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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)674号 判決 1964年5月30日

控訴人 加茂町

右代表者町長 川越権一郎

右訴訟代理人弁護士 杉島勇

被控訴人 須磨義造

右訴訟代理人弁護士 徳矢卓夫

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。原判決主文中第四行目『東北の幅員』とあるを『東西の幅員』と訂正する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において

一、本件訴えは当事者適格を誤つた不適法なものであり、却下せらるべきである。すなわち被控訴人は原審において被告を「加茂町長松田信三郎」と表示しているのであるが、右表示は加茂町なる地方公共団体の代表者たる加茂町長を意味し、松田信三郎個人を表示したものではないと解する余地があるとしても加茂町なる地方公共団体自体を表示したものとは到底解することをえない。しかるに本訴請求は地方公共団体たる加茂町が起工したコンクリート工事及び土管工事の撤去を求めるものであるから加茂町長は請求の相手方としての適格を有しないものといわなければならず、当事者適格の有無は被控訴人が主張するように被告の応訴の有無によつて左右されるものではないのであるから本件訴えは不適法なものとして却下せらるべきである。

二、≪以下省略≫

理由

一、先ず控訴人の本件訴えは被告の当事者適格を誤つた不適法なものであるとの主張につき考えるのに、訴状における被告(控訴人)の表示が控訴人主張のようになつていることは明らかであるが原告(被控訴人)は加茂町を相手として訴訟を提起する意思であり且つ本件訴訟の実際の経過も右両者間においてなされたものであることは弁論の全趣旨(殊に≪証拠省略≫参照)により明らかであるから本件訴訟は右両者間において係属しているものというべく、したがつて被控訴人が被告(控訴人)の表示を加茂町とし右代表者町長川越権一郎と訂正したのは単なる表示の訂正であつて適法というべきであり、控訴人の右主張は採用しえない。

二、次に控訴人の「本訴請求は被控訴人にとりなんらの利益なく却て付与された利益の放棄を意味するものであるから訴えの利益を欠き却下せられるべきである。」との主張につき考えるに、本件請求が果たして控訴人主張のごとき事由により訴えの利益を欠くものであるか否かは本案に立入つて審理をしたのちでなければ明らかとならない事項であるから本案前の抗弁としては固より理由がなく、本案上の抗弁としては右主張は控訴人が別に主張する権利乱用の抗弁と同一内容の主張であり、而して権利乱用の事実が認められるときは被控訴人の本訴請求は棄却せらるべきものであるから、右控訴人の主張は結局後段において判断する権利乱用の主張に帰するものと解するのが相当である。

三、そこで本案につき先ず甲地が被控訴人主張のごとく、同人所有たることに争いない京都府相楽郡加茂町大字北小字四六番地の一の土地の一部であるか否かについて考えるのに、≪証拠省略≫を総合すると、甲地の排水溝(本件溝)及びその西側の町道(小谷西牛谷線)は明治二九年一月頃被控訴人の先代が前記四六番地の一を訴外梶田敬次郎から買受けた当時すでに存在していたこと、および本件小谷部落附近においては家屋を建築する場合日向を除き敷地一杯に建てるのが普通であるが、本件溝の東側に旧くからある片岡ハナ、片岡信太郎居住の家屋(右東側の土地及び両家屋が被控訴人の所有であることは当事者間に争いがない)の西側軒先の西端は本件溝の東側端にある石垣の上にあること、を認めうるのであつて、この事実と、右以外の≪証拠省略≫とを総合して勘案すると、甲地(本件溝)は被控訴人所有地の一部ではなく、控訴人加茂町の所有に属するものと推認するのがむしろ相当である。前記小谷部落附近における家屋建築の仕方につき当審において証人藤塚将英は「雨垂れのおちる軒先を境界線から一尺五寸以上隔てて建てるのが原則である。」と供述し、同じく証人森井長左エ門も「境界線に雨垂れが落ちない程度にしている。」と述べているが、右は前記証言内容を別としても本件のごとく溝と境界を接する場合は実際においてあてはまらないものと考えられ、その他前記当裁判所の判断をくつがえして甲地を被控訴人の所有と認定するに足る資料はない。したがつて被控訴人が控訴人は同地上に本件コンクリート溝蓋を設置し以て被控訴人の所有権を侵害したとなし控訴人にその撤去を求める本訴請求部分は理由がないものというべきである。

四、次に乙道路において控訴人が被控訴人主張にかかる土管(本件土管)を埋設したことは当事者間に争いがない。被控訴人は乙道路は被控訴人の所有でありしたがつて右土管埋設は同人の所有権を侵害するものであると主張し、これに対し控訴人は右道路は公有であるか又は少くともその中央線以南の部分は訴外森井長左エ門の所有であつて本件埋設個所は中央線以南の部分にあるから右埋設により被控訴人の所有権が侵害されるいわれはないと主張する。而してこの点につき当裁判所は本件土管の埋設個所は被控訴人の所有地内にあるものと認定するものであつて、その理由は、次のとおり附加するほかは原判決理由五枚目表初行以下七枚目表初行迄に説示せられたのと同一であるからここにこれを引用する。

当審における検証の結果によれば本件乙道路に存する三個の鉄板溝蓋のうち東端のもの(右溝蓋は乙道路の南側にこれに接して建てられている訴外片岡春之助居住家屋北側庇の東北端辺の下にある)から東へ六米五〇センチ距つたところに約五〇センチにわたつて御影石の上辺が露出しており、右事実および≪証拠省略≫によつても原判決認定の正当なことが窺われるのであつて≪証拠省略≫を以てしても右認定を左右することはできない。

五、ところで被控訴人は本件土管は右のごとく被控訴人の所有地内にあり同人の所有権を侵害するものであるからその撤去を求めると主張し、これに対し控訴人はかかる請求は権利の乱用であつて許されないと抗争するので以下この点につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すると以下に述べるような事実を認定することができる。

本件乙道路は東西に通ずるものであるが、その東方近くに共同浴場があり小谷部落の住民大多数がこれを利用しているためその交通量は一部の町道よりも多い位いで且つ五〇年以上も前からあるため部落民中本道路を町道又は里道(所有者不明のまま従来から公衆の道路として利用されているもの)と考えていた者も相当あつた。しかし本道路は幅員六尺三寸前後の凸凹の多い道路で少しく多量の降雨があると全域が数日間にわたつて泥濘化し、しかも本道路の北側の土地(被控訴人所有地)は北に向つて低くやや傾斜しているため雨水が同方面に向つて多量に流入しその附近一帯は常に湿潤状態にある有様であつた。たまたま昭和二五年二月頃僧侶新林教円の主唱により部落の環境衛生等を改良しようという気運が高まり被控訴人以外の部落大部分の者が参加して小谷区更生会なるものが発足したが同会は先ず当初の仕事として当時腐朽状態にあつた前記共同浴場の建物を改築し(その際同敷地の所有者であつた被控訴人との間に紛争生じ、同人は仮処分により右改築を差止めたが田村副知事が調停に入つて右紛争は解決した)次で第二段の仕事として全会員一致を以て企図したのが本件甲地における側溝改良及び乙道路における土管埋設工事である。而して右工事は控訴人町においてもその必要を認め府の援助の下に町において施行することとなつたのであるが、乙道路の所有者はその南側の土地所有者森井長左エ門及び北側の所有者被控訴人のいずれであるか不明であつたので控訴人町の助役及び小谷区更生会の役員が右両名の同意を得るよう交渉に赴いたところ森井は直ちに承諾したが被控訴人は責任者たる町長の来訪を要求して諾否いずれの態度をも明確にしなかつた。その後町及び右更生会は数回被控訴人と交渉したが遂にその承諾をえられないまま昭和二八年四月初旬頃同人に対しては通知のみで前記工事をなすに至つたが、乙道路の土管埋設にあたつては立会つた森井長左エ門の提言により被控訴人との紛議を避けるため同道路の中央線以南の部分において右工事をすることとした。而して該工事は乙道路の略々東南端より西方に向け略々一直線に約一〇、二五米の間においてその両端及び中間に計三個の鉄板溝蓋を設けその下を排水用の土管が通つて乙道路及びこれに続く道路を通り抜け遠く西方にある田地の用水池へ達するようにしたものであるが、右工事の結果として乙道路の排水状態は面目を一新し同道路利用者及び附近の居住者でこれを喜ばない者は殆どなく、同工事を存置することは現在部落民一同の熱望するところといつて差支えない。以上のとおり認定することができるのであつて、被控訴人の原審第二回本人尋問中右認定に反する部分は当裁判所これを措信しない。なお同人は本工事の結果として土管埋設部分が盛り上がり通行に不便を来たし、また排水が十分でないため雨水が被控訴人の敷地内に流れ込む結果を来たしていると主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠はない。

かように被控訴人にとつても客観的に好都合であり損害としては認めるに足りない工事に対し何故同人が不満を抱きその撤去を求めるに至つたのであるかにつき考えるのに、≪証拠省略≫を総合すると、それは一に控訴人町及び小谷区更生会等において本件工事の施行に先だち被控訴人の諒解をえるための十分な措置を講じなかつたこと、特に従来部落の有力者であつた被控訴人が参加しないままに発足し、しかも発足早々に前記共同浴場の改築に関し被控訴人と紛議を生じた小谷区更生会が主唱者及び事実上の実施者となつて今回再度被控訴人の承諾をうることなく同人所有地に工事を施行したことが痛く同人の面目を傷つけたものとする憤懣の念に出たものと推認するの外ないのである。私人でない公法人たる町がいかに公共の目的に出たものであるとはいえ私人の財産権を制限する場合には法の規定に従つて正当な手続をふむことを要することは更めて説く迄もないところであり、一般に公権力の主体によるこの種の違法侵害があつた場合その救済措置は私人がした場合に比しより一層適確であるべきが当然である。しかしながら前記したところで明らかなごとく本工事は多年にわたる部落民一同の願望にそつたものであり工事の結果も部落全体の便宜及び附近の環境を飛躍的に向上させたものであつて、被控訴人としても本道路は過去五〇年以上公衆の通路として利用されてきたのであるから本工事により利益をこそ受けなんらの損害をも被るものではないのである。本工事着手迄の控訴人側の措置にずさん、粗漏な点がありこれにより被控訴人の権利が侵害されたことは否めないがその完成後一〇年以上を経た現在においてなお本工事の存置が部落民一同の強い願望となつていることを考えると被控訴人がこれを無視しその利益を破壊してまで往時の原状を回復しなければならない必要と利益とを有しているものとは到底認めることができない。以上の理由により当裁判所は被控訴人になお損害があるとすれば同人は民法第二三四条第二項但書行政事件訴訟法第三一条に示された法の趣旨にしたがいその補償を請求する方途に出るべきであつて右工事の撤去そのものを求めるのは権利の乱用として許されないものと考える。したがつて本訴請求が工事の撤去を求めるものである以上それは理由なきものとして棄却されなければならない。

六、よつて本訴請求を認容した原判決を取消すべきものとし民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加納実 裁判官 加藤孝之 裁判官沢井種雄は転任したので署名捺印することができない。裁判長裁判官 加納実)

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