大判例

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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)789号 判決 1962年5月17日

控訴人 原告 岡尾国広

被控訴人 被告 村上信光 外一名

訴訟代理人 山本登

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人村上信光、別府義雄は連帯して控訴人に対し金二〇万円を支払うことを命ずる。被控訴人小坂利夫は控訴人に対し金二〇万円を支払うことを命ずる。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、控訴人において「原判決は次のとおり不当である。

(一)  被控訴人小坂利夫について

原判決は、被控訴人小坂が(イ)控訴人を生野警察署に左遷せしめる目的を以て、兵庫県警察本部長に控訴人の公私にわたる虚偽の事実を作為報告した行為、(ロ)昭和三〇年四月二三日より同年五月三日まで特別監察と称し控訴人の公私の行動について自ら調査し、又下僚をして調査せしめて虚偽の事実を同本部長に報告し、同部長をして兵庫県人事委員会及び神戸弁護士会人権擁護委員会に対し虚偽の事実を報告せしめた行為、(ハ)同被控訴人自ら右各委員会において故ら控訴人に関し虚偽の事実を説明した行為の内、(イ)(ロ)の各行為は客観的外形が職務行為であるから、公務員個人の賠償責任を問うことはできないと判示する。しかし之は国家賠償法の誤解であり、控訴人は同法による救済を求めるものではない。右(イ)(ロ)の各行為は同被控訴人が総合監察という職務行為を行うに際し、偶々控訴人に対する私的反発を覚えその報復的措置として何等非行事実もなく、又その調査もせず、而も控訴人の当時の直属長たる尼崎北警察署長の意見上申もないのに生野署に転勤命令を発せしめたものであり、その後で左遷の理由づけのために(ロ)の行為をしたのであるから、(イ)の行為はその外形上適法要件を具備せず、監察官の権限に属しないものであり、仮にそうでないとしても、職権を濫用してなした私心満足の報復行為であるから、本質は私的行為にすぎず、職務行為ではない。又(ロ)の行為も職務行為の外観を装つているが、之亦職権濫用の私的行為である。更に(ハ)の行為についても、右被控訴人が左遷の発令当時に判明していた事実として説明したのはすべて虚偽であつて、事実は左遷後に調査蒐集した資料に基いて説明したものであり、又当時の尼崎北警察署長亀井鶴蔵は左遷当時控訴人の非行につき何等報告上申した事実はなく、同人名義の上申書(乙第二号証の二五)は同人の関知しない偽造文書であつて、このことからも本件の性格が明らかである。

(二)  被控訴人村上信光、別府義雄の行為について

控訴人の退職が強要に基くか否かは、事件の発端の不法性を見究め、之に対し控訴人のとつた提訴措置、之に対する県警察の態度措置等一連の経過から見れば、容易に判断し得るに拘らず、原審は十分の審理を尽さなかつたものである。」と述べ、甲第六、七号証を提出し、当審における証人亀井鶴蔵の証言、被控訴人小坂利夫本人の供述を援用し、

被控訴代理人において、原審証人安福年朔の証言を援用し、甲第六、七号証の成立を認めたほか、

いずれも原判決事実摘示と同一であるから、之を利用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求を失当とし、従つて本件控訴は理由がないものと認める。その理由は次の(一)乃至(三)の判断を附加し特に(二)において示すごとく、原判決の採つた理論には当裁判所の採用できないものがあるけれども、控訴人の請求は結局失当というほかないことを附加するほか、すべて原判決の理由と同一であるから、之を引用する(但し原判決理由四枚目表四行目に「ただ抽象的に」とある語句は不必要につき之を削除し、同じく表六行目に「一五ないし一九」とある次に、「当審証人亀井鶴蔵の証言」を加える)。

(一)  控訴人の洲本警察署より尼崎北警察署に転任発令の日は昭和二九年七月一七日であり、同署より生野警察署に転任発令の日は昭和三〇年一月三一日であつたことは成立に争のない甲五号証の一により明らかである。

(二)  原判決は、仮に被控訴人小坂利夫が控訴人に対し私心を抱き報復的措置として当審において控訴人の主張する(イ)(ロ)の不法行為をしたとしても、これらの行為は客観的に観察するときは行為の外形上同被控訴人の監察官としての職務執行とみることができ、公務員のかかる職務行為に基く損害については、当該公務員は個人として被害者に対し損害賠償の責任を負担するものでないことを、最高裁判所昭和三〇年四月一九日の判例(以下之を第一の判例と略称する)、及び昭和三一年一一月三〇日の判例(同じく第二の判例と略称する)を引用して判示している。

しかしながら、若し公務員が職務の執行に藉口して、故ら越権行為をなし、或は私心を満足するための報復行為をなして、之が為他人に損害を及ぼしたものとすればそれは職権の濫用であつて本来は職務の執行ではなく、正しく公務員個人の不法行為と見るべきものであるが、それがいやしくも客観的に職務執行の外形をそなえる行為である限り、国民の権益の擁護の立場から国家賠償法に基き国家において損害賠償責任を負うべきものとしたのが前掲第二の判例であつて、之は当該公務員個人の責任の有無については何等触れるところはない。而してこの点は同法第一条第一、二項の明文上においても解決されていないので、専ら解釈に委ねられる問題である。もとより単に被害者の受けた損害の救済という面のみを考えると、国又は公共団体において損害賠償責任を負担しさえすれば十分であると謂えないこともないけれども、職務の執行を装うという方法を選んで公務員が不法行為を行つたものとすれば、之に対し直接被害者より損害賠償責任を問う道を遮断することは、民法の道義性の見地よりしてその当否は極めて疑わしいものがある。昭和七年五月二七日の大審院判例は法人の機関として不法行為をなした以上、その者は個人としても損害賠償責任を負うべきものとしたが、公務員についてのみ之を別個に解する余地は全くないと謂わなければならない。かように解しなければ、右第二の判例の事案のごとき、巡査が職務執行をよそおい、強盗殺人を犯したような場合にも、国家賠償法の救済があるとの一事により被害者の遺族から右犯人に対する直接の損害賠償請求を許さない結論を生じ、その不当なること明白である。前掲第一の判例は、単に旧農地調整法施行令第二八条の四第一項に基き地方長官が職務行為としてなした市町村農地委員会解散命令に付公務員が個人として名誉毀損による損害賠償責任を負うものではないことを判示したものであつて、公務員の私心に基く権限濫用行為に関する判例ではないから、本件に適切ではない。

以上の理由により当裁判所は少くとも公務員の故意に基く職権濫用行為については、当該公務員は個人としても損害賠償責任を負担すべきものと解するので、以下控訴人主張の(イ)(ロ)行為に関し、被控訴人小坂にかような職権濫用行為があつたか否かについて考察する。

先づ成立に争のない甲第一号証によると、神戸弁護士会人権擁護委員会が控訴人の提訴に基き、同人の尼崎北警察署より生野警察署えの転任命令が同人の居住の自由(憲法第一三条第二二条)を侵犯したものであるとの判定を昭和三一年三月三一日付で下したことが認められるのであるが、この判定書を仔細に検討するも右転任命令と被控訴人小坂利夫の行為との関係に付ては全く触れていないので、この判定の内容の当否は別問題とし、之を以て同被控訴人が前掲(イ)(ロ)の行為に関連して越権の行為があつたとか或いは私心に基く報復的措置をなしたものと見る証拠とすることはできない。その他控訴人提出援用の極めて多岐にわたる書証、原審及び当審における各証人の証言、控訴人本人の供述等を後に掲げる乙号各証と比較して精査しても同被控訴人が右のような不当な目的をもつて職権濫用にわたる何等かの行為をしたものと認定することはできない。又当裁判所が真正に成立したものと認める乙第二号証の一二、及び一六乃至二四、二六、二七、当審における証人亀井鶴蔵の証言、被控訴人小坂利夫本人の供述及びこれらにより成立を認められる乙第二号証の二五を総合すると、同被控訴人は控訴人の生野警察署転任の後である昭和三〇年四、五月にわたり控訴人の尼崎北警察署在勤中の行状につき特別監査をしたことは認められるが、そのため直ちに右転任前の監察がなかつたとか、或いは不十分であつたとか認定すべきものではない。(尚右乙第二号証の二五には若干書式に不備の点はあるとしても之を以て控訴人の言うごとく偽造文書と見ることはできない。)

要するに、以上のすべての考察を通じて被控訴人小坂利行に控訴人主張の(イ)(ロ)の不法行為があつたことは認定できないから、この主張は採用しない

(三)  当審におけるすべての証拠調の結果によるも原判決のその余の認定を覆えし、控訴人に有利の認定をするに足りない。

以上の次第であつて、被控訴人三名に対する控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結局全部正当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加納実 裁判官 沢井種雄 裁判官 加藤孝之)

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