大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)117号 判決 1961年9月08日
控訴人(原告) 北林金
被控訴人(被告) 兵庫県知事
主文
原判決を取り消す。
被控訴人が、別紙目録記載の土地につき昭和二二年一〇月二日付でなした、控訴人に対する買収処分および同目録記載の者らに対する各売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。
訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。
事実及び証拠の関係は、……(証拠省略)……のほかは、原判決の事実記載と同一であるから、それを引用する。
理由
別紙目録記載の各土地はもと控訴人の所有であつたところ、被控訴人は昭和二二年一〇月二日付で自作農創設特別措置法にもとづき、控訴人に対し買収処分をなし、それぞれ同目録記載の者らに対し売渡処分をなしたことは、当事者間に争がない。しかして、成立に争のない甲一二号証、同二三号証の二、証人山口徳男(第二回)、北林芳雄(第一回)、控訴本人の各原審供述によれば、右買収処分は、同法三条一項一号にもとづき、いわゆる不在地主の小作地として行なわれたものであることが認められ、この認定に反する証人山口徳男の第一回供述部分は信用できず、ほかにこの認定を左右する証拠はない。
また、被控訴人は、右条項のほかに同法同条五項六号(昭和二四年法律二一五号による改正前は同項五号)に規定するいわゆる不耕作地にも該当するものと認定して買収した旨主張するけれども、前記信用できない証人山口徳男の第一回供述部分のほかこれを認めるに足りる証拠はない。
ところで、本件土地が小作地であつたという点については、これを認定する証拠がなく、かえつて、証人田中要三(一、二審)の供述により成立を認める甲一ないし八号証及び同供述、成立に争のない甲一八号証、証人松浦一、北林芳雄(一、二、三回)、加藤市郎、閑林正子、山口徳男(一回、前記措信しない部分を除く)、宮野茂雄、宮本常男、控訴本人(一、二審)の各供述及び検証の結果を総合すれば、控訴人は昭和一七年頃本件土地等を開墾して以来、女学校生徒の実習耕作や訴外田中要三の手伝を得て控訴人の家族とともに本件土地及び隣接の同字四六二、四六七、四七〇番地の土地に麦、甘藷、豆類などを耕作してきたが、終戦後は女学校生徒が次第に手を引き、控訴人は女手、子女は在学中、夫は教職にあるなどの手不足に加えて、本件土地が控訴人の住所から遠距離の高台上にある関係もあつて、昭和二一年春頃から翌二二年八月の本件買収計画樹立当時にかけて作柄は粗放となり荒れがちであつたけれども、控訴人らとしては不充分ながら肥培管理を行なつて一応収獲をあげていた事実を認めることができるのであつて、本件農地は控訴人の自作地であるといつて差しつかえない。
したがつて、本件買収処分には、控訴人の自作地を小作地と誤認したかしがあるというべきところ、以上の認定に供した各証拠のほか本件口頭弁論の全趣旨を勘案すれば、昭和二二年八月頃神戸市垂水区垂水地区農地委員会は、訴外舞子部落農会が本件土地を小作しているとの風評にもとづきこれを自創法三条一項一号により買収計画を樹立するにいたつたもので、当時、そのような小作関係の有無について、所有名義人たる控訴人または本件土地附近の居住者等につき調査を行なえば、前記の風評が虚偽であることを容易に知りうる状況にあつたのに、なんら格別の調査方法を講ずることなく、本件農地の現況を視察したのみで買収計画を樹立したものであることを窺うに充分であつて、かかる誤認にもとづく本件買収処分は重大かつ明白なかしを帯び、無効であるというほかはない。
被控訴人は、本件農地が自作地であるとしても、控訴人は訴外田中要三に請負わせて耕作させていたから、自創法三条五項で買収できる、と主張するが、訴外田中要三の耕作が請負にあたらないことさきに認定のとおりであり、かりにそうでないとしても、被控訴人主張のごとき事情により本件の無効の買収処分が治癒または転換によつて有効となると解することはできないから、右主張は採用できない。
本件買収処分が無効である以上、その有効を前提としてなされた本件売渡処分も無効である。
よつて、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであるのに、これを棄却した原判決は取消を免れず、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 亀井左取 杉山克彦 下出義明)
(別紙目録省略)
原審判決の主文、事実および理由
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が別紙目録上段記載の上地につき昭和二二年一〇月二日附でなした原告に対する買収処分及び同目録下段記載の者らに対する各売渡処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。
別紙目録上段記載の各土地(以下単に本件各農地という)はかねてから原告が所有していたものであるところ、被告は昭和二二年一〇月二日附をもつて原告に対し旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三条第一項第一号により買収処分をなし、更に同日付をもつて同法第一六条第一項により別紙目録下段記載の者らに対し同人らか同法施行令第一七条第一項第一号に定める小作人であるとして売渡処分をなした。しかしながら右の買収処分は小作地でない本件各農地を小作地と認定した点で違法である。即ち本件各農地は台地上に存し、他の農地と明白に区別され、その耕作状態は容易に認識し得る状況にあるが、原告及びその家族は昭和一七年頃から開墾に当り、爾来引続き原告において耕作してきたものであつて、農地買収基準時たる昭和二〇年一一月二三日頃は勿論本件売渡処分により本件各農地の売渡を受けたと称する者らが本件各農地を使用するに至るまで自ら耕作していたものである。当時の食糧事情からいつても原告が本件各農地を放置しておく筈はない。なるほど原告は女手であり、夫は教職にあつたが、本件各農地程度の面積は手伝や学生の応援を求めて充分耕作し得たのである。又、原告は勿論のことながらなにびとにも本件各農地の小作を許したことはない。然るに垂水区地区農地委員会は本件各農地の解放によつて利益を受ける附近農民の不実の申告をうのみにしたのか、或は同地区農民のため、自ら本件各農地の引揚を画策したのか舞子部落農会から同部落民が本件各農地を協同耕作している旨の報告があつたものとして当時の耕作者を舞子部落農会と定め、小作地と認定して買収計画を樹立し、被告兵庫県知事は右買収計画に基いて本件買収処分をなしたものである。なお本件各農地と全く同様の条件下にあつた隣接地同字四六七番地の農地について昭和二五年九月一九日付で買収公告がなされたが、原告の訴願により同年一二月二七日同買収計画が取消されているところをみても本件買収処分にかしの存することは明白である。従つて本件買収処分は右のいずれの点からみても明白かつ重大なかしを有する無効な処分であり、かかる無効な処分を前提としてなされた本件売渡処分もまた無効というべきである。よつて被告に対し本件買収並びに売渡処分の無効確認を求める。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。本件各農地がもと原告の所有に属していたところ、被告が原告主張の日に本件各農地の買収並びに売渡をなしたこと、本件農地に隣接する同字四六七番地の農地買収計画に対する訴願が容認され、買収計画が取消されたことは認めるがその余の原告主張事実は争う。
本件各農地は自創法第三条第一項第一号のほか同条第五項第六号(昭和二四年法律第二一五号による改正前は同条第五号)に規定するいわゆる不耕作地にも該当すると認定して買収計画を定め、本件買収処分をなし、売渡に際しては同法施行令第一八条第二号の規定により農業に精進する見込のある者と認められた者らに売渡処分をなしたのである。本件買収処分当時本件各農地について原告が自ら耕作していたことは勿論、他人に請負その他の契約にもとづき耕作をさせていた形跡もない。原告は農耕無経験者でかつ遠距離にあつて自ら耕作することは不可能であつたため、昭和一八年頃まで荒地の状態であつたものを当時兵庫県立第四高等女学校が農業実習地として開墾したが終戦後同校が手を引いてからは放置され、僅かに本件農地に隣接する同字四六二番地、四七〇番地及び四六七番地について訴外田中要三等をして請負耕作をなさしめていたに過ぎない。仮に本件各農地もまた原告の自作地であつたとしても原告は訴外田中要三等をして耕作せしめていたものであるから自創法第三条第五項によつて買収することができるのであり、かつ本件は自作地か小作地か客観的に明白でなかつたのを小作地とみなして買収したに過ぎないから、右買収を無効とする程重大かつ明白なかしがあつたものとはいえない。又同字四六七番地の買収計画が取消されたことは事実を異にする本件各農地に対する処分の効力とは関係なく何らの影響をも及ぼすものではない。
(証拠省略)
理由
原告がもと本件各農地を所有していたところ、被告が右農地につき昭和二二年一〇月二日付で原告に対する買収処分並びに別紙目録下段記載の者らに対する各売渡処分をそれぞれなしたことは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一二号証、同第二三号証の一、二並びに証人北林芳雄(第一、二回)、同山口徳男(第二回)、同森清之助、同柏木治市、同宮野平助の各証言を総合すれは、本件各農地について神戸市垂水区垂水地区農地委員会が昭和二二年八月一九日頃買収計画を樹立したが、右の買収計画においては本件各農地の当時の耕作者は舞子部落農会であり、その所有者は兵庫県武庫郡住吉村八甲田に居住する原告であつて本件各農地は自創法第三条第一項第一号にいわゆる不在地主の所有する小作地に該当するものと認定され、本件買収処分は右計画に基いてなされたこと、又売渡に際しては右舞子部落農会か自創法第一七条の規定による買受の申込をしないとして、自創法施行令第一八条第二号により別紙目録下段記載の者らに本件売渡処分がなされたことが認められる。証人山口徳男第(一回)の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
原告は、本件買収処分は小作地でない本件各農地を小作地と認めたのは違法であると主張するので按ずるに原告と舞子部落農会との間或は原告とその他の者との間に小作関係が存したことはこれを認めるに足る証拠がなく、かえつて、証人田中要三の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一ないし八号証、証人松浦一、同田中要三、同北林芳雄(第一、二、三回)、同山口徳男(第一回)の各証言及び原告本人の尋問並びに検証の結果を総合すれば、原告は大正一四、五年頃本件各農地を実母から相続により取得し、その後荒地のまゝ他人の管理に任せていたが、昭和一七年頃家族と共に本件各農地の開墾に着手し、当時その一部を訴外田中要三が耕作していた関係から同人の手伝を受けるようになり、又その頃原告の夫の友人訴外松浦一の世話で兵庫県立第四高等女学校の生徒が農業実習用に本件各農地を耕作するようになり、爾後原告並びにその家族、右訴外田中及び右女学校生徒が本件農地及びこれに隣接する同字四六七番地、四六八番地、四七〇番地を耕作してきたが終戦後は右女学校生徒も次第に手を引き、昭和二〇年秋の収穫をしたのみで翌二一年春以降耕作をしなくなつたこと、その後原告の家族及び右訴外田中のほか原告の親類の尾花勝一らが手伝に来たこともあつて、本件各農地に麦、甘藷、豆類が植えられたが原告は女手、子女は在学中、夫は教職にあり、そのうえ手伝の右田中や尾花も常時手伝つていたというのではなかつたからその耕作能力は本件各農地並びにこれに隣接する原告所有地の耕作面積に比し不充分であつたこと、そのため昭和二一年五月頃前記訴外松浦一は本件各農地の近くにあるいちご畠に行つた際、本件各農地には作物が植えられてはあつたがその生育は悪く荒廃していたのを認めており、又本件買収計画が樹立される一、二ケ月前の昭和二二年七、八月頃、当時垂水地区農地委員をしていた訴外山口徳男は本件各農地につき附近農民から「県立第四高女の生徒が耕作していた土地があるがそれが引上げてから荒れている」旨の申告を受け、同地区農地委員会々長らと共に本件各農地に赴いたところ同地上には一面に草が生えてはいたがその中に甘藷が植えてあり、その蔓は一尺五寸程のびている状態であつたことを認めることができる。そうしてみれば、昭和二二年一〇月二日の本件買収処分当時本件各農地は寧ろ荒廃のまま放任されていたものと認めるを相当とするからこれを小作地としてなした本件買収処分は違法というべきである。
被告は本件各農地は不在地主の所有する小作地のほか不耕作地にも該当するとして買収計画が樹立されたと主張するがこれを認めるに足る証拠はない。又、被告は本件各農地は訴外田中らに請負わせて耕作させていたから自創法第三条第五項で買収できるとも主張するが、不在地主の小作地としての買収処分か違法である場合、不耕作地又は請負耕作地としての買収処分が可能であつたことを理由としてその処分のかしを除却することはできないものと解すべきであるから、被告の右各主張は理由がない。
ところで、行政処分が無効であるためには行政処分のかしが明白かつ重大なものであることが必要であるところ前示認定のように本件各農地は昭和一八年頃から昭和二〇年末頃までは主として女学校の農業実習用地として利用され、その後の耕作状態はかりに原告において自作を放棄したとまでは認められないとしても草地の中に甘藷が植えられているのが僅かに認められるという程度のものであるだけでなく、本件各農地の所有者である原告は当時兵庫県武庫郡住吉村に居住し、原告の夫には教員としての生業があり原告及びその家族の耕作能力は本件各農地の面積に比し充分なものであつたとは認められない等の事情に徴し、垂水地区農地委員会が買収当時舞子部落の共同耕作に任せられていると認定した右の違法は本件買収処分の取消事由として右処分の取消を求めるは格別それが買収としての効果を発生していない程、明白かつ重大なかしと認めることはできない。
もつとも本件各農地に隣接した同字四六七番地の農地について、その買収計画が原告の訴願の結果取消されたことは当事者間の争いのないところ、成立に争ない甲第一八号証及び証人宮野平助、同田中要三の各証言によれば、垂水地区農地委員会は右農地を訴外尾花勝一の小作地と認定して買収計画を樹立したところ、その小作関係が認められないため右計画を取消すに至つたことが認められるが同時に右農地は本件買収処分当時訴外田中らの手伝によつて耕作されていて、一面に草のはえていた本件農地とは明白に区別できた点においては本件各農地と事情を異にしていることが認められるのみでなく、もともと原告の本訴請求は買収並びに売渡処分の無効確認を求めるものであるから、右の取消の事実をもつて前記認定を覆す資料とするに足りない。
従つて、被告に対し本件買収処分の無効確認を求める部分は失当であり、右買収処分の無効を前提として本件各売渡処分の無効確認を求める部分もまた失当であるから原告の本訴請求はいずれも棄却すべく、訴訟費用は民訴法第八九条により敗訴当事者である原告の負担すべきものとして、主文のとおり判決する。(昭和三四年一一月二〇日神戸地方裁判所判決)
(別紙目録省略)