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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1055号 判決 1965年7月15日

理由

控訴人が「金額一三八、八〇〇円、満期昭和三五年五月三〇日、支払地振出地共に相生市、受取人福留弘幸、振出日同年四月二〇日、支払場所株式会社神戸銀行相生支店」との記載ある約束手形((一)の手形と称する)及び「金額一二七、一七〇円、満期昭和三五年六月三〇日、その他の要件前同」の記載ある約束手形((二)の手形と称する)計二通を右受取人宛に振出したこと、(一)の手形は、同年七月一一日(二)の手形は、その満期日に、いずれも支払場所で呈示せられたが、支払が拒絶せられたこと、及び被控訴会社は、受取人福留の被控訴会社宛裏書ある右二通の手形の所持人であること、以上の事実は、当事者間に争はない。原審においては、右事実の外、右福留の裏書が支払拒絶証書作成期間経過後の裏書であることも当事者間に争はなかつた。すなわち本件口頭弁論の結果によれば、原審第二回口頭弁論において、控訴人は本件手形の各裏書は、期限後(支払拒絶証書作成期間経過後の意と解せられる)なされた旨主張し、第五回口頭弁論において被控訴会社は、これを自白したものであることが明かである。されば当審において被控訴会社は、右主張を撤回する旨主張したが、およそ自白は、真実に相違し錯誤に出たものなることが明らかにせられて始めて有効に撤回することのできるものであるのに、本件の全証拠によつても、右自白撤回の要件が立証せられていないから、右自白撤回は無効であつて、右の点は当審においても原審におけると同じく当事者間に争のないものである。

控訴人は、本件手形は福留の「問屋先の支払猶予の申訳に必要だから」との懇請により、貸与した融通手形であつて、当事者間でこの手形上の請求はしない旨の特約があり、期限後裏書により無償で且つ右特約のあることを知りながら、譲渡を受けた被控訴会社に対しては、受取人福留に対する人的抗弁を以て対抗しうるものであると抗弁するから按ずるに、右控訴人の主張は、いわゆる見せ手形(当事者間で請求しない特約の外流通に置かない特約のある手形)といわゆる融通手形(当事者間で請求しない特約はあるが流通において割引きすることが予定せられている手形)とを区別せず、双方を混同して主張している嫌があるが、その真意は先づ見せ手形の抗弁を、ついで仮定的に融通手形であつても、期限後に悪意無償で取得した者に対しては、支払を拒絶しうるものなることを主張するものと解して、以下判断する。《証拠》を綜合すれば、控訴人と訴外福留弘幸とは元近隣に居住し友人関係にあつたところ、昭和三五年三月頃右訴外人は控訴人に対し、衣料品の売先きの紹介方を依頼したので、控訴人(当時漸く成年に達したばかりの学生で傍らその母たみの袋物製造業を手伝うていたが、独立の商人でなく、固より自己名義の銀行との当座取引などなかつたもの)は、その母たみの取引先である九州の訴外木村萩雄を紹介したこと、福留は右紹介により早速右木村に対し五回に亘り多量の衣料品を販売したのであるが、その中の最初の二回分の取引高が本件(一)(二)の手形金額に該当すること、福留は同年四月頃九州の木村方まで売掛金の集金に赴いたが、木村に於て支払わず、やむなくその帰途同月二〇日控訴人方に立寄り、問屋先より支払を迫られている窮状を告げ、手形の貸与方を申込んだところ、控訴人も始めの中は極力拒否していたが、紹介した義理もあり、やむなく右申込みに応じ、振出したのが本件手形であること、以上の事実が認定できる。右認定によれば、本件手形は貸与手形であつて、原審及び当審の福留弘幸証人や当審証人木村萩雄らが証言するような、福留と控訴人間の衣料品の取引による控訴人の買掛金支払のため、あるいは木村の福留に対する買掛債務担保のために振出された手形でないことが明らかであつて、右福留等の証言は、前記各証言や控訴本人の供述に照し且つ福留の証言自体原審と当審では齟齬するところがあり到底信用し難く、乙第一、二号証は前記松井たみの証言や控訴本人の供述によれば、控訴人がたみの用事で赴いた際これを木村から受取つて来て、本件甲第一、二号証をこれと引換に回収しようとしたものなることが認められるけれども、それによつてもいまだ前認定を覆すに足らず、他に右認定に反する証拠はない。右の通り本件手形は、いずれも貸与手形であることにおいて福留より控訴人に支払を請求しない特約のあつた事実は十分これを認めうるが、只その貸与の目的が見せ手形としてであつたか融通手形としてであつたか、この点につき原審及び当審における松井たみの証言及び当審における控訴本人の供述によれば、見せ手形であるが如くであるけれども、原審における証人植松浅治の証言や控訴本人の供述によれば、むしろ融通手形であると認められ、特に控訴本人自身「金を貸す代りに手形を貸した」とまで供述しているのであるから、この点について多少疑問を残す余地はあるとしても、本件手形はいずれも融通手形であつたものと認定するの外はない。

ところでおよそ融通手形なるものは、その性質上当然流通におくことを予定せられたものであつて、これがその本来の目的通り満期前に割引かれたときは、割引きにより取得した第三者が融通手形なることを知ると否とを問わず、完全に手形上の権利を取得し、振出人は融通手形であることを割引者において知つていた事実を以て抗弁しえないことは当然であるけれども、支払拒絶証書作成期間経過後に被融通者より無償で取得せられた場合には融通手形であるという抗弁を以て取得者に対抗することができるものと解するのが相当である。蓋し期限後裏書による手形取得は指名債権譲渡の効力を持つにすぎず、従つていわゆる抗弁の切断なく振出人は期限後裏書人に対する人的事由を以て所持人に対抗しうるものであるところ、融通手形の振出人が満期前裏書による悪意の所持人に対しても対抗できないのは、一にそれが融通手形としての本来の性質すなわち割引きのため交付せられたものが割引かれたという事実に基くもので、それが真実割引かれることなく被融通者より無償で交付せられた如き場合にまで悪意の取得者を保護する趣旨ではない。期限後裏書においては、抗弁の切断を生じないから振出人と受取人たる前者との間の人的事由として融通手形たるの事由が受取人と同人から直接裏書譲渡を受けた所持人との間に当然に承継せられたとい所持人が善意であつても手形を割引いたのでなく、無償で取得したような場合は当然融通手形なる抗弁を以て振出人より対抗せられるものと解さねばならない(同旨昭和三九年六月一五日広島高裁岡山支部判決判例時報三七八号三三頁)。これを本件について見るに、被控訴会社は被融通者福留より直接本件手形を取得したのであつて、本件甲第一、二号の如き手形(甲第一号証は満期及びその後の二取引日内に呈示せられておらない。甲第二号証は満期に呈示せられているが無取引、本人不来行の理由で拒絶せられている)を満期後に一ケ月も経て(この点は当審における福留証人の証言により認定する)通常の対価を支払つて割引くが如きことは考えられない。いわんや当審証人松井たみの証言によれば、被控訴会社は、当時においでは控訴人方の近隣に営業所を有し、控訴人方の前認定にかかる諸事情を大体において知つていたものと認められるのであるから、なおさらのこと本件手形を被控訴会社が対価を払つて割引いたものと認められない。もつとも被控訴会社が巷間の金融会社が手形割引きに当つてよくやるように、支払銀行で振出人の信用をしらべ、更には振出人に直接当つて確めるようなことをした場合には対価を払つて割引くこともありえようが、このような事跡のあつたことは本件において全く顕れておらない。それのみか当審において、福留自身「本件手形で金がとれたら借金の入金にするということであつた」旨証言しておるのであつて、以上の諸状況に本件各手形が真実は期限後の裏書なるにかかわらず、ことさら期限内の裏書日が作為的に記載せられている点などを綜合判断すれば、被控訴会社は本件手形は、これを割引き取得したのでなく、無償で取得した(たといこの手形金請求で金がとれたら借金を棒引くということであつても、手形の割引金が未交付であることに変りはない。)ものであり、且つ右諸状況からすれば、本件手形が正常な取引による債務のために振出されたものでないことは、被控訴会社において十分察知していたものと認められるけれどもたといこの点被控訴会社が善意であつたとしても、前記の理由で、振出人たる控訴人は、融通手形たるの抗弁を以て被控訴会社に対抗しうるものといわねばならない。よつて控訴人の右抗弁は理由あり、被控訴会社の本訴請求は失当であるにかかわらずこれを認容した原判決は不当で、本件控訴は理由がある…。

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