大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1184号 判決 1965年10月19日
控訴人 被告 大三商事株式会社
訴訟代理人 井上太郎 外四名
被控訴人 原告 和田一三
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠関係は、控訴代理人において、控訴会社が訴外日新化学工業株式会社(以下日新化学という)の被控訴人に対する取引残代金債務について保証したことは否認するところであるが、かりに右保証がなされたとしても第一、次の事由により右保証は無効である。(一)当時控訴会社と訴外会社の代表取締役はいずれも訴外井上昭三であり、従つて控訴会社が訴外会社の本件債務について連帯保証をなすためには商法第二六五条により控訴会社の取締役会の承認を必要とするところ控訴会社の取締役会の承認をえず、右井上昭三が本件保証をなしたものであり、その後も取締役会はこれに承認を与えたことがないから無効である。(二)控訴会社は貸家、貸室等を目的とする会社であつて、訴外会社は工業薬品の製造販売を目的とする会社で両会社は営業上、事業上何らの関係もない。従つて、右連帯保証は控訴会社の目的遂行に必要な行為でなく目的の範囲外の行為であるから無効である。第二、右抗弁が理由ないとしても本件債務は時効により消滅している。すなわち、被控訴人が訴外会社に本件商品を売渡したのは昭和三四年七月一日頃であり、代金支払期日は即日である。その後訴外会社が被控訴人に内払をしたとしても、それは本件保証の成立した昭和三四年一一月三〇日までのことである。よつて被控訴人の訴外会社に対する売掛代金債権はおそくとも同日より二年を経過した昭和三六年一一月三〇日迄に時効により消滅している。主債務が消滅した以上控訴人には保証債務はない。と陳べ、立証として、乙第一ないし四号証を提出し当審証人井上昭三、同畑中紀代子(第一、二回)同浜田劭、の各証言を援用し、甲第五号証の成立を認め、甲第二号証の一ないし四の各成立を認め(認否訂正)、
被控訴代理人において、(一)被控訴人の訴外会社に対する本件ニツケル板の取引はいずれも昭和三四年七月一日に三回にわたり行われたもので、現金取引の約定で行われたものである。被控訴人は訴外会社との間に従来より取引はあつたけれどもいずれも現金取引で、それ以前の分については残金はなかつた。本件取引分については小切手をもらつたがそれが不渡となり、その後本件保証がなされるに至つたものである。(二)控訴人の商法二六五条違反の主張に対し(イ)連帯保証契約は売主である被控訴人と控訴人間の行為であつて訴外会社のために井上が控訴人となした取引ではないから、取締役会の承認をうける必要はない。(ロ)仮に前項の主張が通らないとしても昭和三四年一二月当時の控訴会社の取締役は代表取締役である井上昭三の外その妻畑中紀代子その他の親族である。右井上以外の三人は実質的には会社の運営に参与せず、何ら井上の業務執行を監督しうる立場でもなく、発言権もなく、控訴人が株式会社の形態をとつている関係上取締役の役名を与えられているにすぎない、その出資関係、運営関係上は全く井上の個人商店と変りない所謂ワンマン会社である。従つて特に井上の行為について反対しうる何らの理由もない者ばかりであるから本件保証についても商法二六五条の取締役の承認があつたものと看做しうる。(三)控訴人は連帯保証をすることは会社の目的遂行に必要な行為でないというが、そのようなことはいえない。(四)時効の抗弁に対し、本件においては主たる債務者である訴外会社が保証人である控訴人と連帯して債務を負担する場合にあたり、被控訴人は控訴人に対し時効完成前に本訴を提起しているから民法四五八条、四三四条により訴外会社に対しても履行の請求の効果は及び訴外会社に対し時効が完成することはない。と陳べ、立証として、当審証人野口吉一の証言及び当審における被控訴本人尋問の結果を援用し乙号各証の成立を認めた。
ほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
理由
当審証人井上昭三、原審証人野口吉一の各証言により真正に成立したものと認むべき甲第一号証、成立に争のない乙第三、四号証に右各証言、当審証人野口吉一の証言、被控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は宝商会なる屋号で金、銀、ニツケル等の地金商を営み、昭和三四年春頃より訴外日新化学工業株式会社(代表取締役井上昭三)に対し現金取引により商品を売渡してきたこと、昭和三四年七月一日三回にわたり同訴外会社にニツケル板代金合計七九九、〇〇〇円相当のものを売渡しその代金の支払として訴外会社振出の小切手を受領したところ、右小切手は不渡となり、同訴外会社は、被控訴人に対し、同額の買掛債務を負担したこと、訴外会社はその後一部弁済し残金五四〇、四一八円は未払のままになつていたところ、昭和三四年一一月三〇日控訴会社(当時代表取締役井上昭三)は、被控訴人に対する右五四〇、四一八円の商品買掛債務について保証をなし、これが支払をなすことを認め、その旨記載した「債務確認書」を被控訴人に差入れたことを各認めることができ、右認定を左右する証拠はない。もつとも成立に争のない乙第一号証によれば、その後昭和三四年一二月二二日右訴外会社は金五万円を支払つたようにうかがえるが、右は成立に争のない甲第五号証と当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右訴外会社が右被控訴人に対する残債務の支払として五万円の小切手(太洋化学工業株式会社振出の同年一二月二六日附-先日付-の小切手)を交付したときの領収証であり、しかも右小切手は不渡になつていることが認められるので右乙号証を以て右保証契約成立の日時及び当時の残債務額をうごかす証拠とはならない。そして右認定事実よりすれば控訴会社は被控訴人との間に訴外会社のために右債務額につき保証をしたものというべく、右主債務は商人たる訴外会社の取引上の債務で、会社の営業のためになされたものと推定すべく、従つてこれが保証をした控訴会社は訴外会社の連帯保証人としての責を負つたものといわねばならない。(商法五一一条二項)。
そこで控訴人の抗弁について検討する。控訴人は、当時主債務者の訴外日新化学とその保証人となつた控訴会社の各代表取締役は訴外井上昭三が兼務しており、控訴会社が訴外会社のために右保証をなすには商法第二六五条により控訴会社の取締役会の承認をえなければならないのにこれなくしてなされたものであるから右保証は無効であるという。そして訴外井上昭三が控訴人主張の如く当時右両会社の代表取締役を兼ねていたことは当時者間に争がない。被控訴人は、本件保証契約は控訴会社と被控訴人との間になされたもので、訴外会社のために井上昭三が控訴会社との間になした取引でないから取締役会の承認をうける必要がないという。思うに、取締役は株式会社の業務執行に関する意思決定機関たる取締役会の構成員として忠実に会社の利益を守らなければならない立場にあるが、その取締役が会社と利害の対立する取引についてみずから相手方となり、または第三者(相手方)の代表者または代理人となつて会社と取引する場合には、たとい自己が当該株式会社を代表または代理しない場合でも、双方の利益を公平に考慮することは困難であり、ややもすれば、会社の犠牲において自己または自己が代表ないし代理する相手方の利益をはかる危険を伴うことを避け難い。そこでこの種の取引について取締役会をして監視させ会社の利益を守ることとしたのが商法第二六五条の立法理由である。ところで取締役の個人債務、またはその取締役が代表乃至代理する他の者の債務のため、会社が債権者たる第三者と保証契約をなすが如き場合は、取締役またはその代表乃至代理する本人に利益にして会社に不利益を及ぼす行為で、会社の犠牲において自己または自己が代表ないし代理する本人の利益をはかる危険を伴う虞れがあり、取締役会をして監視させ会社の利益を守る必要がある点において、同条が正面から規定する場合と異るところがない。よつて同条はこの後の場合にも類推適用するのが相当である(大判昭五年(オ)第二三〇七号昭和六年五月七日、同昭和八年(オ)第一〇五四号昭和九年二月二八日、東高判昭三〇年(ネ)第一一八三号昭和三一年八月三日各判決)。これを本件についてみれば、控訴会社の代表取締役たる井上昭三が自己が代表取締役なる訴外日新化学工業株式会社の被控訴人に対する金五四〇、四一八円の取引残代金債務の保証をしたのであるから、前記後者の場合に該当すること勿論で、この保証は、控訴会社取締役会の承認がない限り、無権代理行為となり(同旨大判大正九年七月一〇日同年(オ)第四三四号、同大正八年四月二一日大正七年(オ)第一〇二七号各判決)効力を生じないものである。被控訴人は当時の控訴会社の取締役会の構成は右井上昭三の親戚で井上の個人商店の実体を有し、他の取締役において井上の行為に反対する何らの理由もない者ばかりからなつていたから本件保証について取締役会の承認があつたとみなすべきであるというけれども、取締役会の承認は取締役の過半数が出席しその取締役の過半数を以てこれをなし、定款を以てしても此の要件を軽減することは許されず、また右承認は必ずしも事前たるを要せず、事後においてもこれを為すことが出来るが、右承認のあつたことを主張立証するのでなく、これなくしてこれあるものとみなすべきであるとの控訴人の主張はそれ自体失当といわねばならない。
以上のとおり、右控訴会社のなした右保証契約が無効である以上爾余の判断をなすまでもなく、これが有効なることを前提とする被控訴人の請求は失当としてこれを棄却すべきである。よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は不当である。そこで民事訴訟法第三八六条第九六条、を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 裁判官 島崎三郎)