訴人は右いづれも前払と主張するに対し、被控訴人は二、三月分が前払であつたことは認めるが、その後のものについては四月分につき同月一〇日一万円、同月三〇日八、〇〇〇円、五月分につき四月三〇日一万二、〇〇〇円、五月一一日四、〇〇〇円の各支払であつたと主張するところ、これら支払時期に争ある分については控訴人の主張に副う証拠はないから、被控訴人主張の限度で争のないものとする外はない。然るところ、およそ債務者が違算の結果利息額を過多に計算し、弁済した場合に現実の利息に超過した額は当然元本に充当せられるものであるから、債務者は債権者に対し利息額に超過した金額を不当利得として返還を請求することをえない。(大審院判決大正六年一月三一日民録二三輯七七頁)と解すべきものであるが、本件において控訴人が右相殺を抗弁するのは、要するに過払額を債務額より差引控除せらるべきことを主張しているものたるにすぎず、必ずしも非債弁済による返還債権を自働債権とする相殺と云う法律構成に拘泥するものではないと解せられ、このような法律適用上の判断については、裁判所は当事者の主張に拘束せられるものではないから、右判例理論に従い右各遅延利息弁済金中現実の遅延利息(元金を正しい額に引直して計算した約定の月六分の遅延利息)に超過する部分を一々元本に繰入れる計算を示すと左の通りである。
267,991円……昭和三一年二月分遅延利息の基準元金
267,991円-(18,000円-0.06×267,991円)= 266,070円
……同年三月分同
266,070円-(18,000円-0.06×266,070円)= 264,034円
……同年四月分同
264,034円-(18,000円-0.06×264,034円)= 261,876円
……同年五月分同
261,876円-(16,000円-0.06×261,876円)= 261,588円
……同年六月以降同
すなわち金二六万一、五八八円が昭和三一年六月一日現在の元本残額となる。
最後に控訴人の金五、〇〇〇円の火災保険料近還債権を以てする相殺の抗弁を按ずるに、控訴人は右金五、〇〇〇円は本件貸借についての担保建物についての火災保険料なるところ、被控訴人においてその火災保険を附することなく経過する中、右建物が競売により第三者の有に帰し火災保険を附することは不能となつたと主張するが、当審における被控訴本人尋問の結果と、これにより成立の認められる甲第四号証の一(但しこの写中建物所在番地804とあるは8の4の誤記と認められる)成立に争のない甲第一号証同第三号証の一を綜合すれば、被控訴人は昭和三〇年一二月二九日本件担保建物に、契約者を控訴人とする火災保険を附し、保険料金三、八五〇円を支払い、残りは控訴人の妻に返した事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして右五、〇〇〇円は一旦控訴人に交付せられた金員中から被控訴人に預託せられたものなること前認定の通りであり、みなし利息とせられることのない契約締結費用を任意控訴人において負担したものと認めるのが相当であるから、控訴人は右五、〇〇〇円の返還債権を有することなく、右相殺の抗弁は採用の限りでない。
以上によれば控訴人は昭和三一年六月一日現在の元本残額金二六万一、五八八円から、昭和三二年九月一二日担保建物の競売売得金より、弁済を受けたことを被控訴人において自認している金一〇万円を差引いた金一六万一、五八八円とこれに対する昭和三一年六月一日以降完済に至るまで年一割八分の割合による遅延利息を被控訴人に支払う義務ありというべく、被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるから認容するが、爾余は失当であるからこれを棄却し、原判決は右と異る限度で変更を免れない。よつて民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条を適用し主文の通り判決した。
(裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 宅間達彦 裁判官 井上三郎)