大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1552号 判決 1964年2月24日
控訴人 陳輪凉
外四名
右五名訴訟代理人弁護士 坂元義雄
被控訴人 高村和成
右訴訟代理人弁護士 岩崎康夫
主文
本件控訴はいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事由
≪省略≫
理由
第一、明渡請求。控訴人陳輪凉、同陳照子、同川西幸雄が被控訴人主張の本件地上の各建物を所有し各その主張の部分の土地を占有していること、控訴人中尾竜一、同木村一則が被控訴人主張の右陳照子所有家屋を占有使用していることは控訴人等の答弁自体から自認しているところと認められる。次に本件土地が被控訴人所有であるかどうかについて考えてみるに、この点について控訴人らは原審において当初これを認め、後これを否認するに至つたことにつき、被控訴人は右は自白の撤回で異議があると主張するが、控訴人らの右自白はもし自白としても後記認定のとおり権利自白の域を出ないものであつて、元来権利自白は(1)その対象たる権利関係の存否の判断の基礎となる事実について主張も立証もない限り確定的であるが、(2)このような事実が主張されると却つて裁判所がその事実に基いて法律判断をする義務を負い、権利自白も単なる法律上の意見にすぎなくなる関係上、証拠上認定される主張事実からかような権利関係が否定される場合には裁判所はこの権利自白に反する判断をすることも可能なのであつて(裁判上の自白のような拘束力はない)(3)従つて、一旦権利自白が成立した後においても、事実自白と見得る部分を除き当事者はいつでも自由にこれを取消しうるものといわねばならない。今これを本件についてみるに、控訴人らは当初「本件土地が被控訴人の所有に属する事実」を認めたに止り、被控訴人の所有権取得の具体的な原因事実(この点については当事者の主張もない)につき何らの自白をしていない。そして後日においても控訴人らは被控訴人の右所有権取得の事実を争う趣旨の陳述は全くしておらず、却つてこれを前提として只控訴人陳輪凉が被控訴人より本件土地を買受け被控訴人は所有権を喪失した旨の抗弁を提出したにすぎない。右の次第であるから、控訴人らのなした前記自白は「被控訴人の本件土地所有権取得事実」を認めた意味をもつ純然たる権利自白に止るものである。そして後日その具体的取得原因事実について瑕疵を主張するなどして被控訴人の所有権取得を争うのであれば権利自白の撤回の問題を生じる余地があるが、本件において控訴人らは後日においても被控訴人の本件土地所有権取得事実は毫も争うのでなく、(被控訴人が元所有者であつたことは認めている)その喪失を抗弁しているにすぎないから自白の取消の問題など起りうる余地がない。従つて、この点についての被控訴人の右異議はその前提を欠き理由がないといわねばならない。
以上の次第であるから本件土地について被控訴人がその所有権を取得したことは控訴人らにおいて争わないものと認め、以下控訴人らの抗弁について判断する。
一、控訴人らは本件土地について売買を主張し、その代金について被控訴人に受領遅滞ないしその受領拒絶について信義則違反があつて売買の効力は消滅していないと主張する。
(イ)控訴人ら主張の売買の成否、
昭和二六年九月一八日被控訴人(当時原告)と訴外李友攅外四名(当時被告)との間の神戸地方裁判所昭和二二年(ワ)第二五五号事件において控訴人ら主張のとおり、
(一)被控訴人に対し右訴外人等は連帯して本件土地をその地上一切の建物障害物を収去して昭和二六年一一月一〇日迄に明渡すこと、
(二)被控訴人は控訴人陳輪凉(和解においては当事者でも参加人でもない第三者)が昭和二六年一一月一日までに金五〇万円を被控訴代理人弁護士山田作之助、岡忠孝方に持参支払つたときは、現状有姿の侭公簿面を以て本件土地を同人に売渡し、同時に所有権移転登記手続をなすこと、
と定める裁判上の和解が成立した事実は当事者間に争がない。
控訴人らは右和解成立前に控訴人陳輪凉が被控訴人より本件土地一三七坪余りを買受ける確約を得種々交渉の結果右当事者間に代金は五〇万円支払期日は昭和二六年一一月一日と約定せられたが、右支払期日に遅れた場合は一月につき坪当り一〇円の割合による金員を附加支払う旨の特約もなされた旨主張するから按ずるに、≪証拠省略≫同控訴人は前記和解成立前その試和手続に事実上参加し、事前に右(二)と同一の内容を有する本件土地についての口頭による売買契約を被控訴人の代理人であつた山田作之助との間に締結したが、法律上の形式の上では和解には当事者としては勿論、利害関係人としても参加していなかつたし、右和解成立の期日には出頭もしていなかつた事実を認めることができ、右認定にていしよくする原審証人坂元義雄の証言部分は措信し難く他に右認定を左右する証拠はない。そして控訴人陳輪凉の原審並に当審における各供述中には右代金支払期日は厳格なものでなく坪当り月一〇円を支払うことにより一〇日間は延期される特約も存した旨の供述が存するが、右供述部分は原審証人村上隆男の証言にてらしたやすく信用し難く他に右の特約を肯認しうる証拠はない。
そして、右裁判上の和解自体からみれば、右(二)項の売買は被控訴人とその相手方であつた前記訴外人間に第三者(本件控訴人陳輪凉)のためにする売買と解しうるとしても、前認定のとおり事前にこれと同旨の売買契約が同控訴人と被控訴人間に成立したと認められる以上、右当事者間に直接売買契約がなされたものといわねばならない。そして右売買の効力について考えるに、≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人は訴外李友攅外四名の訴外人との間の相当長期にわたる右土地(本件土地)の不法占有に関する紛争を早期にしかも一挙に解決するために控訴人陳輪凉との間で前記の如き売買契約をしたものであり、しかもそれがためにその代金も比較的低額に取極められたものであることが認められ、控訴人陳輪凉本人の原審並に当審における供述も原審証人坂元義雄の証言も未だ右認定を左右することが出来ず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そして右認定事実に右売買契約の内容を合せ考えると、右売買は控訴人陳輪凉が所定期日までに所定の代金を被控訴代理人方に持参支払うことを停止条件として成立したもので右期日までに右支払がない以上売買の効力は発生しないものといわねばならない。すなわち、右期日は単なる代金の支払日を定めたものでないから、所定期日迄に代金の支払がない以上売買そのものの効力が生じないことに確定するものといわねばならない。
もつとも、原審及び当審における控訴本人陳輪凉尋問の結果によれば、同控訴人は前記和解調書についてはその内容の大要を訴外李より告げられたに止る事実が認められるから、代金支払場所についての和解条項をそのまま同控訴人と被控訴人間の売買契約上の履行場所と認定することはできないにしても、本来金銭債務の履行場所は特別の事由ある場合は別として債権者の現時の住所であり、前記和解条項の外にこの原則と異る約定がなされたことについての主張立証はないから、代金支払債務が持参債務であつたことに変りはない。
(ロ)被控訴人の受領遅滞の有無、
≪証拠省略≫を綜合すれば、同控訴人は右代金五〇万円の支払期日が昭和二六年一一月一日であることをよく了解していたこと、同人は同年一〇月三〇日夜所要のため宇部市に急行することになつたので、同日午後五時半頃被控訴代理人山田作之助法律事務所に電話連絡したが閉所後で要領を得なかつたこと、その時同控訴人は華僑信用金庫に金の用意が出来ていたかどうかはともかくとして現実に手許に現金の用意は出来ていなかつたこと、右山田法律事務所の女事務員が自分ではわからぬというているのに、「宇部に行くのだからもし取りに来るんだつたら今取りに来てもいい」旨言つていたこと、同年一一月三日旅行先の宇部市より帰り翌四日、華僑信用金庫に金を準備していた額面五〇万円の小切手が既に手許にある旨被控訴代理人方に電話したところその受領が拒絶されたので同控訴人は爾後の交渉を代理人坂元義雄弁護士に依頼し同弁護士より相手方に交渉をしたことを各認定することができ、原審証人村上隆男の証言中右にていしよくする部分は措信し難く他に右認定を左右する証拠はない。そして右認定事実からみれば、一〇月三〇日には右のような電話をしただけで、一一月四日の右電話は期限後のものであるのみならず、小切手は現金と同視しえず、且つ現実に持参または送金せずして現金の用意ある旨の言語上の提供のみを以てしては、到底債務の本旨に従つた提供とは認められないので被控訴人に受領遅滞があつたものとは認められない。
(ハ)被控訴人に信義則違反の有無、
控訴人らは被控訴人にかりに受領遅滞がないとしてもわづか二日おくれたことを理由に受領を拒絶するのは信義則違反であるというが、本件にあらわれた全証拠によるも、控訴人陳輪凉がその主張の頃右代金の現実の提供をした事実を認められないこと、及び前記認定のとおり本件売買につけられた期限は普通の売買における履行期を定めたものでなく、右期限までに代金を提供することが売買の停止条件をなしている点をあわせ考えるとたとえ被控訴人が受領拒絶をしたとしても前記(ロ)において認められるような事情だけでは被控訴人に信義則違反があるとは認められない。
二、控訴人らは控訴人陳輪凉が本件土地を買受け、被控訴人は所有権を喪失した旨主張するが、被控訴人の主張する如く本件売買(和解条項(二)と同旨)は昭和二六年一一月一日までに金五〇万円を同控訴人が被控訴代理人方または被控訴人方まで持参支払うことを前提としてこれを条件として効力を生じるものであること前認定のとおりであるから、右期日までに右支払がなされまたは債務の本旨に従つた現実の提供がなされた事実が認められぬ本件においては右期限の経過と共に右売買は効力を生じないことに確定したといわねばならない。してみれば右売買(条件附法律行為)だけで目的土地について所有権移転の効果を生じるに由なく、控訴人らの右抗弁は採用し難い。
してみれば、右売買によつて所有権が控訴人陳輪凉に移転するに由なく、同控訴人に所有権移転が認められぬ以上右移転を前提とする控訴人らの抗弁はすべて理由がない。
三、控訴人らは被控訴人が依然本件土地所有者であるとしても控訴人陳輪凉、同照子、同川西は各現に占有する土地の部分について被控訴人との間で明示又は黙示の建物所有を目的とする地上権の設定をうけた旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。
従つて、控訴人中尾同木村の控訴人陳照子が被控訴人より右権利の設定をうけたことを前提とする抗弁も理由がない。
第二、損害金の請求
≪証拠省略≫の全趣旨を綜合すれば、控訴人陳輪凉、同陳照子、同川西幸雄が本件土地中被控訴人主張の各部分の占有使用を始めたのは昭和二六年一一月一一日よりも前であること及び右賃料相当損害金が一坪当り月額一〇円の割合であることが認められる。
第三、結論
以上認定事実によれば、控訴人陳輪凉同照子、同川西幸雄は被控訴人に対し本件地上被控訴人主張の各建物を収去しその敷地を明渡し、且昭和二六年一一月一一日以降右各明渡迄月額坪当り金一〇円の割合による損害金を支払う義務あるべく、控訴人中尾龍一、同木村一則は被控訴人に対し被控訴人主張の建物部分より退去する義務あること明かである。よつて被控訴人の控訴人らに対する請求はいずれも正当として認容すべく、これと同旨に出た原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 井上三郎)