大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1179号 判決 1964年1月24日
控訴人 上田熊治郎
右訴訟代理人弁護士 島秀一
被控訴人 花岡繁一
右訴訟代理人弁護士 池口太郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、当事者間に争いのない事実
原判決の理由の冒頭(九枚目表一一行目)から九枚目裏一〇行目の「当事者間に争いがない。」までをここに引用する(但し同裏一行目に一四坪二合四勺とあるのを一四坪二合五勺に訂正し、同裏二行目から四行目までの括弧内を削除する。尾崎平作が昭和二七年九月二七日死亡したので、尾崎良平がその権利義務を相続によつて承継したことも、当事者間に争いがない。
二、控訴人は、本件家屋を林静子から買い受け、本件土地を占有していることを自認し、その占有について正権原があると抗争するので判断する。
(一) 控訴人は、林静子と尾崎良平間に本件土地について地上権又は賃借権が存在し、控訴人は本件家屋を買い受けるとき、林静子から、尾崎良平の承諾によつて右地上権又は賃借権を譲り受けたと抗弁しているが、本件に顕れた全証拠を検討してもそのような心証を惹かない。
かえつて、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 尾崎平作は、昭和二四年二月頃尾崎良平名義で本件家屋を建て、自分の妾である林静子をして菓子の小売り、しるこ屋、及び美粧院をさせていた。
尾崎平作は、生前原判決添付の第二目録記載の家屋(以下本宅という)と本件家屋を所有していたが、妾であつた林静子に本宅を贈与し、林静子は、尾崎平作死亡直前の昭和二七年八月一一日その所有権移転登記手続をすませた。ところが尾崎平作の親族間にこれが知れて問題になり、その解決策として尾崎平作の子の尾崎良平と林静子との間で、林静子が贈与をうけた本宅と、尾崎良平が相続取得した本件家屋とを交換することに決まつた。本件家屋の敷地である本件土地は尾崎良平の所有であるが、右交換の際右当事者間で、林静子が本件土地を使用するについて、何らの取りきめもなされなかつた。そのわけは、尾崎良平は、嘗つて自分の父の妾であつた林静子を身内の者同様に扱い、本件家屋を所有して使用する限り、特に、本件土地は無償で使用させる心算であつたので、特に、本件土地の使用について問題としなかつたからである。
(2) 林静子はその後すぐ、控訴人に本件家屋を金六〇万円で売却したが、林静子は勿論のこと控訴人も右売買に際し、本件土地の使用について何ら問題としなかつた。それは、控訴人としては、昭和二五年三月から本件家屋の階下西半分を尾崎平作から賃借していたので、本件家屋を買い受けても、尾崎良平がそのまま本件土地を使用させて呉れるものと独断したからである(控訴人が本件家屋の階下西半分を尾崎平作から賃借したことは当事者間に争いがない。)。しかし、控訴人は、尾崎良平に対し、本件土地の賃借方の申込みをしたことがないし、尾崎良平がその承諾を与えたこともない。
右認定の事実関係からすると、林静子と尾崎良平間の本件土地の貸借関係は、たかだか、使用貸借関係にしかすぎないといわなければならない。
そうすると、林静子が本件土地について地上権又は賃借権のあることを前提にしたこの抗弁は採用に由ない。
なお控訴代理人は、林静子が尾崎良平から本件家屋を交換によつて取得した際、当事者間で本件家屋を存続させることを前提としたもので、その取毀しや立退きなどは予想していなかつたから、当事者間に黙示的に本件家屋の敷地である本件土地について地上権設定契約又は賃貸借契約が成立すると主張している。
しかし控訴代理人掲記の判例は「土地ト家屋ト共ニ所有シタル者カ地上ノ家屋ヲ他人ニ売却シ」た場合、特別の事情のない限り、買受人に土地使用権が成立すると判示しているのであり、当裁判所はさきに認定したとおり林静子と尾崎良平との本件土地の使用関係は、その特殊な縁故関係からして使用貸借であると判断しているのであるから、この判断は、右判示と牴触するものではない。
控訴代理人は、右判示を一歩進めて、このような場合は、当事者間に暗黙のうちに常に地上権設定契約又は賃貸借契約が成立するとの見解を採つているもののようであるが、そのように解しなければならない法律上の根拠はどこにもない。
(二) 控訴人は、昭和二八年一〇月二九日本件家屋を買い受けると同時に、尾崎良平との間で、本件土地について、賃料一ヶ月金三三円六九銭、賃借期間を定めないで賃貸借する旨の契約が締結されたと抗弁しているが、同事実を認めることができる証拠はどこにもない。
(三) 控訴人は、被控訴人は本件土地を買い受けて後、控訴人との間で本件家屋の便所北端から北に一尺五寸の地点まで土地を控訴人が借り受けることにより、控訴人は被控訴人が本件家屋の東側と日除棚の間を通路として使用することを認め、被控訴人は右地点から東へ高さ一間余の板塀をつくつて区劃し結局被控訴人は控訴人の本件土地の使用権限を認めているもので暗黙の賃貸権が存立していると抗弁しているので判断する。
控訴人主張のような板塀を被控訴人が設けたことは当事者間に争いがない。
ところで、≪証拠の認否省略≫ほかに右抗弁事実を肯認することができる的確な証拠はない。
したがつて、右抗弁は採用に由ない。
(四) 控訴人は、本件家屋の階下西半分を尾崎平作から賃借していたから、反射的にその敷地である本件土地の使用権を有していた。この使用権は、控訴人が本件家屋を買い受けても、潜在的に存続すると抗弁しているが、控訴人の本件家屋の賃借権は、控訴人が、それを買い受けるのと同時に、混同によつて消滅したと解するのが相当である。これと異なる控訴人の主張は、採用に由ない。
(五) 控訴人は、被控訴人が控訴人に対し本訴請求をするのは権利の濫用であると抗弁するので判断する。
本件に顕れた全証拠を検討しても、被控訴人の本訴請求が権利の濫用であることを肯認することができる資料はない。
三、以上の次第で、控訴人の抗弁はいずれも理由がないのであるから、控訴人は被控訴人に対し、本件家屋を収去して本件土地を明け渡さなければならないこと勿論である。
そのうえ、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人が本件土地の所有権を取得した日であることが当事者間に争いがない昭和二九年一二月二一日から右明渡しまで、賃料相当の損害金を支払わなければならないところ、その金額が被控訴人の主張どおりの金額であることは、原審鑑定人福西宝作の鑑定の結果によつて認める。
そうすると、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当である。
そこで、民訴三八四条八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 古崎慶長)