大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1397号 判決 1965年5月31日
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、左に記載するほか、原判決の事実摘示と同一(ただし原判決二枚目七行目の「訴外摂津綜合事業協同組合」とあるのは、「訴外摂津綜合事業協同組合」の誤であるから訂正する。)であるから、ここにこれを引用する。
控訴人ら代理人は「控訴人藤井は代理人訴外藤井〓三を通じ、既述の貸付日の前である昭和三〇年八月四日破産組合と同控訴人の一方的意思表示により本件不動産を代金三〇〇万円で買受けうる旨の売買予約をなし、同月六日右物件につき売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を了していたが、右貸付日には貸付金の担保のため、右組合と右不動産につき抵当権設定契約(未登記)をしただけである。そして控訴人藤井は昭和三一年一月一六日破産組合に対し売買予約完結の意思表示をなし、右不動産の所有権を取得し、同日売買を原因とする所有権移転登記を了するとともに、その代金債務と前記貸金元金三〇〇万円とを対当額で相殺したものである。以上の次第で控訴人藤井は右貸金の代物弁済として本件不動産の所有権を取得したものではないから、これと異る従前の主張を右のように訂正する。したがつて、右不動産の所有権取得原因につき破産法第七二条の適用の余地はない。」と延べ、控訴人大西の主張として「同控訴人は控訴人藤井の代理人藤井〓三の懇請で昭和三一年二月二五日本件不動産を代金二〇〇万円で買受け、同日手付金三〇万円の支払を了し、仮登記を受け、同年六月三〇日残金の内七〇万円の支払をするとともにその所有権移転登記を受けたが、残金一〇〇万円については、右不動産の占有者が立退いてからその支払をする積りで、未だその支払をしていない。」と述べた。
証拠(省略)
理由
一、訴外摂津綜合事業協同組合は昭和三一年一月七日訴外茂森得司からの破産の申立により同年七月三日午前一〇時神戸地方裁判所尼崎支部において破産宣告を受け(破産宣告の日の点は成立に争のない甲第三号証の一によりこれを認める。)被控訴人らがその破産管財人に選任されたこと、控訴人藤井が右破産組合に対し控訴人ら主張の日その主張の約定で金三〇〇万円を貸与したこと、同控訴人が被控訴人ら主張の日本件不動産につきその主張のような所有権移転登記を了していることはいずれも当事者間に争がない。
二、そこで本件不動産についての右所有権移転登記の原因行為(被控訴人は代物弁済という)につき破産法第七二条第一、二号の否認原因があるかどうかにつき検討する。
成立に争のない甲第一号証、原審証人高橋秀吾、藤川省一郎、原審並びに当審証人細田忠治郎(一部、ただし原審は一、二回)竹中綾一、藤井〓三(一部)の各証言、原審における控訴人藤井太一本人尋問の結果(一部)を綜合すると、破産組合の理事長細田忠治郎は昭和三〇年七月頃右組合の運転資金に充てる為め郷土の後輩でじつ懇な間柄にあつた訴外藤井〓三に対し金融方を懇請した結果、右〓三の尽力により右組合は同年八月四日頃控訴人藤井からその代理人〓三を通じ、右細田外組合理事三名の保証の下に前叙の金三〇〇万円を借受けるとともに、右債務の担保のため本件不動産に抵当権を設定(未登記)し且つ右債務の弁済を遅滞したときは控訴人藤井の一方的意思表示により、同控訴人において右不動産の所有権を右債務の履行に代え取得できる旨の代物弁済の予約をなし同六日右控訴人のため本件不動産につき売買予約名義で所有権移転請求権保全の仮登記を了し、次で同八日右控訴人に甲第一号証の借用証書を差入れたこと、ところがその後右組合はかねてからその運営よろしきを得なかつたため債務が次第に嵩んで来たのと、役員の不正行為があつたりしたこと等が基因し昭和三〇年八月頃から経営の行詰を来し、同年一一月一七日は手形の不渡を出し、同年末には債務総額三、九〇〇万円にも達したのに引換え債権は多くは回収不能で、資産としては本件不動産以外に見るべきものなく、その上他より金融の途も絶え、事業継続困難な事態に陥り、遂には同三一年一月七日前叙のとおり破産の申立を受けるに至つたこと、右のような組合の資産状態の悪化の事実に照し、一般債権者に対する債務の支払は到底覚束ないことを知つた細田は、控訴人藤井に対する前叙の債務の支払ができないときは、その借受の経緯からして自己の〓三等に対する立場がなくなるし、かつは、連帯保証責任のある自己及び他の役員にも累が及ぶことになるのを恐れ、かかる事態の将来するのを排けるため、組合の唯一の財産である本件不動産の所有権を右債務の支払に代え譲渡するのも己むを得ないと思惟していたところ、たまたま右破産の申立の直後頃控訴人藤井の代理人〓三の方から、前記債務の支払方の請求をうけたので、細田は〓三に、組合の実情を述べ、債務の支払は不能であるが、組合は右債務の期限の利益を放棄するから、速に本件不動産の代物弁済の予約を完結されたい旨申入れたところ、〓三もこれを了承した結果昭和三一年一月一六日控訴人藤井の方から組合に対し代物弁済の予約の完結の意思表示をするとともに本件不動産の所有権移転登記を求めたので前叙のように同日付売買名義で所有権移転登記がなされるに至つたことが認められる。前記証人細田忠治郎、藤井〓三の各証言中右認定に反する部分は、前記各証拠に照して信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。もつとも成立に争のない甲第二号証によると、昭和三一年一月一六日前記仮登記が権利抛棄を理由に抹消されていることが認められるが、原審証人福崎茂樹、前記証人竹中綾一の各証言によると、控訴人藤井の方では、右仮登記上の権利を放棄する意思はなく、右仮登記上の権利に基き本登記をする積りでいたが、登記に際し、仮登記の権利者として控訴人藤井の名が誤つて登記簿上に登載されていることを発見したところから、これを抹消して、本登記を了しても、その効果において変らないものと考え、司法書士福崎茂樹に、右仮登記を権利放棄を理由に抹消した上、更めて、本件不動産につき所有権移転登記を依頼したので、同司法書士は右依頼に基き、仮登記を抹消し前叙の所有権移転登記手続を了したによるものであるから、右甲二号証の記載は必ずしも前記認定を妨げるものではない。
三、ところで、右認定の事実から明らかなとおり、控訴人藤井は破産組合の関与なくして一方的になしうる代物弁済の予約完結の意思表示により本件不動産の所有権を債務の履行に代え取得したものであるから、控訴人の当然の権利行使として、右予約完結は否認の対象になり得ないものであるとの疑問が生じないわけではないが(なお本件代物弁済の予約の当時、控訴人藤井において、破産組合の一般債権者を害する意思を以て右予約がなされたとの点については被控訴人らは何ら主張も立証もしない。)破産法第七二条第二号にいう「債務消滅に関する行為」とは破産者の意思に基く行為のみに限るものではなく、破産者の債権者が権利行使としてなした行為のみで破産者の行為なくして、その財産を以てその債務の消滅の効果を生じた場合をも含むものと解するを相当とする(昭和一〇年三月八日大審院判決、民集一四巻三号二七〇頁参照)ところ、上記認定の各事業をかれこれ総合すると、破産組合には本件不動産のほか資産のないのにかかわらず他の債権者を害する意思でその一人の債権者である控訴人藤井に対する債務の期限の利益を放棄して、代物弁済の予約の完結を誘致させ、債務の消滅の効果を生ぜしめ、しかも若し破産組合が自から右代物弁済の行為をしたとすれば、他の債権者を害し、控訴人藤井に利益を与える意思をもつてなされたと考えられるような状況が存したものと認めるに難くはないし、又控訴人藤井においても破産組合が破産に頻し、本件不動産以外に資産がなく、右物件を自己が取得するにおいては、一般債権者を害することを熟知しながら、自己の債権の回収を急ぐ余り破産組合と相謀り、上叙の予約完結の行為に出でたものであることを推認するに難くないから、被控訴人らは破産法第七二条第一、二号により、控訴人藤井の本件不動産の所有権取得行為を否認しうるものといわねばならない。
控訴人らは控訴人藤井の本件不動産の所有権取得の効果は前記仮登記のときに遡る旨主張するが、すでに一たん本登記前に仮登記が抹消されたこと前叙の認定の通りである以上、仮に右仮登記により保全されていた実体上の権利に基き本登記がなされたとしても、所有権移転の効果を仮登記がなされた当時に遡及して対抗しうる筋合はないから、この点の主張は採用できない。
又控訴人らは控訴人藤井において、本件不動産の所有権取得当時債権者を害することを知らなかつたというが、この点に関する前記証人竹中綾一、藤井〓三、細田忠治郎(原審は一、二回)の各証言、控訴本人尋問の結果は前叙の認定事実に照して信用できないし、右各証言、供述を除けば控訴人らのこの点の主張を認めるに足る証拠はない。
四、そこで進んで控訴人大西の本件不動産の買受につき破産法第八三条第一項第一号の否認原因があるかどうかにつき検討する。
控訴人大西が本件不動産につき昭和三一年二月二五日、同二日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を、次で同年七月二日、同年六月三〇日付売買を原因とする所有権移転登記を了していることは当事者間に争がなく、右認定事実に、前記竹中綾一(原審は一部)、藤井〓三の各証言、当審における控訴人大西本人の尋問の結果及び原審における鑑定人木村猛の鑑定結果を総合して認められるところの、控訴人大西は前記〓三の主宰する会社に公認会計士の補助として出入し、知合の仲であつた〓三に頼まれ控訴人藤井が本件不動産の所有権を取得して間もない昭和三二年二月二五日本件物件を控訴人藤井より代金二〇〇万円で買受け、同日内金三〇万円を支払うとともに前叙の仮登記を了し、次で同年七月二日残金内金七〇万円の支払をした上前叙の本登記をするに至つたものであるが、賃借権が存したとしても金一六〇余万円相当の価格の右不動産を買受けながら、買受代金の半額を支払つただけで、残金の支払を久しくしないうち再び〓三の世話でこれを昭和三八年二月一九日訴外浅井千之助に売却し、しかも〓三から右売却代金額をも知らされないまま同人より右売却代金のうち自己が支払つた代金額相当の金一〇〇万円だけしか交付を受けていないこと(右証人竹中の原審証言中右認定に反する部分は信用しない。)などの事に前記(二)ないし(四)で認定した事実をかれこれ総合すると、控訴人大西は控訴人藤井の本件不動産の所有権取得につき否認原因があることを知つて右不動産を買受けたものと推認するに難くはない。前記控訴人大西本人の供述中右認定に反する部分は未だ当裁判所の心証を惹くにはたらないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
五、以上の次第で控訴人藤井の代物弁済完結による本件不動産の所有権取得行為は破産法第七二条第一、二号により、控訴人大西の右不動産の売買行為は同法第八三条第一項第一号により何れも否認さるべきものであるから、被控訴人らの本件否認権の行使は正当であり、したがつて、控訴人らはそれぞれ、被控訴人らに対し右行為に基きなした前叙の各登記の抹消義務を負担するものというべきである。
よつて、被控訴人らの右請求を正当として認容した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。