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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)156号 判決 1961年3月18日

控訴人(附帯被控訴人) (被告) 下京税務署長

被控訴人(附帯控訴人) (原告) 株式会社昭和産業相互銀行

訴訟代理人 今井文雄 外五名

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人と称す)の指定代理人は控訴につき、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴の費用は附帯控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人と称す)の訴訟代理人は控訴につき、「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人が昭和三二年五月三一日附でした被控訴人の昭和三〇年一〇月一日に始まり昭和三一年三月三一日に終る事業年度の法人税に関する所得金額を金三二、二九三、〇〇〇円とする更正決定中金二七、七九三、〇〇〇円を超過する部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

事実関係につき、控訴代理人において、

(一)  法人税法上、法人の支出した金員が益金であるか損金であるかは、その支出の名目如何に拘らず、その支出の動機、時期、相手方及び態様等諸般の事情を勘案して、実質に従つて定めるべきである。本件金四五〇万円の支給は上田竜之助が被控訴会社の総務部長を退任し役員に栄進した当時には被控訴会社において退職金を支給する義務も意思もなかつたのであつて、その後実に五年以上も経過した後にその支給が企てられたものであり、しかも他の一般従業員の退職金については当時格別の増額をした事蹟もない。被控訴会社の右竜之助に対する異例の退職金名義を以てする金員支給は同人の役員就任時とは異りその支給の当時会社の業蹟が向上し相当の利益をあげ、損金たり得る支出であれば多額の支出もむしろ法人税の軽減となるために敢てこれを辞さない状況にあつたことと、同人が会社の実力者であつた社長の実弟であり且つ会社の役員であつたために、たまたま会社の三〇周年記念に際し名目をかまえてこれを支出したのに外ならない。

(二)  従業員が役員となつた場合の退職金の所謂打切支給は一般的に会社における制度として確立しているものでなくて却てその例は少く、打切支給の為されている場合においても、退職金支払についての規定の存在する場合であるのが通常である。本来打切支給は退職金の計算について、制度上従業員と役員との計算方法が異つたり、従業員と役員との在職期間を通算すると、役員退職時の退職金が著しく多額となつたり、他の役員との均衡を失したりする弊を防止するために、一応従業員時代の分を計算し支給する制度である。従てこのような制度的なものが無く社長の裁量により任意にその支出及び金額を定めていた被控訴会社には打切支給の制度の必要はなく、竜之助の従業員退職当時その支給を考慮しなかつたのは寧ろ当然であつた。従業員から役員になつた場合には一般にこれを昇進と考えるのが普通であり、打切支給制度の存しない限りは退職金請求権が生ずるものとは考えられず、従つて本件金員の支出はこのような動機態様から考えて、竜之助の特別の功労による支出即ち役員賞与金であるといわなければならない。

(三)  相続税法第三条第一項第二号によれば、被相続人の死亡により相続人その他の者が、当該被相続人に対し支給さるべきであつた退職手当金の支給を受けた場合においては、これを相続財産とみなして相続税を課するが、被相続人の死亡後三年以上を経過して支給が確定した場合にはこれを相続税の課税対象から除外せられている。これは相当の長年月を経過した後に支給が確定した死亡退職金は、もはや死亡退職金たるの実質を失つたものであるとの理によるものである。これと同様に、本件の金員も竜之助の退職後五年以上も経過して始めて支給せられるに至つたのであるから、その支出金は名目如何に拘らず、既に退職金たるの実を失つたものといわねばならない。

と述べ、被控訴代理人において、

(一)  控訴人主張の右(一)、(二)、(三)の事実のうち、訴外上田竜之助が被控訴会社の社員を退職した当時被控訴会社に退職金の打切支給の制度の無かつたことはこれを認めるけれども、その余は全部これを否認する。

(二)  被控訴会社においては、上田竜之助に対する社員退職による退職金は同人が役員を退任した際併せて計算支給することを考えていたのであつて、控訴人主張のように右社員退職当時その退職金を支給する義務及び意思を有していなかつたものではない。

同人は昭和四年四月一日から昭和二五年八月二八日迄二一年余の長きに亘り被控訴会社の社員として在職した者であつて、かかる長期の在職者に対し、退職金を支給する義務なし、とする控訴人の所論は我国の一般常識を無視し著く社会通念に反するものといわざるを得ない。

(三)  被控訴会社においては、創立三十周年を迎えたのを機会に、昭和三〇年一〇月八日の取締役会において、社員から役員になつた者及び役員から社員になつた者に対しそれぞれその都度退職金を計算支給する方針を決定したのであるが、それは他の銀行、会社においても行われているところであり、そのようにすることが会社の負担を軽くすると共に退職金の計算が比較的明確且つ公平である等の理由によるものであつて、この方針が決定しこれに該当する者として社員から取締役になつた上田竜之助及び監査役から社員(総務部長)になつた望月貴一の両名があつたので、この両名に対し退職金を支給することに決定したものであり、退職後五年以上を経過して支給せられた退職金もこれを法人税法上の損金に算入しうることは既に述べた大蔵省通達第二七五号によつても明らかであり、実際の事例もそのように取扱われてきたのである。社員から役員になつた場合に、その昇任の際社員としての退職金を打切支給すること及び役員退任の際社員時代の退職金を併せ支給することの二つの場合が容認せられる以上は、役員就任後の適当の時期に社員時代の退職金を打切支給することを法人税法上否認さるべき理由がないのみならず、控訴人自身も上田竜之助に支給した本件五二七万円の退職金中七七万円の損金算入を容認したのであるから、残余の本件四五〇万円を否認さるべき理由はない。

(四)  本件金五二七万円は、そのうち控訴人により容認せられた金七七万円は勿論、残余の金四五〇万円も、それ自体全部退職金として支給せられたものであつて、一時被控訴会社においてその一部を創立三十周年記念品料の形式とすることを考えたこともあつたが、既述の事情により旧に復して名実共に退職金としたものである。そうして法人税は法人の組織的営業に基く所得に対し課税するものであるから、その損益の計算は原則として収支すべき権利の確定した時を以て損益発生の時と為すべく、本件退職金五二七万円の支給は既述の取締役会の決議の時にその具体的権利義務が発生したのであるから、その日の属する本件事業年度の損金に算入したのは当然である。

と述べ、

証拠関係につき、控訴代理人において当審証人高橋正行の証言を援用したほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

理由

被控訴会社がその商号をもと昭和産業無尽株式会社と称し、後昭和二六年一〇月一九日現商号に変更したこと、昭和三一年五月二五日控訴人に対し、昭和三〇年一〇月一日に始まり昭和三一年三月三一日に終る事業年度の法人税の所得金額を金二七、五六一、七八八円と確定申告したのに対し、控訴人が昭和三二年五月三一日附で、所得金額三二、二九三、〇〇〇円(二円切捨)、追徴法人税額一、八九二、八三〇円、過少申告加算税額九四、六〇〇円、その加算項目(1)過料六、〇〇〇円、(2)貯蔵品(未使用倉庫用木材)一四、三八〇円、(3)源泉徴収加算税七五〇円、(4)損金不算入交際費六二、六四八円、(5)架空負債、別段預金二、〇〇〇円、(6)損金計上役員賞与(立替金、貸付金の利息その他)五九五、六四五円、(7)減価償却費一一七、五二六円、(8)認定賞与四、五〇〇、〇〇〇円、以上加算小計五、二九八、九四九円、除算項目(1)減価償却費一、〇三五円、(2)積立金より支出した賞与三五〇、〇〇〇円(3)未納事業税二一六、七〇〇円、以上除算小計五六七、七三五円なる更正決定を為し、これに対し被控訴会社から右決定中加算項目(8)の認定賞与四、五〇〇、〇〇〇円の部分を不服として昭和三二年六月二九日大阪国税局長に審査の請求を為し昭和三三年七月九日同局長から右請求を棄却する決定を受けたことは当事者間に争がなく、被控訴人は右四、五〇〇、〇〇〇円が訴外上田竜之助に対する退職金五、二七〇、〇〇〇円の一部であるのに、控訴人が右更正決定においてこれを賞与と認定したのは違法であると主張するので、以下その主張の当否を判断する。

訴外上田竜之助が立命館大学卒業後昭和四年四月一日被控訴会社に入社し以来総務部長をしていたが、昭和二五年八月二八日その職を退き退社すると同時にその取締役に就任し現に専務取締役であること、被控訴会社が昭和三〇年一一月二日の取締役会において右訴外人に対し退職金五二七万円を支給する旨の決定をなしその頃これを支給したことはいずれも当事者間に争がなく、右争のない事実に成立に争のない乙第一号証の一乃至六(但し後記措信しない記載部分を除く)、第二号証第三号証の一、二、三、第五号証、原審証人西川豊一の証言、原審における証人上田竜之助の証言及び被控訴会社代表者上田伝三郎本人訊問の結果のうち後記措信しない部分を除くその余の部分を綜合すると、被控訴会社は昭和一五年京都産業無尽株式会社と実業無尽株式会社とが合併して設立せられその後前記のとおり商号を改めたもので、右京都産業無尽株式会社は昭和元年前代表取締役上田伝三郎の父が社長として創立し昭和七年右父の死亡に伴い上田伝三郎がこれを承けて最近迄社長となつていたものであり、訴外上田竜之助は前記のとおり昭和四年被控訴会社(当時は右京都産業無尽株式会社)に入社し後昭和二五年専務取締役に就任した者であるところ、その就任当時被控訴会社においては同人の地位の変更を社員の退職と考えることなく、従てその退職金も同人が会社の事務を離れる際に一括して支給すればよいとして、その社員時代のものを打切支給することは考慮していなかつたのであるが、昭和三〇年に至りその業績も向上したので偶々創立三十周年を迎えたのを機とし、同年一〇月八日の取締役会において右上田竜之助に対しその社員時代の退職金を打切支給することとし、その額は当時の被控訴会社の定に従い、同人が当時の社長上田伝三郎の弟であること等から入社以来多年総務部長として、唯一人の常勤取締役たる社長を輔け、その差支のときはこれを代行して、会社業務全般の監督遂行に従事し、専務取締役就任後の事務と同様の事務に従つてきてその功績大なるものがある反面、一般社員に支給せられていた時間外勤務手当、定期の賞与等を支給せられていなかつた等の理由から、当時一般社員について検討中であつた退職金給与規定の原案により算出した退職金額七七万円に前記事情を考慮して金二五〇万円を加算した金三二七万円とすることを決定し、更にその当時三十周年記念品料ならびに功労金を二〇年以上勤続の役員及び従業員に支給することについて株主総会の決議を経た上その額を当時の社長上田伝三郎に対し金三〇〇万円、上田竜之助に対し金二〇〇万円としたのを、同人の希望によりこれをも退職金に算入して以上合計金五二七万円の退職金を支給することとしその旨同年一一月二日の取締役会において決定したことが認められ、右認定に反する乙第一号証の二及び六の各記載部分、原審における証人上田竜之助及び被控訴会社代表者上田伝三郎の各供述部分はいずれも前掲証拠に照し信用せず、他にこれを覆えすべき確証がない。以上認定の事実によれば上田竜之助に対し支給せられた前記金五二七万円のうち金三二七万円は同人に対する退職金と認めるべきであるが、その余の金二〇〇万円は同人の社員時代の功績を併せ考慮したものとはいえ当時取締役であつた同人に対し支給せられた臨時的給与即ち賞与であると判定するのが相当である。

この点について控訴人は、「会社の使用人たる部課長から役員に選ばれる場合にはその商法上の地位性格の相違に拘らず、一般には退職と考えないで昇任と考えるのが実情であり従て使用人時代の退職金を打切つて支給せられないのが普通で、その支給せられる場合もその旨の規定のある場合に限られており、その支給する金額にも一定の限界があり、退職金名義で支給せられる金員も、それが法人税法上の損金たるべき退職金であるか否かはその支給についての諸般の実情を勘案し実質について決定しなければならない。本件被控訴会社においては、上田竜之助はその勤務内容が取締役就任の前後を通じて同一であり、取締役就任は実質上社員の退職とは見られないし、その就任当時被控訴会社に従業員の退職金についての定がなかつたから同人に退職金請求権は発生しておらず、会社もその当時これを打切つて支払う意思もなかつたのであり、その支給を決議せられたのは右就任を五年以上も経過した後のことに属するのであつて、相続税法第三条第一項第二号の規定の趣旨からみても退職金と見るべきではない。加之右金三二七万円中七七万円はその決議当時被控訴会社がその従業員の労働組合との間に退職金支給の基準につき略々成案が出来上つておりその案に従い算出せられたものであるのに反し、残余の二五〇万円は特別の功労に対するものであるから、これは退職金ではなくて会社の利益金処分により為さるべき取締役に対する賞与とみなければならない。」と主張する。そうして退職金の名で支給せられた金員が法人税法上の損金たるべき退職金であるかどうかはその実質によりこれを判定すべきであることは控訴人所論のとおりであるけれども、世上一般に会社の従業員から役員となることが退職と観念せられるよりは寧ろ昇任と観念せられているからといつてその従業員時代の退職金を打切支給することが絶無でないことは控訴人も認めるところであり、たとえそれが実際上事例に之しく且つ明文の定めある場合にのみ為されているものとしても、その故に明文の定めのない会社において所謂退職金の打切支給のなされた場合それが従業員時代の退職金として相当な金額と認めるべきときでもこれを法人税法上損金に算入してはいけないという理由にはならないし、又それがその退職の当時直に支給せられずその後五年以上を経過して決定し支給せられたからといつてそのことの故に退職金たる性質を失うものとすることもできない。又相続税法第三条第一項第二号の規定は相続税徴収上の便宜その他の理由による特殊の定であつてこの規定のあることのために前記の結論を左右するものではないから結局本件において訴外上田竜之助に支給せられた前記三二七万円が同人に対する退職金の打切支給として相当な金額か否かがこれを被控訴会社の損金に計上することの当否を決定する鍵となるものというべき筋合である。そうして此の観点から考えると右三二七万円は幾分多額に過ぎるきらいはないでもないが、同人の勤務年限、勤務内容並びにその成績等さきに掲げた諸般の事情を考慮するときは被控訴会社においてこれを同人に対する社員時代の退職金として支給することを決定したのも強ち失当と断定するほどの金額でもないから、右金額はこれを支給した年度の損金に計上しても不当ということはできないので控訴人の右主張はこれを採用することができない。

他方被控訴人は本件五二七万円中前記三二七万円を除くその余の二〇〇万円についてもこれを名実共に退職金であると主張するが、この二〇〇万円は前説明のとおりの事情経緯により加算せられたものであつて到底これを実質上退職金と見ることができないから、被控訴人のこの主張もまた失当である。

してみると本件金五二七万円中三二七万円は法人税法上損金に算入せらるべき退職金であるからそのうち金七七万円のみを退職金と認め残余の二五〇万円を退職金でないとした範囲において本件更正決定は違法であるがその余の金二〇〇万円を退職金でないとした右更正決定は正当であるから右更正決定中所得金額二、七七九、三〇〇円を超える部分の取消を求める被控訴人の本訴請求はそのうち二九、七九三、〇〇〇円を超える部分については正当としてこれを認容すべく、その余は失当としてこれを棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がない。

よつて民事訴訟法第三八九条第九五条第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

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