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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1196号 判決 1964年6月15日

控訴人

赤井良治

代理人

平野光夫

被控訴人

山口重治

代理人

片岡勝

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二五万円とこれに対し昭和三四年四月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払いせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人と被控訴人間に生じた部分は第一、二審を通じて三分し、その一を被控訴人のその余を控訴人の各負担とする。

この裁判は、第二項に限り控訴人が金六万円の担保を供して仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金七一万六、五一四円とこれに対する昭和三四年四月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払いせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

一、控訴代理人<証拠関係・省略>

二、被控訴代理人<証拠関係・省略>

理由

第一、主たる請求(手形請求)について判断する。

一、本件手形振出しの経緯及び控訴人がこれを所持するに至つた事情について。

控訴人が本件手形を所持していることは当事者間に争いがなく、この争いのない事実や被控訴人の記名、捺印、支払地、振出地及び支払場所の記載並びに印紙の消印について当事者間に争いがないので、被控訴人関係部分について(証拠)を総合すると、次のことが認められる。

(一)  被控訴人の経営する訴外株式会社山口製綿工場(以下山口会社という)は、昭和三四年二月一七日約一、三七二万円の負債のため倒産したが、被控訴人は、個人としても約六〇〇万円の債務を負担するに至つた。このことを苦慮した被控訴人は、同日家族を伴つて家出をし、行先をくらませた。

(二)  山口会社は、訴外岡島製綿工業有限会社(代表者代表取締役岡島種吉以下岡島会社という)とそれまで融通手形を交換しあつており、その頃山口会社は、岡島会社から約金六〇万円の融通手形の振出しをうけこれを割り引いていたのに対し、山口会社は、岡島会社に融通手形五通(その金額と支払期日は夫々(1)金一六万四、二〇〇円、昭和三四年三月七日(ロ)金一二万五、三〇〇円、同月一二日(ハ)金一三万二、四五〇円、同月二二日(ニ)金一四万円、同月二三日(ホ)金二五万円、同年四月二六日で、その金額の合計は、金八一万一、九五〇円である。)を振り出して交付した。しかし、被控訴人は、これら融通手形が不渡りになつても、岡島会社に迷惑を掛けることがないように、その債務の代物弁済として、山口会社が、これまでその工場で製綿に使用していた機械類を岡島会社に譲渡しておこうと考え、その措置として、右家出の日である昭和三四年二月一七日、その家出を前にして、売主山口会社、買主岡島種吉とし、右機械類を売買する旨の売買契約証(甲第五号証)を作成したが、その売買代金と売買の日は岡島会社の利益のため空白にしておいた。被控訴人は、更に、他の債権者が右機械類を持ち去つて処分するかも知れず、そのときは、岡島会社に対する代物弁済の目的が達せられないことになることを予測し、山口会社の右債務を個人保証することにより、岡島会社は、被控訴人個人に対する債権者となることができ、そのときには他の債権者より優位に立てると判断し、約束手形用紙五通に、いずれも、振出人を山口会社と被控訴人の共同振出し名義にし、支払地、振出地とも大阪市、支払場所株式会社大和銀行三国支店と夫々記入し、振出日と受取人の各欄を白地のままとし、各金額欄と支払期日欄は、岡島会社の方で、さきに山口会社が岡島会社に振り出しておいた融通手形五通の各金額と支払期日を補充することを予想し、そのおぼえとして右五通の融通手形に対応する同一の金額と支払期日を、別紙添付約束手形記載例どおり

(イ) 164,200 34.3.7 (ロ) 125,300 34.5.12

(ハ) 132,450 34.3.22 (ニ) 140,000 34.3.23

(ホ) 250,000 34.4.26

と夫々鉛筆で書き込んで約束手形五通を作成した。

被控訴人は、このようにして出来上つた売買契約証と約束手形五通に、岡島種吉宛「御許し下さい御許し下さい全部なげ出しても足りません世の笑い者になりました御許し下さい」と用箋に認めたものを添えて、二通の岡島会社宛ての封筒に入れ、家出の途中、これを郵便として投函した。

(三)  山口会社が倒産し、被控訴人が家出したことは、いち早く翌日である昭和三四年二月一八日の新聞に掲載されたので、債権者らはこれを聞知して騒ぎ出し、山口会社につめかけた。その中に控訴人や岡島会社の代表者である右岡島種吉の弟訴外岡島幸三郎もいた。

控訴人は、山口会社に対し約金二七〇万円の一番大口の売掛債権を有していた関係で、自然と山口会社の債権者の代表者のような恰好になり、同日頃直ちに山口会社の店舗と工場にあつた綿の製品と半製品を約八台の大型トラツクに積んで自己の倉庫に運び込んで保管した。

(四)  被控訴人が岡島会社に宛て投函したさきの郵便物は、同月二〇日頃岡島会社に到達した。岡島会社の右岡島幸三郎は、右売買契約証を利用して、その日付を遡らせて昭和三三年一〇月五日代金を金三〇万円と夫々記入し、すでに右機械類は、同日岡島会社が山口会社に対する金三〇万円の貸金の代物弁済の目的として売買され、その所有権は岡島会社のものである旨の売買証書に仕立て、岡島会社を代理して昭和三四年二月二一日、これを疏明資料に、大阪地方裁判所から右機械類に対する処分禁止の仮処分命令をえ、その頃同命令を執行した。なお、被控訴人が綿利商店こと訴外田中利雄に対しても同様な売買契約証を送付したことを知つた岡島幸三郎は、右田中利雄と共同で右仮処分命令をえてその執行をしたものである。

(五)  債権の回収に腐心していた控訴人は岡島幸三郎から、右仮処分執行後事の次第を打ち開けられ、同人に対し、右機械類の所有権が岡島会社にあることを債権者らに承認させる代わりに、その手中にある山口会社と被控訴人共同振出しのさきの約束手形五通を交付するよう要求した。被控訴人の個人保証をえていない控訴人は、右手形を取得することにより、被控訴人個人に対する手形債権者となることができ、そのことによつて、自己の山口会社に対する債権の回収が容易になると考えた。

そこで、岡島幸三郎は、昭和三四年二月二三日頃、控訴人の右要求に応じ、控訴人に対し、被控訴人から受け取つた金額と支払期日を鉛筆書きにしたそのままの右約束手形五通を交付したが、その際両者間で、右岡島会社に機械類の所有権を認めることの代償に右手形の交付をするものである事実は他に口外しないことをかたく密約した。

(六)  控訴人は、右約束手形の交付を受けると、被控訴人が鉛筆書きした手形金額金一六万四、二〇〇円支払期日昭和三四年三月七日、金一二万五、三〇〇円支払期日同月一二日及び金二五万円支払期日同年四月二六日の約束手形三通(以下三通の約手という)のうち、いずれか一通を用いて、右鉛筆書きの部分を消して、金額欄に、その頃までの控訴人の有する山口会社の不渡り手形の合計金額である金七一万六、五一四円と、支払期日欄に、昭和三四年二月二五日と、振出日欄に、昭和三三年一二月二日と夫々記入した。

(七)  控訴人は、このように完全に鉛筆書きの部分を消して夫々記入したため手形面上鉛筆書きが明らかでなくなり、結局、本件手形は三通の約手のどの一通なのか判然としないわけで、本件に顕われた全証拠を検討しても、本件手形がどの一通であるかを認めることができる証拠が見当らない。

(八)  控訴人は、昭和三四年二月二六日弁護士平野光夫に委任して大阪地方裁判所に対し、被控訴人を相手どつて、被保全権利を、被控訴人に対する右金七一万六、五一四円の手形債権とし、これを保全するため、被控訴人の個人所有である大阪市東淀川区三国本町三丁目三六五番地にある宅地と建物について仮差押の申立てをしたところ、同裁判所は、同日右申立てを容れて仮差押決定をした。

(九)  このようにしているうちに、被控訴人は、同年三月初頃その居所を見つけられ、その住所に連れ戻された。被控訴人は、同月一七日、落綿会館で、債権者の集会を開いたが、そこには山口会社の債権者のほか、被控訴人個人の債権者も出席していた。山口会社の債権整理委員長に選ばれた控訴人は、その席で、自己がした右仮差押の事実を報告しなかつた。

被控訴人の個人債権者らは、その後右仮差押の事実を探知し、控訴人に対し不信の念を抱き、整理は、山口会社に対する債権と被控訴人に対する債権と夫々別個にすることを申し入れた。

そこで、控訴人は、同弁護士に委任して同月二五日、大阪簡易裁判所に対し、本件手形上の債権について被控訴人と山口会社とを相手どつて本件支払命令の申立てをした。

右認定に反する(証拠)は採用しないし、ほかに、右認定の妨げとなる証拠はない。

二、<省略>

三、<省略>

四、被控訴人は、控訴人の本件手形の取得は、信託法一一条に違反し無効であると抗弁するので判断する。

(一) 信託法一一条の法意については種々の見解があるが、右法条は、非弁護士が弁護士代理の原則(民訴七九条一項)に反して他人のため訴訟行為をしたり、非弁護士が弁護士法七二条に反して他人のため法律事務を業として取り扱う場合、又は、なんびとであるを問わず、他人間の法的紛争に介入し、その解決について司法機関を利用しつつ、不当な利益を追求する場合には、そのような他人の権利について訴訟行為をすることは不当であつて法律上容認することができないものであるとし、このことを前提に、その基本の要素である権利の他人性を信託形式の利用によつて排除して右法原則の適用を免れようとする脱法行為を防止することを目的としたものと解するのが相当である。

(二)  ところで、本件を観察すると、

(1) さきに認定したとおり、控訴人の目的は他にあるのであつて、そのうえ、控訴人は、本件手形を取得すると間なしに弁護士平野光夫に委任して、本件訴訟を提起したのであるから、控訴人は、本件手形債権を譲り受けて自ら訴訟を追行することにより、弁護士代理の原則(民訴七九条一項)を潜脱しようとしたものとは認められない。

(2) 本件手形債権の譲受人である控訴人が、法律事務を業とするものであることを認めることができる証拠は、本件にはない。

(3) さきに認定したところによると、控訴人の岡島会社からの本件手形の譲受けは、これによつて、山口会社の債務の保証の趣旨で手形の共同振出人となつた被控訴人個人に対する債権者となり、控訴人の山口会社に対する債権の回収を図ることを目的としたものであつて、けつして、岡島会社のため代わつて本件手形金を取り立てることを目的としたものではなく、又被控訴人と岡島会社間の法的紛争に立ち入つてその解決について不当な利益を追求することを目的としたものでもない。

(三)  そうしてみると、控訴人の本件手形の譲受けは、信託法一一条に違反しないから、この抗弁も採用できない。

五、被控訴人は、控訴人は本件手形の金額と支払期日とを変造したから、変造前に署名した被控訴人には、変造前の金額と支払期日の範囲でしか責任がないと抗弁するので判断する。

(一)  本件手形金額の変造の主張について。

(1) さきに認定したとおり、三通の約手は手形金額の下方に算用数字で、164,200 125,300 250,000それぞれと振出人である被控訴人によつて鉛筆書きされている。

(2) 手形金額の記載は約束手形の必要的記載事項である(手形法七五条二号)が、その記載の仕方については、同法七七条二項が準用する同法六条のほか、何らの規定がない。したがつて、手形金額は、必ずしも本文中に文字で記載しなければならないものではなく、要は、社会通念上からみて、一定の金額の手形上の記載が、振出人の手形金額記載の意思の体現であると解されるかぎり、手形上の記載の部位や書体のいかんを問わないし、又その記載の用具は、故意又は事故による変改、毀滅、抹消などを防止するため、なるべく、そのおそれの少ないものを可とするが、それは程度問題であるから、社会的に事務用筆記具として使用されている鉛筆を用具とする記載を不可とする理はない。

(3) しかし、本件の右記載は、すでに認定したとおり、主観的には、岡島会社が手形金額を記入することを予期した被控訴人が、その記入される金額の限度を示すためにおぼえ程度に記載したにすぎず、客観的にこの記載を観察しても、約束手形用紙の金額欄が、ことさらに空白になつている以上、金額欄の下方にある鉛筆書きによる右算用数字は金額欄の空白部分を、将来の手形取得者が補充することを予定し、その資料的意味があらわされたものと認められる。

そうしてみると、右三通の約手にした算用数字による金額の記入は、振出人である被控訴人の手形金額記載の意思の体現であるとは解することができないから、三通の約手は、いずれも、手形金額を白地として振り出されたものと認めるのが相当である。

(4) 以上の次第で、本件手形を含む三通の約手は、その各金額欄は白地であるから、控訴人が、金額欄に、被控訴人の記載した算用数字による金額と異なる金額を記入しても、何ら手形金額の変造になるものではない。それゆえ被控訴人のこの抗弁は採用に由ない。

(二)  本件手形の支払期日の変造の主張について。

(1) さきに認定したとおり、被控訴人は、三通の約手の支払期日欄の「支払期日昭和 年 月 日」とあるその各空欄に、鉛筆書きで、34.3.7、34.3.12、34.4.26と書き込んだもので、鉛筆書きではあるにしても、この記載は、その体裁上、昭和三四年三月七日、昭和三四年三月一二日、昭和三四年四月二六日と夫々確定の支払期日を記載したものと理解することができる。

(2) 支払期日の記載も、約束手形の必要的記載要件である(手形法七六条二号)。もつとも、その記載のないときは、手形法七六条二項によつて一覧払いのものとみなして手形が無効となることを防いでいるが(このことはもとより支払期日に関する白地手形を認めないことはもとより支払期日に関する白地手形を認めない趣旨ではない)、このほかに、手形法には支払期日の記載方法を制限する規定、たとえば、その書体や用具について、算用数字による記載は認めず、鉛筆書きは許さないとした規定はないし、これを不可とする合理的根拠も見出だすことはできない。

(3) そうしてみると、本件では、三通の約手の各支払期日欄に、鉛筆書きにもせよ、右のとおり支払期日の記載があるから、振出人が約束手形用紙の支払期日欄を全く空白にしてその補充権を与えたときとは同一に論ぜられないのである。もつとも、被控訴人は、主観的には、支払期日についても、鉛筆書きのとおり、岡島会社が書き込むことを期待したわけであるから、この振出人の意思を尊重する立場をとると、三通の約手の所持人が、たとえば右支払期日の鉛筆書きを墨汁又はインキなどを用いて書き改めないかぎり、支払期日欠缺の未完成手形であつて、そのままで呈示することは不適法としてその効力を否定されることになる。しかし、この結論には到底賛同することができない。なぜならば、被控訴人が支払期日を白地にし、鉛筆書きのとおり、他日支払期日を補充するよう白地補充権を与える心算で、他の適切な方法、たとえば、手形の欄外に記入する方法をとつた場合と異なり、手形の外観上、支払期日欄に鉛筆書きにもせよ明瞭な日時の記載があり、空白は存しないにもかかわらず、彼此混同して未完成手形とみるのは、あまりにも、手形外観を無視して主観的意思解釈に堕し、取引きの安全を害するおそれがあるからである。

(4) 控訴人が、三通の約手のいずれか一通の支払期日欄の鉛筆書きの記載を消して昭和三四年二月二五日と記載したことは、さきに認定したとおりであるから、控訴人は、三通の約手の支払期日である昭和三四年三月七日、同月一二日、同年四月二六日のどれかを同年二月二五日に変造したことになる。

(5)  手形変造の法律効果を主張する者は、その要件事実として、手形債務者として署名した特定の者の署名当時における手形文言について立証責任を負うものと解するのが相当である。けだし、手形の文言が変造された場合には、その変造後の署名者は、変造された文言に従つて手形上の責任を負い、変造前の署名者は、原文言に従つて責任を負うものであることは、手形法七七条一項六九条の明定するところである。そして、手形法には、旧商法四三七条二項の「変造シタル手形ニ署名シタル者ハ、変造前ニ署名シタルモノト推定ス」というような法律上の推定規定は存しないから、立証責任の分配は一般の原則によつて解決されることになる。ところで、手形の変造は、変造部分が手形の必要的記載事項、有益的記載事項、および有害的記載事項のいずれであるかを問わず、又主張者の立場が手形の所持人、手形債務者、もしくはそれ以外の第三者であるかを問わず、一般に、手形の現文言(注、変造が特定の手形文言、たとえば、支払期日について数回行なわれた場合には、すでに主張立証されたところの特定の変造後における特定の手形文言、たとえば支払期日である場合がある。)による手形債務者の責任が、変造前の原文言(注、右現文言の場合と同断。)による責任に比し、変造の主張者にとつて不利益であるところから主張されるものである(そうでなければ主張は無意味である。)から、特定の者が、手形債務者としての署名時の手形の原文言と、署名後の手形の現文言の両者が相異なること、署名の前後で両者が相異なるのは無権原による記載事項の挿入、削除、変更が加えられたためであること、および変造の主張者によつて現文言が不利益であることとその不利益の限界すなわち署名時の手形の原文言、以上の諸点について証拠判断上不明が存するときは、その不利益は主張者に帰せしめるのが衡平であるからである。

ところで、本件は、被控訴人は振出人として署名のうえ、支払期日を夫々記載して三通の約手を振り出したところ、その後、これを取得した控訴人が右三通の約手の支払期日のどれかを変造したことまでの立証はできたが、三通の約手のどの支払期日を変造したのかすなわち変造前の手形の原文言の内容について遂に立証できなかつた事案である。

そこで、右立証責任の分配にしたがつて、その不利益は変造を主張する被控訴人に帰せしめなければならないが、被控訴人にとつて、最も不利益な支払期日は、昭和三四年三月七日であることは多言を費すまでもない。

そうすると、控訴人は支払期日昭和三四年三月七日同年を二月二五日に変造したものであるから、被控訴人は、支払期日は同年三月七日の範囲で責任を負わなければならない。

六、被控訴人は、控訴人は、本件手形の金額の白地補充権を濫用したと抗弁するので判断する。

(一) この手形金額についての白地手形取得者の補充権の濫用の事実すなわち特定の手形の白地金額の補充について白地署名者と相手方間に特定の金額に限定する旨の合意があり、右手形取得者が悪意で右合意金額を超えて金額欄を補充したとの要件事実は、これを主張する者において立証責任を負うものと解するのが相当である。

(二)  さきに説示したとおり、三通の約手には、いずれも、手形金額欄は白地で、その下方に鉛筆書きで各手形金額の白地補充権の内容が示されていたのであるが、これを取得した控訴人は、そのうちの一通の鉛筆書きを消して、三通の約手の鉛筆書きで示されたすべての各金額を超えて、本件手形金額である金七一万六、五一四円と記入したのであるから、控訴人は補充権を濫用して手形金額を記載したものといわなければならない。

(三)  ところで、本件手形が三通の約手のうちどの一通であるか分明でない本件では、右立証責任の分配上、被控訴人は本件手形を含む三通の約手の金額の白地補充権を与えたものとして、そのうちの最高金額である金二五万円の範囲で、本件手形の補充権を与えたものと認めるほかない。

したがつて、被控訴人は、本件手形金額のうち金二五万円についてその責任を負担すべきであるが、これを超える部分については、その責任を有しないとしなければならない。

七、ここで一言付加すると、以上認定判断したところによると、被控訴人は、金額は金二五万円、支払期日は昭和三四年三月七日の手形について責を負わなければならない。ところが、三通の約手中には、このような手形要件の約束手形がないから、右認定判断は、客観的に存在する手形上の責任とは一致しないことになる。しかし、金額として金二五万円が、支払期日として昭和三四年三月七日が、それぞれえられたのは、前者については白地金額補充権濫用の、後者については手形支払期日変造の各抗弁について、当裁判所がそれぞれ立証責任を適用して判断した結果であるから、この結果は、やむをえないものとするほかはない。

八、被控訴人は本件手形債務は消滅したと抗弁するので判断する。右抗弁が成立するためには、手形法七七条一項一号一七条にいわゆる悪意、すなわち手形取得者が、その取得の当時、その前者の有する抗弁内容を知ることが必要である。しかるところ、右悪意の主張がないのみならず、控訴人が、本件手形を取得したのは、さきに認定したとおり、昭和三四年二月二三日頃であるのに対し、被控訴人の主張する機械類の譲渡、代為弁済又は債権の放棄の事実が発生したとする日は、同年三月一一日であるところ、控訴人が、本件手形を取得した際本件手形は、岡島会社が右機械類の譲渡を受けることができないとき、はじめて支払われるもので、その譲渡があれば、当然本件手形債務は消滅すること、及び、本件手形債務は、右機械類の代物弁済によつて消滅するものであることまで知つて悪意でこれを取得したことを認めることができる証拠はどこにもない。

そうしてみると、この抗弁も採用に由ない。

第二、予備的請求(重畳的債務引受けについて)判断する。(省略)

第三、むすび

以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し、本件手形の正当所持人として、その手形金額のうち金二五万円と、これに対する支払日として認定した昭和三四年三月七日以後で、本件支仏命令が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和三四年四月一日から、商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払わなければならないからこれと異なる原判決を変更し、控訴人の本件請求は右の範囲で正当として認容し、これを超える部分は失当として棄却しなければならない。

そこで民訴三八六条九六条八九条九二条一九六条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官平峯隆 裁判官日高敏夫 古崎慶長)

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