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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1112号 判決 1962年5月28日

控訴人 株式会社 富士銀行

右代表者代表取締役 金子鋭

右訴訟代理人弁護士 中務平吉

破産者大平時計株式会社破産管財人

被控訴人 福岡彰郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

大平時計株式会社(以下破産会社という。)が昭和三五年一月一八日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任されたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第五号証中証人横田幸雄尋問調書、付箋部分の成立に争なくその余の部分について第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によりその成立の認められる甲第一号証の四≪省略≫によると、破産会社は、昭和三四年八月二七日金額一七万五二九六円、満期日同日、支払場所控訴人島之内支店と記載した自己の振り出した約束手形を不渡にし(支払受託者たる控訴人島之内支店が預金不足を理由としてその支払をしなかつた。)、一般に支払を停止し、同日、控訴人島之内支店支店長武用義男より控訴人の方で保管に応ずる旨いわれて、保護預けとしてではなく他の債権者から差し押えられることを避ける目的で、破産会社所有にかかる在庫品の時計類を売掛帳簿、仕入帳簿とともに同支店に保管したことが認められる。右認定によると、控訴人は、破産会社が同日一般に支払を停止したことを知つていたものと認めるのが相当である。同日現在破産会社が控訴人に対し手形取引上の債務計四七四万六一九二円を負担しており、他方預金債権計二四七万八二三九円を有していたこと、同年九月二一日破産会社が控訴人に対し破産会社の他に対して有する売掛代金債権四口計一四六万二四一五円を譲渡したことは当事者間に争がない。

被控訴人は、破産会社は昭和三四年九月二八日控訴人に対し自己の控訴人に対する手形取引上の債務の内金一〇〇万円を弁済したものであると主張するので考えてみる(控訴人は同日一〇〇万円を弁済したのは第三者であるリツチモンド株式会社((以下リツチモンドという。))であつて、その弁済は破産会社とリツチモンドとの合意によるものであると主張するのであるが、およそ破産者の危機((破産法七二条二号にいわゆる支払の停止又は破産の申立があつた後))に際し破産者が第三者と合意のうえ、あるいは第三者に依頼指示し、その第三者をして破産者の一部債権者に対する債務を弁済させた場合、特段の事情のない限り、その弁済にともなつて破産財団となるべき財産は間接に減損する((つまり、破産者はその第三者に対し代位弁済による求償債務を新たに負担するから、その財産は第三者の弁済によつて間接に減損する。))ものであり、このような第三者の弁済は同法七二条二号本文にいうところの、破産者の「破産債権者ヲ害スル行為」にあたるものと解するのが相当である。なぜならば、このような第三者の弁済は、破産者との合意あるいは破産者の指示によるものである以上、破産者と第三者との共同行為であり、他方破産者の「破産債権者ヲ害スル行為」は、直接破産財団となるべき財産を減損するものに限られず、間接にそれを減損するものであれば足りるからである。この場合も、否認権行使の相手方は、弁済を受けた一部債権者であつて、同債権者は給付の目的物を破産管財人に返還すべきである。したがつて、たとえ控訴人の主張するようにリツチモンドが破産会社と合意のうえ、一〇〇万円を控訴人に弁済したものであるとしても、それは破産会社のリツチモンドとの共同行為たる弁済であり、否認権の対象となるものと解すべきである。)。成立に争のない甲第六号証≪省略≫を総合すると次の事実が認められる。

控訴人は、前示のように昭和三四年八月二七日破産会社よりその所有の時計類の保管を受けたのであるが、破産会社の控訴人に対する前示手形取引債務が完済されないことをおそれ、これを事実上留め置き、破産会社に返還しようとしなかつた。他方、金融業を目的とするリツチモンドは、当時破産会社に対し手形債権計二七三万円余を有しており、しかもそれが無担保であつて、回収に苦慮していた。リツチモンドは、たまたま破産会社が前示時計類を控訴人島之内支店に預けてあることを知り破産会社に対し「リツチモンドの破産会社に対する前示手形債権の担保として時計類を引き取りたい。」旨申し入れ、同年九月二七日リツチモンド専務取締役近藤朔多は、破産会社代表取締役山田尚孝とともに同支店を訪れ、同支店支店長代理海外敏郎に対し時計類の引渡を懇請した。ところが、海外は同支店長武用義男の指示に基づいて「控訴人が破産会社のために割り引いた手形は、今後不渡りとなるかも知れず、控訴人の破産会社に対する手形取引上の債権は回収できなくなるおそれがある。」といつて時計類の引渡を拒絶した。近藤は山田とともに翌二八日午前中再び同支店を訪れ、「リツチモンドの方で定期預金をするから時計類を引き渡されたい。」旨申し出たが、海外は近藤及び山田に対し「破産会社の前示債務の内金一〇〇万円を弁済するならば時計類を返還する。」旨答えたので、近藤と山田とは一たん同支店を辞し、その日の午後同支店を訪れ、近藤が所持していた一〇〇万円を海外に手交し、海外は時計類を近藤に引き渡した。リツチモンドは、一〇〇万円を自己の名で弁済する旨明言していない。同日破産会社は、リツチモンドから借り受けた一〇〇万円の支払方法としてリツチモンドあてに金額一〇〇万円、満期日同年一一月三〇日支払地振出地とも大阪市、支払場所株式会社第一銀行心斎橋支店と記載した約束手形一通を振り出し交付した。リツチモンドは、当時右時計類は時価一〇〇万円をこえるものと聞いており、自己の破産会社に対する手形債権の担保としてこれを引き取つたものである。ところが、リツチモンドの方では、その後時計類の時価が一〇〇万円に満たないことを知り、同年一〇月初旬頃近藤は、リツチモンド代表取締役富山荘三、山田とともに前示支店を訪れ、海外に対し「前示一〇〇万円を自己の方へ返還されたく時計類は控訴人に返還する。」旨申し出たが拒絶され、その後同年一二月中近藤は富山とともに同支店を訪れ、支店長武用義男に対し前同様の申出をしたが拒絶された結果、リツチモンドは時計類を約四〇万円で他に売却処分した。その後控訴人島之内支店支店長武用義男は、被控訴人の事実調査依頼に対し、昭和三五年二月一二日付回答書で、時計類は破産会社に返還した旨回答している。控訴人は、控訴人と破産会社との間の弁済充当等に関する約定(乙第一号証の手形取引約定書第九条)に基づいて、任意に前示一〇〇万円を破産会社の自己に対する数口の債務の一部の弁済に充当した。

以上の事実が認められる。前示海外敏郎、武用義男の証言中右認定に反する部分は、前示証拠と比べて信用できない。他に右認定を左右するに足りる資料はない。

思うに第三者が自己の名においてすることを表示し、かつ他人の債務として弁済したときは、いわゆる第三者の弁済であることはいうまでもないけれども、第三者の弁済において、第三者が常に必ずその弁済を自己の名を表示してすることを要するか否かは解釈上の疑問である。しかし、第三者の弁済は、少くとも第三者が他人の債務としてその目的たる給付を実現することによつて債権の目的を達成するものでなければならない。金銭債務の弁済は一定額の金銭の支払、すなわち金銭の引渡によつて行われるものであるから、金銭債務の第三者弁済においては、少くとも第三者の保有する金銭がその第三者より債権者に引き渡される(その引渡の方法は直接であると間接であるとを問わない)ことによつて、金銭所有権が第三者より直接債権者に移転するものでなければならない。本件についてこれを考えてみるに、前示のように破産会社が昭和三四年九月二八日リツチモンドから一〇〇万円を借り受ける旨約し、その返済方法として前示約束手形をリツチモンドあてに振り出している事実、少くともリツチモンドは自己の名を表示して一〇〇万円を控訴人に引き渡していない事実によると、前示一〇〇万円の金銭所有権は、リツチモンドより破産会社に、破産会社より控訴人に順次移転したものというべきである。前示のように、近藤は直接海外に対し一〇〇万円を手交しているけれども、リツチモンドは一〇〇万円を破産会社に貸与したものであつて、近藤は単にその場にいた破産会社代表取締役山田のためにこれを所持していた(占有補助者)にすぎず、一〇〇万円は山田から控訴人に引き渡されたものと認めるのが相当である。前示のように近藤と山田とが、控訴人島之内支店に出向き、時計類の返還あるいは一〇〇万円の弁済について海外と交渉した際、発言したのは近藤だけであり、当初近藤がまずリツチモンドの方で控訴人に定期預金をする旨申し出たものであるけれども、これをもつては近藤がリツチモンドの名を表示して一〇〇万円を弁済する旨申し入れたものと認めなければならないものではないばかりでなく、前示のように一〇〇万円の金銭所有権はリツチモンドから破産会社に、破産会社から控訴人に順次移転したものである以上、リツチモンドが一〇〇万円を控訴人に引き渡して弁済したものということはできない。又リツチモンドは、前示のように後日時計類が一〇〇万円に満たないものであることを知り、控訴人に対し時計類を返還すると引換に一〇〇万円をリツチモンドに支払うよう要求しているけれども、破産会社が無資力である以上、リツチモンドが破産会社に一〇〇万円の返還を要求せず控訴人にその支払(返還)を要求したのは、実際上もつともなことであり(たとえリツチモンドが控訴人に一〇〇万円を弁済したものであるとしても、その弁済は有効であつて、リツチモンドは法律上その返還を求めることはできない。)、この事実をもつてリツチモンドが自己の名を表示して一〇〇万円を控訴人に引き渡し、自己より直接控訴人に一〇〇万円の金銭所有権を移転させたものと認めなければならないものではない。他に一〇〇万円を支払(引渡)つたのはリツチモンドであることを確認するに足る証拠はない。控訴人の主張は採用できない。してみると、一〇〇万円は第三者であるリツチモンドが支払つたものでなく破産会社が支払つたものというべきである。もつとも、破産会社が一〇〇万円を支払う意思を示したことを確認するに足りる証拠はないけれども、金銭債務の弁済、すなわち金銭の引渡(支払)は事実行為であつて、破産会社はその弁済意思を表示することを要しないから破産会社がその意思を表示しなかつたからといつて、破産会社がこれを弁済したものでないということではできない。前示認定によると、控訴人側としては、一〇〇万円を支払つたのはリツチモンドであると認識していたことがうかがわれないではないけれども、それは控訴人側の認識の誤り(錯誤)であつて、控訴人側にそのような認識の誤りがあつたからといつて、その弁済者が破産会社である事実の認定、あるいはその弁済の効果になんらの消長を及ぼすものではない。

控訴人は、破産会社は控訴人に対する手形取引上の前示債務の一部を弁済する目的でリツチモンドより一〇〇万円を借り入れ、この一〇〇万円で一部弁済をしたものである以上、破産会社の財産(一般債権者の共同担保)に増減がなく、この弁済は破産債権者を害するものでないと主張するので考えてみる。思うに破産法七二条二号に定めるいわゆる危機否認の目的は、破産寸前の危機に際し、一部債権者に独占的満足を与えるような破産者の行為を否認することによつて一般破産債権者に対する平等・公平な弁済を実現するにあるものである。破産者が危機に際し他より新たに弁済資金を入れ、これをもつて一部債権者に対し弁済した場合、破産者は一方ではその借入先に債務を負担し、他方では一部債権者に対してのみ完全な満足を与えるものとすると、その限りでは債権者が後者から前者に交替するにすぎない。しかしながら、破産者が危機に際し一部債権者に満足を与えようとする主観的な動機で弁済資金を借り入れたものであるにしても、客観的にみて、その資金は破産者の財産に組み入れられたものというべく、もはやその資金は、将来破産財団を構成するものとして、破産債権者間に平等・公平に弁済・分配されなければならない。もしもそうでないとすると、破産の暁において、破産債権者殊に新たな借入先である破産債権者は、完済を受けた一部債権者に比べて、不当に不利な犠牲を強いられる結果を生ずる(もつとも、リツチモンドは控訴人から破産会社所有の時計類を受け取りこれを担保に供した後、約四〇万円で処分しているけれども、これもまた危機否認の対象となるべき行為であるから、右説示の支障とならない。)。この借入資金は一瞬間も破産者の財産に帰属しない旨の控訴人の主張は採用できない。控訴人は、この借入資金が破産者の財産に帰属するとすると、破産財団、したがつて破産債権者は、前示一部債権者及び新たな借入先である債権者の犠牲において不当な利得をすることとなると主張するけれども、前に説明したように解することこそ、前示一部債権者及び新たな借入先である債権者をも含む全破産債権者に対する平等・公平な分配・弁済を可能にするものであつて、一般債権者は不当な利得を受けるものではない。控訴人の右主張は採用できない。

してみると、破産会社は、支払停止後控訴人に対し手形取引上の前示債務のうち一〇〇万円を弁済し、破産債権者を害する行為をしたものであつて、控訴人はその当時支払停止の事実を知つていたものであるから、被控訴人の否認(破産法七二条二号)により、控訴人は被控訴人に対し前示弁済金相当額一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明白な昭和三五年三月二五日から支払ずみまで民事法定利率年五分相当の遅延損害金を支払うべき義務を免れない。

そうすると、被控訴人の本訴請求を正当として認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民法三八四条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 日野達蔵)

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