大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)872号 判決 1964年10月23日
控訴人 福山孝震こと 辛孝震
右訴訟代理人弁護士 岩田嘉重郎
被控訴人 武山根道こと 崔根道
右訴訟代理人弁護士 黒田喜蔵
黒田登喜彦
主文
原判決中主文第二項を除きこれを取消す。
被控訴人の予備的請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
被控訴人の控訴人の代理人としての訴外金孟秀に対し、昭和二五年六月三〇日金一〇万円を利息月九分弁済期同年七月三〇日と定めて貸与し、次いで同年八月二〇日金四万円を利息月九分弁済期同年九月三〇日と定めて貸与した旨の主張事実に基く被控訴人の主たる請求は原審において排斥せられたものなるところ被控訴人においてはこれに対し独立または附帯控訴するところがないから当裁判所において判断する限りでない。
次に被控訴人は、訴外金孟秀に右金一四万円を貸したところ、控訴人は昭和三〇年三月中旬右金の債務を重畳的に引受けた旨主張するから按ずるに、原審証人野村紋煥、当審証人金山出生、重光久雄の各証言と当審における控訴本人尋問の結果によれば、昭和二五年か六年か七年頃に(月日は確認し難い)控訴人の妻金孟秀が、さきに被控訴人より金五万円を借受けたのを、訴外野村紋煥に貸したところ、間もなく利息金五〇〇〇円を付けて、被控訴人に弁済したことがあり、野村が更に被控訴人より金借することを希望したので、金一〇万円を金孟秀において被控訴人より預り野村に渡した事実、及びその後間もなく被控訴人の妻が控訴人方に来た時、金の斡旋で、金四万円が右妻より野村に貸された事実を認めることができるけれども、右両回の貸借につき、控訴人は後に妻より聞かされたのみで、全く関与しておらないことが明らかである。そして被控訴人の右主張中債務引受の点につき、原審証人李庚浩、原審及び当審証人前島トモヱ、寺本正芳の各証言及び原審及び当審における被控訴本人尋問の結果中には、右被控訴人の主張に副う部分があるけれども、他面右寺本証人の原審における証言中には「五、六年前(昭和二八、九年に当る)の夏自分が被控訴人より頼まれて控訴人方に交渉に行つたとき控訴人は、妻が借つて来てやつた人は宮城県とかへ行つているので早く探し出して何とか返済さすようにするからというていた。」と述べている部分もあり、妻が夫に内緒に口を聞いて他人が借り受けた金銭については、夫としては通常その程度の責任を感ずるのが普通であつて、これを全面的に引受けるが如きことは、余程特別の事情がなければ考えられないことに鑑み、更にまた当審証人金山出生、重光久雄の各証言と当審における控訴本人尋問の結果によれば、野村が被控訴人に対し、借受け金員を返さぬところから、被控訴人は大に怒り、野村に対し暴力を奮つたことがあり、野村が居たたまれずに家族を残し出奔するや、野村の意を受けて家族の者が売却した野村の家屋の買受先きに対し、「この家は自分が貸金の見返りにとる家だ。」と申向け脅迫した事実が認められるのみならず、原審及び当審証人高山松秀の証言と当審における被控訴本人の供述によれば、被控訴人は野村の居所を訪ねて或は沼津または川崎へと請求に出かけていたものである事実が認められ、これらの証拠を綜合し、且つ本件訴が昭和三四年三月六日になつて始めて原審に提起せられていることは当裁判所に顕著である事実などをも参酌して考えて見ると、被控訴人は、控訴人からは本件金員につき責任はないとつき放され、やむなく真実の借主である野村に対し厳重に支払を催告していたものと認定するのが相当であつて、債務引受についての前記被控訴人の主張に副う証言は到底たやすくこれを信用することができない。してみると仮に本件金員は、野村と金孟秀の二人で、または一旦金孟秀が借り受けたものを再び野村が金から借り受けたもので、従つて金孟秀にその返済義務があつたとしても、夫たる控訴人の債務引受の事実が確認できない以上、それを前提とする被控訴人の予備的請求も理由がないものといわねばならない。
よつて被控訴人の右請求は理由がないのに拘らず、原審がたやすく予備的請求を認容したのは失当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決中第二項を除きこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用につき同法第九五条第八九条を適用し主文の通り判決した。
(裁判長判事 宅間達彦 判事 増田幸次郎 井上三郎)