大阪高等裁判所 昭和35年(ラ)134号 決定 1960年10月10日
抗告人 川本繁
相手方 西垣木炭株式会社
主文
本件抗告を却下する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告理由は左記のとおりである。
「相手方は、抗告人に対する神戸地方裁判所昭和三四年(ワ)第四四七号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基いて、抗告人の所有する原決定添附目銀記載の不動産について強制競売の申立をなし、よつて同裁判所は昭和三十四年十一月二日に強制競売開始決定をなした上、右不動産の最低競売価額を金九十八万七千七百二十円と定めた。而して右判決によつて抗告人が相手方に対して支払義務があるものとせられた金額は、抗告人が相手方に対して振出した金額各金十万円の約束手形四通に基く手形金合計金四十万円、及び内金十万円については昭和三十三年九月一日から、内金十万円については同年十月一日から、内金十万円については同年十二月一日から、内金十万円については同年十二月二十八日から、各完済に至る迄年六分の割合による法定利息金を支払うべき債務であつて、相手方は、右四通の約束手形の内、昭和三十三年十一月三十日を満期とする約束手形一通の手形債権を保全するために、昭和三十三年十二月二十五日神戸簡易裁判所において、本件不動産の仮差押決定を受けてこれを執行したが、抗告人は相手方に対し、右仮差押の原因とせられた手形債務の元利金を提供したけれども、その受領を拒絶せられたので、抗告人は、昭和三十五年三月二十三日適法な弁済供託をなして、これを消滅せしめた。よつて本件強制競売の原因債権として残存するものは、その余の手形三通の元利金債権のみであつて、これについては前記仮差押決定の効力は及ぶものでないところ、本件不動産には、右強制競売の原因債権に優先して弁済せらるべき不動産上の負担として次のものが存在する。
(1) 抗告人が大阪相互銀行のために設定した順位一番の抵当債権で、その後相手方が、同銀行から譲受けた現存債権額金三十八万八千四百円の抵当債権。
(2) 抗告人が雪印乳業株式会社に対し、昭和三十三年四月三日附契約を原因として設定し、昭和三十四年四月七日にその設定登記を経由した、債権極度額金三百万円の根抵当権によつて担保せられる左記二口の債権。(イ)抗告人が雪印乳業株式会社に対し、昭和三十五年一月二十七日現在において負担する牛乳買掛金債務金二十四万二千六百七十九円。(ロ)訴外棚倉正市が同会社に対し、前同日現在において負担する牛乳買掛金債務金三十四万八千四百八十八円に関して、抗告人が負担する連帯保証債務。
(3) 関係公署より交付要求にかゝる左記租税債務。(イ)兵庫県長田財務事務所に対する自動車税滞納金一万九千六百四十円。(ロ)長田区役所に対する固定資産税滞納金一万八千九百円。
以上の優先弁済せらるべき各負担に競売手続費用を加えると、その金額は合計金百三万円以上となるから、前記最低競売価額を以てしては、これを弁済して剰余を生じることは不可能であるから、裁判所は、民訴法第六五六条第一項に則り、その旨を差押債権者に通知した上、同条第二項の規定による増価競売の申立がなされない限りは、競売手続の取消をなすべきである。然るに神戸地方裁判所が、右の手続によることなく、競売手続を続行することは違法であるにかかわらず、これに何等の違法がないものとした原決定は失当であるから、原決定を取消し、本件強制競売開始決定の取消を求める。」
よつて考案するに、仮差押執行の効果として、債務者はその仮差押の目的物件の処分権を制限せられ、従つてその後において債務者が右目的物件についてなした処分行為はこれを以て仮差押債権者に対抗し得ないこととなるのであるが、該仮差押の被保全債権と、同一当事者間の他の債権とが、一箇の債務名義によつて執行力を取得し、従つて一箇の手続として強制執行がなされた以上は、前記仮差押執行の効果は右一箇の強制執行手続に関する限りは全面的且不可分的に生じる結果として、右債務名義に表示された他の債権も反射的に、右仮差押執行による執行保全の利益を受けるものとしなければならぬ。而して仮差押執行が本差押執行に転移した後においては、その債務名義に包含せられる債務の全額を弁済した上でなければ、強制執行の一時停止を求め得るものでないことは、民訴法第五五〇条第四号、第五五一条の規定に照らして明かであるから、債務者が、債務名義に包含せられる数箇の債権の内、単に仮差押の被保全債権たる債務のみを弁済することによつて、既に本執行に転移した仮差押執行の効果のみを排除し得るものとすることが許されないことも、また明であるというべきである。
而して本件において、債務者たる抗告人は、仮差押決定の原因とされた約束手形一通の元利金債権が、弁済供託によつて消滅したことを主張するだけで、同一債務名義の内容たる、他の約束手形三通の元利金債務を消滅せしめたことについては、何等主張疏明するところがないのであるから、相手方は、債務者たる抗告人が、その仮差押執行を受けた後である昭和三十四年四月七日に、雪印乳業株式会社のために、設定登記をなした、債権極度額金三百万円の根抵当権を否認し得るものとしなければならぬ。よつて右根抵当権による被担保債権が相手方の債権に先だつ不動産上の負担たることを前提として、本件競売手続に民訴法第六五六条に反する違法があるものとする抗告人の主張は理由がなく、その他職権を以て調査するも、本件競売手続に違法の点はないから、本件抗告はこれを却下すべく、民訴法第四一四条第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 田中正雄 河野春吉 本井巽)