大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1390号 判決 1962年10月31日
原告、被控訴人 但陽信用金庫
理由
本案前の主張について(省略)
本案について
控訴人が被控訴人主張の為替手形に引受けをしたことは当事者間に争いなく、証拠によると、右為替手形の受取人である船田酒造有限会社の代表取締役船田武雄が同為替手形を被控訴人に裏書きし、被控訴人は、控外株式会社神戸銀行に取立委任裏書きし、右訴外銀行は、満期に次ぐ二取引日内である昭和三五年七月一日、支払場所に右為替手形を呈示して支払を求めたが支払を拒絶されたことが認められる。そして、右為替手形が現に被控訴人の手中に存する事実によつて、被控訴人は現に右為替手形の正当な所持人と認める。右各認定に反する証拠は本件にない。
控訴人は、前記引受けは、引受けの意思がなかつたものであると抗弁するが、単にそれだけでは、引受人としての債務を免れる法律上の理由となすに足らないから、右抗弁は採用できない。
控訴人は、本件為替手形については、訴外岡部稔と控訴会社の代表者である訴外加藤健市との間の仲裁判断によりその支払を差し止められているから、支払請求に応じられないと抗弁するが、かりに控訴人主張の仲裁判断があつても、右仲裁判断の既判力の主観的範囲は、その当事者に限られるのであつて(民事訴訟法第八〇〇条)、当事者でない被控訴人の権利が右仲裁判断によつて制限を受けるいわれはない。よつて、右抗弁は採用できない。
控訴人は、控訴会社の代表取締役である訴外加藤健市が訴外船田酒造有限会社に本件為替手形を融通するため、控訴会社より本件為替手形を借り受けることを決意し、昭和三五年一月二一日、控訴会社の取締役会の承認をうけ、右承認に基づき控訴会社が加藤健市に貸す目的で本件為替手形に引受けをしたものであるところ、右取締役会の議決には控訴人主張の重大なかしがあつて無効であるから、控訴人は本件為替手形金を支払う義務がない、と抗弁する。
手形行為は、その原因関係上の権利とは別個に、それによつて手形上の権利を発生取得させるものであるから、株式会社と取締役との間に利害の対立が生ずるかぎり、その手形行為は、商法第二六五条の適用を受けるものと解する(ただし、善意無過失な手形の第三取得者は保護されるべきであろう)。ところで、手形の引受行為がその会社の取締役との間における同条所定の自己取引たるには、会社が取締役個人またはその取締役によつて代表される他の会社もしくはその取締役によつて代理される第三者を所持人または手形署名者とする為替手形に引受けをする場合であることを要するものというべきである。けだし、手形の引受けは、為替手形の支払人が手形債務を負担とすることを目的としてなす単独行為であり、引受けによつて、引受人は手形所持人に対し主たる債務者として満期にその引き受けた手形金額の支払をなす義務を負うに至るし、手形の最後の所持人のみならず、償還をして手形を受け戻したすべての前者に対して、将来の請求権たる受戻しによる償還請求権を取得させる(手形法第二八条、第四八条、第四九条)。したがつて、取締役個人または取締役によつて代表もしはく代理される第三者が手形の所持人または手形署名者であるときは(引受後の手形署名者が商法第二六五条の場に関係を有しえないことは自明であろう)会社がその手形を引き受けることによつて会社の利益を害するおそれがあるから、本条の制限に服する必要があるとしなければならないのである。しかしながら、これに反して、自己の取締役個人または取締役によつて代表もしくは代理される第三者が手形の所持人または手形の署名者でない手形について、会社が自己の取締役または第三者のために融資の目的意図をもつて引受けをしたとしても、右引受けは、同条の制限に服する取締役の自己取引にはあたらないというべきである。なんとなれば、それは単に、会社の引受けの意図、引受けの縁由であつて引受行為自体ではなく、引受けがいかなる意図縁由をもつてなされたにせよ、その引受けのときにその取締役または第三者に手形上の権利を発生取得させる理はなく、商法第二六五条の制限の対象たる取引の実態を有しえないからである。
そこで、本件についてみるに、控訴人は、控訴会社が本件為替手形の引受けをする当時、控訴会社の代表取締役である加藤健市個人または同人によつて代表もしくは代理される第三者が本件為替手形の署名者となつていたこと、また、右加藤健市個人または同人によつて代表もしくは代理される第三者が手形所持人として控訴会社から本件為替手形の引受けをうけた旨主張するものでなく、ただ、控訴会社が振出人兼受取人を訴外船田酒造有限会社とする本件為替手形を同訴外会社に融通するため引受けするにあたつて、控訴会社の代表取締役である加藤健市個人に貸す目的意図をもつて引受けをしたというにすぎないから、前段に説明したところにより、右引受行為は、商法第二六五条の制限に服する取締役の自己取引にあたらないというほかはない。
よつて、控訴人の本件引受行為が商法第二六五条の制限に服する取締役の自己取引にあたることを前提とする控訴人の右抗弁は、理由がないこと明らかであるから、採用できない。